confession

ハッと目覚めたリキッドは室内の薄暗さにホッと息を付いた。
どうやらいつもの習慣で起き出すべき時間に目覚めたようだ。

しかし体はだるい。これ以上だるくなれないほどだるくて腕も上がらないくらい重く感じる。

「…っ、隊、長…?」

動かない自分の腕を見ようと下を向いたリキッドはしかし腕が上がらない理由をそこに見出した。

ハーレムがそのたくましい腕を自分の体に腕ごと抱き締めるような形で回し、胸元に頬を寄せてしがみつくような姿で寝入っていた。

何時もは抱き込まれて眠ることがほとんどの自分が、逆にハーレムの頭を抱き寄せたような形だ。

「ん…?」

「!!」

急に上がった心拍音を聞きつけたようなタイミングでハーレムが薄く目を開ける。

「おはよ、リっちゃん…。どうした、すげー心臓バクバク言ってんぞ…。」

宵っ張りな分朝にやや弱い男はそう言うと再びリキッドの肌に頬を押し付けて目を閉じる。
その様子はまるで子供が甘えて来たようでリキッドはくすぐったくもちょっぴりキュンとなった。

しかもハーレムの頭頂を見下ろすなんて普段は無いことだ。

白髪無いな~あっても金髪なら分かりにくいからいいよな~などと取り留めもないことを考えながらリキッドはハーレムに抑えられた腕を揺すってみる。

「隊長…放して下さいよ、俺戻って朝飯の支度しないと…。」

「ん~あと五分…。」

むにゃむにゃと一層くっついてくる図体のデカい子供にリキッドは困り果てたが、下半身に力が入らないので引き剥がせもしなかった。

「…もう。」

しがみつかれて動けないので、辛うじて引き抜いた手で胸元に寄せられたハーレムの髪に触れてみる。

ロクに手入れしないために見た目ボサボサの剛毛かと思いきや、フサフサとした髪は案外手触りは柔らかな癖っ毛だ。

意外な触り心地の良さについついそのまま何度も撫でているとやがてその手を捕らえられた。

「何だあ…この髪が気に入ったんか、リっちゃん?」

はっきりと覚醒したらしいハーレムがからかうような目で覗き込んで来て、不意を突かれたリキッドは特に悪いことをしたわけでもないのに素っ頓狂な声になった。

「うははははいっ、いやっ、そのぅ……ハイ。触り心地良くて…案外柔らかい髪なんスね。」

頬を赤らめて手を引っ込めようとするのを許さずに握り返して引き寄せ、軽く汗ばんだおでこに口付ける。

「まったく、あんまり朝から可愛い真似すんなよ。また食っちまいたくなるだろうが。」

「それは勘弁してクダサイ…。」

ブルッと震えて縮こまるのをハーレムは笑いながらヒョイと抱き上げる。

「あの、隊長…?」

「ヤった翌日は起きたら先ず風呂だろ。」

「へっ…あのっ、」

「またまた立てなくなるまでヤっちまった落とし前はきっちり付けてやるからな。」

ニヤニヤとすっかり何時もの危険な大人に戻った男にリキッドは嫌な汗がじわっと滲み出るのを感じて腑抜けた腰に必死で力を入れて暴れ出す。

「…いやっ、いらないッス!!」

「今更遠慮はいらねえよ。早くしねーと急ぐんだろ~?」

「それはそうだけどいやだあぁぁ…!!」

鼻歌混じりのご機嫌な獅子舞に抱えられ、朝日が明るく差し込み始めた羞恥プレイの舞台へとリキッドは引き込まれていった。

元々数時間前まで散々貪られて消耗していた体である。
抵抗むなしく力尽きてハーレムのいいようにされながらリキッドはグッタリと、回数より中出しを止めてくれと頼むべきだったと後悔したのだった。

