Episode 35
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翌日ーーーー
この日、凛のシフトは梓と一緒のハズだった。
開店準備をする為にいつもと同じ時間に出勤した凛は、店先にポアロの看板が出されている事に気付いて持っていたスマホの画面を見た。
「・・・あれ、まだ8時前なのに・・・
梓ちゃんが早く来てくれたのかな。」
凛がポアロのドアを開けると、カウンター内に居た安室が振り返った。
そして凛に眩しい程の笑顔を向けた。
「おはようございます、凛!」
キラキラと輝く光を飛ばしながら近付いてくる安室に、凛は神々しさに思わず両目を手で覆い隠した。
その様子の凛に、目の前までやって来た安室は覗き込むようにして腰を屈め、嬉しそうに目を細める。
「どうかしたんですか?
顔が赤いようですが・・・」
そのまま凛の耳元に顔を寄せた安室は、わざと少し低い声で話した。
「・・・そんなに俺と一緒で嬉しいのか?」
勢いよく後ろへ仰け反った凛の顔は真っ赤だった。
それに気分を良くした安室は、さらに凛の方へ近付こうとする。
「どうして今日透が居るの!?
しばらく用事って言ってたじゃない!」
「あぁ、全力で終わらせました。
それでなくとも凛と一緒に過ごせる時間が少ないのに、たかだか用事如きで何日も縛られるなんてごめんですからね。」
「Oh・・・」
(貴方、本職公安だよね????
日本命のハズだよね???
風見さん・・・絶対激ヤセしてそう・・・)
本職の仕事をたかだか如き扱いしながら満面の笑みでサラリと話す安室に、凛は遠い目をした。
それと同時に、そんな安室に無理矢理付き合わされる羽目になったであろう風見に心から詫びた。
「そもそも今日のシフトは元々梓ちゃんと一緒のハズーーーー」
そこまで言って昨日の梓の言葉を思い出す。
(またシフトの改ざんしたんかい!)
あちゃーと額に手をついて項垂れる凛に、安室は満足気な様子で彼女を腕の中に閉じ込めた。
ハッと我に返った凛は、安室の胸を押して彼の腕の中からスルリと逃げる。
「何故逃げるんですか?」
「当たり前でしょ!
ここお店!」
「まだ開店前です。」
「開店前でもお店はお店!
仕事しに来てるんだから、公私混同禁止!」
腰に両手を当てて言う凛に、数回目を瞬かせた安室は ですね・・・と言った。
「そうそう、昨日はありがとうございました。」
「ハロちゃん、賢かったよ。
ずっと大人しかったし。」
「ふふ、そうですか。
ところで・・・」
凛は首を傾げながら安室に視線を移した。
「何?」
「昨日、玄関先で何してたんですか?」
安室の質問の意味がわからなかったのか首を傾げたままの凛に、安室が続けて言った。
「何か・・・ビニール袋を、こう・・・バサバサとしてませんでしたか?」
「!?!?」
何故その事を昨日不在だった安室が知っている。
凛は一気に顔を青ざめさせた。
「あぁ、その前に壁にぶつけたところは大丈夫ですか?」
ニコリと微笑みながら昨日ぶつけた頭を撫でる安室に、凛は引き攣った笑みを浮かべるしか出来ない。
「ななな何故、透がその事をご存知で?」
「わざわざあんな可愛い事せずとも・・・」
目を細めた安室は腰を屈めて凛の耳元に顔を寄せた。
「・・・俺の香りが欲しいなら、いっそ一緒に住めばいいのに。
そうすれば、いつでもこの香りは君だけのものだ。」
「ーーーーひっ!」
耳を抑えて顔を真っ赤にさせて逃げる凛を見て、安室は至極愛おしげな目を向ける。
「あぁ、あとハロに家を護るように指示してる姿も可愛かったですよ。」
「!?!?」
状況を理解出来てない凛に答えを教えるように、安室はスマホを操作して画面を凛に向けた。
その画面には、リビングで寛いでいるハロが映し出されていた。
ハロが動く度にハロを追い掛けるようにして映像も動く。
「ペットモニターで全部観てました。
ちなみに昨日のは永久保存済みです。」
頬を少し染めてうっとりとした目で話す安室に、凛は一瞬脳内処理が追いつかなかった。
しかしまさかの昨日の痴態すべてを安室に見られていたという事を初めて脳が処理した時、凛は声にならない声で叫んだ。
あまりにも羞恥が大きすぎてトイレに引きこもってしまった凛を、安室が必死に説得する。
「凛!
僕は君が僕の香りをビニール袋に必死に詰めようとしていたからと言って嫌いになりませんよ!
むしろ凛の深い愛を感じて、より一層君への愛情が増しました!
昨日のあれを観て、1秒でも早く君に逢いたくて僕は早く用事を終わらせたくらいですから!
