出発
「ねえ、狛枝くん。……今夜は、作戦会議でもしない? 私の部屋で」
「もちろんいいよ! 何か持っていった方がいいかな」
「食べたいものがあったら持ってきて。なくてもいいよ」
穏やかな陽だまりの中、私たちはひとつ約束する。いつだって、作戦会議はそうやって始まるのだった。
遠く、遠くで、日向くんの怒鳴り声がする。私たちは顔を見合せてから笑って、手に握っていた木の枝をほっぽりだした。地面に描いた下手くそな似顔絵はそのままだった。
―――
白いドアがスライドする。紙袋片手にやあ、なんて軽く挨拶をする彼はその辺にいる好青年のようで、とてもじゃないがあんな誘いを受けるようには見えなかった。
無言で座るように促し、私たちは少し冷える夜の部屋の中で身を寄せ合った。寒い。狛枝くんの体温は見た目どおりの低さで、カイロ代わりにすらならない。真っ白なシーツを一緒に被った。
「もう三月なのに…早く暖かくなるといいけど」
彼の血の気のない右手を包み込む。一度ぴくりと動いたものの、狛枝くんもまた呼応するように私の手を掴んだ。
「暖かくなる頃にはもう違う所に行ってるかも」
「あっちはちょっと熱すぎるね」
「寒い所もあるかもよ」
机の上の満たされたマグカップは案外重たかった。片手で持っているから余計にかもしれない。ぺろりと表面を舐める。先に淹れておいたコーヒーは少し冷めていたものの、猫舌にはちょうどいい。私も狛枝くんもちびちびと舐めるようにして飲んだ。
ほぅ、と小さく息を吐いた。
「うーん…どこがいいかなぁ」
「海なんてどうかな。見つかりにくいだろうし」
いつの間にかマグカップや紙袋、二つの便箋を追いやって机に地図や交通機関の運用表を広げていた狛枝くんは、海のすぐ側を指さす。少し遠いものの、確かに具合はかなりよさそうだ。私たちには最高のロケーションだった。
「そこ結構いいね…あ、ここは?」
「ちょっと近いけどそこもよさそうだね。遠くに向かってる最中に連れ戻されるのも嫌だし」
「十三人対二人だもんね」
二人してここはどうだ、あそこはどうだと真剣に話す。時々渇いた喉をお茶で潤して、また言い合う。あの修学旅行の学級裁判みたいだ、とまた顔を見合せて笑った。
「よかったら」
どこから持ってきたのかも分からないクッキー缶を差し出された。こんなご時世に、本当にどうやって手に入れたんだろう。売店だろうか。気にはなるものの、たくさん話して空っぽになってしまった胃にとってはどうでもよかった。一つ食べると優しい甘味が口の中に広がった。
「おいしいね」
「でしょ? ボクもこのメーカーのやつ好きなんだ」
そう言いながら狛枝くんもクッキーをつまむ。一つ食べ終えた後の彼は少し顔色が良くなっている気がした。
「このクッキーもこれが最後かもしれないね。売店でもしばらく入荷しないらしいし」
「それはちょっと残念。初めて食べたけどすっごくおいしいし」
その言葉に狛枝くんは微笑むだけで、何も言わなかった。顔は青白く、磯の香りと死体が共存していた修学旅行を想起させた。しかしその微笑みは月明かりのせいかいつにも増して美しく、私もそっと微笑み返した。多分、作戦会議はこれが最後だろう。まだ決まっていないのは行き先だけだから。
「…狛枝くん、どこがいい?」
「君は行きたい所ないの?」
「うん」
少し間が空いてから、控えめに指さされたのは少し遠い所だった。最近段々と復興してきた観光地のすぐ近く。多分すぐ近くまで公共交通機関が通っているだろうし、妥当な場所だった。
「じゃ、ここにしよっか。何持っていこうかなぁ…狛枝くんは何持っていくの?」
「パーカーとか外でも目立たない服とお金かな」
「この服じゃバレバレだもんね」
お揃いの水色の服をつまむ。こんなものを着ていたんじゃ、確かに目的地に着く前に見つかってしまう。明らかに脱走してきたとバレる。日向くんが出張から帰ってくるまでには普通の服を手に入れたい所だ。
「明日服とか調達しといて、明後日の朝出発って感じにする?」
「もちろんいいよ」
頑張ろう、と付け足したその顔は、これまで見たどんな表情よりも柔らかだった。そっと彼と手を繋ぐ。右手は、相変わらず冷たいままだった。
―――――
夜明けの、オレンジ色に染められたかすかな日の光だけが、病院の裏を照らしていた。それだけなのに、まるでスポットライトが当たっているような鮮やかな舞台を、私は静かに、そして素早く歩く。時々窓から人影が見えるものの、流石に早朝だから裏は閑散としていて、私の鼓動の音と踏みしめる草の音、鳥の鳴き声くらいしかしなかった。
しばらく歩いていると、白いふわふわな髪の毛が目についた。あ、と声が漏れる。