**********

「それにしてもマーカー達結局一晩締め出して良かったんスか?あんな…長丁場になるなんてあいつらだって予想外だったんじゃ…。」

力の入らない手でのろのろと衣服を身に付けながらリキッドが少し嫌みを混ぜて訊いてみるがハーレムは意に介さない。

「ん?なんだ、やっぱり観客いた方が良かったんか?」

「んなわけねーだろオッサン!」

否定しておかなければ採用しかねないので慌てて突っ込む。

「予定変更にゃ慣れた奴等だし、南国島で野宿しようと風邪引く心配もねえよ。ノープロブレムだろ。」

グッと親指を突き出す俺様にリキッドは呆れて肩を竦める。

「相変わらずッスね…。」

「分かってて付いてきた奴等だろ、構やしねぇよ。」

「そうっすね…。」

ケロリとハーレムが放った言葉に、付いていけなかった自分を再認識してチクリとしたリキッドはそっと視線を手元に戻した。

「…お前は道を変えちまったが、まあこれからは俺がリっちゃんを後ろから見守ってだな、時々役得に預からせて貰うからクヨクヨ思い詰めんなよ。」

静かになったリキッドを眺めて何を思ったのかハーレムがポンと頭に手を置いてそんなことを言う。

「見守るはいいけど役得って何スか…。」

聞かない方がいいと思いつつも尋ねてしまうリキッドだった。

「そりゃあもちろん後ろからバッコバコやりたい放題…。」

「やっぱり訊くんじゃなかったッス…。」

「まあな、いい加減長い付き合いの癖に、毎回懲りずにいらん地雷踏むよな~お前って。」

ケラケラと笑われるとなんだか小馬鹿にされたような気がしてリキッドはむっと唇を尖らせる。

「ま、けどお決まりのパターンで自爆して俺にハメられまくるリっちゃんも可愛くて好きだぜ?」

しかし、すとんと視線の高さを合わせてきてそんなことを笑顔で言われるとつい憎めなくなってしまう。

「…毎回そんなセクハラ調子で誤魔化すけど、案外優しい隊長なら俺も…結構好きッスよ。」

「…!」

リキッドの口から出た言葉にハーレムは目を見開いた。
リキッドの意志自体はこれまではっきりと言葉で表されたことはなかったからだ。

口付ければ昔のように歯を食いしばらなくなっていたし、与える快感を怖れたり嫌ったりといったこともなくなり、求めれば文句付きでも素直に応えて来るようになっていたからその好意を肌で感じてはいたのだが。
ささやかでも言葉にされるとそれはやはり格別だった。

目を丸くした相手にリキッド自身も自分の放った言葉の意味を自覚したのか、照れくさそうな顔で目を逸らす。

「リキッド…。」

手を伸ばして名前を呼んだハーレムは自分の声が掠れているのに驚いた。

恋のABCをCから入ってZまで駆け抜けておいた自分がまるで今初めてAに突撃する初心者にでもなったようではないか。

「さ、さあ、いい加減グズグズしてるとせっかく早起きした意味がなくなっちまいますから行きますね、俺。」

そんな自分に気付かずに日常に戻ろうとするリキッドにハーレムはたまらず腕を伸ばした。

「ちょ、隊長?」

「行かせたくねぇ…。」

抱き締められてぽつりと呟かれた声に含まれる真摯な響きに、リキッドも無碍に振り解くことは出来なくなった。

「…隊長…すんません、でもチミッ子達腹空かせるだろうし、」

困ったように背に回された手が子供を宥めるように撫でてくる。

「分かってるよ、この野暮助。」

ギュッともう一度抱き締め直してから体を離すと、体の間に流れ込む空気が相手から分け与えられた温度を奪っていく。

そんなことが名残惜しさを募らせて、

「…朝飯俺にも食わせろよ。」

気が付けばそんな言葉が飛び出したのだった。



※※※※※※※※


「おはよー家政夫…って、なんでまたこのオジサンがパプワくん家で朝ご飯を普通に食べてるの?」

ロタローが目覚めてみると、そこにはまるでいるのが当たり前という顔をした獅子舞がどっかりと座っていた。

「あー…それはそのぅ…。」

「ようロタロー、おはよーさん。まあ細かいことはいいじゃねぇか。」

何やら赤い顔をして口ごもるリキッドを後目にハーレムはしれっと笑いながら朝食をパクパクと平らげている。

「細かくはないと思うけど…。」

「美味い飯が食いたいってのは自然な欲求なんだよ。」

実際はリキッドを離しがたくなったハーレムが朝食にかこつけて腰の萎えたリキッドを無理矢理送ってきたわけだが、実際昨日の昼とおやつの時にもいたわけだから続け様の訪問にロタローが呆れ顔になるのも無理はなかった。

