Episode 35
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凛のマンションの駐車場に着いて凛が礼を述べながら助手席から降りると、安室も運転席から降りた。
「透も降りるの?」
「えぇ。
ちゃんと凛の家の前まで送りたいですからね。」
「相変わらず透は過保護だなぁ。」
「凛にだけですよ。」
嬉しそうに笑った凛の隣を歩き、エントランスへと向かった。
すると、安室はどこからか鋭い視線を感じた。
素早く周りに目を向けると、すぐ近くの駐車場の植え込みのところに人影が見えた。
そしてその人物が麗美である事も。
安室はフッと口の端を持ち上げると、凛の肩に手を回して自身の方へ抱き寄せた。
「!?
なっ何!?」
突然の安室の行動に凛は慌てるが、安室は構う事なくギュウギュウと彼女を抱き寄せる。
「ダメですか?」
「いや、ダメっていうか・・・
ここ外だよ!?
近すぎない?」
「僕の恋人があまりにも可愛くて、つい抱き寄せたくなりました。
まぁ、僕の凛はいつも可愛いんですけどね。」
わざと麗美に聞こえるようにして安室は話す。
凛は突然の安室の行動に着いていけず、オドオドしている。
安室は足を止めると、慌てる凛の頬をスルリと撫でて顔を近付ける。
安室のその行動の意味を理解しているようで、顔を赤らめながらもギュッと目を閉じた凛に目を細めながら、彼女の唇に噛み付くようにキスを落とした。
「ん、は・・・
ちょ、苦し・・・」
凛は触れるだけのキスだと思っていたのか、安室からの深いキスに彼の胸元を押して抵抗をみせる。
安室は胸元にある凛の手の指に自身の指を絡ませて胸元から離させた。
「ん・・・
僕はまだ全然足りないです・・・」
そして先程よりもさらに深く口付けをする。
口内を蹂躙する舌に翻弄され、ただ快楽が増幅されていく。
凛の心臓の鼓動がやけに大きく鼓膜に響いた。
最後に軽くリップ音を鳴らして唇を離した安室は、ペロリと自身の濡れた唇を舐めとった。
その妖艶な仕草に見惚れていると、形の良い唇がフッと弧を描いた。
「フッ・・・いつも思っていた事ですが、キスだけでそんな惚けた顔してくれるとは・・・
本当に凛は可愛いですね。」
「ーーーーっ
いっいきなり何するのよ!
誰かに見られたらどうするの!?」
「あぁ、その事でしたらすでに見ている人は居ますよ?」
安室の言葉に、凛は喉をヒュッと鳴らした。
その凛を優しく引き寄せて安室の腕の中に閉じ込めると、安室は植え込みからこちらを見ている麗美に向かって不敵な笑みを見せた。
「・・・ねぇ、二階堂 麗美さん?」
安室の口から出た人物の名前に、凛はえっと少し身体をよじって後ろに視線を向けた。
ガサ・・・と音を鳴らして植え込みの中から出てきた麗美は、頬を赤らめながら安室の腕の中にいる凛を鋭く睨み付けていた。
「彼女は僕と凛が愛し合ってるのを、あそこから見ていたようです。
悪趣味ですね。」
安室がニコッと微笑みながら凛に話すと、凛は顔を真っ赤にして怒った。
「まっまさか!
さっきのキスはわざと彼女に見せ付ける為にしたのね!?」
「もちろんです。
僕と凛が如何に愛し合っているのかを証明したかったので。」
「ちょっと!
透はもう黙ってて!」
凛に勢いよく口元を覆われた安室は、何故かとても嬉しそうだった。
「・・・なんで・・・なんでアンタなのよ・・・」
震える声で呟いた麗美は、拳を強く握り締めていた。
「なんでっアンタが透の彼女を名乗れるのよ!!」
「何故と言われましても・・・
実際凛は僕の彼女ですし・・・」
安室は肩をすくめながら馬鹿にしたように言う。
「透は少し黙ろうか。」
その安室を凛は再び制した。
「アンタ・・・私のSNSに何かしたでしょ。
いきなりアカウントも消えて、スマホのデータもすべて消えたんだけど!?」
「うーん・・・それは麗美さんが悪いからですよね?
