本作のヒロイン オペラップの本名
交際スタートした日
ヒロインの名前
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「……本当はシャワー浴びたかったけど、流石の私でもシャワーがまずいのは分かる」
自室でヒーロースーツを脱ぐと、ライブで汗ばんだ肌が部屋の冷たい空気に触れてひんやりとした。
今すぐシャワーに駆け込みたいところだが、つい先ほど付き合ったばかりのホークスを自室に招いている状態でシャワーを浴びるのは、流石に無警戒すぎる。
それに、先ほどの玄関での強引で甘いやり取りを思い出す。
彼は洗面所にいるし、物理的にも今はシャワーを浴びに行くこと自体が難しいだろう。
歌織は引き出しから汗拭きシートを取り出すと、全身を丁寧に拭いていくことにした。
「はぁ。さっぱりした〜……」
心地よい爽快感に満足しながら、歌織はさて……とクローゼットに向き直る。
「……これって図らずもお家デート……ということになるのでは??」
ようやく自分の大胆なお誘いに気づいた歌織は、急にパニックを起こして慌てふためき始めた。
「ど、どうしよ……お家デートって何するの!?
なんか、巷じゃふわふわのルームウェアを着たりするような話を聞いたことあるけど……私そんなの持ってない!!」
自分の女子力の無さにガックリと頭を抱えて項垂れる歌織。
「え……待って……彼氏できたの何年振りだ……?」
はたと、自分の過去の恋愛を振り返ってみる。
「ええと……サイドキックのときに彼氏いたんだから……6年振りくらい!?
今のホークスと変わんないくらいの時か……ぎゃぁぁ……
そりゃ、浦島太郎状態になる訳だよぉ〜……」
自分のあまりの頼りない恋愛遍歴に目眩がしてくる。
歌織は項垂れながらも、「まぁ……普段着でいる他ないか……」と諦めて服選びを再開するのだった。
◇
ベッドルームから出てきた歌織は、和洋ミックスの着物スタイルだった。
ウールの柔らかな風合いが可愛らしい着物の下に、ブラウスの白い襟が映える。
プリーツスカートの裾がちらりと覗く遊び心が、歌織のお気に入りの着こなしだった。
帯代わりに太いベルトをくるりと巻いて、ラフで可愛いコーデにしてみたのだ。
(……割とお気に入りのコーデだぞ……着物が若い子受けするかは正直分からないけど。
ええい! 服装の好みで振ってくるならその程度の男だというものよ!
…勝負よホークス!!)
もはや職業病なのだろうか。
常にヴィランと対峙し、ヒーローの人気ランキングに日々挑んでいる彼女は、なぜか恋愛までも勝負に結びつけてしまうのだ。
意を決した歌織は、リビングの扉をガチャリと開けた。
(……え、こげん着物があるとか……?)
先に着替えを済ませてリビングのソファでくつろいでいたホークスは、彼女の姿を目にした瞬間、一瞬息を呑んでピタリと固まった。
彼女の現代的で愛らしい着物スタイル。
そのギャップとセンスの良さに、ホークスの胸がドクンと跳ね上がる。
(うわ、ばりあいらしか……。それに『俺に見せるためにオシャレ頑張ってくれた』のが丸わかりで、バリ嬉しかっちゃけど……)
それだけではない。
彼女の真剣な瞳と固くなった肩を見れば、何を考えているのかが手に取るように分かってしまった。
(……ってか、また勝ち負けにこだわっとーと顔に出とーよ歌織さん。俺相手に張り合おうとして……つまらん、あいらしすぎる)
「……おおー。歌織さん、それ着物? めちゃくちゃオシャレすね。……可愛い」
先に着替えを済ませてリビングのソファでくつろいでいたホークスを見て、歌織はピタリと固まった。
ホークスの格好は、白のタートルネックニットに、黒の細身なパンツ。
腰元にはゴールドのウォレットチェーンが揺れ、胸元や手首、指先にはジャラッと重ね付けされた金色のアクセサリーが華やかに光を反射している。
黄金色のサングラス越しに見える鋭い瞳と、余裕たっぷりに微笑むその顔立ち。
シンプルな装いの中に散りばめられた洗練されたアクセントが、彼の持つ元々の素材の良さをこれでもかと引き立てていた。
どこをとっても垢抜けすぎていて、モデルや芸能人も顔負けの完璧なビジュアル。
プロヒーロー「ホークス」の華やかさと、一人の男性としての洗練された色気が高次元で合わさったその姿に、歌織は思わず気圧されてしまうのだった。
「……そうだった……。
君、前に私服でうちの店に来た時もめちゃくちゃオシャレだったもんね。
そんなに格好良くて実力あって服のセンスも良いって盛りすぎなのでは?