「自分で作る努力はしないわけ?」

「ハッ、なかなかナマ言うようになって来たなあお前も。けど俺が料理上達すんの待ってたら、先に寿命が尽きちまうぜ。人間向き不向きがあるからな。」

「確かにオジサンの料理は壊滅的だったね…。」

いつぞやの家政夫対決(アニメ参照)を思い出したらしいロタローが納得して溜め息をついた。

「だろ?料理の上手い(元)部下を持って俺は幸せもんだってことでリっちゃんおかわり。」

「はいはい。」

ハーレムの差し出した皿を素直に受けておかわりをよそう姿にもう一つ溜め息をつくロタローだった。

「はあ。まあ家政夫じゃオジサンには逆らえないか…。」

「ハッハッハ、良識ある大人にあるまじき自由っぷりだな!!」

パプワが扇を広げて笑う。

「自由すぎだよ…。なんだかもう鼻が麻痺するくらいオジサンの加齢臭も馴染んじゃったような気がするよ。」

チミッ子達に責められると流石にハーレムは苦笑して肩を竦める。

「んな細かいこと気にしてねぇでお前も早く顔洗って来いよ。グズグズしてると全部食っちまうぜ?」

「ちょっと、それはいくらなんでも阻止しなよね家政夫ッ!!オジサンも僕が顔洗ってる間に人の分にまで手ぇ出さないでよ!!でないと訴えて勝つからねッ!!」

ビシッと指を突きつけて釘を刺してから、慌ててロタローが用足しにすっ飛んで行く。

わたわたと身支度を整えながら戻って来ると、テーブルにはきちんとロタロー分の朝食がホカホカ湯気を立てて並んでいた。

無事朝食にありついたロタローはお腹いっぱいになった時点でもうオジサンよりも今日の予定に興味を移したらしい。

「パプワくん、今日はどこ行こうか。」

「ハッハッハッそうだなー、オットコウモリ君達が元気か見に行ってみるか。」

「可愛いよねーオットコウモリ君達。でも血吸われないかなあ?」

「ハッハッハ、僕がいるから大丈夫だぞ!」

「それなら見たい~!!行こ行こ!!」

「あ、昼ちゃんと食べに戻って来るんだぞ!!」

目的が決まるなり立ち上がるチミッ子達にリキッドが念を押した。遊びに夢中になると昼飯も忘れて遊び続けたりするからだ。

「はあーい、行ってきまーす!!」

「行ってくるぞー!」

「ワウー!」

目的の決まったチミッ子の行動は素早かった。
あっという間にドダダダダと砂煙を巻き上げながら飛び出してその姿は見えなくなった。


賑やかなチミッ子がいなくなると急にシンと静けさが大きく迫り出してくる。


「あ、あの隊長もう一杯お茶飲みます?」

「お茶はいーからこっち来いよ。」

昨日といい、間が持たなくなると給仕でごまかそうとするリキッドの提案をバッサリ切ってハーレムは手招きした。

「だ、ダメッス!!まだ片付けもしてないし…。」

「別に何をするとも言ってねーだろ。なーに期待してんだか。」

後退りするリキッドに笑いながらハーレムは手を伸ばした。

「してねーッス!!って、うわッ!!」

手首を捕らえられて引っ張られたリキッドはハーレムのお膝にダイブしてしまう。

「た、隊ッ…んんーッ!」

そのままウチュ~と口を吸われてリキッドはジタバタともがいた。

「プハッ!も、もお!!この家じゃダメッて言ったじゃないッスか!!」

「チミッ子いる時にゃしねーだろ。」

「忘れ物とか取りに急に戻ってきたりするかも知れないでしょ!!」

