confession

「隊長、はいどーぞ。」

「サンキュ。」

結果的にはそれで正解だった。

差し出されたお茶を受け取った時にお客さんがやってきたのだ。

リキッド的には招かざる客だが。

「リっちゅわーん!!ウマ子からの熊肝のお裾分けじゃ~!!近頃なんだか疲れてるようじゃけぇたんと食べりぃ~!!あ、あら、お客様じゃったかいのう。」

スーパーパワフル乙女ウマ子が島のどの男よりも雄々しい体で数頭の熊を背負って登場した。

「ぎゃあああウマ子!!」

仰け反らんばかりに飛び退いて自分の影に逃げ込んだリキッドの前で、盾にされた形のハーレムはしかし至ってのんびりと淹れたてのお茶を啜りながらこの闖入者とお土産を眺めていた。

「…Gには見せられねぇ図だなァ。」

ミーシャさんが居なくなった時の、熊好きの部下のしょげっぷりを思い出していたようだったが、続いて聞こえてきた声にはピクリと眉を上げた。

「おい原田、挨拶も終わらねえうちからいきなり他人様の家に突入するんじゃねぇよ。…おや、お隣の飲んだくれ隊長さんじゃねぇか。」

マッチョ乙女の後ろから現れた男はハーレムを見るなりのご挨拶なのでハーレムも意地悪い笑顔で即やり返す。

「よ~う褌侍。相変わらずお前んとこの原田クンは活きがいいな。」

「土方だッ!!」

只でさえ気に食わない相手からビーチバレー大会以来浸透してしまったイマイチ恥ずかしいあだ名で呼ばれて歯軋りする土方だったが、

「あれ…トシさんまで?どうしたんスか。」

ひょこっとハーレムの後ろから頭だけ出したリキッドの声に我に返って居住まいを正した。
その様子を眺めてハーレムは薄く笑う。

「あ、ああ、すまねぇなリキッド。ちっと味噌造りの麹を分けて貰いたくてよ。お前んとこ行くっつったらついて来ちまってな。」

「ムッツリ助平の御法度野郎とリっちゃんを二人っきりなぞにしておけんじゃろうが!!」

「何だと貴様ァ!!」

「ブハッ…!」

二人の言い争いに終いには腹を抱えて笑い出すハーレムだった。

「麹ッスね、そんなのお安いご用ッスよ!!直ぐ取って来ますからちょっと待ってて下さい。」

笑いに震える背の影からサッと身を翻して食料貯蔵庫にすっ飛んでいくかろやかさが昔の逃げ能力より進化しているように見えるのはマッチョ生物から身をかわすために身に付けたものか。