「狛枝くん、おはよう」
「おはよう! 希望の朝だね!」
幾分かテンションが高い。いや、これが通常運転だっけ。もう分からなくなってくる。多分、残念なイケメンという言葉は狛枝くんのために作られたんだろう。トレードマークと化している深緑のパーカーの下に、ワイシャツとネクタイ、黒のスラックスというのはまあまあ似合っているのに。かく言う私も、まあ、似たようなものだ。
「ここにもお世話になったね」
「本当に、希望に満ち溢れていたよ」
にっこにこだ。思わず私も笑った。しばらく狛枝くんの希望演説を聞きながら余韻に浸っていたが、あまり長居も出来なかった。電車の時間はそこまで余裕がない。遅れたりしたら面倒だ。
「…行こっか」
彼はそっと頷いて、しゃがんで草をどけた。そこは人一人抜けられるくらいの穴がフェンスにできているのだ。この抜け穴は、私たちと日向くん以外誰も知らないから、真正面で行くよりはマシだった。狛枝くんを先に行かせて、私はそろそろと後を着いていく。
少し歩くと、開けた空き地がある。私たちは抜け出してここに来て、日向くんが気付く度に連れ戻しに来るというのがお決まりのコースだった。本気で止められたこともなかったから、日向くんは別にそれくらいよかったんだろう。一種のコミュニケーションやじゃれあいのようなものだったろうし、私たちもそうだった。昼の光と違い、朝はさらりと絹ごしされたような美しさで、それもまたきれいだ。一昨日の落書きは消えて、木の枝もどこかにいっていた。私たちの痕跡は、ここにはもうろくにない。ほっとした。さようなら、と心の中でひとりごちた。
「それにしても、近くに駅あって助かった」
「本当にね。皆が希望を持って歩んだおかげだよ!」
「そうだねぇ」
小さめの林を抜け、人通りの少ない道路を歩きながらぽつぽつと話した。これから行く所について。クラスメイトたちのこと。思い出話。話しきるまでに駅に着いてしまって、ホームに着いた後も缶コーヒー片手に話し続けた。白かった狛枝くんの右手は、ほんのわずかに赤みが差していた。
「でも、自動販売機で缶コーヒー売ってるなんて、本当に平和な世の中だよ」
「盗難も起きてない、ってことだしね。未来機関の支部が近くにあるからかもしれないけど……」
「駅員さんの前ってのもあるかも」
「確かにそうだね」
少し笑いながら、狛枝くんは私の顔を見つめていた。いや、電車が来るはずの方角を眺めていた。顔はいいんだから、そういうのは止めてほしい。びっくりする。
「…あ、来たね」
「ボク、時間通りに来る電車に乗るのは久々だよ」
「私も、ずーっとベッドに張り付けられてたから。途中で気持ち悪くなったら言ってね」
プシュー、と扉が開いた。数人が降りていって、それでこの二両目の乗客はいなくなってしまったらしい。降りていく人の中に未来機関らしきスーツ姿の人がいて、少し驚いた。顔や行動には出ていない、と思う。バレてもいない。多分、私たちの名前だけは知っているみたいな、そんな感じかもしれない。朝早くから仕事とは、なんという社畜精神なのだろう。一生見習いたくない。
「なんか、貸し切りみたいだね。誰もいないと」
すっからかんの車両のせいか、久しぶりに乗る電車のせいか、思わずテンションが上がって、スキップした。赤信号、皆で渡れば怖くない。狛枝くんを巻き込んで飽きるまでスキップした。息切れした。
「……こまえだ、くん、だ、だいじょうぶ?」
「き、きみこそ、す、すごい、きつそ、だけど」
二人して椅子にもたれかかって、荒い息と鼓動が治まるのを待った。ろくに運動をしていなかったせいで、ずっと苦しいままだ。なんであんな子供みたいなことしたんだろう。持っていた水をちびちび飲んだ。狛枝くんもそうしようとしてリュックサックを覗き込んだところで、彼の動作はぴたりと停止した。
「どうし、わぁ」
中でペットボトルのキャップが緩んでしまったのか、狛枝くんのリュックサックの中はびちゃびちゃだった。財布はポケットに入れていて大したものは入れていないが、まあ嫌だろう。本人は、大丈夫だよ、これは幸運の布石なんだとまたにこにこしていたが、水が飲めないのは少しかわいそうだ。口をつけていない予備のペットボトルを取り出した。
「いる?」
「いいの?」
「うん」
「……ありがとう」
幸運だ、とも、不運だ、とも言わず、ただ感謝の言葉を述べられて気分がよかった。あと、クッキーの借りも返していなかった。病院の売店のおばちゃんにおまけとしてもらった飴もあげた。私のようなやつでも優しく接してくれたおばちゃんに感謝だ。
「楽しみだね。まあまあな田舎、なんだっけ」
