Episode 28
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キュラソーは現在、困っていた。
隣に座っているのはもちろん凛だ。
その凛はというと、バーボンのウイスキーを大事そうに抱え込んでソファの上で身体を小さく丸めて横たわっている。
「うへへへ・・・
ばぁぼんおーいしーねぇ。
ばーぼんすきだぁ・・・」
幼さ残るなんとも可愛らしい笑顔でウイスキーボトルに頬擦りしている凛に、キュラソーは本当にこの子はアラサーなのかと疑問に思う。
「きゅらそーのんでるかーい?」
「えぇ、飲んでるわ。」
キュラソーがテーブルの上に置かれたウイスキーボトルを取ろうと手を伸ばした。
「ばーぼんは渡さないんだからねー!」
凛が抱え込んでいたウイスキーボトルをさらに強く抱きしめて、プンプンと口を尖らせた。
「・・・それはいらないわ。」
「いくらきゅらそーが欲しがったって、ばーぼんはだめだぞー!」
「・・・果たしてその"バーボン"はどっちのバーボンなのかしらね。」
「んー・・・?
ばーぼんはばーぼんだーー!
ほしいのー?」
「いらないわ。」
「いえーい、ばーぼんさんってかっこいいねぇ!」
もはや会話が成り立っていない。
ここまで酒に弱かったのかとキュラソーは困り果て、助けを求めるべくポケットからスマホを取り出した。
ふと先程まで隣で、ばーぼんカッケェェェとケタケタ笑っていた凛が突然静かになり、チラリと視線を寄越せばなんと力尽きて寝ているではないか。
「・・・あら。」
クスッと微笑んだキュラソーは、手に持っていたスマホを凛の方へ向けた。
カシャッとカメラのシャッター音が鳴り、画面に写る凛にフッと笑みを浮かべたキュラソーは、素早く指を動かして文字を入力した。
ブーッ・・・ブーッ・・・ブーッ・・・
ポケットに入れていたスマホが震え、降谷はパソコンのキーボードから手を離した。
スマホを取り出して画面を確認すると、一件のメールが届いていた。
差出人はキュラソーだ。
(何故キュラソーからメールが?)
疑問に思いながらも届いたメールを開く。
"誰かさんのせいで泣いてしまったわ。
どう責任を取るつもりかしら?"
まったく身に覚えのない内容に、降谷は首を傾げる。
写真が添付されている事に気付き、添付ファイルをタップした。
画面に表示された写真は、なんと凛の写真だった。
眉を下げて目元に涙を滲ませながら身体を丸めて横たわる凛に、降谷は顔に焦りの色が浮かんだ。
どこか身体の調子が悪いのだろうか。
知らぬ間に自分が傷付けてしまったのだろうか。
そんな不安が一気に押し寄せた時、ふと凛が大切そうに抱えるものに目が行った。
それはどうやら何かのボトルのようだった。
スマホ画面に触れて写真をズームし、その正体を探る。
「・・・バーボン?」
凛の腕の中でわずかに見えたボトルの"BOURBON"という文字に、キュラソーからのメールの文面の意味をようやく理解した。
「これは俺のせいなのか?」
フッと微笑んだ降谷は、キュラソーへ返信の文面を打つと送信ボタンをタップした。
テーブルの上に置いたスマホが震え、キュラソーは手に取って画面をなぞる。
先程のメールの返信が降谷から届き、メールを開いて内容を読めば口の端をわずかに持ち上げた。
「ほら、貴女の王子様が急いで帰るって言ってるわよ。」
スヤスヤと気持ち良さげに寝息を漏らす凛の頭を優しく撫でながら、キュラソーは1人で酒の入ったグラスを傾けた。
1時間後、玄関から鍵が開く音が聞こえて降谷がリビングに姿を現した。
「あら、思ったよりも早かったわね。」
「えぇ。
僕のせいで泣いて眠ってしまった可愛らしい酔っ払いを介抱する為に、早めに切り上げましたよ。」
降谷は未だソファでバーボンのボトルを抱きしめながら眠りこけている凛に近付いた。
腕の中からゆっくりとボトルを抜き取ろうとすると、途端にギュッと腕に力が入った為抜き取れなかった。
「・・・凛、そんなバーボンより本物のバーボンが居るけど?」
「んー・・・?」
薄らと瞼を持ち上げた凛の瞳に、降谷がボヤけて映る。
その瞬間、へにゃりと微笑んだ。
「こっちのバーボンさんがいー・・・」
ギュウギュウに抱きしめていたボトルのバーボンは彼女の腕からあっさり離されて、カーペットの上にゴトリと音を立てて落ちた。