実際に透じゃないとはいえ、明らか透だと思わせるような投稿ばかりしていたので・・・
彼に迷惑かけるだけでしたので消去させていただいただけです。」
麗美は舌打ちをすると、凛を指差して吠えた。
「アンタなんか透に相応しくない!
私の方が透に相応しいのに!
容姿も透の隣に立つなら私の方が素晴らしいのに!」
「僕の隣に立てるのは凛以外に居るハズないですよね?」
安室が首を傾げながら隣に立つ凛に尋ねた。
「そもそも、凛以外の女性が僕の隣に立つなんて心底願い下げですねぇ・・・」
やれやれ・・・とわざとらしく眉を下げて両手の手のひらを上に向けながら首を左右に振る安室に、凛は額に右手を当てて項垂れる。
麗美はギリィッと奥歯を噛み締め、さらに吠えた。
「透は私のものよ!
アンタなんかに渡さない!」
「いえ、僕は凛だけのものです。」
至極爽やかな笑顔で言い放った安室に、麗美はついに言葉を詰まらせた。
「それはそうと・・・
随分と僕の何より大切な人である凛に下劣な事をしてくれたようですね?」
安室の腕を引いて抑えようとする凛の手を優しく離しながら続けて言った。
「散々罵倒し、酷い傷を何度も負わせ、挙句の果てに男を使った・・・とか?」
凍てつくような冷えた目で見下ろされた麗美は、見た事のない安室の姿に恐怖で身体を震わせた。
「だ、だって・・・わた、私は・・・透の・・・」
「さっきからずっと思っていたのですが・・・
馴れ馴れしく僕の名前を呼び捨てにするのは止めていただけませんか?」
「え・・・」
「凛以外の女性から呼び捨てにされるなど・・・
実に不愉快ですので。」
「ひっ酷いっ!」
麗美は目に涙を浮かべながら叫んだ。
その様子に、安室は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「酷い?
どの口が言うんですか?
貴女が凛にしてきた事は酷くないとでも?
随分と自分には甘い人間ですね。
どこまでも自分だけが可愛くて、自分だけに甘くて、自分だけの本能に従い・・・
相手や周りの事など微塵にも考えない、卑劣で独善的な貴女の愚行の数々は本当に虫唾が走ります。」
麗美は顔面蒼白となって目を見開いて安室を見ている。
さらにその彼女に口を開こうとした安室の腕を凛が引いた。
「凛、どうかしましたか?」
「それ以上はやめてあげて。
彼女のメンタルはもうボロボロだよ。」
「何を言っているんです?
僕はまだ君にあんな事をした彼女を許していませんよ?
というより、元々許すつもりはありませんが。」
「Oh・・・」
凛はしばらく安室と押し問答を繰り返し、ようやく渋る安室を黙らせる事に成功した。
凛が安室から麗美に視線を向けると、彼女は何やら鞄の中を漁っていた。
麗美は鞄の中から包丁を取り出すと、凛に刃先を向けた。
彼女の目に明確な殺意が含まれている。
「・・・いや、何故。」
凛は思わずツッコミを入れてしまった。
「・・・私から透を奪ったお前が憎い・・・
殺してやる・・・」
「ねぇ、米花町だからってすぐそこに繋げるのやめようか。
何なの?米花町に来たら、とりあえず人を殺さなきゃって思う呪いにでも掛けられるの?」
たまらず凛は溜息を漏らしながら、困ったように首をゆるゆると振った。
「だからずっと透に黙っててって言ったのに・・・」
「すみません。
あの女が凛にした事を考えると、どうしても腹が立って抑えが効きませんでした。
次は頑張って抑えますよ。」
シレッと答えた安室に、凛は盛大な溜息を再び漏らす。
凛は麗美に視線を向けながら口を開いた。
「あのさ、そうやって感情任せにすぐ人を殺そうとしちゃダメですよ。」
「うるさい!
アンタがっ・・・アンタが私から透を奪わなければっっ!
透は私の事を愛しているのに!」
先程までの安室の言葉を聞いていたにも関わらず、いまだ自分が安室の恋人だと言い張る麗美に、安室はもはや無表情となってただ麗美を冷めた目付きで見ていた。
「・・・凛、すみません。
前言撤回してもいいですか?