そもそも引きこもるならポアロのトイレじゃなくて、僕の家にしたらどうですか!?」
「もう本当に忘れて!
お願い!
もう放っといて!
オブリビエイト唱えてやる!」
「嫌ですよ!
昨日のあれは僕にとって大切な記憶です!
凛が僕の事をあれ程までに愛してくれてるんだという貴重な証拠を消さないでください!」
「あぁああああああっっ!?
お願い、もうわかったから!!
もう忘れなくていいから金輪際何も言わないで!!!」
色々あったがポアロは無事に開店され、キッチンは安室、フロアは凛という役割を担う中、いつも通り忙しい時間を過ごした。
次第に落ち着いてきた昼過ぎ、ようやく店内に客は居なくなった。
洗い場で食器を洗っていた凛は隣で夕方以降の仕込み作業をしている安室に視線を移した。
その視線にすぐ気付いた安室が顔を向ける。
「どうかしましたか?」
「あのさ・・・
マスターには昨日連絡したんだけど、私しばらく友達のお店のお手伝いに行かなきゃいけなくて、その間ポアロのシフトは入れない事にしたから。」
その言葉に、仕込み作業をしていた安室の手が完全に止まった。
目を大きくして凛を見てくる安室から視線を外し、布巾で手を拭いてカウンター内から出て行こうとした。
その彼女の手を安室が握って引き止めた。
「・・・しばらくってどれくらいですか?」
「わからないよ。
友達のお店が落ち着くまでよ。」
「その友達って誰ですか?」
「透の知らない人よ。」
「僕が知らない人でも名前を教えてください。
念の為、その人の店名と連絡先も・・・」
すんなり引き下がらない安室に、凛は目を瞬かせる。
(んんんんん?
昨日の子の単独行動なのはなんとなくわかっていたけど・・・
零のこの様子から見ると、組織絡みの子じゃなさそう?)
凛は悩んだ末に、創作料理白百合の店主である小百合の名前を出した。
「・・・小百合ちゃん。」
(あー小百合ちゃんごめん。
勝手に名前出した。)
心の中で小百合に詫びを入れながら安室の手を振り解こうとすると、握る手に力が込められた。
首を傾げて安室を見上げると、彼は口元に笑みは貼り付けられているものの目が笑っていなかった。
「・・・どうして嘘をつくんですか?」
(バレてるううっっっ!)
凛は口元を引くつかせながら、とりあえずへらりと笑ってみた。
「彼女なら僕は知っていますよ。
以前、彼女の店に一緒に食事に行ったじゃないですか。」
握っていた凛の手を安室の方へ引き寄せながら、彼女との距離を徐々に詰める。
「・・・凛、僕に隠し事がありますね?」
「な、何も・・・」
(これ絶対知ってて聞いてきてるんじゃ!?)
焦りで荒れ狂う気持ちを必死に押さえ込みながら、目の前に迫る安室から何とか逃げようと退く。
その内背中は壁に当たり、完全に追い込まれた凛は冷や汗をかく。
ひたりと左手を壁についた安室が、少し腰を折って凛の顔を覗き込んだ。
「君の為にも早く言った方が賢明ですよ?」
「透、ここポアロ。」
「ええ、そうですね。
またトイレに逃げ込まれたりすれば厄介ですので。」
「トイレに引きこもらないし、とりあえず離れようか。」
「凛が早く口を割ればいい話です。」
安室がさらに顔を近付ける。
「俺に何を隠してる?」
その時ーーーー
ゾクリ・・・と凛の背筋が震えた。
目の前の安室の顔を押し退けて、窓から見える外へ視線を向ける。
(・・・今、何か鋭い視線を感じた・・・)
凛が窓の外を凝視していると、ポアロの店の向かい側にある雑居ビルとビルの隙間からコチラを見ている麗美の姿があった。
彼女の目は激しい怒りを含んだ色に染まっており、強く唇を噛んでいる。
恐ろしい形相でポアロを、否、凛を睨み付けている麗美に凛は息を飲んだ。
(・・・彼女をこのまま放っておくのは危険だ・・・
周りに危害が・・・)
「・・・凛?」
安室に名前を呼ばれて、ハッと視線を安室へ移した。
凛の右手で右頬を思いっきり押された状態の安室は、目を丸くして見ていた。
慌てて安室の右頬から手を離した凛は、詫びながらも彼と壁の隙間からスルリと逃げる。
「誰か居ましたか?」
右頬に手を添えながら聞く安室に、凛は首を左右に振った。
「ううん、私の気のせいだったみたい。」
「・・・そうですか。」
「とにかく、そういう事だから。
もう17時だから私は上がるね。」
安室の探るような目付きから逃げるようにして、凛はバックヤードへ向かった。