……はぁ、勝てない……勝てる見込みゼロだよ……」
歌織はがっくりと項垂れ、ホークスの隣のソファに腰掛けた。
二人掛けのソファは二人で座ると否が応でも密着してしまう。
歌織はホークスのあまりのビジュアルの良さに打ちひしがれていて、その距離感の近さに気づかずにいた。
「……ふーん。俺のことかっこいいって思ってくれてるんすね?」
「……そんなの、ほとんどの女の子は思うんじゃないの?」
少し拗ねた声を上げる歌織。
その愛おしさが抑えきれなくなったホークスは、すり寄るように歌織の肩に頭をもたげた。
「……俺は歌織さんに思ってもらえるだけで満足なんですけど」
まるで甘える猫のように擦り寄ってくるホークスに、歌織は身体をカチコチに硬直させた。
「ちょっ……ちょっと! 距離感おかしくない!? 近い近い!!」
「……隣に座ったの歌織さんじゃないですか」
そう言って、肩に頭を乗せたまま上目遣いに見上げてくる彼に、思わず「う"……っ」と濁った声が出てしまう。
「歌織さんこそ可愛すぎて、俺我慢するのしんどいっすよ。……実はやっぱり誘ってたりします?」
視線を合わせて不敵に、けれどどこか熱っぽく微笑むホークス。
歌織は顔を真っ赤に染めると、逃げるように勢いよく立ち上がった。
「コーヒー入れてくる!!」
キッチンへ疾走していく歌織。
リビングからは「あーあ。ざーんねーん」とホークスの戯れるような声が小さく聞こえていた。
◇
カウンターキッチンでコーヒーを淹れながら、歌織はホークスに話しかけた。
「今3時くらいかぁ。この後どうする? ご飯食べてく?」
「え……いいんすか?」
「いいよ〜。おぺら食堂は休みだから私ものんびり出来るし。
外に行くでもいいけど、君の剛翼は目立つからなぁ〜。
うーん……前に鶏肉好きだって言ってたよね?
鶏胸肉あるからカオマンガイでも作る?
寒いからクリームシチューなんかも良いね〜♪
パスタも良いなぁ……あとは大根と煮物にしても美味しいし……何か食べたい物ある?」
家にある食材からサラリと複数のメニューを考案する歌織に、「……さすが食堂経営者」とホークスは感心して目を見張った。
歌織は淹れたてのコーヒーを運びながら答える。
「まぁ、お店のメニューは私が作ってるからね。レシピも自分で用意してるし。
お料理好きなのよ♪」
嬉しそうに上機嫌で話す歌織。
「歌も、お料理もお着物も……あとは『心音頭』もね。完成までに時間がかかっても、その手間分良い物になるのが好きなの」
なるほど、とホークスは深く納得した。
自分は「速さ」を最優先にし、効率と結果を求めて自分を磨いてきた。
けれど彼女は、目の前の「時間」と「過程」を大切に丁寧に慈しんできた人なのだ。
(…………自分にはなか、ゆたっと流るー時間に、俺は居心地ん良さば求めとったんかもしれんな」
コーヒーを啜りながら、ホークスは歌織のお喋りに心地よく耳を傾ける。
「そうっすね。じゃあシチューがいいかな」
歌織は柔らかく微笑んだ。
「おっけー! せっかくだから今日はたくさんお喋りしよ♪
料理は完成までに時間がかかるから、その間たくさんお話できるよ!」
割烹着を身に付け、手際よく包丁をトントンと動かし始める歌織。
ソファに腰掛けたまま、カウンター越しに彼女の背中を見つめるホークス。
包丁の心地よい音、鍋から立ち上る湯気、そして「誰かが自分のために温かい料理を作ってくれている」という光景。
(……誰かん手料理ば待つげな、いつ以来やろう……いや、生まれて初めてかもしれん)
幼少期は虐待と貧困、公安に入ってからは過酷な訓練と過密なミッション。
常に「効率」と「速さ」を求められ、食事すら栄養補給作業でしかなかった自分。
