Episode 35
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ポアロから出た時には麗美の姿は消えていた。
凛は仕方なく、夕飯の買い出しをする為にスーパーへ向かった。
そしてまさかの特売DAYに目を輝かせた凛は予定以上の買い物をしてしまい、変形しすぎて破れそうになっている哀れなエコバッグを両手にぶら下げて帰っていた。
外はすっかり夕日は落ち、空を藍色が染めていた。
「安すぎたとはいえ、これはさすがに買いすぎた。」
自嘲しながらエコバッグからチラリと見える肉のパックに、自然と口角が上がる。
"国産黒毛和牛ヒレステーキ シャトーブリアン"と貼られたシールに、口腔内に溢れ出た涎をゴクリと飲み干す。
凛は目をギラギラとさせ、唇を舌でペロリと舐めた。
(クックックッ・・・
しかし、まさかタイムセールでシャトーブリアン お値段3000円のパックが半額以下の1300円という破格で手に入るとはな・・・
1人1パックという究極の贅沢・・・
これはキュラソーも涎が止まらないに違いない・・・
くうううううっ早く帰って食べた~い!!)
凛が頗る上機嫌で帰路を急いでいた時、突き刺さるような視線にその足はピタリと止まった。
人通りの少ない路地に、突き刺さる視線と数人の気配がする。
凛は近くの公園に入ると、視線と気配も同じように公園へと着いてきた。
公園内にある噴水の近くまで歩を進めた凛は溜息を漏らした。
「あの、コソコソと後をつけるの止めたらどうですか?」
生い茂る植え込みに視線を向けて、名前を呼んだ。
「ねぇ、麗美さん?」
すると、植え込みの中から麗美と3人の男が出て来た。
麗美は怒りに表情を崩し、鼻息を荒らげている。
「あら、そんな怖い顔をして・・・
せっかくの綺麗な顔が勿体ないですよ?」
凛が言うと、麗美はさらに怒りで表情を歪めて吠えた。
「アンタがそうさせてるんでしょ!」
ふー、ふー、と肩で息をしながらギリッと歯を噛み締める。
「ずっと後をつけてたんですか?」
「そうよ!
アンタがポアロを出てスーパーへ行ったのも知ってるわ!」
麗美の言葉に、凛は目を瞬かせた。
「・・・ご丁寧に買い出しを終えるのを待っててくれたんですか。」
(この子たち暇人だな。)
「そんな事よりアンタ・・・昨日せっかく私が忠告してあげたのに・・・っ
どうしてまだポアロにっ!
透の傍に居るのよ!!」
「・・・いや、昨日の今日でさすがにポアロから消えろって無理ですよ。
私にも生活がありますし。」
「アンタの事情なんて知らないわよ!」
「それはさすがに酷すぎません?」
自己中心的な麗美の言葉に、凛は呆れるしかない。
「私は今すぐに消えてって言ってるのよ!」
麗美はツカツカと凛に近付くと、彼女の肩を力いっぱいに掴んだ。
ギリッと麗美の長い爪が肩に食い込み、凛は思わず眉根を寄せる。
「・・・また暴力ですか?」
次はもうしてやられない。
凛は足にグッと力を入れた。
麗美は鼻で笑うと、右手を肩から凛の頬に移動させた。
そして頬に爪を立てたかと思うと、ゆっくりと撫でるように指を這わせた。
「ーーーーっ」
麗美が口元にニヤリと持ち上げた。
頬に食い込んだ鋭利な爪がプツリと肉を裂き、ギチギチと顎に掛けて3本の赤い線が描かれる。
描かれた赤い線から血が流れ、顎を伝ってポタリ・・・ポタリ・・・と足元の土を赤黒く色付けた。
麗美から視線を逸らさないままで、凛は静かに言った。
「これで満足ですか?」
麗美は爪先についた血を振り落とすと、凛の胸ぐらを掴んで自身の方へ引き寄せた。
「満足するワケないでしょ?
いい?