「うん。監視カメラもないだろうし、皆もそう簡単には見つけられないんじゃないかな? いやでもボクみたいな救いようのないゴミクズの想像なんて皆はきっと上回って――」
「見つからないといいなぁ」
ほとんどただの願望だった。自信半分、願望半分の、ただ考えていたことがぽろりと溢れ落ちたようなものだった。ふと見ると冷たい手が、私の手を包み込むようにしていた。
「……ボクも見つかりたくない」
「…頑張ろうね」
しばらくの間、私たちは無言だった。しかし、その沈黙は気まずくはなかった。むしろ心地のいい、いるだけで安心するような、穏やかな時間だった。日光で段々と明るくなっていく。ときどき人が乗り降りして、そうしてまた降りていく。その様子を見ている内に、私の意識はゆったりと水底に沈んでいった。
―――――
見知らぬ手に引き上げられていくように、私の意識は表層に浮き出た。ここどこだったっけ。ああそうだ、ここは電車の中。乗客は相変わらず誰もおらず、狛枝くんの寝息だけが聞こえていた。その寝顔はあどけなく、安らかで、このまま寝させてあげられたらいいのにと思う。ただ、そういうわけにもいかなかった。
「狛枝くん、起きて」
声をかけるだけじゃもちろん起きない。優しく揺すぶると、彼は気だるげに目を開けた。何度か瞬きをして、それから私の目を見た。
「おはよう。ぐっすりだったね」
「……おはよう」
「私も熟睡しちゃった。だいぶ乗り過ごしたよ」
「取り敢えず次で降りようか」
次の駅は案外すぐ着いた。そこは目的地と負けず劣らずの田舎で、しかも海のすぐ側。駅のホームからも見える海は少し前では考えられないくらい綺麗だった。乗り越した時用の精算機なんてものはもちろんなかったので、駅員さんに伝えると、快く了承してくれた。そもそもこの駅で降りる人は中々いないらしい。何もないところだけどゆっくりしていってね、と穏やかに笑っていた。
「良い人でよかったね」
「うん。それにしても寝過ごすなんて、本当についてないよ…」
「夕方まで寝るとは私も思わなかった…」
狛枝くんの足取りはなんだか夢遊病患者のようにふらふらしていた。目もとろけているし、まだ少し寝惚けているのかもしれない。思わず手を掴んだ。
「狛枝くん、眠い?」
「ちょっと…」
ベッドで寝てばかりの生活だったし、いきなり睡眠時間を削ったことで生活リズムが狂ってしまったのかもしれない。ちょうどいい所にあったベンチに座った。
「何か飲む?」
頷きながら、それでも尚目が半開きだった狛枝くんはすぐ側の自動販売機を見て目を輝かせた。
「ブルーラムだ」
「珍しいね、中々ないのに」
「電車を乗り過ごした分の幸運かな」
「そうかも」
せっかくだし、と私もブルーラムのボタンを押した。缶ジュースなんて久々かもしれない。一口含む。おいしい。おいしいけど、なんというか。
「狛枝くんとは食の好みが合わない……」
「あははっ、苦手だった?」
「おいしいんだよ、おいしいけど、んー…って感じ」
「まあ好みは分かれるかもね」
ぐびぐび飲んでいく狛枝くんと、少しずつ飲んでいく私。退廃的な気分になる、という言葉の意味がものすごく理解できた気がした。それでもなんとか飲みきり、空の缶をゴミ箱に捨てた頃には狛枝くんは二本目を完飲していた。
「……まあ、目が覚めたみたいでよかったよ」
「おかげさまでね」
話しながら、もうすっかり夕日が差している道を歩く。病院を出発した頃のようなオレンジ色のスポットライト。予定していた目的地には行けなかったけど、駅員のおじさんからここら一帯の地図を見せてもらってちょうどいい所は見つかった。優しい、いいひとだ。
「ねえ、怖い?」
「怖くなんかないよ! 今のボクなんか絶望のような障壁にもなれない、ただの足手まといなんだから。希望のためだよ」
「……そうだね。そう思えば、ちょっとは良い、のかな」
「君は怖くないの」
「嬉しいのか、って言われると分からないけど…多分、怖くはない」
不思議なくらいに、心は凪いでいた。五感も研ぎ澄まされて、頭も冴え渡っているような。もう分からない。恐怖しているのか、歓喜しているのか。頭が回っているのか、いないのか。ただ一つ、繋いだ手のひらの冷たさだけは本物だった。
「ここだね」
狛枝くんが小さく呟く。その言葉に、横を向いた。どこまでも続く青い海。白い砂浜。海に溶かされていくように沈んでいく太陽。ヤシの木も、あのモニターもない。死臭だってしない。南国とは程遠く、空気はどこまでも冷たい。でも、私たちの死に場所には最高の場所だった。私たちの墓場。
「綺麗」
「綺麗だね」