そして降谷に向かって両手を広げた。
降谷が凛の方へ身体を傾けると、彼女の腕が自身の首の後ろへ回った。
降谷は右手を凛の膝裏に入れ、左手は背中へ回すとそのまま横にして抱き上げる。
降谷に抱き寄せられた凛は、首元へスリスリと猫のように擦り寄りながらしあわせそうな笑みを浮かべた。
「では、凛は部屋で寝かせます。」
「えぇ、頼んだわ。」
キュラソーはヒラヒラと手を振った。
パタンとリビングのドアが閉まる音が聞こえ、キュラソーは静かになったリビングで空になったグラスに新しくウイスキーを注いだ。
降谷は凛の寝室に入ると、ベッドの上にゆっくりと彼女の身体を下ろそうとした。
しかし首の後ろへ回された腕が離されないままだった。
腰を折って凛の身体に覆い被さるような状態でベッドの上に手を付いていた降谷は、どうしたものかと思案した。
試しに首の後ろへ回されていた凛の腕を無理矢理離そうとしてみると、彼女は眉根を寄せながら小さく唸り声を上げた。
そしてより降谷の首元に抱き着いてきて、凛の上半身がベッドから離れてしまった。
ギュウギュウと抱き着いてくる凛に降谷は微笑み、彼女の背中をポンポンと優しく叩いた。
降谷はその体勢のままで、器用にスーツのジャケットを脱いで半分に折り畳むと、近くにあった椅子の背凭れに掛けた。
次いで、ネクタイを首から外してジャケットの上に掛ける。
凛の身体を抱き上げて少しベッドの奥へ移動させると、降谷もベッドの上に上がった。
凛の隣に寝転んだ降谷は、彼女にしっかりと布団を掛けたのを確認してから、凛の細くて小柄な身体を包み込むようにぎゅうと強く抱きしめた。
「・・・ん・・・」
太陽の眩しい光に薄らと瞼を持ち上げた凛は、目の前に広がる褐色の肌をぼんやりと見つめた。
寝起きの凛の脳は、まだ完全に稼働していない。
柑橘系と石鹸を合わせたような香りに包み込まれた今の状態に心地良さを覚えて、再び瞼を閉じようする。
(・・・零の香り・・・
しあわせ。)
目の前にあった褐色の肌にスリッと頬を擦り寄せながら、ふにゃりと笑みが零れた。
しかし、そこでようやく凛の脳がハッキリと稼働し始めた。
(褐色の肌に零の香り!?)
カッと目を見開いてすぐさま顔を上に上げると、視線の先にはカスタードクリーム色の金髪に陽の光を浴びさせた降谷の矯正な顔があった。
彼の目は閉じられていて、どうやら彼は寝ているのかスー・・・スー・・・と規則正しい寝息が聞こえている。
「!?!?」
そして目の前の褐色の身体から伸びた腕は、凛の身体にしっかりと回されていた。
凛は降谷に抱きしめられた状態で眠っていた事に気付いた。
しかし凛は、降谷に抱きしめられて眠っていた事より、彼が服を何も身に付けていない事に驚愕の表情を浮かべていた。
そう、凛の目の前に広がる褐色の肌は、まぎれもなくシャツ1枚すら身に付けていない降谷の上半身だ。
鍛え上げられた美しい胸筋に、凛は鼻血を噴き出しそうになる。
(ちょー待って!?
なななななな何故、零は服を着てないの!?)
凛は思わず自分の身体に視線を移した。
自分の服は何1つ乱れていない。
しっかり着込まれた状態だ。
そこで凛はハッとした。
(そうか!
零は上は全部脱いで寝る派なのかも!)
凛はチラリと降谷の下半身の方へ視線を移した。
降谷の腰上辺りから布団が掛けられている為、彼の下半身は見えない。
凛は足を少し動かして降谷の足に触れてみた。
太腿から感じる降谷の素肌に、凛はカッと顔を赤くした。
(なーーーーっ!?
下も履いてない!?
えっ!?酔った私が零を襲った!?)
赤面させてアワアワと戸惑っていると、頭上からクスクスと小さく笑う声が聞こえた。
凛が視線を上に向けると、目を細めたグレイッシュブルーと視線が合った。
「・・・おはよ、凛。」
「お、・・・はよ。」
「そんなにも顔を赤くしてどうした?」
「ごっごめん!」
突然詫びの言葉を投げ掛けてきた凛に、降谷は彼女の後頭部をゆるゆると撫でた。
「んー?
何に対しての謝罪だ?」
「わっ私・・・
まさか酔っ払って、零を襲うなんてっ!」
その言葉に、降谷は思わず破顔させた。
降谷が何故笑っているのかがわからず、凛は眉を下げたままで首を傾げた。
その凛を再び自身の腕の中に閉じ込めた降谷は、口を開いた。
「凛に襲われるのも悪くないな。」
「!?!?