「はあ~面白いお隣さんだわ。お前ら見てると退屈しねーな。」

笑いを収めたハーレムの言葉に土方が眦に険を履く。

「俺達は漫才師じゃねぇ。愚弄すんならこの剣に物言わすぜ。」

「喧嘩売るなら買ってやるぜ、ムッツリ助平な褌侍さんよ。」

「~~~表に出ろ、たたっ斬る!!」

「面白れぇ、どっちが上かキッチリ分からせてやるぜ。」

「ちょ、よさんか二人とも…!」

あれよあれよと言う間に闘魂に火が付く男二人に、さすがに乙女らしくオロオロとウマ子が取りなしに入るが。

「黙ってろ原田、これは武士…いや男の沽券に関わる問題だ!」

「誰の沽券も知ったことじゃねぇが、どっちが上かってのはいつでもどこでも力の世界じゃ一番の問題なんでなあ。」

しかし、そう言ってハーレムが湯のみを置き立ち上がったその時にリキッドが戻って来た。

「あれ隊長、帰るんですか?おやつも食うとか言ってたのに。」

「ああリっちゃん!すまんのう、この二人が喧嘩始めると言うて、儂では止められんで!!」

振り向いたウマ子の言葉にリキッドは麹を握りつぶしそうになる。

「うぇっ!?こ、困るッスよ隊長、ついさっきの話忘れたんスか!?」

「あん?別に喧嘩って訳じゃねぇよ、ちょっと上下関係はっきりさせるだけだろ。ま、勢いで殺っちまわねぇとは限らねーが。」

飄々と嘯くハーレムにリキッドはキッと向き合う。

「ダメッス!!ロタローのことがなくたって、大人の喧嘩なんてチミッ子の目に触れたら教育に悪いッス!!ホラ座って下さい!!」

「お、おぅ…?」

眦を吊り上げて迫るリキッドにハーレムが呑まれたように再び腰を下ろす。

「トシさんも何なんスか、麹取りに来て人の家で喧嘩なんておっぱじめないで下さい!!」

「う…す、すまん…。ついカッとなっちまった。」

これまたキッと厳しい顔付きで振り向いたリキッドに猛抗議され、本来の目的を思い出した土方がいささかシュンと肩を落とす。

「分かってくれたならいいッスけど。はい、麹ッス。」

「あ、ああすまねぇ…。」

しおしおと麹を受け取る土方に鬼の副長の威厳は無い。

「さすが儂の惚れた男じゃのう、あの副長を黙らせてしまいよった。…ウマ子益々惚れ直してしまいそうじゃけん。」

「え。」

不吉な呟きにリキッドが硬直する。

「ほお、見る目あるじゃねーか原田クンとやら。アイツは俺も見込んでかつて部下にした奴だからな。」

リキッドを眺めつつニヤリと笑うハーレムがそう語るとウマ子は目を見張った。

「アラ、お隣さんてリっちゃんの…?」

「おお、上司だぜ。元がつくけどよ。」

「そ、それはきちんとご挨拶もせんままで失礼してしもうて、ウマ子恥ずかしいわい。」

「た、隊長…?」

いきなりウマ子相手に世間話を普通にし始める元上司にリキッドは呆気に取られた。
ウマ子を「原田クン」と呼ぶ辺り、何となく島のナマモノと混同しているような気がしないでもないが、本当に何者も差別しない男だなとある種感心してしまう。

「そういえばリっちゃんも特戦部隊にいたことがあったんじゃな。どおりで鍛えられたいいカラダをしちょるわけじゃ。リっちゃんの戦いっぷりも聞いてみたいもんじゃのう。」

モジモジしながらもハーレムに水を向ける様子はムキムキマッチョ巨体ということさえ差し引けば好いた男について知りたがるいじらしい乙女の姿である。
土方はハーレムの話などに興味なしとばかりにそっぽを向いて聞かぬふりだが、実際には話題がリキッドのことだから全身是耳也だ。

「なかなかだったぜ。文字通りビリビリする戦いっぷりでよ。」

「ほおお~ビリビリか。是非見てみたかったのう…。」

流し目を寄越されてリキッドは全身鳥肌を立たせた。

正直、

「オンドレは何を嫁気取りで上司を前にダンナの働きぶりを気にかける妻の姿作りしとるんじゃー!!」

と家から蹴り出したい衝動に駆られていたが、なんだか悪乗りして楽しそうに答えている元上司を前に思いとどまった。
会話に下手に水を注してまた蛇を出すのも怖かったのだ。

「た、隊長…変なシャレ効かせながらいらんこと言わないで下さいよ。
あと、う、ウマ子…そのー、話は変わるが、あのお土産なんだけどよ。俺は至って健康だからさ、熊ハンティングはほどほどにしてくれよ。島の熊が絶滅しちまう。」