二人ともまったく同じタイミングで声が出た。少し笑った。いや、少しでは済まなかった。二人とも大笑いして、何を思ったか波打ち際で子供のように追いかけっこをしていた。死ぬ間際になると幸せホルモンを出すとか言うし、頭が馬鹿になっているのかもしれない。何も分からなかった。
少し経って私たちが正気に戻った頃には夕日はもう消えかけていた。小さく小さく見えていた太陽も、もう完全に沈んでいく。空はもうじきやさしい闇に支配されていく。一日の終わり。明けない夜はないというが、夜明けまでに死んだら明けていないのと同じだ。
「狛枝くん、そろそろ行こう」
「うん」
差し出された狛枝くんの右手を掴もうとして、止まった。この手は――真っ赤なつけ爪が付いた、あの人の右手は、指一本動かすこともできない。だいぶ細くなって、筋力も落ちた左手で掴んだ。冬だとか夏だとか関係なく、狛枝くんの手はいつも冷たい。それが心地よかった。
二人並んで、海の方に歩く。最初はただ靴に海水が当たるだけだったのが、段々と靴の中にまで侵食してくる。靴下もべっとりと張り付いて気持ち悪い。
「小学校のときさ。着衣水泳ってやった?」
「着衣水泳というか、水泳自体参加しなかったかな。何かあったら嫌だしね…でも川や海に落ちたことはあるよ」
「うわぁ……海じゃない方がよかった?」
「ううん、突然落ちたわけでもないし大丈夫だよ」
穏やかに笑っている様は、本当に死ぬ間際とは思えないくらい綺麗だった。彼は妖精さんで、夜空の星を食べて虹を飲んでるとか言われても一瞬納得できる。そんなかわいらしい人でもないけど。
足首までだったのが、いつの間にか太もも辺りまで進んでいた。狛枝くんは気丈なような、安心しているような、でも少し怖がっているような。瞳が揺れていた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、うん、大丈夫」
少し言い聞かせるようだった。でもここで私が引き戻したりしたって良いことにならないのは分かっている。私も大丈夫じゃないけれど、でも。
せめて、と手を強く握ったときだった。
「大丈夫じゃないだろ」
凛として高く、聞き馴染みのある声が後ろからした。そろそろと振り返る。そこには足首まで海水に浸かった、しっかりとこちらを見据える日向くんがいた。
「追いつかれちゃったか」
「でも気にしなくて良いよ、日向クンは間に合わなかったってことにすればいいからさ!」
「そうそう。今更私みたいのを連れて帰ったってどうにもならないし」
「そんなわけないだろ!」
大きい声で、すこし、いやだいぶびっくりしてしまった。もう一度、そんなわけないだろと弱々しく呟いて唇を噛んでいる。海水をかき分けるようにして近付いてきて、日向くんが私たちの腕を掴んだ。黒のスラックスの色が濃くなっている。
「俺たち、友達じゃなかったのかよ…そう思ってるのは、俺だけだったのか?」
「……ボクたち、まだ友達なの?」
「当たり前だ。狛枝だって、お前だってそうだ」
きっぱりと言い切りながらも、弱々しく大切なんだと続ける日向くんが、なんだかかわいそうだった。狛枝くんは友達だと言われて、少し口角が上がっている。多分、私もそうだった。二人揃ってちょろい。
「帰ろう。あいつらも、俺も待ってる」
「でも、今帰っても、皆に迷惑かけるだけだし」
「迷惑なわけない。むしろこのまま死んだ方が皆悲しむ。……別に、悲しませようとして死のうとしてるんじゃないだろ」
お前ら優しいんだから。こういうことも恥じずに言えてしまうなんて、ああなんという人たらし。でも、こういう人だから私たちすらも見捨てられない。堂々巡りだ。日向くんが、私たちを強く抱き締める。
「頼むから、頼むから、行かないでくれ…」
鼻をすすり、涙声になっていた。抱き付かれているせいで表情は見えなかった。ただ、温かい体温だけが確かだった。それすらも演技かもしれない。ただ、面倒な患者を黙らせたいだけかもしれない。そう思う一方で、そんなことないと反論する自分もいた。
そっと顔を見合わせる。
「帰ろうか」
「狛枝くんはそれでいいの?」
「うん。その…友達を悲しませたくないし」
少し困ったように、照れているように笑う。そうだね、と小さく呟いた。
死ぬのはいつだってできる。今すぐに、友達を傷つけてまでやるようなことでもないなら、いつか死ぬのを待つのだっていいかもしれない。待ち時間の暇潰しなんて、いくらでもできる。それくらい、狛枝くんも日向くんも、他のクラスメイトたちだって、いくらでも付き合ってくれるんだろう。
日向くんの方に向き直って、静かに頷く。日向くんは少し微笑んで、私たちの腕を緩く引っ張った。
「行こう」
