最終話 流れ星の誓約
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いつも以上に鉄分重視の手料理を、ぺろりと平らげて。
桜は爆豪の作ってくれた食後のココアを口にする。
この満腹感とふかふかのソファーのダブルコンボで、本来であれば睡魔が真っ先に襲ってくるはずなのに。
緊張が勝ってしまうのは、隣でコーヒーを啜っている爆豪のせいだった。
沈黙がむず痒いからとテレビをつけてみれば、案の定昨日の2人の姿がデデーンと映しだされるから、爆豪の顔が鬼の形相に変わってしまって。
だからこの沈黙を、テレビの音声で誤魔化すことはできなかった。
(てゆーか、いつも爆豪君はご飯を食べたらすぐに帰ってたし……私も帰るべきなのかな? もしかしてこの沈黙は『いつになったら帰るんだアァ?』っていう意思表示……?)
終いにはそんなことを考えてしまって。
桜はマグカップをテーブルの上に置いてソファーから立ち上がり、部屋の隅に置いたバッグの中からスマホを取り出した。
「えっと……このあたりって最寄駅はどこだっけ」
わざとらしく帰りの電車の話を振れば、爆豪の眉間にこれ以上ないくらいに皺が寄った。
「それ知ってどうすンだ」
「……時刻表を確認しようかと。終電逃したら……まあタクシー捕まえるけど」
行きもタクシーで来たから、帰りもタクシーで構わないのだけれど。電車に乗れるならそっちの方が安上がりだ、なんてしょうもない話を脳内で繰り広げる。
そんな桜を見て、爆豪がドデカいため息を吐いた。
「……オラ、三下」
「いや、私は君の4つ歳上だよ」
「そういう意味じゃねェ。……いいからこっち来い」
そう言って、爆豪が自分の隣をポンポンと叩く。
詳細に言われなくても、それが「隣に座れ」という合図だということくらいは桜にも分かった。
爆豪の言うとおりに、その隣に座ろうとして。
「え……わっ、ちょっと爆豪君!?」
腰掛けた拍子に爆豪から身体を押され、バランスを崩すとともに桜はソファーの上に転がった。
そしてそんな桜に覆い被さるように、爆豪が桜のことを組み敷いた。
こうして爆豪に見下ろされるのは、もう何度目だろうと。
冷静になるために考えても、ついてくる記憶が愛しすぎて、まともな判断ができなかった。
「……オイ」
低く鳴る爆豪の声に、ただただ桜の鼓動が早くなる。
「おまえがもしこの先、ヒーロー治せるようになったとして……あのアホ面とか、クソ髪が怪我したら……」
その渾名の主は、昼間にやってきた上鳴と切島のことだろうと、心を紛らわせるように、そんなことを考えて。
「おまえ、あんなふうにアイツらにもキスして治すンか?」
問われて、桜は反射的に首を横に振る。
キスして治すなんて、普通そんなことしない。
治るとはいえ、唇を噛みちぎるのだって、かなり痛いのだ。
「だったら……ンで昨日、俺のことはああやって治した」
それを問いかけてくるのはあまりにも卑怯で。
「……先にキスで治させたのは、爆豪君じゃん」
そんな捻くれた返事をする桜も、十分卑怯だった。
そして一度卑怯になってしまえば、もう狡くなる自分を止められなくて。
「なんで……あの時キスしたの」
爆豪がくれた問いを、今度は桜が返す。
最初に桜にキスしたのは、爆豪のほうだった。
でも爆豪も、簡単には素直になってくれなくて。
「……右足治すために決まっとンだろ」
「じゃあ……治すためなら、誰とでもキスするの?」
桜の問いかけに、爆豪が喉を詰まらせた。
あからさまに不機嫌な顔をして、でも肝心な言葉はくれない。
「ねえ、爆豪君」
欲しい言葉をたくさんくれるのに、たった一言その言葉だけはくれない爆豪が、もどかしくて。
だからこそ、桜の中の想いが溢れてくる。
「私は……嬉しかったよ」
静かに告げた言葉に、爆豪の赤い瞳が揺れた。
「爆豪君の足を治すのが怖いのに、爆豪君とのキスは止められなかった。昨日だってそうだよ」
薬を与える方法は、たくさんあるのに。
わざわざ唇の血管を噛みちぎってまでキスしたのは、相手が爆豪だったからだ。
「ねえ、爆豪く――んっ」
その頬に手を伸ばしたら、その手を握り返されて。
爆豪の唇が、桜の唇を塞いだ。
「……っ、ぁ……ふ」
「……ん……っ」
どちらのものかも分からない吐息が漏れて、血を介さない2人の透明な唾液が混ざり合った。
少しだけ離れた唇が寂しくて、その唇に焦がれるような視線を向ければ、また爆豪が桜への問いを繰り返す。
「……マジで嫌じゃないんか」
