Episode 35
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そして翌日ーーーー
ポアロへ出勤する前にハロの動物病院へ行くべく、安室名義のマンションへやって来た凛は、ゴクリと喉を鳴らして鍵を鍵穴に差し込んだ。
以前にも一度家主の居ないこの部屋に来た事はあるが、あの時は姿現しで直接部屋に入った為もはや不法侵入だった。
あの時と違って今回はちゃんと鍵を使って家主の居ない部屋へ入る事に、凛は何故か緊張した面持ちでドアノブに手を掛けた。
(何故だっ、何故こんなにも心臓がバクバクしているんだっ!
家主が居ない部屋に侵入など前にもしたじゃないか!
しかも前とは違って透からちゃんと許可を得た!
つまりこれは合法!
透から授かりしこの輝かしい鍵が何より証拠!!!)
大きく深呼吸をした凛は、カッと目を大きく開いた。
(凛、いざ参る!!)
音を立てないようドアノブをゆっくりと引いて中へ入ると、途端にふわりと安室の香りが凛の鼻腔をくすぐった。
その香りに酔いしれ、勢いよく壁に頭突きをかます。
(おふぅ!
零の香り・・・っ)
凄まじい強打音に驚いたハロが、慌てて玄関先へと走ってきた。
そして玄関土間で壁に頭を付けて座り込んでいる凛を見付けると、傍まで走り寄って心配げに手をペロペロと舐めながら顔を覗き込む。
「ワフッ!?」
ハロは戦慄した。
覗き見た彼女の口角がニヤリと持ち上げられ、目の瞳孔が開ききっていた凛の顔に。
「この香りをどうしたら瓶詰め出来んだろォなァ・・・」
殺人でも犯しそうな狂気じみた顔面に加えて変態じみた発言に、ハロはさらに震え上がった。
とりあえず凛はショルダーバッグの中に入ってたビニール袋を取り出すと、バッサバサと安室の香りがする空気を袋に詰めてみた。
程よく膨らんだビニール袋の口を親指と人差し指で閉じ、そこに鼻を近付ける。
「ーーーーチッ、さすがに匂わないか。」
そこでハッと我に返った凛は、目の前でプルプルと震えるハロに気付いた。
「・・・?
ハロちゃんどうかしたの?」
「ワフゥ・・・」
え、さっきのお前はなかった事にされてんの?と言いたげな顔で見るハロに首を傾げながら、抱き上げて玄関を出た。
鍵を閉めて、安室から聞いていた動物病院へと向かった。
杯戸ペットクリニックへやって来た凛は、受付でハロの診察券を出した。
名前を呼ばれるまで待合室の椅子に腰掛け、膝の上にハロを乗せて呼ばれるのを待つ。
膝の上で丸まるようにして寝転んでいるハロの背中を優しく撫でていると、受付の方から話し声が聞こえてきた。
なんとなく耳をそちらに傾けると、どうやら先程受付に居た女性の看護師2人が奥の部屋で話しているようだ。
「ハロちゃん連れて来たの安室さんじゃなかったね・・・」
「ね・・・
てっきり安室さんが連れて来ると思ってたから、わざわざシフト変えてもらったのに・・・」
聞こえてくる話に凛は気まずくなり、心の中で謝罪した。
(透はやっぱりどこに居てもモテモテだ。
今日来たのが透じゃなくてごめんなさい。)
「てかあの女の人、安室さんの何だろ。」
「仕事先の同僚とかじゃないの?
なんか短髪の眼鏡掛けた男の人が連れて来る事もあるじゃん?」
「んー、でもスーツじゃなかったね。」
「それを言ったら安室さんもスーツじゃない時あるよ。」
何だかこのまま盗み聞きもよくないと思い、凛は意識を違う方向に逸らそうとした。
その時ーーーー
「もしかしてさ、彼女・・・じゃないよね?」
聞こえてきたフレーズに、肩をビクリと揺らした。
「えぇ!?
彼女ならマジで無理!!
ショックすぎて立ち直れない!」
彼 女 な ら マ ジ で 無 理
その言葉が刃物となり、容赦なく凛の胸に突き刺さった。
実際には何も刺さっていないにも関わらず、口から血反吐を吐き散らす勢いだ。
(ーーーーっ
何よりもきっつい攻撃だ・・・
そりゃ零の香りを必死に袋に詰め込もうとしていた変態なんてキモイですもんね・・・
えぇえぇわかります、その気持ち・・・)
凛は眉を下げて目を伏せると、膝の上で丸まって寝ていたハロがピクリと動いた。
顔を上げて凛の方を見ると、胸元に前足を置いて口元をペロリと舐める。
そのハロにフッと微笑んで優しく抱きしめた。
「うん、大丈夫。
心配かけてごめんね?」
「クゥン・・・」
その時 安室 ハロくーんと呼ばれ、凛はハロを抱えたまま診察室へ向かった。
診察室に入る前に聞こえた、安室さんは彼女なんてつくらないで欲しいなぁという言葉はヤケに耳に大きく響いた。
ハロの予防接種は無事に終わった。
先程奥の部屋でコソコソと話していた受付の看護師が笑顔で会計の対応をしている。
「80円のお返しです。
お大事に!」
「ありがとうございました。」
凛はニコリと微笑みながら軽く会釈した。
そして腕の中で、疲れたのか少しくったりとして身体を預けているハロの頭を撫でると動物病院を出た。
雲1つない美しい澄み切った空を見上げては先程の会話を思い出し、無意識に溜息を漏らした。
(・・・なんか疲れたな・・・)
凛はハロを抱え直すと安室のマンションへと向かった。
マンションに着き、水入れのお椀に新しく水を入れ、ご褒美のオヤツをハロにあげる。
これで安室から言われていた任務はすべて完了した。
凛は両手に腰を当ててハロを見た。
ハロもおすわりをして背筋をピンと伸ばし、キリッとした顔で凛を見上げている。
「ハロちゃん!
これは何よりも大事な任務だよ!」
「アン!」
「透が居ない間、このお家を護るんだ!」
「アンアン!!」
凛はフハッと笑ってハロの頭を撫でた。
気持ち良さげに目を細めるハロの鼻先にキスをする。
「・・・じゃあ、いってきます。」
「アン!」
凛はハロに手を振りながら玄関ドアを開けて出た。
ハロに見送られながら玄関ドアを閉め、鍵穴に鍵をさして施錠する。
ドアノブを引いてしっかり施錠されているか確認して頷くと、ポアロへ向かった。
