Episode 28
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この日、黒田からの連絡で公安の任務にあたる事になった凛は、真っ黒なローブに身を包んでいた。
黒田から言われた捕獲対象の素性は知らない。
黒田が特に何も言わないのであれば、凛は対象について深く知る必要はない。
なぜなら凛はただ降谷や他の公安刑事が少しでも傷を負わなければいい、ただそれだけの為に黒田と取引をしているのだから。
お互いにお互いをいいように利用している、それだけの関係だ。
黒田に言われて向かった人里離れた場所に位置する雑居ビルの中では、銃声の音と人々の悲鳴にも似た叫び声が飛び交っていた。
(あーあ、手下ばっかり出て来ちゃって・・・
全然ボスの姿が見えないなぁ。
早く片付けないと零たちがここに来ちゃう。)
飛び交う銃弾をヒラリヒラリと避けながら、小さく溜息を漏らした。
杖を振りながら無言呪文で周りに居た手下たちを順番に気絶させ、殴りかかってきた手下たちには容赦なく脇腹目掛けて回し蹴りをお見舞いする。
フロアの手下たちを制圧した凛は、目的の人物となるこの組織のボスを捜す為に階段を上った。
最上階にある1つ1つの部屋のドアを開けて、室内に身を潜めている手下やボスが居ないかしっかりと確認していく。
そして最後の一室だけとなった。
凛が壁に身体をつけ、手だけをドアの前に持って行きドアノブを掴む。
ゆっくりと最後の部屋のドアを少し開けたその刹那、激しい銃声音と共にドアには無数の穴が空いた。
「・・・わぉ。」
無惨にも穴だらけとなったドアに一瞬の哀れみの目を向けた後、ドアを勢いよく蹴り飛ばして室内へと入った。
「撃て!」
その声を合図に、再び激しい銃声と共に弾丸が凛に向かって飛んでくる。
室内に居たのはザッと10人程だろうか。
何かを庇うようにして立ち塞がる人物たちは、構えた銃口を凛へ向けて一心不乱に撃ち続けている。
その人物たちが庇う人壁の向こうに、1人だけ銃を構えていない人物が居た。
十中八九彼がここのボスだろう。
飛んでくる弾丸を盾の呪文で防ぎながら、ボスである人物に近付く為にズカズカと室内へ入り込む。
「おっおい、一体どうなってるんだ!?」
「何故、アイツに弾が当たらねぇんだ!」
動揺を隠さず表に出している目の前の人物たちに、凛は口の端を僅かに持ち上げた。
そして杖腕である右腕をゆっくりと持ち上げ、右手に持った杖先を目の前の人物たちに向けた。
『ステューピファイ(麻痺せよ)』
凛とした声が室内に響いた後、赤い閃光が杖先から出た。
杖先から出た赤い閃光は、立ち塞がっていた人物の1人に命中し、身体を横向けに回転させながら室内の奥へと勢いよく飛んで行った。
その一部始終を見ていた他の人物たちは摩訶不思議な現象に唖然とし、次第に顔色を青く染めた。
「ひっ・・・っ」
カツン・・・カツン・・・と凛が一歩一歩前に進む度に足元からヒールの音が響く。
ヘーゼルの色を持つ瞳は心を凍らせる程の冷たさを放ち、銃を構えた人物たちの手が次第に震え出す。
カツンッと一際大きなヒール音がした。
その瞬間、音の出処の足元から部屋中を覆い尽くすかのように一気に部屋が凍った。
銃を持つ手だけでなく、徐々に口元も震え出す。
息をつく度に口先から出た吐息が白くなる。
「ゆ、雪女・・・っ」
ボスである人物の口から、独り言のようにポツリと言葉が落とされた。
「"雪女"かぁ・・・
それは初めて言われた呼び名だ。
そっか・・・貴方たちに挨拶をしてなかったから、私の呼び名なんて知らないもんね。」
凛は昔を思い出して微笑んだ。
しかし彼女の顔に貼り付けた笑みは、ひどく冷たいものだった。
その凛のあまりにも冷たい笑みを見た人物たちは、一歩後ろへとたじろいだ。
「日本は礼儀正しい国だから、ちゃんとご挨拶しなきゃね。」