勝気な顔がほんの少しの不安を帯びて色づいている。
その姿のなんと妖艶なことだろうと、痺れた頭でぼんやりと考えた。
けれどどんなに考えても、この気持ちを表すことのできる言葉はほんのわずかで。
「嫌じゃ……ないよ」
製薬も治癒も関係ない。
もうこのキスに、感情以外の言い訳は残されていなくて。
「好きだよ、爆豪君」
堪えきれずに吐き出した桜の本音が、爆豪の不安げな表情を解いた。
再び降りたキスはもう優しいだけじゃなくて、感情任せに合わせた唇は、言葉以上に想いを伝えていた。
でも……桜はやっぱりその言葉が欲しくて。
「爆豪、君」
絡まった吐息の隙間で彼の名を呼ぶ。
でも爆豪は、桜の唇を啄んだまま。
発言の猶予をくれない爆豪に、負けじと桜は声を綴った。
「ね……っ、待って……ぅ、ぁ、爆、豪く…んんっ」
チリッと唇に痛みが走る。
でも桜の唇から血は出ていなくて、それが甘噛みだと気づいた時には、爆豪が掠れた声を紡いでいた。
「……いつまで、ンな呼び方する気だボケ」
熱に濡れた真っ赤な瞳に桜だけを映して、爆豪がそんな小言を口にする。
歳下らしい可愛げのある文句に、溢れそうになる笑みを抑えて、桜は戯けたように小首を傾げた。
「『爆豪君』じゃだめなの?」
「……もっと他にあンだろ」
「大爆殺神ダイナ――」
「違ェわ」
「じゃあ……かっちゃ――」
「コロス」
どんどん不機嫌になっていく爆豪に、申し訳なく思いながらも桜はとぼけた回答を繰り返す。
でもそれも仕方のないことで。
その呼び名は、少し前に爆豪が拒絶したものだったから。
「……いいの? 気安く呼んで」
意地悪く問いかければ、爆豪は返事をしない。
その代わりに、視線だけで「さっさと呼べや」と告げてくるから。
言葉を介さなくても、爆豪の考えていることが分かって。
それが嬉しくて。
「じゃあ……勝己君」
でも、それだけじゃ……やっぱり足りなくて。
「ね……答えてよ、勝己君」
逃げられないように、爆豪の首に手を回す。
密着した身体が、互いの鼓動を伝えて。
どうしようもないくらい、答えがそこに流れているのに。
「君は……私のこと好き?」
どうしても、爆豪からのその言葉が欲しくて。
目を逸らすこともできないほどに顔を近づけて、問いかける。
「私は勝己君が好きだよ。……大好きだよ。……ねぇ、君は……っ」
桜の告白をかき消すみたいに、爆豪が桜の唇をその唇で塞ぐ。
荒々しく桜の吐息を貪る唇が、不意に桜から離れて。
「……俺の方が、好きに決まっとンだろうがバァーカ」
桜の想像を超える言葉を囁いて、爆豪は再び狂おしいほどのキスを落とす。
「好きだ」
改めて告げられる言葉が、桜の心をいっぱいにして。
涙が流れたのは、悲しいからではない。
「好きだ……桜」
自分の名前をこんなにも愛しく思う日がくるなんて、思ってもいなかった。
「……っ、ぅ……あ、……んっ」
このキスの終わらせ方も。
この感情の鎮め方も。
何一つ分からない。
ただ一つ桜に分かるのは……爆豪と少しも離れたくないって、そんな我儘だけ。
そしてそんな桜の気持ちを読んだみたいに、爆豪が桜の頭を優しく撫でて。
「……俺が満足するまで……っ、そばにいろや……ボケ」
始まりの夜が、終わりを知らずに更けていく。
「一生ずっと……俺のことミてろ」
ずっと紡がれてきた『診ろ』とは違う。
この言葉に、医者としての桜も、ヒーローを診れない桜も存在しなくて。
「嫌がってもぜってェ離さねェーから」
その言葉通りに、爆豪が桜のことをきつく抱きしめる。
苦しいはずの抱擁が、ただただ愛しくて。
「だから……諦めて、ずっと俺に抱きしめられとけ」
むしろ望むところだよって。
そんな気持ちを乗せて、甘い甘い口づけを交わす。
2人の想いが交わるその時。
幸せな夜の空に、星が一つ流れた。
【完】
桜は爆豪の作ってくれた食後のココアを口にする。
この満腹感とふかふかのソファーのダブルコンボで、本来であれば睡魔が真っ先に襲ってくるはずなのに。
緊張が勝ってしまうのは、隣でコーヒーを啜っている爆豪のせいだった。
沈黙がむず痒いからとテレビをつけてみれば、案の定昨日の2人の姿がデデーンと映しだされるから、爆豪の顔が鬼の形相に変わってしまって。
だからこの沈黙を、テレビの音声で誤魔化すことはできなかった。
(てゆーか、いつも爆豪君はご飯を食べたらすぐに帰ってたし……私も帰るべきなのかな? もしかしてこの沈黙は『いつになったら帰るんだアァ?』っていう意思表示……?)