透の彼女は私なのよ。
アンタみたいな珍味じゃない。」
「それは何度も聞きました。」
「透は優しい人だからアンタが傷付かないように言わなかっただけでしょうけど・・・
残念ながら透と愛し合ってるのは、この私よ。」
「それはおめでとうございます。
良かったですね、優しい安室さんに愛されて。」
「えぇ、そうよ!
私が彼に愛されてるのよ!
透は本当に何に対しても優しいのよ?
キスも・・・もちろんセックスもね。
まぁ貴女は知らないでしょうけど。」
フンッと嘲笑いながら言う麗美に、凛の思考はフリーズする。
(・・・あの零が優しいセックス????)
このまま喰い殺されるのではないかと思わせる程にガツガツと激しく抱いてくる安室の姿を思い出して、凛は遠い目をした。
目の前で如何に安室が優しい性行為をしてくれるかという演説がドヤ顔で行われているが、もはや凛の耳にはほぼ何も入ってこなかった。
「ちょっと聞いてんの!?」
「へ!?
あ、はい・・・まぁ。」
「せっかく可哀想な珍味ちゃんに話してあげてるんだから、ちゃんと聞きなさいよドブス!」
「えーと、すみません?」
再び始まる演説と凛を罵倒する言葉に、さすがの凛も苛立ちを覚える。
(・・・はぁ、いつまで続くのこれ。
もういい加減に性の話ばかり聞き飽きたというか・・・
同じ事ばかりでしつこいというか・・・
この子欲求不満なの?
そろそろ胸ぐらから手を離してくんないかな?
お肉早く食べたいし。)
凛は溜息を漏らすと、麗美の演説を途中で遮った。
「あの・・・貴女が言う安室さんとやらは随分と優しいようですが・・・
確かに貴女が言う通り、優しい安室さんも魅力的でしょうね。
でも・・・」
口の端を持ち上げて挑発的な笑みを麗美に向けた。
「最初から余裕のない瞳で見つめながらキスをしてきて、一度では抱き足りずに何度も何度も私を求めて激しく抱いてくれる透の方が、もっと素敵で魅力的ですよ?」
凛の言葉に、カッと頬を赤らめながら麗美はたじろいだ。
しかしその目に怒りと嫉妬の色を宿し、凛の掴んでいた胸ぐらを勢いよく後ろへ押した。
背後にある噴水の周りの石壁に膝裏をぶつけた凛は、その衝撃でカクンと膝が折れた。
両手に持っていた重いエコバッグが祟り、そのままバランスを崩して噴水の中へと落ちた。
激しい水飛沫をあげて噴水の中に落ちた凛は、慌てて上半身を起こして周りを見回した。
両手に持っていたはずのエコバッグは消え、噴水の中や噴水前の地面に中身とエコバッグが散らばっているのが見えた。
そして麗美が散らばった食品を踏み潰しながら噴水へ近付くのも必然的に視界に移る。
なんと彼女が踏み潰したのは、凛が何よりも楽しみにしていた本日の夕食のメニューであるシャトーブリアンだ。
肉は無惨にもパックごと踏み潰され、麗美の高いヒールによって肉に穴が空いていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?