「もちろんいいよ! 何か持っていった方がいいかな」
「食べたいものがあったら持ってきて。なくてもいいよ」
穏やかな陽だまりの中、私たちはひとつ約束する。いつだって、作戦会議はそうやって始まるのだった。
遠く、遠くで、日向くんの怒鳴り声がする。私たちは顔を見合せてから笑って、手に握っていた木の枝をほっぽりだした。地面に描いた下手くそな似顔絵はそのままだった。
―――
白いドアがスライドする。紙袋片手にやあ、なんて軽く挨拶をする彼はその辺にいる好青年のようで、とてもじゃないがあんな誘いを受けるようには見えなかった。
無言で座るように促し、私たちは少し冷える夜の部屋の中で身を寄せ合った。寒い。狛枝くんの体温は見た目どおりの低さで、カイロ代わりにすらならない。真っ白なシーツを一緒に被った。
「もう三月なのに…早く暖かくなるといいけど」
彼の血の気のない右手を包み込む。一度ぴくりと動いたものの、狛枝くんもまた呼応するように私の手を掴んだ。
「暖かくなる頃にはもう違う所に行ってるかも」
「あっちはちょっと熱すぎるね」
「寒い所もあるかもよ」
机の上の満たされたマグカップは案外重たかった。片手で持っているから余計にかもしれない。ぺろりと表面を舐める。先に淹れておいたコーヒーは少し冷めていたものの、猫舌にはちょうどいい。私も狛枝くんもちびちびと舐めるようにして飲んだ。
ほぅ、と小さく息を吐いた。
「うーん…どこがいいかなぁ」
「海なんてどうかな。見つかりにくいだろうし」
いつの間にかマグカップや紙袋、二つの便箋を追いやって机に地図や交通機関の運用表を広げていた狛枝くんは、海のすぐ側を指さす。少し遠いものの、確かに具合はかなりよさそうだ。私たちには最高のロケーションだった。
「そこ結構いいね…あ、ここは?」
「ちょっと近いけどそこもよさそうだね。遠くに向かってる最中に連れ戻されるのも嫌だし」
「十三人対二人だもんね」
二人してここはどうだ、あそこはどうだと真剣に話す。時々渇いた喉をお茶で潤して、また言い合う。あの修学旅行の学級裁判みたいだ、とまた顔を見合せて笑った。
「よかったら」
どこから持ってきたのかも分からないクッキー缶を差し出された。こんなご時世に、本当にどうやって手に入れたんだろう。売店だろうか。気にはなるものの、たくさん話して空っぽになってしまった胃にとってはどうでもよかった。一つ食べると優しい甘味が口の中に広がった。
「おいしいね」
「でしょ? ボクもこのメーカーのやつ好きなんだ」
そう言いながら狛枝くんもクッキーをつまむ。一つ食べ終えた後の彼は少し顔色が良くなっている気がした。
「このクッキーもこれが最後かもしれないね。売店でもしばらく入荷しないらしいし」
「それはちょっと残念。初めて食べたけどすっごくおいしいし」
その言葉に狛枝くんは微笑むだけで、何も言わなかった。顔は青白く、磯の香りと死体が共存していた修学旅行を想起させた。しかしその微笑みは月明かりのせいかいつにも増して美しく、私もそっと微笑み返した。多分、作戦会議はこれが最後だろう。まだ決まっていないのは行き先だけだから。
「…狛枝くん、どこがいい?」
「君は行きたい所ないの?」
「うん」
少し間が空いてから、控えめに指さされたのは少し遠い所だった。最近段々と復興してきた観光地のすぐ近く。多分すぐ近くまで公共交通機関が通っているだろうし、妥当な場所だった。
「じゃ、ここにしよっか。何持っていこうかなぁ…狛枝くんは何持っていくの?」
「パーカーとか外でも目立たない服とお金かな」
「この服じゃバレバレだもんね」
お揃いの水色の服をつまむ。こんなものを着ていたんじゃ、確かに目的地に着く前に見つかってしまう。明らかに脱走してきたとバレる。日向くんが出張から帰ってくるまでには普通の服を手に入れたい所だ。
「明日服とか調達しといて、明後日の朝出発って感じにする?」
「もちろんいいよ」
頑張ろう、と付け足したその顔は、これまで見たどんな表情よりも柔らかだった。そっと彼と手を繋ぐ。右手は、相変わらず冷たいままだった。
―――――
夜明けの、オレンジ色に染められたかすかな日の光だけが、病院の裏を照らしていた。それだけなのに、まるでスポットライトが当たっているような鮮やかな舞台を、私は静かに、そして素早く歩く。時々窓から人影が見えるものの、流石に早朝だから裏は閑散としていて、私の鼓動の音と踏みしめる草の音、鳥の鳴き声くらいしかしなかった。
しばらく歩いていると、白いふわふわな髪の毛が目についた。あ、と声が漏れる。
「狛枝くん、おはよう」
「おはよう! 希望の朝だね!」