終いにはそんなことを考えてしまって。
桜はマグカップをテーブルの上に置いてソファーから立ち上がり、部屋の隅に置いたバッグの中からスマホを取り出した。
「えっと……このあたりって最寄駅はどこだっけ」
わざとらしく帰りの電車の話を振れば、爆豪の眉間にこれ以上ないくらいに皺が寄った。
「それ知ってどうすンだ」
「……時刻表を確認しようかと。終電逃したら……まあタクシー捕まえるけど」
行きもタクシーで来たから、帰りもタクシーで構わないのだけれど。電車に乗れるならそっちの方が安上がりだ、なんてしょうもない話を脳内で繰り広げる。
そんな桜を見て、爆豪がドデカいため息を吐いた。
「……オラ、三下」
「いや、私は君の4つ歳上だよ」
「そういう意味じゃねェ。……いいからこっち来い」
そう言って、爆豪が自分の隣をポンポンと叩く。
詳細に言われなくても、それが「隣に座れ」という合図だということくらいは桜にも分かった。
爆豪の言うとおりに、その隣に座ろうとして。
「え……わっ、ちょっと爆豪君!?」
腰掛けた拍子に爆豪から身体を押され、バランスを崩すとともに桜はソファーの上に転がった。
そしてそんな桜に覆い被さるように、爆豪が桜のことを組み敷いた。
こうして爆豪に見下ろされるのは、もう何度目だろうと。
冷静になるために考えても、ついてくる記憶が愛しすぎて、まともな判断ができなかった。
「……オイ」
低く鳴る爆豪の声に、ただただ桜の鼓動が早くなる。
「おまえがもしこの先、ヒーロー治せるようになったとして……あのアホ面とか、クソ髪が怪我したら……」
その渾名の主は、昼間にやってきた上鳴と切島のことだろうと、心を紛らわせるように、そんなことを考えて。
「おまえ、あんなふうにアイツらにもキスして治すンか?」
問われて、桜は反射的に首を横に振る。
キスして治すなんて、普通そんなことしない。
治るとはいえ、唇を噛みちぎるのだって、かなり痛いのだ。
「だったら……ンで昨日、俺のことはああやって治した」
それを問いかけてくるのはあまりにも卑怯で。
「……先にキスで治させたのは、爆豪君じゃん」
そんな捻くれた返事をする桜も、十分卑怯だった。
そして一度卑怯になってしまえば、もう狡くなる自分を止められなくて。
「なんで……あの時キスしたの」
爆豪がくれた問いを、今度は桜が返す。
最初に桜にキスしたのは、爆豪のほうだった。
でも爆豪も、簡単には素直になってくれなくて。
「……右足治すために決まっとンだろ」
「じゃあ……治すためなら、誰とでもキスするの?」
桜の問いかけに、爆豪が喉を詰まらせた。
あからさまに不機嫌な顔をして、でも肝心な言葉はくれない。
「ねえ、爆豪君」
欲しい言葉をたくさんくれるのに、たった一言その言葉だけはくれない爆豪が、もどかしくて。
だからこそ、桜の中の想いが溢れてくる。
「私は……嬉しかったよ」
静かに告げた言葉に、爆豪の赤い瞳が揺れた。
「爆豪君の足を治すのが怖いのに、爆豪君とのキスは止められなかった。昨日だってそうだよ」
薬を与える方法は、たくさんあるのに。
わざわざ唇の血管を噛みちぎってまでキスしたのは、相手が爆豪だったからだ。
「ねえ、爆豪く――んっ」
その頬に手を伸ばしたら、その手を握り返されて。
爆豪の唇が、桜の唇を塞いだ。
「……っ、ぁ……ふ」
「……ん……っ」
どちらのものかも分からない吐息が漏れて、血を介さない2人の透明な唾液が混ざり合った。
少しだけ離れた唇が寂しくて、その唇に焦がれるような視線を向ければ、また爆豪が桜への問いを繰り返す。
「……マジで嫌じゃないんか」
勝気な顔がほんの少しの不安を帯びて色づいている。
