Episode 22
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カウンター内でオーダーのケーキの仕上げをしていた安室は、テーブル席から聞こえてくる園子の言葉にすかさず反応した。
もちろん手元の作業は続けたままで、会話の内容に聞き入る。
「んー・・・
やっぱさ私の恋愛話より、園子ちゃんや蘭ちゃんの恋愛話をじっくり詳しく隅々まで聞きたいかなぁ。」
自分の恋愛話より人の恋愛話を聞きたい。
実際、縁はないが恋というものに少しは興味があるのも事実。
いつしかリリーから聞いたジェームズとの恋愛話は、聞いたこっちが胸をドキドキとさせる程のトキメキを心に宿したものだ。
その若かりし頃に知ったトキメキを凛は純粋に思い出したかった。
「私たちの恋愛話は、また今度でいいのよ!
今日こそは、凛さんのを聞くって決めてんのよ!」
凛の願いは、虚しくもあっさりと切り捨てられた。
「園子・・・
無理強いは凛さんに迷惑だからやめようよ。」
「いーや!
私は知りたいのよ!
凛さんみたいな、すっごく可愛い子と付き合えるスーパーラッキーな男がどんなヤツなのかを!」
園子の熱に、蘭は申し訳なさそうな表情で凛に視線を移した。
園子の期待に応えられない凛は、蘭のその申し訳なさげな視線から救いの手が伸ばされるものだと信じていた。
「凛さん・・
園子がごめんなさい。」
「気にしてないから大丈夫だよ、蘭ちゃん。」
凛は助かった!と心の中で盛大に喜びのダンスを踊りまくった。
しかし、心の中で喜びのダンスをキレッキレに踊りまくっていた凛は、この後ドン底へと突き落とされる羽目となる。
「あの・・・
実は私も、凛さんの好きな人のタイプが気になってて・・・」
(・・・蘭ちゃんっっっっっ!?
君はこの場を助けてくれた天使じゃなかったのね!?
いや、天使なんだけどさ!)
さすがはラブの預言者でもある毛利 蘭。
おそらく彼女は今この場に居る誰よりも恋愛話が大好きであろう。
そんな彼女が、今この場限りでは凛に向かって救いの手を差し出す事はない。
凛は期待していた救いの手に見放された気分になり、心の中で盛大に涙を流した。
乾いた笑みを浮かべた凛は、おずおずと重い口を開いた。
「あの、さ・・・
最初に言っておくけど、二人が期待してるような事は何も言えないよ?」
「それってどういう事?」
「お恥ずかしながら、今までに付き合った人って居ないんだよね。
だから恋愛ネタは何もないっていうか・・・」
カウンター内でその会話を一語一句逃さぬよう聞いていた安室は、凛が今までに付き合った人物が居ない事に心の中で両手を使った満身のガッツポーズを決めた。
その隣で凛の恋愛事情を園子たちより早くから聞いていた梓は、いまだ解せないとでも言いたげな表情で黙々と洗い物をしていた。
そして、凛の言葉に驚きを隠せなかった園子と蘭は盛大に驚愕の声をあげた。
「ええええええええ!?
ちょっ、嘘でしょ!?」
「凛さんみたいな可愛い女性がですか!?」
「え、そんなに驚く程の事なの?
私って意外と恋愛マスターに見られてたって事?
だったらごめんね、恋愛については本当にポンコツだから何も良いアドバイスが出来ないと思われる。」
園子と蘭の心底驚愕した表情が逆に哀しくなり、凛は遠い目をしながら謝った。
その凛に、園子は手を左右に振りながら違う違う!と言った。
「意外で驚いたのは確かだけどさ!
へー!
じゃあ、これから凛さんと付き合える人ってホントにラッキーな人じゃない!」
「私と付き合えただけで、ラッキーなものだろうか。
この私だぞ?
逆に相手の方に申し訳ないんだが?」
「なんでそこで自虐になるのよ!
こんなにも可愛らしい人の彼氏が自分で初めてなんだって知ったら、そりゃラッキーに決まってんでしょ!
凛さんはもっと自分の魅力に気付くべきだって!」
園子の言葉に、ふむ・・・なるほどと考え込む。
「魅力・・・
魅力か・・・えーと、魅力・・・」
「自分の魅力にも気付いてないのか!!
それじゃあ、今後の彼氏候補とかは?
それならあるでしょ?
あるわよね??」
園子のズバッとした質問に、凛は目を点にするしかない。
「そんな人が居るなら是非とも紹介して頂きたいんだが。」
「彼氏候補もなしか!」
凛の解答に、園子は額に手を当てて勢いよく天を仰いだ。
すると、園子の隣に座ってた蘭がモジモジと指先を弄りながらポツリと呟いた。
「あの・・・実は私、凛さんと昴さんって結構お似合いだなぁと思ってて・・・」
「え?」
「この前も危険な運転をしていた自転車から、昴さんに助けてもらっていたのを見ましたし・・・
こう、肩に手を回してスマートに抱き寄せるような感じで・・・」
その時を思い出しているのか、蘭は頬を染めながら再現するように隣に座る園子の肩に手を回して自身の方へ抱き寄せた。
「あー、そんな事もあったかな。
でも昴とは恋仲って言うより、とても仲のいい親友って感じなんだよね。
なんか気兼ねなく接する事が出来るというか・・・一緒にいてラクというか・・・」
凛の発言にすかさず園子が反応した。
「ちょっと待って!