「うるせーなぁ。俺は別にバレたッてかまやしねぇんだぜ?大人しくヤられとけ。」

「や、ヤられてッて…教育に悪いっしょ!!」

「本番まではヤんねーでやってるだろ。お前はいつ番人から教育係になったんだよ。」

「そ、そりゃそうッスけど…子供に悪いモン見せないのは大人の義務ッていうか?」

「…悪いモンこそサッサと見せて教えてやった方がいいと思うがな。善悪が分からねぇ大人になっちまったら悲劇しか産まねーぜ?」

なんだかやけに実感のこもった言葉にリキッドは思わずハーレムを見上げた。

「それって隊長の体験…?」

「持論ってことでいいだろ。それに、駄目と言われりゃ余計燃えるぜ~。ま、バレねー程度にしてやっからキスまではヤらせろよ。」

「そんな危ない橋ッ…あむッ…ンッ!!」

抗議しようと開いた唇の間隙を縫って滑り込んで来た舌にそのまま絶妙の舌技を食らわされてリキッドは言葉もない。

長々としたキスにようやく満足したらしいハーレムが唇を離した時にはリキッドはヘロヘロだった。

「ギリギリの方がスリリングだしな。」

ニヤリと舌なめずりしながら堂々言われてリキッドは呆れ顔で肩を落とした。普通の常識など気にしない男相手に正攻法では効き目無しと踏んで何とか方法はないかと頭を絞る。

「…相手は隊長の甥っ子さんですよ?」

「ガンマ団のお坊ちゃんだ、尚更色んなモンに目を向けんのは悪かねーだろ。」

「叔父さんが野郎と乳繰り合う姿もッスか?」

「…今リっちゃんの口からとんでもねーエロ用語が。」

軽く目を見張るハーレムにリキッドはここぞと突っ込んだ。

「隊長のせいッスよ!!どんだけセクハラ語聞かされてきたと思ってんですか。いいんですか、ロタローの口からもこんな言葉がポンポン出て来るようになっても!?ロタローのお父さん…マジック様にも怒られますよ絶対!!」

「あー…マジック兄貴はともかくブラコンショタ兄貴の新総帥にブチ切れられそうだな。」

「え、シンタロー新総帥も実はヤバい人?」

マジックには逆らえないはずと思って誘導してみたら更に破滅的な情報が飛び出してきてリキッドは顔をしかめた。
シンタローと言えばジャンにすら打ち勝つほどの男というイメージだったが、そんな変態的な一面を持っていたとは。
家族を大切にする弟思いな兄貴という健全イメージがガラガラと崩れ、ブラコンショタ総帥という情報に上書きされていく。
やはり腐っても青の一族と言うことなのか、青と交じって藍色になったのか。

「どっちみちロタローの周りには変態だらけさ。しかしまあ変態揃いでも家族の思いやりはちゃんとあるから心配すんな。」

「滅茶苦茶ッスよ青の一族…ロタローが可哀相になって来たッス。」

「はン、青の一族自体が石ころのオモチャとして作られた可哀相な一族だから仕方ねぇだろ。けどアイツはもう心配いらねーよ。あの騒動で兄貴も向き合う覚悟決めてんだし、友達も出来たし…な。」

そう言って微笑むハーレムにはキュンとしてしまうリキッドだった。

「…オモチャだなんて、そんな風に言わんで下さいよ。」

この男らしからぬ少々自虐的なフレーズにリキッドが言うと、ハーレムは事も無げにカラカラと笑った。

「いーんだよ、んなこたもうどうでも。ムカつく創造主のムカつく思惑なんざ俺の知ったことじゃねぇ。俺は俺のやりたいようにやるし、生きたいように生きるだけだ。さ、そーいうことだからこっち来いリっちゃん、遊ぼーぜ♪」