わっ私のっっっっっシャトーーーー」
「・・・アンタ、本当に腹が立つのよ。
アンタが透の前から居なくならないなら、私が力づくで消してあげる。」
麗美はそう言うと、彼女の背後で控えていた3人の男に指示を出した。
「この女が二度と外を出歩けないように、滅茶苦茶に犯してやってちょうだい。」
麗美から指示を聞いた男たちは口元を釣り上げながら、噴水の中へと入ってくる。
1人が凛の背後から腕を後ろ手に拘束し、違う1人は凛の両足を押さえ付ける。
そしてもう1人が凛の膝辺りを跨いで膝立ちになり、胸元の服を両手で掴んだ。
目の前でシャトーブリアンを踏み潰された凛は、怒りでワナワナと口元を震わせ、鋭い目付きで目の前で服に手を掛けている男を睨んだ。
その目には涙が浮かんでおり、それが男からすれば今からされるであろう事に恐怖で震えて泣いていると思っていた。
小動物のように震える凛に、ゴクリと喉を鳴らした。
「・・・ふっ・・・」
俯いた凛の口から吐息と共に出たような僅かな声が、目の前の男は喘ぎと勘違いしていた。
気を良くした男は、隙を見せる。
その時ーーーー
「ざけんなァァァァァ!!!」
凛は勢いよく男の顎に頭突きをかました。
その衝撃で男は後ろへ吹っ飛び、凛の足を抑え付けていた男を巻き込んで飛んだ。
凛は後ろの男にもたれるようにして身体を倒し、自由になった両足を上に振り上げた。
そのまま背後で腕を抑え付けている男の首周りに足を巻き付け、捻るようにして水面に叩き付ける。
水滴をボタボタと落としながらユラリと立ち上がった凛は、ギロリと麗美を睨み付けた。
そのあまりにも恐ろしい目に、麗美は肩をビクつかせて息を呑む。
頭突きをされた男がフラフラと起き上がり、再び凛に襲いかかろうとした。
凛の肩を掴み、懸命に押し倒そうと試みる。
「・・・邪魔。」
スパァァァンッと何とも気持ちのいい軽快な音が夜の公園に響いた。
凛によって勢いよく頬を手の甲で打たれた男は、頬を抑えながら水の中で尻もちをついた。
さらに先程巻き添えを食らった男が襲いかかり、凛の胸ぐらを掴んだ。
舌打ちをした凛が、男の顔面に拳を突き入れようとしたその時ーーーー
「そこで何をしているんですか?」
凛が声の主の方へ視線を移すと、そこに沖矢が立っていた。
「・・・昴?」
「おや、凛・・・
そんな水の中でどうしました?
瞳孔が開いていまーーーー」
沖矢は凛の頬に出来た痛々しい傷と男が彼女の胸ぐらを掴んでいるのを見た瞬間、開眼させた。
一瞬で噴水の中まで入って来た沖矢は、胸ぐらを掴んでいる男に息をする間も与える事なく鳩尾に拳を突き入れた。
男は激痛と嘔吐感に見舞われ、うっと吐きそうになる。
「・・・おっと、大変ですね。」
沖矢は水面に倒れていきそうな男の襟首を掴むと、そのまま噴水の外へ頭を出した。
男は抑えきれない嘔吐感に、そのまま噴水の外へ吐瀉物を撒き散らす。
沖矢は襟首から手を離し、男の脛辺りを足で掬い上げた。
回転するようにして噴水の外へ落ちた男は、自ら出した吐瀉物の上に顔面から転がり落ちた。
自分のとはいえ吐瀉物まみれな男に、凛は思わず うわ・・・と言って顔を顰めた。
沖矢は麗美の方へ視線を移すと、口の端を持ち上げた。
「・・・貴女もやりますか?」
麗美は奥歯をギリッと噛み締め、その場から走って逃げた。
「助けてくれてありがとね。」
凛は濡れた髪をかき上げながら言った。
「濡れていますし、風邪をひいてしまってはいけませんからとりあえず工藤邸に行きましょうか。
話はそこで聞きます。
散らばっている食材は凛のものですか?」
頷く凛を見た沖矢は、水の中に散らばっていた食材をかき集めてエコバッグに入れる。
噴水の中から出た凛は無惨に潰されたシャトーブリアンのパックを拾った。
(キュラソーの分は無事っぽいし良かった。
一切れ貰お。)
凛は盛大な溜息を漏らしながら、持っていた可哀想なパックを公園のゴミ箱に捨てた。
後ろから歩いてきた沖矢の気配に振り返ると、沖矢に横抱きにされた。
「!?
自分で歩けるんだけど!?」
「足が痛むんでしょう?」
噴水の周りの石壁に膝裏を勢いよくぶつけた時に少し痛めていたのが沖矢にバレており、凛は苦笑いした。