「そ、そこまでは考えておらんかったのう。リっちゃんのことばかり考えていたもんじゃから、すまんことをしてしもうたじゃろか。」

苦し紛れの話題転換だったが、ウマ子は本気ですまなそうに巨体を縮ませて肩を落とした。

「オメーはいつも思い込んだら猪突猛進でやり過ぎるんだよ。」

土方が溜め息混じりに言うと流石にこれは自分でも思い当たることがあるのかウマ子も素直に聞く様子だった。

「それは分かっちょるんじゃがなかなかのう、カッとなると夢中になってしまう質なものじゃけぇどうにもしがたいんじゃわい…。」

「お前にはウチのモンのことでいらん心配掛けちまって悪いなリキッド。」

「いや…トシさんにまでそう言われちまうとかえって悪い気がしますけど。」

労いを込めてポンとリキッドの肩に土方の手が置かれた瞬間。

カッとなると夢中になってしまうという言葉そのままに乙女美ジョンスイッチが入ってしまった。

「どさくさに紛れて何リっちゃんにボディタッチしちょるんじゃこの御法度助平侍があーッ!!」

「グハアッ!!」

ウマ子の重い鉄拳が土方の頬にベキョッと鈍い音を立ててクリティカルヒットした。

「うわわッ、今すげー音がしたけど、トシさん大丈夫ッスか?」

壁際まで吹っ飛んだ土方の姿に言いつつも、土方に近付くと美ジョン二発目を自分も食らわされかねないのでリキッドは遠巻きに声をかけるのが精一杯だ。

「フッ、なかなかのパンチじゃねぇか。」

「隊長も何感心してんスか…。」

ウマ子のパワーに感嘆しているハーレムにリキッドは脱力する。

「いやあ、刺激の少ない島でなかなか見どころのあるファイティングだぜこりゃあ。」

「もー…。毎回どこで美ジョン発動するかこっちは心臓バクバクだってのに。ウマ子のパンチは隊長にも負けず劣らず重いんスよ。」

「打たれ慣れてるリっちゃんにそこまで言わすたあ大したもんじゃねぇか。」

「他人事みたいに言わないで下さいよ!隊長相手にだって発動しないとは限らないっしょ?」

「何なんだよさっきからその美ジョンってのは?」

「さあ…ウマ子の何だかよくわかんないスイッチみたいっす。男が差し向かいで揃ってるとなんか怪しからん美ジョンが見えるらしいッス。」

「ふーん?怪しからん事ってのはなんなんだ?」

その問いにリキッドは体を退き、後ろへとハーレムの視線を誘導する。

「こおぉのムッツリ助平が、ちょっと油断すると直ぐリっちゃんに触りおってどこまで怪しからん了見なんじゃあ!!儂の目が黒い内は指一本たりとリっちゃんに手出しはさせんぞぉ!!」

土方に馬乗りになって更に制裁を加えている姿がそこにあった。

「なるほどね。隠れたイヤラシイ心を探知するわけか。なかなかのセキュリティー機能じゃねぇか。」

「いやいや、誰彼構わず発動しますから!トシさんはいい料理友達っすけど、そのせいでわりかし食らう率高いみたいで気の毒っす。」

「ふーん料理友達ね…そのお友達ももうすぐあの世行きだなあ。」

ハーレムの言葉に振り向けば土方は意識不明になるまでボコられて伸びていた。

「おわっ!お、おいウマ子いい加減にしろよ、トシさん死んじまうぜ!!」

「こ、この男を庇うなんてリっちゃんまさか…?いやいかん、リっちゃん、わりゃあ魔道に引き込まれかけとるんじゃ!!リっちゃんの目はこの儂が醒まさせてやるけん、歯ぁ食いしばりィ!!」

