Episode 35
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工藤邸に着くと、玄関土間で沖矢は凛を下ろした。
「少々ここでお待ちください。」
沖矢はそれだけ言うと、先に玄関を上がってどこかへ行ってしまった。
凛は袖口から杖を取り出すと、魔法を使って濡れた身体を乾かした。
すると玄関に帰ってきた沖矢の手にタオルが持たれていた。
どうやら彼は洗面所にタオルを取りに行っていたようだ。
「おや、必要なかったようですね。」
「あ・・・ごめん。」
「気にしなくていいですよ。
そのままお風呂へ行って温まって来てください。」
沖矢はタオルを凛の手の上に乗せ、背中を押した。
「え、昴が先に入りなよ。
昴も私を助けたせいで濡れてるでしょ?」
「いえ、僕は後で大丈夫です。」
「なら先に魔法で乾かすよ。」
「僕の事はお気にならさず。
では、ごゆっくり・・・」
沖矢は脱衣場まで凛の背中を押して入れると、脱衣場のドアを閉めた。
凛は少し悩んだ後、お言葉に甘えてシャワーを浴びる事にした。
シャワーヘッドから落ちる温かい湯を頭から被りながら、先程の自分の行動に落ち込む。
(うーん・・・イラついたとはいえ、なんと大人気ない事をしたのだろうか。)
麗美のありとあらゆる虚言に苛立ち、ついマウントをとるような行動をした情けない自分に溜息が出た。
さらに肉を踏まれた事に怒りを露わにして、男たちをフルボッコにした事にも溜息を漏らす。
(アラサーが子ども相手にムキになって・・・)
三度目の溜息が出たところで、シャワーを止めてシャンプーに手を伸ばした。
頭の上でシャカシャカと泡立てていると、次第に頭皮が痛くなってきた。
慌ててシャワーを出して洗い流す。
「うぉっ頭がスースーする!!
頭皮がなんか痛い!!」
シャンプーに目を移せば、メンズシャンプーと書かれていた。
「世のメンズはこんなスースーするシャンプーで頭を洗ってたのか・・・」
凛は新たに世の中の男について知る事が出来た。
風呂場から出た凛はタオルで身体と頭を拭き、着ていた服に身を包もうとした。
しかし、置いていたはずの服がどこにも見当たらない。
代わりに置かれていたのは、コンビニで買ってきたであろう無地のレディースショーツと肌着、そして何故か普段赤井が着ているものと同じ黒いワイシャツが丁寧に畳まれて鎮座していた。
洗面所に置かれている洗濯機に目をやれば、ゴウンゴウンと稼働している。
凛がシャワーを浴びている間に、沖矢が服を洗濯に回してくれたのだろう。
どこまでも気の利く男に、凛は頭が上がらないなと思いながら無地のレディースショーツと肌着に手を伸ばして身に付けた。
そして黒いワイシャツに袖を通す。
ふわりと香る赤井の香りに、つい癖で袖口の香りを嗅いだ。
「秀一の匂いだ。」
そこでようやく気付いた事がある。
「・・・下は?」
そう、ショーツ、肌着、ワイシャツは置かれているが、何故かボトムスの姿はどこにもない。
目のつく場所を探してみるが、どこにもそれらしき衣類はなかった。
鏡に目を移せば、長身の赤井のワイシャツである為、小柄な凛が身に付けると膝上までの丈がある。
「・・・隠れてるとはいえ、さすがにこれは恥ずかしいんだけど?」
いつまでも脱衣場で引きこもるワケにも行かず、凛は仕方なく沖矢を捜してボトムスを借りる事にした。
洗面所から廊下へ出て、ペタペタと素足で歩く。
リビングドアの前までやってきた凛は、中から話し声が聞こえるのに気付いた。
来客かと思った凛は洗面所へ戻ろうと身を翻そうとした。
「それだけか!?
俺の凛が男共に口にするにも悍ましい行為をされたというのに、たったそれだけで済ましたのかFBI!!」
リビングの中から聞こえてきたよく知る声に、凛は今すぐにでも意識を飛ばしたくなる衝動に駆られた。
(何故、零がここに!?)
凛はとりあえず逃げようと、急いでリビングドアの前から移動しようとしたその時ーーーー
ガチャ!!
リビングドアが勢いよく開け放たれた。
ドアを開けたのは言うまでもなく安室であり、ドアの目の前に居た凛は隠れる術もなかった。
安室はドアの目の前に居た凛の姿を視界に入れた瞬間、カッと目を大きく見開いた。
奥歯をギリィッと噛み締めると、リビングのソファで腰掛けてコーヒーカップに口を付けていた赤井を鋭い目付きで睨み付ける。
赤井の視界に凛の姿を入れないよう細心の注意を払いながら後ろ手でリビングドアを閉めると、凛の両肩を優しく掴んだ。
「・・・少し待っていてくれ。」
あまりにも凄まじい鬼迫に、凛は首を縦に振るしか出来ない。
すると安室は猛ダッシュで玄関ドアを開け放ち、工藤邸の前に止められているRX-7へと走って行く。
そして何かを持って再び猛ダッシュで帰ってくると、凛に向かって持ってきたものを差し出した。
この間、僅か2秒である。
「今すぐその赤井臭いシャツを脱ぎ捨てて、これに着替えるんだ。」
安室に差し出されたものに目を向けると、それが普段彼がグレーのスーツの下に身に付けている白いワイシャツである事がわかった。
白いワイシャツを受け取った凛は、安室に背中を押されて再び洗面所に向かった。
洗面所で赤井の黒いワイシャツを脱いで、安室から渡された白いワイシャツに袖を通す。
途端に安室の香りに身体を包み込まれた凛は、頬を緩ませて堪らずにその香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
「ふふ・・・零の香り。
すっごく大好きだなぁ。」
そして変わらず存在しないボトムスに、凛はついでに安室から借りようと思った。
洗面所のドアを開けると、すぐ近くの壁に背中をあずけて腕を組みながら待っていた安室が居た。
彼の頬は何故か赤い。
「・・・え、どうしたの?」
「君は本当に好きなんだな。」
「何が?」
「さっき俺の匂いがすごく大好きだと言っていただろ?」
凛は あぁ・・・と言うと、目尻を下げて微笑んだ。
「何も間違ってないもの。
だから袋に香りを詰めようと奇行に走っていたんじゃない。
零の香りが私にとって一番大好きな香りよ。
だから零の香りに包まれてる今、最高にしあわせ。
最初っから零の服借りてたら、この香りを独占出来たのね。」
その言葉に降谷は頬だけでなく耳まで赤く染める。
右手で口元を覆い隠しながら、困ったように呟く。
「・・・本当に君って子は・・・
ほら、一番上までボタンを留めて。」
「それより下に履けるものも貸してもらってもいい?
何も履いてないのよ。」
白いワイシャツの裾をピラピラとしながら眉を下げて尋ねる凛に、安室は今すぐにでも押し倒してしまいそうな衝動に駆られる。
ゴホンッと咳払いをした安室は着ていたサマージャケットを脱ぐと、凛の腰元に巻き付けた。
「さすがに俺のではずり落ちてしまうから・・・
これで我慢してくれ。」
「わ、助かったー!
ありがとう。」
可愛らしく笑う凛を安室は愛おしげに見つめて微笑んだ。
しかしその笑顔はすぐに黒い笑みへと変わる。
「それで?」
「ん?」
「また俺に隠している事があるようだな?」
その安室の顔に戦慄した凛は、その場からすぐに逃げようとした。
しかし安室によって逃亡を阻止された凛は、安室に片手で抱えられてリビングに向かう羽目になった。