そんな自分が今、こうして静かに誰かの作る食事を待っている。
(俺はずっと、一秒でも早よミッションば終わらせる『速さ』ん世界で生きてきた……ばってん、こん人は完成までん時間ば慈しんで、丁寧に手前ばかくる人なんやな)
トントンと刻まれる一定のリズム。
彼女の周りにだけ流れる、ゆったりと温かな時間。
自分には決定的に欠けていたその温もりに触れ、ホークスの胸の奥にじんわりと熱いものが広がっていく。
(……こんゆたっとした時間に、俺は癒しゃれとったんやな)
そんな彼女との穏やかで温かな時間の過ごし方に、ホークスは胸の奥がじんわりと解きほぐされていくのを感じていた。
◇
ふとホークスが部屋を見渡すと、歌織の部屋のあちこちにオールマイトのグッズが置いてあることに気づいた。
「歌織さん、オールマイト好きなんですか?」
ホークスの質問に、歌織はキッチンで料理の支度をしながら目を輝かせた。
「うん! そうなの! 私がヒーローを志すきっかけになった人なんだよね〜。
私、子どもの頃バスジャックに巻き込まれたことがあってさぁ。その時に助けてくれたのがオールマイトだったの!
その圧倒的な安心感に強烈に憧れたんだ。あんなヒーローになりたいなあって」
それから歌織は、少し言葉を探すように間を置いた。
「……でも私の個性『心音頭』は、元々心を込めて歌うと心糸が生まれるだけの個性だったの。
戦闘力が重視されるヒーローにとっては余りにも不向きだった。
元々攻撃的な性格じゃないから、攻撃技も大した威力にならないし。
だからさ、自分なりに研究して……サポーターとして役に立てる様に技を磨いていったんだ。
……でもバッファーは攻撃の的になりやすいから、自衛の手段も必要だなーと思って対人戦闘も身につけたりね」
ヒーローに向かない個性の彼女が、プロとして生き残るために身につけてきた様々なスキルや戦略。その一つ一つに泥臭い努力と工夫が散りばめられていて、ホークスは彼女の人間的な魅力に改めて惹きつけられていく。
一生懸命に自分の足跡を語る彼女を見つめながら、ホークスはふと心の中で納得の声を上げた。
(……あーね。元々ゴリゴリん筋肉系トップヒーローに憧れてヒーローば目指したけんこそ、考え方や思考回路がどっかまっすぐで脳筋(シンプル)なんか……納得ばい)
憧れの存在が圧倒的なパワーの象徴だからこそ、彼女の根底にも「正々堂々」「正面突破」というシンプルで実直な情熱が根付いているのだと、推理が繋がった。
「……かっこいいヒーローですね」
思わず口から漏れた相槌に、歌織は冗談っぽく笑ってみせた。
「ええ〜? そうかなぁ。あんまりカッコ良いところないなって思ってたんだけど……意外なリアクションですねぇ」
そんな歌織のお喋りに、ホークスもつられて笑うのだった。
◇
「…ホークスは? どうしてヒーロー目指したの?」
雑談の流れで自然に話題を返すと、ホークスは一瞬、言葉に詰まった。
カップを持つ手に少しだけ力が入り、目線を落として言葉を探りながら、ポツリと漏らす。
「……俺、子どもの頃親に虐待されてたんです。
あんまり良い思い出無いんですけど。
……その時にテレビの中のエンデヴァーに強烈に憧れて……それからヒーロー目指す様になりました」
俯きながら、言葉少なに淡々と語るホークス。
その姿を見て、歌織の胸に静かな波紋が広がった。
(……たぶん、これで全部じゃない)
歌織は長年の泥臭いサポーター活動の中で、様々な人の悩みや助けを求める声に耳を傾けてきた。
彼らの多くは、初めから心の内をすべて話せるわけではない。
少しずつ小出しにして、少しずつ信頼関係を築いて、ようやく根っこの部分を打ち明けられるのだ。