「ギャーッ出たよ不思議乙女解釈回路!!」

案の定矛先が向いたリキッドはウマ子の鉄拳から逃げるべく飛び退いたが、狭いハウス内では大して意味がない。

「こ、こうなったらDead or Alive、ウマ子てめぇこそ歯ぁ食いしばれェ!!」

窮鼠猫を噛むといった風情でリキッドがウマ子に向き直る。

「リっちゃん目を醒ましィ!御法度ォォォ!!」

二人の拳と拳がまさに繰り出されんとしたその時。

「リっちゃんストップ。」

耳に届いた声に一瞬硬直してリキッドの踏み込みが遅れる。

「眼魔砲。」

次の瞬間リキッドの目の前を青い光の奔流が掠めていく。

「ウグオオォォォ…!!」

野太いおめき声が次第に遠ざかり、やがて光が収まるとそこに逞しい乙女の姿はなかった。

「ありゃ、飛んだだけか?眼魔砲で消し飛ばねぇたあ頑丈なナマモノだな原田クンは。」

「…。」

一応人間のウーマンなんスけどやっぱりナマモノと思ってたんスね…とリキッドは握り締めた拳をのろのろと下ろしながら心の中で突っ込んだ。

「あ…ありがとうございます隊長。」

「いいってことよ、可愛いリっちゃんがあんな姿になったら今夜のお楽しみが取り止めになっちまうからなァ。」

「お、お楽しみって…」

少し前の押し問答を思い出したリキッドが顔を真っ赤にするのをハーレムは満足そうに眺めて笑った。

「ちゃんと分かってるみてぇだからまあ今はお預けってことにしといてやるよ。そろそろチミッ子共がおやつに帰って来るだろ?」

「…ハイ。」

「あとそこの褌侍はどうすっかな。お隣さんだし引きずって連れてってやるか。」

「あ、トシさん!」

「ひでー顔。いい男が台無しだなァ。」

腫れ上がった土方の顔にちっとも気の毒でなさそうなハーレムが感想を述べる。

「モロに食らっちまって流石のトシさんも反撃出来ませんでしたからね…。」

傷薬を塗りながらリキッドが気の毒そうに呟く。
ハーレムがたまたまたかりに来ていなければ多分自分も今頃こんな顔になっていたはずである。

「手に余るペットなんざ飼うからだろ。」

「いやウマ子は一応…」

人間っすよと言いかけたところでチミッ子の賑やかな声に気付いたリキッドはバッと立ち上がった。

「やべ、おやつの準備しねーと!!隊長、すんませんけどトシさんの手当て頼みます!!」

「…よりによって俺にそれを任すかよ。」

ハーレムは呆れたように呟いたが傷薬を押し付けられてチラッと足元の男を眺めた。

実のところ土方がウマ子美ジョンそのままの好意をリキッドに抱いているのは丸分かりなので、このままうっちゃっておきたいくらいだ。
が、肝心のリキッドはさすが自分を悩ませただけのことはあり、筋金入りの鈍感でまったく気付いていない。
もしかしたらこの男も自分で分かってない可能性はあるが。

侍のプライドがどれほどのものか自分は知らないが、それがストッパーになっているのか、全身でリキッドへの好意を放ちながら一線を越えられない切れの悪さはそういうことだろう。

「ま、越えようもんなら原田クンパンチだけじゃなく俺の眼魔砲も襲うがな。へたれの哀れさに免じてやっかね。」

ハーレムが屈み込んでペッタペッタと嫌みなくらいたっぷり薬を厚塗りしてやっているとチミッ子が帰還した。

「今帰ったぞーリキッドおやつ!」

「ワウ!」

「ただいまあー!家政夫おやつおやつ!!」

帰るなりのおやつ連呼が子供らしい。

「はいはい、今日のおやつは紅茶のシフォンケーキだよ。そのままでもよし、ジャムや蜂蜜や生クリームをたっぷり付けて食べてもよし、お好みで召し上がれ!!」

テーブルに皿を並べながらリキッドが振り返る。

「うわーい、僕生クリーム!!」

「僕は蜂蜜だぞ。」

「俺はそのままでいいぜ。」

「アレッ、おじさんまだいたの。チミッ子宅でおやつまで集ってくなんて恥ずかしくない!?」

「バーカ、リっちゃんのおやつは集るほど美味いってことだよ。」

小生意気な口をきくロタローの舌鋒を毎度ながらサラッとかわす。

「ハッハッハ、物は言いようだな!」

「ワウ~!」

「それに何、後ろの奇妙な物体は?何だかテカってるよ…不気味に。心戦組の服みたいだけどこんな顔の人いたかなあ。」

二枚目の面影もなく腫れ上がった上に軟膏タイプの薬をコテコテに塗りたくられた姿に、それがいつもは渋くてイカスお侍とは思いつかなかったらしい。

「あれは…まあ気にすんな。気が付けば自分でいいようにするだろうし、気がつかねぇなら俺が後で始末しといてやっから。」

「うわ、隊長どんだけ塗ったんスか。あああ、クールなお侍さんがぁ…。」

蜂蜜壷と生クリームの入ったボウルをテーブルに出しながら顔を上げたリキッドがクールなお侍の無残な姿を気の毒がる。
そんなリキッドをチラリと一瞥し、いっそこのまま足元に転がる目障りな男を海にでも放り込んで来ようかと大分ヒドい事まで考えたが、そこまでするとこの褌侍を普通の友人と見なしているリキッドが後々怒り出しそうだ。