凛はぺこりと一礼すると、冷たい笑みを浮かべたままで口を開いた。
「・・・はじめまして、規格外の魔女です。」
凛とした甘く美しい声が部屋の中に響いた。
それにも関わらず、何故か恐ろしさを感じた。
怖い。
何がと言われれば正確には答えられない。
ただ、目の前に立っている女が怖い。
たった1人、それも小柄な女だ。
鍛え抜かれた男でも銃を持ってるワケでもない。
見えている足も手首もいとも簡単に折れそうな程に細い。
そんなただのひ弱な女なのに怖い。
ボスである人物の額からコメカミを伝って、ツゥと汗が流れ落ちた。
「こっ殺せ!」
その場に尻もちを着きながらも部下たちに指示をしたボスは、ガタガタと身体を大きく震わせながら凛を指差した。
部下たちが銃弾を放つより先に、凛は両手を広げて鋭利な氷塊を創り上げて部下たちに向かって放った。
腕に当てて銃を床に落とさせ、足に当てて逃亡を阻止する。
氷塊が当たり避けた肉の痛みに、部下たちの悲鳴が部屋中に木霊する。
10人程居た部下たちが一瞬にして動きを制され、ボスである人物は尻もちを着いたままジリジリと凛から後退る。
「く、来るな・・・っ」
背中を壁につけた状態で顔を青ざめさせているボスを見下ろした凛は、フッと口の端を持ち上げた。
「・・・チェックメイトです。」
そう言うと、ボスに向かって杖を振って縛り上げた。
ボスである人物は目の前に居る凛があまりにも怖くて意識を飛ばしたのか、白目を剥いて失禁させながら倒れた。
そのボスの様子を見ていた凛は、ムッと眉根を寄せた。
「・・・失礼ね。
そんなに私は怖いかしら・・・」
プンプンと憤慨しながら、手足から血を流している手下たちに失神呪文を放ち、続けて呪文を唱えながら縛り上げた。
手下たちの手足に負った傷は治し、凛の記憶をすべての人物たちから抜き取り終えると、最後に杖を振って炎を出して部屋中の氷を溶かした。
「よし、任務終了ー。」
両手をパンパンと叩くと、ポケットからスマホを取り出して黒田の番号を入力する。
数コール後、受話口から黒田の声が聞こえた。
「任務完了しました。」
「ご苦労だった。
間もなく降谷たちがそこに着くだろう。
それまでにこちらへ戻るように。」
いつもであれば直接マンションへ帰っていいはずだが、今日は何故か黒田の元へ戻れという命令を受けた。
凛は首を傾げながらも了承し、姿くらましを使ってその場から消えた。
バシッ!!
姿現し特有の音と共に現れた凛に、黒田は口の端を持ち上げた。
「早かったな。」
「姿現し使えばすぐなので・・・」
「いや、そうではなく・・・
任務の方だ。」
「そうですか?
結構人が多くて時間掛かっちゃいましたけど・・・」
フッと笑った黒田の次の言葉を待つが、一向に何も話されなかった。
ただ沈黙だけがその場を埋め尽くし、痺れを切らした凛がおずおずと口を開く。
「・・・あの、今日は何故ここに戻れと?」
デスクの上に肘を着いて両手を組み、その上に顔を乗せながらこちらをジッと見やる黒田に、凛はますます首を傾げる。
「・・・紅茶・・・」
ポツリと呟かれた言葉は、凛にとってさらに考えさせられるものだった。
「紅茶・・・ですか?」
「・・・あぁ。」
紅茶が一体どうしたのだろうか、凛が考えていると、黒田は続けて口を開いた。
「神崎が淹れた紅茶は絶品だと聞いた。」
あぁ、なるほど・・・と笑みを口元に浮かべた凛は1つの提案を出してみる。
「今管理官にお時間があるのであれば、私が淹れましょうか?」
「あぁ、頼もう。」
「では一度自宅へ戻って茶葉と道具、茶菓子をお持ちしますね。」
凛はそう言い残して姿くらましでその場から消えた。
残された黒田は凛の紅茶を心から楽しみに思い、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