幾分かテンションが高い。いや、これが通常運転だっけ。もう分からなくなってくる。多分、残念なイケメンという言葉は狛枝くんのために作られたんだろう。トレードマークと化している深緑のパーカーの下に、ワイシャツとネクタイ、黒のスラックスというのはまあまあ似合っているのに。かく言う私も、まあ、似たようなものだ。
「ここにもお世話になったね」
「本当に、希望に満ち溢れていたよ」
にっこにこだ。思わず私も笑った。しばらく狛枝くんの希望演説を聞きながら余韻に浸っていたが、あまり長居も出来なかった。電車の時間はそこまで余裕がない。遅れたりしたら面倒だ。
「…行こっか」
彼はそっと頷いて、しゃがんで草をどけた。そこは人一人抜けられるくらいの穴がフェンスにできているのだ。この抜け穴は、私たちと日向くん以外誰も知らないから、真正面で行くよりはマシだった。狛枝くんを先に行かせて、私はそろそろと後を着いていく。
少し歩くと、開けた空き地がある。私たちは抜け出してここに来て、日向くんが気付く度に連れ戻しに来るというのがお決まりのコースだった。本気で止められたこともなかったから、日向くんは別にそれくらいよかったんだろう。一種のコミュニケーションやじゃれあいのようなものだったろうし、私たちもそうだった。昼の光と違い、朝はさらりと絹ごしされたような美しさで、それもまたきれいだ。一昨日の落書きは消えて、木の枝もどこかにいっていた。私たちの痕跡は、ここにはもうろくにない。ほっとした。さようなら、と心の中でひとりごちた。
「それにしても、近くに駅あって助かった」
「本当にね。皆が希望を持って歩んだおかげだよ!」
「そうだねぇ」
小さめの林を抜け、人通りの少ない道路を歩きながらぽつぽつと話した。これから行く所について。クラスメイトたちのこと。思い出話。話しきるまでに駅に着いてしまって、ホームに着いた後も缶コーヒー片手に話し続けた。白かった狛枝くんの右手は、ほんのわずかに赤みが差していた。
「でも、自動販売機で缶コーヒー売ってるなんて、本当に平和な世の中だよ」
「盗難も起きてない、ってことだしね。未来機関の支部が近くにあるからかもしれないけど……」
「駅員さんの前ってのもあるかも」
「確かにそうだね」
少し笑いながら、狛枝くんは私の顔を見つめていた。いや、電車が来るはずの方角を眺めていた。顔はいいんだから、そういうのは止めてほしい。びっくりする。
「…あ、来たね」
「ボク、時間通りに来る電車に乗るのは久々だよ」
「私も、ずーっとベッドに張り付けられてたから。途中で気持ち悪くなったら言ってね」
プシュー、と扉が開いた。数人が降りていって、それでこの二両目の乗客はいなくなってしまったらしい。降りていく人の中に未来機関らしきスーツ姿の人がいて、少し驚いた。顔や行動には出ていない、と思う。バレてもいない。多分、私たちの名前だけは知っているみたいな、そんな感じかもしれない。朝早くから仕事とは、なんという社畜精神なのだろう。一生見習いたくない。
「なんか、貸し切りみたいだね。誰もいないと」
すっからかんの車両のせいか、久しぶりに乗る電車のせいか、思わずテンションが上がって、スキップした。赤信号、皆で渡れば怖くない。狛枝くんを巻き込んで飽きるまでスキップした。息切れした。
「……こまえだ、くん、だ、だいじょうぶ?」
「き、きみこそ、す、すごい、きつそ、だけど」
二人して椅子にもたれかかって、荒い息と鼓動が治まるのを待った。ろくに運動をしていなかったせいで、ずっと苦しいままだ。なんであんな子供みたいなことしたんだろう。持っていた水をちびちび飲んだ。狛枝くんもそうしようとしてリュックサックを覗き込んだところで、彼の動作はぴたりと停止した。
「どうし、わぁ」
中でペットボトルのキャップが緩んでしまったのか、狛枝くんのリュックサックの中はびちゃびちゃだった。財布はポケットに入れていて大したものは入れていないが、まあ嫌だろう。本人は、大丈夫だよ、これは幸運の布石なんだとまたにこにこしていたが、水が飲めないのは少しかわいそうだ。口をつけていない予備のペットボトルを取り出した。
「いる?」
「いいの?」
「うん」
「……ありがとう」
幸運だ、とも、不運だ、とも言わず、ただ感謝の言葉を述べられて気分がよかった。あと、クッキーの借りも返していなかった。病院の売店のおばちゃんにおまけとしてもらった飴もあげた。私のようなやつでも優しく接してくれたおばちゃんに感謝だ。
「楽しみだね。まあまあな田舎、なんだっけ」
「うん。監視カメラもないだろうし、皆もそう簡単には見つけられないんじゃないかな? いやでもボクみたいな救いようのないゴミクズの想像なんて皆はきっと上回って――」
