Episode 35
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「透は私の彼氏なんだから、目障りなアンタは消えて。」
8月の終盤にかかろうとしているにも関わらず、今日も太陽がギラギラと灼熱の光を照りつかせる。
灼熱の光が容赦なくアスファルトを熱する為、ユラユラと陽炎が姿を現していた。
夏特有のジリジリと焼け付くような暑い西日が差し込むポアロの店内。
いつも通り店内に流れるジャズの音楽と挽き立ての芳しいコーヒーの香りが包まれた空間に、気迫に満ちた女の声が落とされた。
遡る事30分前ーーーー
この日のポアロのシフトは凛と梓の2人だった。
そこへ部活帰りの蘭、その蘭の部活を見学していた園子とコナンがポアロへやって来て、店内に彼女たちしか居ないのをいい事に談笑していた。
そこへ店内に来客を知らせるベルが鳴り、1人の女が店内に入ってきた。
毛先を巻いた茶髪の髪を揺らし、切長の目をカウンター内に向けた女は梓を見た後凛を見て僅かに眉をピクリと動かした。
「「いらっしゃいませ・・・」」
梓と凛が見事同時に言った時、女はカウンター席の方へ歩を進めてきた。
カツ・・・カツ・・・とピンヒールの音が店内の床を鳴らす。
ちょうど凛の目の前のカウンター席までやって来た女は、カウンターテーブルに右手を着いてカウンター内の方へ僅かに身を乗り出した。
「・・・アンタが神崎 凛?」
突然呼ばれた自分の名前に、凛は訝しげにしながらも頷いた。
「そうですが・・・」
すると、女は鼻で笑った。
「こんな女が・・・」
そして冒頭のセリフに至る。
「透は私の彼氏なんだから、目障りなアンタは消えて。」
(・・・あぁ、今日はこんな事ばかりだ。)
今朝の看護師の会話が脳裏に過ぎって、凛は目を伏せた。
しばしの沈黙が流れた後、園子と蘭、そして梓の驚愕の声が店内に響き渡った。
園子が怒りの形相で女に詰め寄ってくる。
「ちょっと!
アンタ急に出て来て何よ!!」
女は園子を一瞥したが、綺麗に巻かれた髪を一束手に取って毛先を弄り始めた。
女の態度が癪に障った園子がさらに詰め寄る。
「いい!?
安室さんの彼女は凛さんなの!
アンタみたいな女じゃないの!」
吠える園子に続いて蘭も乱入してきた。
「そうですよ!
つい先日、安室さん本人が公言していました!!」
さらに梓も乱入する。
「そうです!
安室さんって明らか凛ちゃんにだけ優しいんですからね!
しかも凛ちゃんを見る眼差しだけ、すっごく優しくて常に目尻下がりっぱなしで目尻が床に着くんじゃないかって思うくらいなんですから!
常に男性客相手に嫉妬してますし、独占欲丸出しで牽制しまくってますし、隙あらば凛ちゃんとイチャつこうとしてますし、凛ちゃんとシフト一緒になりたくて勝手にシフト改ざんしまくりですし!」
「・・・梓ちゃんそれ以上言っちゃうと、透のHPがマイナスになっちゃうから止めてあげて。」
「・・・え、安室さんってそこまでしてるの?」
「・・・だから凛さんのシフトに安室さんと重なってる日が多かったんだね。」
若干引いてる園子と蘭に、凛は心の中で安室に合掌した。
園子、蘭、梓の言葉を静かに聞いていた女は、弄っていた髪の束を後ろへ払い退けた。
「私は寛大な心を持っているから、透のお遊びも許してあげるつもりよ。
まぁ透もたまには珍味も味わいたかっただけでしょうし?」
チラリと凛に視線を移し、品定めでもするかのように上から下まで一度ゆっくりと見る。
そして口の端を持ち上げて笑った。
「ハハッ、本当に珍味ね。
透も何もこんな女にわざわざ手を出さなくても、もっと他に女が居たでしょうに。
すべてのパーツにおいて、平均以下・・・
色気も何もない、貧乳のお子ちゃま。」
女に貧乳と言われ、思わず凛は自分の両胸に両手を添えてみた。
続けて女の胸元へ視線を移せば、デコルテの開いた服からガッツリと見える谷間と服の上からでもわかる程にたゆんたゆんと揺れる豊満な乳があった。
(・・・ふむ、確かにこの子と比べると私に乳はないから貧乳になるのか。)
妙に納得している凛の隣で、梓が憤慨している。
「はぁ!?
凛ちゃんは着痩せするタイプなだけで、爆乳よ!!
最近、安室さんのお陰でさらに大きくなってるんだから!」
「・・・梓ちゃんお願い、もう何も言わないで。」
女は随分と自分のプロポーションに自信があるようで、吠える梓に見向きもしない。
「あぁ、そうだ。
透に遊ばれた可哀想な珍味ちゃんに教えてあげる。
私は二階堂 麗美、城南大学のミスキャンパスなの。」
「アンタがミスキャンパスだかミス阿呆だかの情報は聞いてないっつーの!」
麗美の情報に園子は心底どうでもいいと言った表情で毒づく。
当然の如く園子を無視した麗美は、腕を組みながら凛を見やる。
「わかったかしら?