「ギャーッ!格好良いこと言いながら結局そうなるんかよ!!」

ヘッドロックをかまされてリキッドはジタバタともがく。

「目下のところ俺がやりたいのはリっちゃんとイチャコラすることだ♪」

脇に首を挟まれ真っ赤になってもがくリキッドの尻をムニムニ揉みながらハーレムが笑う。

「いやーッ、いい歳した大人がなんか恥ずかしいこと堂々主張してるぅ!!」

「何だとコラ!!俺様にしちゃ殊勝にも破壊ナッシングでラブ&ピースに纏めた目的にケチ付けるのかよ!?」

「あんたの頭ン中はメイクラブばっかりじゃねーかスケベオヤジ!!」

負けじと言い返すリキッドの態度にハーレムのサドモードがやや危険な域に近付いていく。

「言ったな…お望み通りもっぺんスケベオヤジになってやろうかァ?」

これ見よがしにグリグリと服の上から尻穴をこじ開けるように揉まれてリキッドは悲壮な悲鳴を上げた。

「ギャアアアーッ!!すみませんすみません生意気言ってゴメンナサイ!!お願いですからここでは勘弁して下さい!!」

「ったく、あんまり俺を煽るなっつってるのに学習しねーなァリっちゃんは。」

リキッドの首を挟んでいた腕を緩めてハーレムはリキッドを抱き直した。

「うう…ッ。」

本気でヤられると思ったのか、リキッドは緊張し過ぎた反動でへなへなとその身を委ねた。

「可哀相にリっちゃん、腰抜けたのか?」

「隊長の脅しは…脅しに聞こえないんです。マジでヤられるかと…。」

ふにゃふにゃと力の抜けた体をぬいぐるみのごとく抱きしめてハーレムはご満悦だ。

「よく分かってるな。俺はいつでも本気だぜ。」

「え…。」

ギクッとリキッドが硬直する。

「邪魔さえなけりゃいつでもリっちゃん押し倒してぇ。」

「あ、あの…。」

うろたえる顔を両手で挟んで睨み付ける。

「けど約束は忘れてねぇよ。ここではこうするだけで我慢してやっから…」

軽く唇を啄んで、放す。

「逃げんなよ。」

「…逃げませんよ、もう…何からも。」

リキッドはハーレムの目を真っ直ぐ見つめて言った。

「隊長、俺…番人やるって決めた時…守りたい気持ちと逃げ出したい気持ちと…正直どちらも半々だったと思うんス。
隊長には逃げても結局はいつか向き合わなきゃならなくなるもんだって教えられてたけど、守るっていう目的が見えた時にはそれが逃げだってのには気が付かなかったんです。分かったのは…隊長達が上陸した時だったッス。」

恐怖の再会。
それこそは置き去りにしてきた過去と何らかの決着を付けるまでは否応なく向き合わねばならないと思い知らされた瞬間だった。

「番人やるって決めたのは逃げだったってのか?」

「そ、それは違うッス!!守りたいって気持ちも本物ッスから…!!」

「それなら…お前が番人になったこと自体は後悔してねぇってんならもっと胸を張れよ。そんな自信なさげじゃあ俺に付け入られるぜ。」

「へっ…?は、はい!!」

微妙な脅し入りの台詞にリキッドは慌てて居住まいを正した。

「俺は正直寂しいけどなぁ。」

「え…。」

「唯一金貸してくれる優しい部下の独立は痛いぜぇ…。」

…だからそれをカツアゲと言うんでしょとリキッドは口に出さずに突っ込む。

「まあこれからはより深~いカラダの関係ってことでよろしくなリっちゃん。」

(…もしかしてワザと?)