「見つからないといいなぁ」
ほとんどただの願望だった。自信半分、願望半分の、ただ考えていたことがぽろりと溢れ落ちたようなものだった。ふと見ると冷たい手が、私の手を包み込むようにしていた。
「……ボクも見つかりたくない」
「…頑張ろうね」
しばらくの間、私たちは無言だった。しかし、その沈黙は気まずくはなかった。むしろ心地のいい、いるだけで安心するような、穏やかな時間だった。日光で段々と明るくなっていく。ときどき人が乗り降りして、そうしてまた降りていく。その様子を見ている内に、私の意識はゆったりと水底に沈んでいった。
―――――
見知らぬ手に引き上げられていくように、私の意識は表層に浮き出た。ここどこだったっけ。ああそうだ、ここは電車の中。乗客は相変わらず誰もおらず、狛枝くんの寝息だけが聞こえていた。その寝顔はあどけなく、安らかで、このまま寝させてあげられたらいいのにと思う。ただ、そういうわけにもいかなかった。
「狛枝くん、起きて」
声をかけるだけじゃもちろん起きない。優しく揺すぶると、彼は気だるげに目を開けた。何度か瞬きをして、それから私の目を見た。
「おはよう。ぐっすりだったね」
「……おはよう」
「私も熟睡しちゃった。だいぶ乗り過ごしたよ」
「取り敢えず次で降りようか」
次の駅は案外すぐ着いた。そこは目的地と負けず劣らずの田舎で、しかも海のすぐ側。駅のホームからも見える海は少し前では考えられないくらい綺麗だった。乗り越した時用の精算機なんてものはもちろんなかったので、駅員さんに伝えると、快く了承してくれた。そもそもこの駅で降りる人は中々いないらしい。何もないところだけどゆっくりしていってね、と穏やかに笑っていた。
「良い人でよかったね」
「うん。それにしても寝過ごすなんて、本当についてないよ…」
「夕方まで寝るとは私も思わなかった…」
狛枝くんの足取りはなんだか夢遊病患者のようにふらふらしていた。目もとろけているし、まだ少し寝惚けているのかもしれない。思わず手を掴んだ。
「狛枝くん、眠い?」
「ちょっと…」
ベッドで寝てばかりの生活だったし、いきなり睡眠時間を削ったことで生活リズムが狂ってしまったのかもしれない。ちょうどいい所にあったベンチに座った。
「何か飲む?」
頷きながら、それでも尚目が半開きだった狛枝くんはすぐ側の自動販売機を見て目を輝かせた。
「ブルーラムだ」
「珍しいね、中々ないのに」
「電車を乗り過ごした分の幸運かな」
「そうかも」
せっかくだし、と私もブルーラムのボタンを押した。缶ジュースなんて久々かもしれない。一口含む。おいしい。おいしいけど、なんというか。
「狛枝くんとは食の好みが合わない……」
「あははっ、苦手だった?」
「おいしいんだよ、おいしいけど、んー…って感じ」
「まあ好みは分かれるかもね」
ぐびぐび飲んでいく狛枝くんと、少しずつ飲んでいく私。退廃的な気分になる、という言葉の意味がものすごく理解できた気がした。それでもなんとか飲みきり、空の缶をゴミ箱に捨てた頃には狛枝くんは二本目を完飲していた。
「……まあ、目が覚めたみたいでよかったよ」
「おかげさまでね」
話しながら、もうすっかり夕日が差している道を歩く。病院を出発した頃のようなオレンジ色のスポットライト。予定していた目的地には行けなかったけど、駅員のおじさんからここら一帯の地図を見せてもらってちょうどいい所は見つかった。優しい、いいひとだ。
「ねえ、怖い?」
「怖くなんかないよ! 今のボクなんか絶望のような障壁にもなれない、ただの足手まといなんだから。希望のためだよ」
「……そうだね。そう思えば、ちょっとは良い、のかな」
「君は怖くないの」
「嬉しいのか、って言われると分からないけど…多分、怖くはない」
不思議なくらいに、心は凪いでいた。五感も研ぎ澄まされて、頭も冴え渡っているような。もう分からない。恐怖しているのか、歓喜しているのか。頭が回っているのか、いないのか。ただ一つ、繋いだ手のひらの冷たさだけは本物だった。
「ここだね」
狛枝くんが小さく呟く。その言葉に、横を向いた。どこまでも続く青い海。白い砂浜。海に溶かされていくように沈んでいく太陽。ヤシの木も、あのモニターもない。死臭だってしない。南国とは程遠く、空気はどこまでも冷たい。でも、私たちの死に場所には最高の場所だった。私たちの墓場。
「綺麗」
「綺麗だね」
二人ともまったく同じタイミングで声が出た。少し笑った。いや、少しでは済まなかった。二人とも大笑いして、何を思ったか波打ち際で子供のように追いかけっこをしていた。死ぬ間際になると幸せホルモンを出すとか言うし、頭が馬鹿になっているのかもしれない。何も分からなかった。