その姿のなんと妖艶なことだろうと、痺れた頭でぼんやりと考えた。
けれどどんなに考えても、この気持ちを表すことのできる言葉はほんのわずかで。
「嫌じゃ……ないよ」
製薬も治癒も関係ない。
もうこのキスに、感情以外の言い訳は残されていなくて。
「好きだよ、爆豪君」
堪えきれずに吐き出した桜の本音が、爆豪の不安げな表情を解いた。
再び降りたキスはもう優しいだけじゃなくて、感情任せに合わせた唇は、言葉以上に想いを伝えていた。
でも……桜はやっぱりその言葉が欲しくて。
「爆豪、君」
絡まった吐息の隙間で彼の名を呼ぶ。
でも爆豪は、桜の唇を啄んだまま。
発言の猶予をくれない爆豪に、負けじと桜は声を綴った。
「ね……っ、待って……ぅ、ぁ、爆、豪く…んんっ」
チリッと唇に痛みが走る。
でも桜の唇から血は出ていなくて、それが甘噛みだと気づいた時には、爆豪が掠れた声を紡いでいた。
「……いつまで、ンな呼び方する気だボケ」
熱に濡れた真っ赤な瞳に桜だけを映して、爆豪がそんな小言を口にする。
歳下らしい可愛げのある文句に、溢れそうになる笑みを抑えて、桜は戯けたように小首を傾げた。
「『爆豪君』じゃだめなの?」
「……もっと他にあンだろ」
「大爆殺神ダイナ――」
「違ェわ」
「じゃあ……かっちゃ――」
「コロス」
どんどん不機嫌になっていく爆豪に、申し訳なく思いながらも桜はとぼけた回答を繰り返す。
でもそれも仕方のないことで。
その呼び名は、少し前に爆豪が拒絶したものだったから。
「……いいの? 気安く呼んで」
意地悪く問いかければ、爆豪は返事をしない。
その代わりに、視線だけで「さっさと呼べや」と告げてくるから。
言葉を介さなくても、爆豪の考えていることが分かって。
それが嬉しくて。
「じゃあ……勝己君」
でも、それだけじゃ……やっぱり足りなくて。
「ね……答えてよ、勝己君」
逃げられないように、爆豪の首に手を回す。
密着した身体が、互いの鼓動を伝えて。
どうしようもないくらい、答えがそこに流れているのに。
「君は……私のこと好き?」
どうしても、爆豪からのその言葉が欲しくて。
目を逸らすこともできないほどに顔を近づけて、問いかける。
「私は勝己君が好きだよ。……大好きだよ。……ねぇ、君は……っ」
桜の告白をかき消すみたいに、爆豪が桜の唇をその唇で塞ぐ。
荒々しく桜の吐息を貪る唇が、不意に桜から離れて。
「……俺の方が、好きに決まっとンだろうがバァーカ」
桜の想像を超える言葉を囁いて、爆豪は再び狂おしいほどのキスを落とす。
「好きだ」
改めて告げられる言葉が、桜の心をいっぱいにして。
涙が流れたのは、悲しいからではない。
「好きだ……桜」
自分の名前をこんなにも愛しく思う日がくるなんて、思ってもいなかった。
「……っ、ぅ……あ、……んっ」
このキスの終わらせ方も。
この感情の鎮め方も。
何一つ分からない。
ただ一つ桜に分かるのは……爆豪と少しも離れたくないって、そんな我儘だけ。
そしてそんな桜の気持ちを読んだみたいに、爆豪が桜の頭を優しく撫でて。
「……俺が満足するまで……っ、そばにいろや……ボケ」
始まりの夜が、終わりを知らずに更けていく。
「一生ずっと……俺のことミてろ」
ずっと紡がれてきた『診ろ』とは違う。
この言葉に、医者としての桜も、ヒーローを診れない桜も存在しなくて。
「嫌がってもぜってェ離さねェーから」
その言葉通りに、爆豪が桜のことをきつく抱きしめる。
苦しいはずの抱擁が、ただただ愛しくて。
「だから……諦めて、ずっと俺に抱きしめられとけ」
むしろ望むところだよって。
そんな気持ちを乗せて、甘い甘い口づけを交わす。
2人の想いが交わるその時。
幸せな夜の空に、星が一つ流れた。
【完】