ハーレムがことさらにパワハラやセクハラめいた言葉を口にする時はいつもズシリとくる本題の直後だと、リキッドは薄々気付き始めていた。

「はい…いいッスよ。」

「!?」

だから素直に受けてみたのだ。
意表を突かれた様子で目を見開くハーレムの表情にそれは確信に変わる。

「俺はこの島を離れるわけにはいかないッスけど…隊長が島にいる間なら、その…、こ…こういう風に二人で過ごすのは嫌じゃないッスから…。」

「リキッド。」

しかし名を呼ぶ声は鋭い。

「はい?」

「マジで言ってんのかよ?」

呆れたような表情で言われてリキッドはムッと言い返す。

「冗談で言えることじゃないッス!!」

「バカだと分かっちゃいたが…どこまでお人好しなんだよお前は。」

「何スかいきなり…。」

「俺も冗談で済ましてやれなくなるぜ…いいのかよ?」

「…?」

意味が分からなくて眉根を寄せる。

「俺はとっくに冗談の域を越えちまってんだ。お前までがそれでいいなんて言うなら…もう離してやらねぇぞ。」

「意味が分かんないッスよ。じゃあ今までのは全部冗談だったって言うんスか!?」

「んなわけねーだろ。」

「じゃあ…!」

「俺が言おうとしたのは…お前自身のことだよ。お前自身が俺の事を認めるなら、もう遠慮しねーって言ってんだ。」

「今までが遠慮してたってどの口が言うんスか!?」

遠慮された覚えなどないと更に言い返そうとした時だった。
ハーレムはリキッドの唇に軽く指を当てて遮り、珍しく言葉を選ぶようにゆっくりと静かに口を開いた。

「…少なくとも再会後に上官命令に従えと言った覚えはねぇぞ。」

「!!」

その言葉に今度はリキッドが詰まる。

「俺は俺のしたいようにする。好きな奴を抱きたきゃ抱くし、キスしたけりゃするぜ。今のお前は力で押し切られてる格好だろうが、拒否するか受け入れんのかいい加減ハッキリさせるか?」

「…。」

心は自由にさせていたということをハッキリと指摘されてリキッドは口をつぐんだ。

そして今、あまりにサラリと言われて聞き過ごしそうになった言葉に気が付いた瞬間、ドクンと心音が耳に大きく響き始めた。

「おいリキッド?何急に黙り込んで…」

「今…好きな奴って…言いました?」

「!」

ハーレムの腕に置かれていた指が震える。

「それって…俺…のこと、なんスか…?」

口がカラカラに乾いて問う声が掠れる。
そんな様子をじっと見ていたハーレムはそのままリキッドを抱き寄せて答えた。

「…ああそうさ、白状してやるよ。ずっと…お前が好きだった。」

「ずっと…?」

目頭がやたら熱くなって視界が歪む。

「ああそうだ、多分…初めて見た時からな。」

「今でも…?」

心音のせいでハーレムの声が遠く感じられたが、その答えはハッキリと届いた。

「今でも、だ。」

「…。」

「オイオイ、そこで黙ンなよ。」

「隊長…。」

「何だ?」

「…ハーレム隊長。」

「うん?」

「~~~…。」

「うぉーいリっちゃん?俺にだけ告白させて終わるなよ!?」

「…ッス…。」

「ん?」

「お…俺、も…、好き…ッス。」

たったそれだけの言葉を絞り出すのにリキッドは全ての体力と精神力を使い果たしたような気がした。

「…やっと言いやがったな。」

ハーレムの穏やかな声と共にそのままぎゅううと抱きしめられるのが苦しいながらも心地良かった。

「ここがチミッ子ハウスでなきゃ今すぐ食っちまうとこなのになあ…。」

自分に大人しく抱かれたまま、更には高ぶった感情を持て余したのか縋り付きまでしてきたリキッドの背を撫でながらハーレムは苦笑したが、その台詞とは裏腹に悪い気はしなかった。

これまで渇望しながらも力では如何ともし難いものを遂に手にしたのだから。

「リキッド。」

名を呼んでもリキッドは顔も上げない。

「コラ、こっち向けよ。」

「…嫌ッス。」

「何だってぇ?」

「ひ、悲惨な顔になってっから…、」

「そう言われると見たくなるんだよ…っと!」

「ぎゃっ!?」

グイッと両頬を挟むようにして上向かせると、感情の高ぶりに壊れた涙腺のせいで目蓋も鼻も腫れた無惨な顔が露わになった。

「ぶっ…ハハッ!!不細工だなあリっちゃん。」

「うう~ッ、」

リキッドは必死に顔を左右に振ってイヤイヤをするが、押さえられた頬が潰れて更に不細工になるばかりだ。

「くっくっ…ほーんと、不細工で…可愛いぜ。」

「!!」

ハーレムの手がさらりと髪を撫で、ちゅ、ちゅ、と腫れ上がった部位に優しいキスが落とされていく。

「リキッド…、」

最後に名を呼びながら唇を重ねるとリキッドの抵抗が緩み、ハーレムは誘うように唇を舌でつつく。

「ン…、ふぁ…」

逆らわずに口を開けると柔らかな舌が滑り込んで来てリキッドの舌に絡み付いた。
かつての奪うような激しい口付けとは違って、穏やかに互いの吐息を合わせていくようなキスにリキッドは酔わされる。