僕は怒りを抑える事が難しくなってきています。」
「OK、もっと頑張って抑えようか。」
「難しいですね。」
「ただの熱烈すぎる愛情表現さ。」
「熱烈な愛情表現は凛だけからされたいです。
他の女性からの愛情表現は心底煩わしいだけです。」
「ここを耐えたら、透の言う事を1つだけ何でも聞いてあげよう。」
ギラリと安室の目が光る。
「・・・その言葉に二言はないですね?」
「Absolutely・・・」
「よし、乗りました。」
2人のやり取りに、痺れを切らした麗美が声を張り上げた。
「無視するんじゃないわよ!」
包丁を振り上げながら凛に向かって走り、凛の近くで包丁を振りかざした。
素早く安室が麗美が包丁を持っていた右手の手首を掴み、捻り上げる。
痛みに顔を歪ませた麗美は、そのまま地面に両膝をついた。
その麗美の前でしゃがんだ凛は口を開いた。
「貴女、透の事が好きなんですよね?」
麗美は凛をキッと睨み付けた。
「そうだと、ずっと言ってるでしょ!」
「ならその好きな人が困っててもいいんですか?」
「・・・はぁ?」
麗美は意味がわからないと言いたげに片眉を上げた。
「私が透を好きで、何が迷惑なのよ?」
大迷惑だよと顔全体に貼り付けた安室から盛大な溜息が零れた。
その安室を凛は見なかった事にした。
「気持ちは問題ありませんよ。
人が人を好きになるのは悪い事じゃないですし。
でも貴女のSNSはどうでしょう。」
「ハッ、SNSが何よ!
透の顔も名前も出してないわ!」
凛はうんうんと頷いた。
「そうだね、確かに透の顔も名前も出してませんね。
でも・・・」
凛は地面に座り込む麗美の顎に長い人差し指を添えてついっと上に向けた。
「あの数々の投稿は、明らさま狙って透を匂わせたでしょう?
彼と同じ物を集め、彼の職場を写し、彼によく似た容姿の男性の一部を載せていましたよね?」
あまりにも酷く冷たい瞳で見下ろす凛に、麗美は思わず肩をビクリと震わせた。
初めて見た凛のその瞳に、安室はドクリと胸を打つ。
「あ、わ・・・私、は・・・」
「貴女が言うように透は人気者なんです。
ポアロにはもちろん彼を求めて通い詰めるお客様がたくさん居るんですよ。
そんな透と付き合ってると匂わせちゃうと、どうなると思いますか?」
「う、あ・・・
わ、わかんな・・・」
凛は溜息を漏らした。
「わからないのかしら?
まぁ、そうよね・・・わからないからあんな事をしていたんですもんね。
逆上した人がね、透の元に来ちゃうんですよよ・・・
貴女が私の元に来たように、怒りの矛先が透に向かう人も居るんですよ?」
凛は麗美の頬を包むように、ひたりと両手を添えた。
「ねぇ、わかりますか?
貴女みたいに自分のものにならないなら殺してしまえと簡単に思う人も居るんです。
それでも透には何も迷惑をかけていないと言い切れますか?」
頬に添えられた手から僅かに冷気が出て、麗美の頬がひんやりと冷やされていく。
震える唇からは白い息が出始め、ガチガチと歯を鳴らす。
「貴女の行動1つで、誰かに迷惑をかけているかもしれないんです。
だからこそ私たち人間という生き物は、日々物事の先の事までを考えて生きなければいけません。
まぁ・・・残念ながら、すべての人間がそのように生きているワケではありませんが。
この世には何処までも自分の事しか考えられない人もたくさん居ますもんね。」
凛はニコリと微笑んだ。
「私は貴女までそのような人間になって欲しくありませんよ。」
「・・・え・・・」
「だって私と同じ、安室 透という素敵な男性に惚れた仲ですもの。
透に惚れるくらいのいい目を持ってるんですから、くだらない事で道を踏み外してしまうのは勿体ないです。」
凛は麗美が持っていた刃物を拾い上げると、自分の鞄に入れた。
「ちょうど家の包丁の切れ味が悪くなっていて新しいのが欲しかったところなんです。
このプレゼントは有難く頂きますね。」
その言葉に安室は呆れたように溜息を漏らした。
「早く家に帰らないと夜道は危ないですよ。
では私たちはこれで失礼しますね。」
凛は安室の腕に自分の腕を絡ませると、エントランスへと向かった。