歌織は専門的な心理ケアの資格を持っているわけではなかったが、長年の現場での経験と、人に対する深い愛着からそれを察していた。
包丁を置き、料理の手を止めた歌織。
静かに歩み寄ると、ソファに座るホークスの隣に戻り、その頭を包み込むように優しく抱きしめた。
(……私は、君みたいな子が一人でも少なくなれば良いと思って、おぺら食堂を開いたんだ…。
君の中の幼い君が、どうか…少しでも癒されますように)
「……君の大切な心を話してくれてありがとう。……エンデヴァーさん、最高にカッコいいヒーローだね」
ホークスは何も言わず、彼女の柔らかな温もりに身を委ねた。
歌織の温かい体温と、柔らかく包み込んでくれる手のひら。
公安に買い叩かれ、名前も過去もすべてを奪われて「最速のヒーロー」として走り続けてきた男の胸に、かつてない安らぎが満ちていく。
(……こん人になら、全部預けたっちゃよか)
ホークスは顔を上げ、歌織の目をごまかしのないまっすぐな瞳で見つめた。
「……鷹見啓悟です」
静かに告げられた言葉。
「俺の、本当の名前。……歌織さんにだけ、教えてあげます」
「ホークス」という記号として生きることを求められ、本名も過去もすべてを公安に差し出した男が、人生で最も大切な「自分自身」を預ける瞬間。
歌織はホークスから目を逸らさず、慈しむように優しく微笑んだ。
「……啓悟くん。素敵な名前。教えてくれてありがとう。二人だけの時は……名前呼んでもいい?」
公安の冷たい暗闇ではなく、目の前の彼女の温かな光に包まれて。
ホークスは、どこか安心した幼い子どものような表情を浮かべると、低く柔らかな声で答えた。
「はい」
自室でヒーロースーツを脱ぐと、ライブで汗ばんだ肌が部屋の冷たい空気に触れてひんやりとした。
今すぐシャワーに駆け込みたいところだが、つい先ほど付き合ったばかりのホークスを自室に招いている状態でシャワーを浴びるのは、流石に無警戒すぎる。
それに、先ほどの玄関での強引で甘いやり取りを思い出す。
彼は洗面所にいるし、物理的にも今はシャワーを浴びに行くこと自体が難しいだろう。
歌織は引き出しから汗拭きシートを取り出すと、全身を丁寧に拭いていくことにした。
「はぁ。さっぱりした〜……」
心地よい爽快感に満足しながら、歌織はさて……とクローゼットに向き直る。
「……これって図らずもお家デート……ということになるのでは??」
ようやく自分の大胆なお誘いに気づいた歌織は、急にパニックを起こして慌てふためき始めた。
「ど、どうしよ……お家デートって何するの!?
なんか、巷じゃふわふわのルームウェアを着たりするような話を聞いたことあるけど……私そんなの持ってない!!」
自分の女子力の無さにガックリと頭を抱えて項垂れる歌織。
「え……待って……彼氏できたの何年振りだ……?」
はたと、自分の過去の恋愛を振り返ってみる。
「ええと……サイドキックのときに彼氏いたんだから……6年振りくらい!?
今のホークスと変わんないくらいの時か……ぎゃぁぁ……
そりゃ、浦島太郎状態になる訳だよぉ〜……」
自分のあまりの頼りない恋愛遍歴に目眩がしてくる。
歌織は項垂れながらも、「まぁ……普段着でいる他ないか……」と諦めて服選びを再開するのだった。
◇
ベッドルームから出てきた歌織は、和洋ミックスの着物スタイルだった。
ウールの柔らかな風合いが可愛らしい着物の下に、ブラウスの白い襟が映える。
プリーツスカートの裾がちらりと覗く遊び心が、歌織のお気に入りの着こなしだった。
帯代わりに太いベルトをくるりと巻いて、ラフで可愛いコーデにしてみたのだ。
(……割とお気に入りのコーデだぞ……着物が若い子受けするかは正直分からないけど。
ええい! 服装の好みで振ってくるならその程度の男だというものよ!