「んなやらしい顔すんなよ…俺の理性は吹っ飛びやすいんだぜ。」

「ふぇ?」

ウットリと口付けに身を委ねるリキッドにハーレムは苦笑する。

「そんなに気に入ったんならまたイヤってほどしてやるよ。アッチの家でな。」

「…!!」

互いの唾液に濡れた唇を指でなぞられ耳元でそう囁かれて、リキッドが我に返り真っ赤な顔で腕を突っ張った。

「そそそ、そーでした!!俺朝飯の後片付けがまだ…あ、掃除と洗濯も!!」

「まあ家事は置いといてだな…リキッド。」

「は、はいぃ…?」

まだ腕の中から出ることを許さずにハーレムはリキッドを抱き直し、真っ直ぐに目を合わせる。

「いいんだな、本当に?」

「…いいも悪いもないッスよ…本当のことだし…。」

「…。」

もじもじゴニョゴニョとリキッドが口にした言葉にハーレムは微笑んだ。

「んじゃ改めて、今日からお前は俺の恋人な!!」

ニカッと憎らしいくらい爽やかな笑顔でハーレムが宣言する。

「こっこっこっ…コイビト…!?」

リキッドがその甘やかな単語に驚愕して目を大きく見開く。

「あ~?恋人じゃないなら何だって言うんだよ。愛人かセフレか奴隷か玩具か、他には…ペットなんてのもあるがそっちがイイか?」

「こ、恋人でお願いします!!」

容赦なくズラリと並べられた絶望的に退廃的な地位にリキッドはブルリと震えて最初の提案を懇願した。

「始めからそう言やいいんだよ…。」

クスクスと笑いながらハーレムはリキッドの体に回した腕を引き寄せて再び唇を重ねる。

「ん…、たいちょ…」

これまでにどれだけ体を重ねても味わえなかった幸福感がリキッドを満たしていく。
それはハーレムにしても同じで、二人は夢中で互いの吐息を奪い合うようにキスを交わし、互いを抱きしめた。

「好き…好きッス、たいちょっ…!!」

「ああ俺もだ…愛してるぜ、リキッド。」

溜まっていた水が一気にほとばしるように何度もリキッドの唇から思いが零れ、ハーレムもそれに応え続けた。

**********


どれだけそうしていたのか、ようやく絡んだ腕を解く頃にはすっかり涙も声も干上がったリキッドは照れ隠しに背を向ける。

「ここが獅子舞ハウスでなくって残念だなリっちゃん。」

背を向ける姿を見ても前に感じたような焼け付くような焦燥感はもうハーレムの中にはない。
ただ、もう少しその肌に触れていたいという名残惜しさが募って腕を伸ばす。

「残念なのは隊長でしょ。…いい加減俺洗濯しないと…。」

「キスだけでイきかけてたくせに。」

「んなっ!!」

「お、図星か?」

「~ッ!!」

声もなく真っ赤になって羞恥に震えるリキッドの耳朶を軽くくすぐりながらハーレムは笑った。

「まあそうだな、今はチミッ子に殺されねぇようにしっかり働けよ。夜は俺がた~っぷり労ってやっから。」

「…それじゃ俺死にますよマジで。」

相変わらずのセクハラにリキッドがチラッと睨むが、目に入ったのはハーレムの穏やかな笑顔で、いたずらに自分の心拍数を上げただけだった。

「これからも宜しくなリキッド。」

シンプルなその言葉に込められた意味を思うとリキッドの胸が熱くなる。

「…はい。」





それは、新しい関係への契約が交わされた瞬間だった。







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