「あーめんどくせ…。」

「?…まあいいや、それよりおやつだよおやつ!家政夫~生クリームたっぷり乗せて!!」

ハーレムの独り言に怪訝そうなロタローだったが、とりあえずそこに転がる物体を無害と見なしたのか途端に胃袋の欲求を満たす事に重きを置いたようだ。

「はいはいお坊ちゃまお待ちを。まずパプワが蜂蜜な~。」

黄金色の蜂蜜がしっとりしたシフォンケーキに垂らされていく。上品な紅茶の香りに濃厚で甘い蜂蜜が絡んで隣のチャッピーも涎を垂らさずにいられない様子で、パプワの前に皿が出されると尻尾をブンブン振り回した。

「で、お坊ちゃまは生クリームがたっぷりっと。」

ざっくり大きめに切ったケーキに、絞り出さずに大きな匙で掬い取った生クリームをふんわりとたっぷり乗せ、飾りのミントを添えてロタローの前に差し出す。

「うわーい美味しそうだよ!!」

チミッ子達の顔は南国太陽にも負けないキラキラっぷりだ。

「隊長はプレーンでいいんスか?まだクリームあるッスよ。」

「んー?なら貰うか。」

「はい!」

張り切る笑顔がハーレムの目に眩しい。

(…ケーキよりリっちゃんに掛けて食っちまいてぇ…)

この場にチミッ子がいなければどうなっていたやら、夜まで待てなかっただろう。リキッドはハーレムの悶々など知らずに平和な顔で自分の分をパクつき始めたが、いかにもその身の安全は危ういのだった。

「ごちそうさまあ!!」

「うむ、今日のおやつも美味だったぞ!!」

「ワオン!」

フォークを置くなり立ち上がるチミッ子達はもう一遊びしに行くようだ。

「はい、よろしゅうおあがり。あまり暗くならないうちに戻るんですよー。」

「はあーい。行ってきまーす!」

ドダダダ…とあっという間にチミッ子達は出て行った。

「チミッ子のあのパワフルさはいつもすげーッスよねぇ。」

口直しの紅茶を啜りながらリキッドが言うがハーレムはどこか上の空の様子だった。

「…そうだな。」

「隊長、紅茶おかわりいかがッスか?」

「いや…。」

「?なんか元気ないッスけど…口に合いませんでした?」

「いや美味かったぜ。」

「ならいいんですけど…。」

「…。」

「…。」

ゴクン、とやけに自分の立てる音が大きく感じられる。

「あの、たい…」

ちょう、と呼び掛けようとした時スッとハーレムが立ち上がった。

「帰るわ。ごちそうさまな。」

「え、あ、あの…?」

その唐突さに何か機嫌を損ねたのかといささか不安になったリキッドが腰を浮かせる。

「バーカ、んな顔する必要はねぇよ。これ以上リっちゃん見てたら食っちまいそうだからな。晩飯前にまずいだろ、身代わりも連れてきてねーし。」

「!!?」

バチンとウインク付きで笑いながら囁かれて、リキッドはみるみるうちに真っ赤になった。

「約束忘れんなよ…?」

射竦められる鋭さで見つめられてリキッドの心拍数が急上昇する。

「う…は、ハイ…。」

「よし。」

ニッと笑って頭をグシャグシャに撫でると転がっている土方の襟足を鷲掴む。

「この際恩でも売っておくかね~。」

「ちょ、隊長ヒドイっすよそれ…ああっ、首が絞まり掛けてるッス!!」

「いいんだよ、俺の優しさはリっちゃん限定だから。んじゃまたなリっちゃん。」

「…!」

その言葉にちょっとポーッとなったリキッドはズルズルと引きずられていく友人の姿も目に写らなくなってしまったのだった。

「コイツだって俺に担がれたら明日にでも切腹しちまうんじゃねーの?あ、いっそお姫様抱っこでもして恥かかすか、褌いっちょで吊して見世物にしてみるか…」

ハーレムは物騒な独り言を言いながら歩く。

その後土方が「無事」心戦組の家まで届けられたかどうか定かではないが、ハーレムを見れば以前にも増して激しく突っかかるようになったのだけは確かだった。
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