透には私のような周りに認められた美人が居るのよ。
アンタみたいな芋臭い女はお呼びじゃないの。
カッコイイ透に夢見させてもらえてよかったわね、珍味ちゃん?
でもそれももう終わりよ。」
なんとも自分勝手な言い分に蘭、園子、梓の怒りはヒートアップしていき、コナンは心配げに凛を見た。
凛はというと、状況を理解し切れてないのか、初めから麗美を相手にして居ないのか、泣く事も焦る事もせず、はぁそうですか・・・と言っている。
その凛の様子が気に食わなかったのか、麗美は盛大な舌打ちをした。
カウンター内へズカズカと入ってきた麗美は、左手を高く振り上げた。
そして凛の右頬に向かって勢いよく振り下ろした。
予想より遥かに強かった勢いに凛はバランスを崩し、カウンター内の背後に置かれていた棚に頭から突っ込んだ。
「凛さん!」
コナンは叫んだ。
ガシャァン!と激しい音と、棚に入れていた皿やコーヒー豆の袋やコーヒーミルなどが盛大な音を鳴らして床に散らばる。
床で無惨にも砕け散った皿の破片の上に膝を着いて倒れた凛に、コナンが急いで駆け寄る。
続けて蘭、園子、梓も駆け寄ってきた。
「凛ちゃん!」
「凛さんっ大丈夫ですか!?」
コナンが棚に勢いよくぶつけた凛の頭を見ると、額から血が流れていた。
打ちどころが悪く、棚の角にぶつかった事で少し切れたようだ。
戸棚から綺麗なタオルを手に取ったコナンは、凛の頭に出来ている傷口にタオルを押し当てた。
麗美はその凛を見下ろしながら鼻を鳴らした。
「あぁ、鬱陶しい。
わざとぶつかって、そうやって周りに同情されたいワケ?」
コナンは麗美を鋭く睨み付けた。
「ちょっとアンタ何してんのよ!
凛さんにこんな事して、タダじゃ済まさないんだから!!」
園子が麗美の肩を掴んで言うと、煩わしそうに眉を寄せた麗美にその手を振り払われた。
「馴れ馴れしく触らないでちょうだい。」
麗美は身体の向きを変えてカウンター内から出ると、店内の出入口ドアへと向かった。
ドアノブに手を掛けながら振り向くと、吐き捨てるように言った。
「これ以上私を怒らせたくなければ、今すぐにポアロを辞めて透の前から消えなさい。」
麗美はそう言うと、そのまま出入口のドアを開けて出て行った。
その麗美を園子が怒りを露わにしながら追い掛けた。
コナンは押し当てていたタオルをソッと離して傷口の具合を見ようとするが、とめどなく溢れる血に再びタオル押し当てる。
「・・・凛さん大丈夫?」
呆然としている凛に、眉を下げたコナンが尋ねた。
「出血がひどいから病院に行こう。」
コナンが蘭に視線を向けると、頷いた蘭がすぐに携帯を取り出して救急車を呼ぼうとした。
その蘭を凛は制した。
「蘭ちゃん、大丈夫。」
「えっでも・・・」
「梓ちゃん、バックヤードから大きめの絆創膏持ってきてもらってもいいかな?」
「う、うん・・・」
梓はすぐにバックヤードへ走って行った。
床に座り込むような体勢だった凛は、立ち上がる時に膝に割れた皿の破片が食い込んで血が滲んだ。
それに気付いたコナンが慌てて凛を止めるが、彼女は破片で膝が切れようがお構いなしだ。
バックヤードから出てきた梓は大きめの絆創膏だけでなく、ガーゼやサージカルテープも持ってきた。
受け取った蘭が凛の額に出来た傷に絆創膏の上からガーゼを乗せ、サージカルテープで固定する。
(できる女子たち・・・惚れる。
是非とも嫁にきてくれ。)
気の利く梓と手際よく処置する蘭と自分の為に怒って麗美を追い掛けた園子に、凛は何度目かわからない結婚を脳内で申し込んだ。
その時、麗美を追い掛けていた園子が帰ってきた。
「・・・ったく!
あの女逃げ足だけは速いんだから・・・
凛さん、大丈夫?」
カウンター内へ駆けてきた園子に、凛は笑顔で頷いた。
「割れた食器が危ないから、とりあえず片付けようか。」
園子がカウンター内を見て言うと、凛がほうきとチリトリを取りに行こうとバックヤードへ行こうとした。
その凛を蘭が手を握って呼び止めた。
「凛さんはカウンター席に座っててください!
膝からも血が出てますし!」
「え、いや・・・
でも食器割ったの私だし。」
「凛さんのせいじゃなくて、あの女のせいよ!」
園子が憤慨しながら言った。
「片付けは私たちに任せて!
凛ちゃんは休んでる休んでる!」
カウンター席まで梓と蘭に手を引かれ、凛は申し訳なく思いながらもみんなに甘える事にした。
そしてカウンター席から見える砕け散った食器を見る。
(うわぁ・・・これ全部バイト代から天引きかぁ。
マスターごめんなさい。)
棚に置いてあった食器の大半が砕け散った現場に、凛は遠い目をした。