…勝負よホークス!!)
もはや職業病なのだろうか。
常にヴィランと対峙し、ヒーローの人気ランキングに日々挑んでいる彼女は、なぜか恋愛までも勝負に結びつけてしまうのだ。
意を決した歌織は、リビングの扉をガチャリと開けた。
(……え、こげん着物があるとか……?)
先に着替えを済ませてリビングのソファでくつろいでいたホークスは、彼女の姿を目にした瞬間、一瞬息を呑んでピタリと固まった。
彼女の現代的で愛らしい着物スタイル。
そのギャップとセンスの良さに、ホークスの胸がドクンと跳ね上がる。
(うわ、ばりあいらしか……。それに『俺に見せるためにオシャレ頑張ってくれた』のが丸わかりで、バリ嬉しかっちゃけど……)
それだけではない。
彼女の真剣な瞳と固くなった肩を見れば、何を考えているのかが手に取るように分かってしまった。
(……ってか、また勝ち負けにこだわっとーと顔に出とーよ歌織さん。俺相手に張り合おうとして……つまらん、あいらしすぎる)
「……おおー。歌織さん、それ着物? めちゃくちゃオシャレすね。……可愛い」
先に着替えを済ませてリビングのソファでくつろいでいたホークスを見て、歌織はピタリと固まった。
ホークスの格好は、白のタートルネックニットに、黒の細身なパンツ。
腰元にはゴールドのウォレットチェーンが揺れ、胸元や手首、指先にはジャラッと重ね付けされた金色のアクセサリーが華やかに光を反射している。
黄金色のサングラス越しに見える鋭い瞳と、余裕たっぷりに微笑むその顔立ち。
シンプルな装いの中に散りばめられた洗練されたアクセントが、彼の持つ元々の素材の良さをこれでもかと引き立てていた。
どこをとっても垢抜けすぎていて、モデルや芸能人も顔負けの完璧なビジュアル。
プロヒーロー「ホークス」の華やかさと、一人の男性としての洗練された色気が高次元で合わさったその姿に、歌織は思わず気圧されてしまうのだった。
「……そうだった……。
君、前に私服でうちの店に来た時もめちゃくちゃオシャレだったもんね。
そんなに格好良くて実力あって服のセンスも良いって盛りすぎなのでは?
……はぁ、勝てない……勝てる見込みゼロだよ……」
歌織はがっくりと項垂れ、ホークスの隣のソファに腰掛けた。
二人掛けのソファは二人で座ると否が応でも密着してしまう。
歌織はホークスのあまりのビジュアルの良さに打ちひしがれていて、その距離感の近さに気づかずにいた。
「……ふーん。俺のことかっこいいって思ってくれてるんすね?」
「……そんなの、ほとんどの女の子は思うんじゃないの?」
少し拗ねた声を上げる歌織。
その愛おしさが抑えきれなくなったホークスは、すり寄るように歌織の肩に頭をもたげた。
「……俺は歌織さんに思ってもらえるだけで満足なんですけど」
まるで甘える猫のように擦り寄ってくるホークスに、歌織は身体をカチコチに硬直させた。
「ちょっ……ちょっと! 距離感おかしくない!? 近い近い!!」
「……隣に座ったの歌織さんじゃないですか」
そう言って、肩に頭を乗せたまま上目遣いに見上げてくる彼に、思わず「う"……っ」と濁った声が出てしまう。
「歌織さんこそ可愛すぎて、俺我慢するのしんどいっすよ。……実はやっぱり誘ってたりします?」
視線を合わせて不敵に、けれどどこか熱っぽく微笑むホークス。
歌織は顔を真っ赤に染めると、逃げるように勢いよく立ち上がった。
「コーヒー入れてくる!!」
キッチンへ疾走していく歌織。
リビングからは「あーあ。ざーんねーん」とホークスの戯れるような声が小さく聞こえていた。
◇
カウンターキッチンでコーヒーを淹れながら、歌織はホークスに話しかけた。
「今3時くらいかぁ。この後どうする? ご飯食べてく?」
「え……いいんすか?」
「いいよ〜。おぺら食堂は休みだから私ものんびり出来るし。
外に行くでもいいけど、君の剛翼は目立つからなぁ〜。
うーん……前に鶏肉好きだって言ってたよね?