少し経って私たちが正気に戻った頃には夕日はもう消えかけていた。小さく小さく見えていた太陽も、もう完全に沈んでいく。空はもうじきやさしい闇に支配されていく。一日の終わり。明けない夜はないというが、夜明けまでに死んだら明けていないのと同じだ。
「狛枝くん、そろそろ行こう」
「うん」
差し出された狛枝くんの右手を掴もうとして、止まった。この手は――真っ赤なつけ爪が付いた、あの人の右手は、指一本動かすこともできない。だいぶ細くなって、筋力も落ちた左手で掴んだ。冬だとか夏だとか関係なく、狛枝くんの手はいつも冷たい。それが心地よかった。
二人並んで、海の方に歩く。最初はただ靴に海水が当たるだけだったのが、段々と靴の中にまで侵食してくる。靴下もべっとりと張り付いて気持ち悪い。
「小学校のときさ。着衣水泳ってやった?」
「着衣水泳というか、水泳自体参加しなかったかな。何かあったら嫌だしね…でも川や海に落ちたことはあるよ」
「うわぁ……海じゃない方がよかった?」
「ううん、突然落ちたわけでもないし大丈夫だよ」
穏やかに笑っている様は、本当に死ぬ間際とは思えないくらい綺麗だった。彼は妖精さんで、夜空の星を食べて虹を飲んでるとか言われても一瞬納得できる。そんなかわいらしい人でもないけど。
足首までだったのが、いつの間にか太もも辺りまで進んでいた。狛枝くんは気丈なような、安心しているような、でも少し怖がっているような。瞳が揺れていた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、うん、大丈夫」
少し言い聞かせるようだった。でもここで私が引き戻したりしたって良いことにならないのは分かっている。私も大丈夫じゃないけれど、でも。
せめて、と手を強く握ったときだった。
「大丈夫じゃないだろ」
凛として高く、聞き馴染みのある声が後ろからした。そろそろと振り返る。そこには足首まで海水に浸かった、しっかりとこちらを見据える日向くんがいた。
「追いつかれちゃったか」
「でも気にしなくて良いよ、日向クンは間に合わなかったってことにすればいいからさ!」
「そうそう。今更私みたいのを連れて帰ったってどうにもならないし」
「そんなわけないだろ!」
大きい声で、すこし、いやだいぶびっくりしてしまった。もう一度、そんなわけないだろと弱々しく呟いて唇を噛んでいる。海水をかき分けるようにして近付いてきて、日向くんが私たちの腕を掴んだ。黒のスラックスの色が濃くなっている。
「俺たち、友達じゃなかったのかよ…そう思ってるのは、俺だけだったのか?」
「……ボクたち、まだ友達なの?」
「当たり前だ。狛枝だって、お前だってそうだ」
きっぱりと言い切りながらも、弱々しく大切なんだと続ける日向くんが、なんだかかわいそうだった。狛枝くんは友達だと言われて、少し口角が上がっている。多分、私もそうだった。二人揃ってちょろい。
「帰ろう。あいつらも、俺も待ってる」
「でも、今帰っても、皆に迷惑かけるだけだし」
「迷惑なわけない。むしろこのまま死んだ方が皆悲しむ。……別に、悲しませようとして死のうとしてるんじゃないだろ」
お前ら優しいんだから。こういうことも恥じずに言えてしまうなんて、ああなんという人たらし。でも、こういう人だから私たちすらも見捨てられない。堂々巡りだ。日向くんが、私たちを強く抱き締める。
「頼むから、頼むから、行かないでくれ…」
鼻をすすり、涙声になっていた。抱き付かれているせいで表情は見えなかった。ただ、温かい体温だけが確かだった。それすらも演技かもしれない。ただ、面倒な患者を黙らせたいだけかもしれない。そう思う一方で、そんなことないと反論する自分もいた。
そっと顔を見合わせる。
「帰ろうか」
「狛枝くんはそれでいいの?」
「うん。その…友達を悲しませたくないし」
少し困ったように、照れているように笑う。そうだね、と小さく呟いた。
死ぬのはいつだってできる。今すぐに、友達を傷つけてまでやるようなことでもないなら、いつか死ぬのを待つのだっていいかもしれない。待ち時間の暇潰しなんて、いくらでもできる。それくらい、狛枝くんも日向くんも、他のクラスメイトたちだって、いくらでも付き合ってくれるんだろう。
日向くんの方に向き直って、静かに頷く。日向くんは少し微笑んで、私たちの腕を緩く引っ張った。
「行こう」
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