凛さんって昴さんの事呼び捨てにする仲なの!?」
「え、うん。
昴がそうしてくれって言ったし・・・
昴も私の事呼び捨てだし・・・」
「あの昴さんが!?
それ絶対気があるって!」
「呼び捨てなだけで何故そうなる!?
そもそもイギリスじゃファーストネーム呼びは普通・・・っ」
「でも園子・・・私、実はあともう一人凛さんの恋人候補として気になってる人が居てね・・・」
蘭が続けて口を開こうとした次の瞬間ーーーー
ガシャン!
「お待たせしました。」
少し乱暴気味に置かれたドリンクとケーキ皿に、凛と園子、蘭そしてカウンター内で作業していた梓は驚いて固まった。
音の出処は普段の姿からは到底想像も出来ない安室からだった。
「えーと、透さん?」
凛が恐る恐る安室の顔を見ると、安室はいつものようなにこやかな表情ではなく、ムッとしていて何やら機嫌が悪そうだった。
「あー・・・
ごめんなさい、うるさかったよね。」
凛は自分たちの会話が盛り上がっていたのがうるさかったのかと思って謝った。
蘭や園子はともかく、凛はシフトを上がっているとはいえポアロの従業員だ。
店内に他に客が居ないとはいえ、従業員が一緒になって騒ぐのはよろしくない。
安室が怒るのも当たり前だと凛は申し訳なさでいっぱいになった。
しかし凛の思いとは裏腹に、安室からは見当違いな言葉が返ってきた。
「"透さん"。」
「え?」
「その男の事は呼び捨てにするのに、僕の名前は"さん"付けなんですね。」
未だに不服そうな顔で凛を見つめる安室に、凛は訳が分からないままおずおずと口を開いた。
「お、怒ってるの?」
「怒っているというより、気に食わないです。」
沖矢を呼び捨てで呼ぶ事が気に食わないのだろうか。
しかし、彼は先程自分の名前は"さん"付けで呼ぶ事を指摘していた。
ならば、彼の名前も呼び捨てで呼んでもいいのだろうか。
彼も私の事は"さん"付けで呼んでいるではないかと思うが、そこはこの際気にしないでおこう。
そんな考えが凛の脳内を瞬時に駆け巡った。
「・・・透?」
心地よいBGMが流れるだけのポアロの店内に、凛が安室の名前を敬称なしで呼ぶ声が落とされた。
途端に安室の表情は一変し、柔らかくなった表情にニコリと微笑みが浮かび上がった。
「ふふ・・・上出来ですよ、凛。」
しれっと自分の名前を呼び捨てにされた凛は、その不意打ちにドキッとした。
安室は凛の髪に手を伸ばして一房掬い取ると、腰を折ってそこに軽く唇を寄せた。
安室のその行動に、凛だけでなく園子たちも目を見開いて赤面する。
「凛は髪にキスをする意味を知っていますか?」
目を閉じて髪に唇を付けたままで安室が尋ねる。
「い、いいえ・・・」
まるで御伽噺に出てくる王子様がお姫様にするようなワンシーンに、凛の心臓は早鐘を打つだけだ。
閉じた瞳をゆっくりと開けた安室は、口の端を持ち上げた。
まるで安室の美しいグレイッシュブルーの瞳に縫い付けられたように目を逸らせなくなる。
「"愛おしい"・・・ですよ。」
「ーーーーっ!?」
安室が腰を戻した事で彼の指からスルリと髪が落ちたのを合図に、カウンターへと戻って行った。
一つ一つすべてに色香を纏わせたような安室の行動に、凛の心臓は早鐘を鳴らし続けて身体は動く事が出来ない。
目の前でその現場を食い入るようにして見ていた蘭と園子は、手を取り合いながら頬を染めて盛り上がっていた。
「園子!
私がさっき言っていたもう一人の候補って安室さんなのよ!」
「それを先に言いなさいよ!
こんなの完全に安室さんの方が好意をバリバリに向けてるじゃない!」
何が起こったのか処理しきれていない凛は、ようやく動き出した。
かと思えばそのままテーブルに突っ伏した。
ガンッ!と勢いよくテーブルに額を打ち付けた為痛みが走ったが、今はそれどころではない。
「何これ・・・イケメンの破壊力って本当に怖い。」
ちなみに梓は、従業員専用の連絡ノートに"今日は安室さんが、凛ちゃんに敬称なしで呼んでもらえて、その後鼻唄を歌って仕事をする程とてもご満悦でした。早く引っつけばいいと思います。でも今日みたいに髪にキスをしてがっつき過ぎると凛ちゃんに逃げられる可能性もあるので注意も必要かと思います。"と書いて、後に安室によって木っ端微塵に破られていた。