鶏胸肉あるからカオマンガイでも作る?
寒いからクリームシチューなんかも良いね〜♪
パスタも良いなぁ……あとは大根と煮物にしても美味しいし……何か食べたい物ある?」
家にある食材からサラリと複数のメニューを考案する歌織に、「……さすが食堂経営者」とホークスは感心して目を見張った。
歌織は淹れたてのコーヒーを運びながら答える。
「まぁ、お店のメニューは私が作ってるからね。レシピも自分で用意してるし。
お料理好きなのよ♪」
嬉しそうに上機嫌で話す歌織。
「歌も、お料理もお着物も……あとは『心音頭』もね。完成までに時間がかかっても、その手間分良い物になるのが好きなの」
なるほど、とホークスは深く納得した。
自分は「速さ」を最優先にし、効率と結果を求めて自分を磨いてきた。
けれど彼女は、目の前の「時間」と「過程」を大切に丁寧に慈しんできた人なのだ。
(…………自分にはなか、ゆたっと流るー時間に、俺は居心地ん良さば求めとったんかもしれんな」
コーヒーを啜りながら、ホークスは歌織のお喋りに心地よく耳を傾ける。
「そうっすね。じゃあシチューがいいかな」
歌織は柔らかく微笑んだ。
「おっけー! せっかくだから今日はたくさんお喋りしよ♪
料理は完成までに時間がかかるから、その間たくさんお話できるよ!」
割烹着を身に付け、手際よく包丁をトントンと動かし始める歌織。
ソファに腰掛けたまま、カウンター越しに彼女の背中を見つめるホークス。
包丁の心地よい音、鍋から立ち上る湯気、そして「誰かが自分のために温かい料理を作ってくれている」という光景。
(……誰かん手料理ば待つげな、いつ以来やろう……いや、生まれて初めてかもしれん)
幼少期は虐待と貧困、公安に入ってからは過酷な訓練と過密なミッション。
常に「効率」と「速さ」を求められ、食事すら栄養補給作業でしかなかった自分。
そんな自分が今、こうして静かに誰かの作る食事を待っている。
(俺はずっと、一秒でも早よミッションば終わらせる『速さ』ん世界で生きてきた……ばってん、こん人は完成までん時間ば慈しんで、丁寧に手前ばかくる人なんやな)
トントンと刻まれる一定のリズム。
彼女の周りにだけ流れる、ゆったりと温かな時間。
自分には決定的に欠けていたその温もりに触れ、ホークスの胸の奥にじんわりと熱いものが広がっていく。
(……こんゆたっとした時間に、俺は癒しゃれとったんやな)
そんな彼女との穏やかで温かな時間の過ごし方に、ホークスは胸の奥がじんわりと解きほぐされていくのを感じていた。
◇
ふとホークスが部屋を見渡すと、歌織の部屋のあちこちにオールマイトのグッズが置いてあることに気づいた。
「歌織さん、オールマイト好きなんですか?」
ホークスの質問に、歌織はキッチンで料理の支度をしながら目を輝かせた。
「うん! そうなの! 私がヒーローを志すきっかけになった人なんだよね〜。
私、子どもの頃バスジャックに巻き込まれたことがあってさぁ。その時に助けてくれたのがオールマイトだったの!
