Episode 28
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「さて、そろそろお迎えに行こうかな。」
杖を振って空になったティーカップと皿を一瞬で片付けた凛を、黒田はチラリと見た。
「あぁ・・・組織を裏切ったという例の女か。」
「そ、キュラソーね。
じゃあね、兵ちゃん。」
「次回の茶会も楽しみにしている。」
黒田は軽く右手を上げると口の端を僅かに上げた。
その黒田に凛も微笑み返しながら手を軽く振ると、その場から姿くらましで消えた。
警察庁へ姿現しをした凛は、キュラソーが居る道場へ向かう前に差し入れの飲み物を買おうとした。
庁内に設置されている自販機を見付けると、千円札を投入口に入れた。
そしてどの飲み物を買おうか指先がボタンの上をフラフラと迷う。
「んー、稽古後だからスポーツドリンク系と・・・無難なコーヒー・・・
・・・ってコーヒーのボタン何これ、どうなってるの?
え、指圧でこんな事になるの?」
ブラックコーヒーを買おうとしてボタンを押そうとしたが、ブラックコーヒーのボタンは奥深くにめり込んでいた。
とりあえずその上から押してみたものの、やはりボタンは壊れているのか反応がなく、ブラックコーヒーの缶が落ちてくる事もなかった。
「・・・ブラックコーヒー好きのゴリラでも飼ってたりして。」
なーんてね、と自分でツッコミを入れて笑いながら袖口からサッと杖を取り出し、めり込んだボタンに向かってレパロを唱える。
ボタンは無事に元に戻り、再びボタンを押すと今度はガコンと音を立ててブラックコーヒーの缶が落ちてきた。
そして無糖、微糖のコーヒーとスポーツドリンクのそれぞれを何本か購入すると、両腕に抱えて道場へと向かった。
道場に近付くに連れて、ダァン!という床に打ち付けるような音やキュラソーの指導の声が耳に入る。
道場の入口の扉からバレないようにこっそりと覗き見ると、道場内では道着に着替えたキュラソーが、銀色の髪を後ろで1つに結い上げながら声を張り上げていた。
「脇が甘い!
集中しろ!」
「はい!」
「足でもっと踏ん張れ!
足腰を強化!」
「了解!」
次々と迎え来る公安の男たちと組手争いをし、そしてキュラソーより大きな男たちを軽々と投げて床に叩き付けていく。
勇ましい表情で1人1人に的確な指導を与えながら組手争いをするキュラソーに、凛は目を輝かせた。
「わぁ、キュラソーかっこいい!」
キュラソーがふぅと一息ついた時、道場の入口の扉近くに隠れている凛に気付くと、柔らかく微笑んだ。
「凛!」
先程までの勇ましい表情でなく目尻を下げて優しく微笑むキュラソーに、道場内に居た公安の男たちも驚きを隠せないようだ。
「あのキュラソーがあんな柔らかな表情するんだな・・・」
「"凛"って言ってたよな・・・
確か降谷さんとよく一緒に居る・・・」
「俺、初めてこんな近くで見たかも・・・」
キュラソーに続いて他の男たちも道場の入口へと顔を向けた。
凛の方へ向かったキュラソーは、彼女の腕の中にあった大量の飲み物に気付くとすぐに手を伸ばした。
「これ、わざわざみんなの為に?
重いでしょう?
私が持つわ。」
「ありがとう、キュラソーは本当に優しいね。」
「そんな事ないわ。」
キュラソーは微笑むと、そのまま凛を道場内へと誘導した。
「迎えに来てくれたのね。
いつもありがとう。
でもどうして今日は道場まで?」
「キュラソーが働いてるところ見たくて・・・
こっそりと覗いちゃってた。
すごくかっこよくて素敵だったよ。
惚れ直しちゃった!」
眩しい程の可愛らしい満面の笑みでキュラソーを褒める凛に、キュラソーだけでなく道場内に居た公安の男たち全員頬を染めた。
「あとね、いつも頑張って稽古してるみなさんに飲み物意外にも差し入れがあるんだ。
スコーンでーす。」
凛は黒田に渡したものとは別の紙袋を両手で持って顔の高さまで持ち上げた。
凛の手作り菓子の美味しさは、降谷がたまに部署内で食べている時の表情で充分に知り得ていた男たちは嬉しさで歓びの声を上げた。
「飲み物はそこの自販機で買ったのがあるよ~。」
並べられた飲み物を見ていたキュラソーが、残念そうに小さく呟いた。
「・・・凛の紅茶はないのね。」
その小さな呟きが耳に入った凛は、パッと目を輝かせる。
「え、キュラソーは私の淹れた紅茶がいい?」
「えぇ・・・
出来れば飲みたかったわ。」
「そんなのお易い御用だよぅ!」
自分の淹れる紅茶を所望される事程嬉しい事はない。
凛は気分上々で杖を振って紅茶の茶葉と道具を出した。
その様子を見ていた公安の男たちの中から、1人の声が聞こえた。
「・・・あの、自分も神崎さんが淹れた紅茶を飲んでみたいです。」
「あ、俺も・・・」
「僕も飲んでみたいです!」
1人の声に続き次々に所望された凛は、あまりの嬉しさに目を潤ませた。
そして最初に声を出した男の元に駆け寄り、その男の手をギュッと優しく包み込む。
「そう言って頂けてとても嬉しいです。
気に入ってもらえるといいのですが・・・
すぐに淹れますので、少し待っててくださいね。」
ふわりと柔らかく微笑んだ凛に、男の顔は真っ赤に染め上がり心臓の鼓動は早鐘を打った。
その男を見ていたキュラソーは、すぐさま男から凛を引き離して自身の腕の中に閉じ込めると男をジロリと睨み付けた。
「・・・凛にこのむさ苦しい場所は危険ね。
私の傍に居た方がいいわ。」
「えー?
キュラソー何の話ー?」
自分の魅力に1mmも気付いていない凛は、キュラソーの腕の中でへにゃりと笑っている。
そんな凛に、キュラソーは困ったように微笑みかけた。
