Episode 20
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「いやぁ、今日は最高の日っすね!
ここの居酒屋、超有名なんすよ~!
知ってました?」
「おい、松原!
仕事終わりとはいえ、ダラけるのはやめろ!」
頬を高揚とさせ、鼻歌混じりに率先して店の中へと進む松原の背に向かって、風見が眉を寄せて窘めた。
くるりと風見の方へ身体を向けた松原は、仕方がないでしょという顔で笑った。
「だってこんなのスマした顔で無理っすよ!
なんたって、今日は降谷さんも参加してくれてるんすよ!?」
何故かドヤ顔で腰に両手を当てて話す松原に、風見は呆れ顔だ。
その二人のやり取りを見ていた降谷は、風見の後ろから小さく笑いながら彼の肩に手を乗せた。
「まぁ、今日くらいはいいじゃないか。
いつも気を張っていたらしんどいからな。」
「降谷さんがそう言うのでしたら・・・」
風見は眼鏡のブリッジを中指で持ち上げながら渋々と了承した。
「・・・でも、俺も嬉しいです。
最近の降谷さんはますます休む事が少なくて、気分転換すらしていない様子でしたので・・・」
降谷の後ろに居た大谷が、照れくさそうに呟いた。
そんな彼らの気遣いに、降谷は本当にいい部下を持ったなぁと心から思った。
「君たちの気遣いには、本当に感謝しているよ。」
降谷たちは店員に案内された個室へと入り、各々席に着いてからビールと適当につまみを頼んだ。
しばらくして頼んだビールとつまみがテーブルに並び、四人はビールジョッキを片手に乾杯をした。
「それにしても降谷さんってストイックっすよね・・・マジ尊敬っす。
自分、今の部署に配属されて初めて降谷さんに逢った時、直感であーこの人は最高の上司だってビビッと来ましたもん!」
「それすごくわかるぞ!
俺もそうだった!
これからこの人の下で働けるんだ!って思うと、改めて今の部署に配属されて良かったって心から思いました!」
松原と大谷の賛辞に、降谷は照れくさそうに笑った。
「君たちは俺を買い被りすぎじゃないのか?
俺は君たちが言う程、出来た人間じゃないさ。」
「く~~~~っっ!
そーゆーとこっすよ!
カッコよすぎるっす!
俺、一生降谷さんに着いて行きます!」
「俺も降谷さんの為に命掛けます!」
この二人が降谷に対して妄信的な程に尊敬している事を知っていた風見は、ひたすら同調して頷いた。
「確かに降谷さんは素晴らしい方だ。
自分も降谷さんの元で働けて良かったと常々思っています。」
俺じゃなくてこの国の為に命を掛けろ、と大谷の言葉に軽くツッコミを入れながらも、降谷はこの三人の言葉に嬉しそうに笑いながら礼を述べた。
その時、隣の部屋から聞こえた会話が四人の耳に入った。
周りの何気ない会話を知らぬ間に聞いてしまうのは、職業病と言っても過言ではないなと各々が自嘲する。
その内、非常に聞き慣れた人物の名前に、さらに四人の耳は隣の部屋の会話に傾いた。
「ーーーー凛は恋人居るの?」
隣の部屋から聞こえてきた人物の名前に、松原はビールジョッキを傾けながら記憶を掘り起こす。
「・・・凛ってどっかで聞いた事ある名前っすね。」
大谷も松原の意見に賛同して頷く。
風見は恐る恐る隣に座る降谷の方をチラリと視線を向けた。
視線を向けた先の降谷は、ビールジョッキ片手に固まっていた。
「ななななな何故私の話になるんだ!?
由美ちゃんの話はどうなったの!?
詳しく教えてよー!」
「それはさっき終わった!
美和子と三池と私の話が終わったんだから、凛の話になるのは当たり前でしょー!」
「まぁ、確かに気になるわよねぇ。
凛の恋人の有無。」
「私も気になります!
凛さんみたいな可愛い人の恋人!」
降谷は隣の部屋から聞こえる会話に聞き耳を立てながら、三人がこちらを見ている事に気付き、悟られないようとりあえず愛想のいい微笑を向けた。
「ーーーーこ、恋人は居ません。」
降谷も知り得ていた情報に、変わらず彼女に恋人が居ない事を再確認出来た降谷は、安堵の息を漏らす。
「へぇ、意外!
なら好きな人は?」
「好きな人はーーーー居る。」
まさかの答えに、降谷は手に持っていたビールジョッキがスルリと指から落ちる。
ガシャァン!!
手に持っていたビールジョッキは、降谷のスーツを盛大に濡らし、激しい音を鳴らして床の上で無惨に砕け散った。
「ふっ降谷さん!
大丈夫っすか!?」
「俺、乾いたおしぼりもっと貰ってきます!」
松原と大谷がワタワタとする中、隣に居た風見は
おしぼりで降谷のスーツを濡らすビールを拭く。
チラリと降谷の顔を盗み見すれば、彼はビールジョッキを持っていた手の形で一点をボーッと見つめながら微動だにしていなかった。
こちらの部屋が慌ただしくしてる間にも、隣の部屋からは変わらず続く会話が聞こえてくる。
「誰!?」
「どんな人!?」
「写真とかないんですか!?」
「誰かはちょっと秘密・・・
どんな人かは・・・えっと、とても優しくて・・・」
凛から発せられる好意を寄せている人の人物像に、降谷の指がピクッと動く。
「とても頼りになって・・・
とても紳士で・・・
とてもカッコよくて・・・
とても素敵で・・・
いつも自分の事より周りの事ばかり気にかけてて・・・
写真は、ないかな。」
声だけでわかる。
凛がハニカミながら言ってる事が。
風見ですらその様子を安易に想像出来たのだ。
目の前で呆然としている降谷は、もっと気付いているだろう。
動いた彼の拳は強く握られ、わずかに震えていた。
「へぇ~。
今の凛の顔、すっごく可愛い~!
よっぽどその人の事が好きなんだねぇ。」
「・・・うん、大好きなの。」
凛のその言葉についに耐え切れなくなったのか、降谷はギリィッと奥歯を噛み締めた。
そして握った拳を強くテーブルへと打ち付ける。
ドンッ!!!
「ひぃ!?すんません!」
「ふふふ降谷さん!?」
反射的に謝る松原にひどく動揺している大谷を見ながら、違う店にするべきだったと風見は後悔した。
降谷によって勢いよく叩かれた為、テーブルの上にあった皿は華麗に宙を舞う。
そして、宙で何回転か決めた後、中身がひっくり返った状態でテーブルの上に再び戻った。
その音でハッと我に返った降谷は、呆然とした表情でこちらを見る部下たちとテーブルの上の残骸に、やってしまった・・・と焦った。
「・・・す、すまない。
俺はもう帰らせてもらうよ。
支払いはこれでしてくれ。」
数枚の万札を置いて、降谷はフラフラと部屋から出て行った。
降谷の背中を見送った三人は、小さな声で口を開いた。
「ふ、降谷さん・・・いきなりどうしたんでしょうか。
何か怒るような事しましたっけ?」
「ビールが温かったとかっすか?」
「降谷さんがそれくらいで怒るはずがないだろう。
隣の部屋の会話が問題だったな・・・」
「隣?」
「あぁ・・・確か女性の恋愛話ですよね・・・」
風見は引き続き聞こえている隣の部屋の会話に、困ったように溜息を漏らした。