ほっ本当に襲っちゃったの!?」
「んーん・・・
襲われるのを想像しただけ。」
その言葉で自分が降谷を襲っていない事を確認出来て、凛は安堵の息を漏らした。
「・・・零って眠る時は全部脱ぐタイプなの?」
「うん、全部って言っても下着は履いてるけどな。
嫌?」
「ううん。
でも私が零を襲って全部脱がせちゃったのかとビックリした。」
「今度脱がしてもいいよ。」
「!?
しないよ!」
「じゃあ俺が凛を脱がしてもいい?」
「!?!?
寝惚けてるの!?」
「んー・・・久しぶりによく眠れたからかな・・・」
その時、ベッドサイドテーブルに置いていた降谷のスマホが震えた。
置いていた2台のスマホの内、1台のスマホが震えている。
気怠げに腕を伸ばしてスマホを手に取ると、液晶画面に並んでいた電話番号に眉根を寄せる。
スマホの画面を下にしてパタンと置くと、再び腕を凛の身体に回した。
未だに降谷のスマホから聞こえてくるバイブ音に、凛が心配そうに呟いた。
「・・・電話でしょ?
出なくていいの?」
「あぁ。」
「・・・絶対ダメでしょ。
早く出なきゃ。」
その言葉に、降谷は渋々といった感じで再びスマホに手を伸ばした。
耳にスマホを当て、片腕で凛の身体を自身の胸元へ抱き寄せる。
「・・・こんな朝から何の用ですか?」
「ハァイ、バーボン。
今日の任務についてだけれど・・・」
降谷の規則正しく脈打つ鼓動音を聞きながら、受話口から聞こえてくる声で通話相手がベルモットだとわかった。
「何か変更でも?」
「えぇ。
23時を予定していたのだけど、急遽2時間後の8時に変更よ。」
「随分と大幅な変更ですね・・・
何故です?」
降谷は凛の背中に回していた手の指先で、彼女の背骨辺りをツゥッと撫でた。
「ーーーーっ!?」
突然の事に驚き、凛は慌てて口元を両手で塞いだ。
「詳しくは知らないわ。
ただ、先方が夜は予定が入って無理になったって言ってきたのよ。」
「へぇ・・・」
降谷は撫でる指を止めないまま、涼しい顔でベルモットと通話を続けている。
そんな降谷を凛は弱々しく睨み付けた。
降谷は凛を見て、フッと口の端を持ち上げた。
「だから今すぐに指定の場所に来てちょうだい。」
降谷は凛の唇に自身の唇を重ねた。
舌で無理矢理凛の唇をこじ開けて出来た隙間に舌を差し入れる。
逃げる凛の舌を捕まえて絡ませると、次第に彼女の息が上がり始めた。
「ちょっとバーボン、聞いてるの?」
降谷は僅かに唇を離して答えた。
「・・・えぇ、聞いていますよ。」
それだけ言うと、再び凛に深く口付けた。
「そう。
なら頼んだわよ。」
降谷が絡めていた凛の舌を軽く吸った。
「んん・・・っ!」
思わず漏れた声に、凛は慌てて降谷の胸元を押した。
降谷はスマホを耳から離しており、そのままスマホをベッドサイドテーブルの上に置いた。
「・・・っ
なっ何するの!?
今のシャロンに聞かれてたら・・・っ!」
僅かに肩で息をしながら目に涙を浮かべて怒る凛に、降谷はフッと微笑みながら頭を撫でた。
「心配しなくていい。
通話は切れていたよ。」
ベッドから下りて、椅子の背凭れに掛けていたスーツを着ていく降谷を、凛は眉を寄せて見やる。
「・・・絶対わざとでしょ。」
「さぁ、どうだかな。」
降谷は最後にネクタイを首に掛けて、馴れた手つきでキュッと結んだ。
そして凛に視線を移すと微笑んだ。
「という事で、いってきます。」
凛はその降谷に慌てて護りの魔法を掛けながら、いってらっしゃいと言った。
ーーーーーーー
「・・・バーボン。
まさかとは思うけど、貴方さっき凛と居た?」
「だとすれば何です?」
「凛に何をしていたのかしら。」
「わざわざ僕に銃を突き付けて聞く事ですか?」
「返答次第では、その頭に風穴を空けるわよ。」
「やめた方がいい。
そんな事をすれば凛は貴女の事を嫌うでしょうから・・・
まぁ、貴女が心配するような事はしていませんのでご安心を。」
「・・・まさか凛と付き合ってるの?」
「ご想像にお任せします。」
「ーーーーチッ。
凛を傷付けたり泣かせたりしたら、次こそは脳天ブチ抜くから気を付ける事ね。」