その圧倒的な安心感に強烈に憧れたんだ。あんなヒーローになりたいなあって」
それから歌織は、少し言葉を探すように間を置いた。
「……でも私の個性『心音頭』は、元々心を込めて歌うと心糸が生まれるだけの個性だったの。
戦闘力が重視されるヒーローにとっては余りにも不向きだった。
元々攻撃的な性格じゃないから、攻撃技も大した威力にならないし。
だからさ、自分なりに研究して……サポーターとして役に立てる様に技を磨いていったんだ。
……でもバッファーは攻撃の的になりやすいから、自衛の手段も必要だなーと思って対人戦闘も身につけたりね」
ヒーローに向かない個性の彼女が、プロとして生き残るために身につけてきた様々なスキルや戦略。その一つ一つに泥臭い努力と工夫が散りばめられていて、ホークスは彼女の人間的な魅力に改めて惹きつけられていく。
一生懸命に自分の足跡を語る彼女を見つめながら、ホークスはふと心の中で納得の声を上げた。
(……あーね。元々ゴリゴリん筋肉系トップヒーローに憧れてヒーローば目指したけんこそ、考え方や思考回路がどっかまっすぐで脳筋(シンプル)なんか……納得ばい)
憧れの存在が圧倒的なパワーの象徴だからこそ、彼女の根底にも「正々堂々」「正面突破」というシンプルで実直な情熱が根付いているのだと、推理が繋がった。
「……かっこいいヒーローですね」
思わず口から漏れた相槌に、歌織は冗談っぽく笑ってみせた。
「ええ〜? そうかなぁ。あんまりカッコ良いところないなって思ってたんだけど……意外なリアクションですねぇ」
そんな歌織のお喋りに、ホークスもつられて笑うのだった。
◇
「…ホークスは? どうしてヒーロー目指したの?」
雑談の流れで自然に話題を返すと、ホークスは一瞬、言葉に詰まった。
カップを持つ手に少しだけ力が入り、目線を落として言葉を探りながら、ポツリと漏らす。
「……俺、子どもの頃親に虐待されてたんです。
あんまり良い思い出無いんですけど。
……その時にテレビの中のエンデヴァーに強烈に憧れて……それからヒーロー目指す様になりました」
俯きながら、言葉少なに淡々と語るホークス。
その姿を見て、歌織の胸に静かな波紋が広がった。
(……たぶん、これで全部じゃない)
歌織は長年の泥臭いサポーター活動の中で、様々な人の悩みや助けを求める声に耳を傾けてきた。
彼らの多くは、初めから心の内をすべて話せるわけではない。
少しずつ小出しにして、少しずつ信頼関係を築いて、ようやく根っこの部分を打ち明けられるのだ。
歌織は専門的な心理ケアの資格を持っているわけではなかったが、長年の現場での経験と、人に対する深い愛着からそれを察していた。
包丁を置き、料理の手を止めた歌織。
静かに歩み寄ると、ソファに座るホークスの隣に戻り、その頭を包み込むように優しく抱きしめた。
(……私は、君みたいな子が一人でも少なくなれば良いと思って、おぺら食堂を開いたんだ…。
君の中の幼い君が、どうか…少しでも癒されますように)
「……君の大切な心を話してくれてありがとう。……エンデヴァーさん、最高にカッコいいヒーローだね」
ホークスは何も言わず、彼女の柔らかな温もりに身を委ねた。
歌織の温かい体温と、柔らかく包み込んでくれる手のひら。
公安に買い叩かれ、名前も過去もすべてを奪われて「最速のヒーロー」として走り続けてきた男の胸に、かつてない安らぎが満ちていく。
(……こん人になら、全部預けたっちゃよか)
ホークスは顔を上げ、歌織の目をごまかしのないまっすぐな瞳で見つめた。
「……鷹見啓悟です」
静かに告げられた言葉。
「俺の、本当の名前。……歌織さんにだけ、教えてあげます」
「ホークス」という記号として生きることを求められ、本名も過去もすべてを公安に差し出した男が、人生で最も大切な「自分自身」を預ける瞬間。
歌織はホークスから目を逸らさず、慈しむように優しく微笑んだ。
「……啓悟くん。素敵な名前。教えてくれてありがとう。二人だけの時は……名前呼んでもいい?」
公安の冷たい暗闇ではなく、目の前の彼女の温かな光に包まれて。
ホークスは、どこか安心した幼い子どものような表情を浮かべると、低く柔らかな声で答えた。
「はい」
