最終話 流れ星の誓約
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爆豪の鉄分弁当を食べたら、目眩も気怠さもどんどん回復していって、午後はいつも通りに患者を診察できていた。
もちろん、訪れる患者さんはみんな、あのニュースを見ているから桜を見るや否や「おめでとう」と祝福の言葉をくれたのだけど。
(でも実際のところ、爆豪君のことだからあの言葉に深い意味はないと思うんだよね)
大袈裟に報道されてしまって、もはや弁解しにくいのが現状。
申し訳ないことをしたな、と思いながら桜は帰り支度を始めた。
今晩も爆豪は夕飯を作りに来てくれるのだろうかと、ほんの少しの期待を胸に、医院の鍵を閉めて帰路につこうとする。
でもその足は、一歩踏み出して、すぐに止まった。
「え……爆豪君?」
少し先の電柱に背を預け、夜空を見上げる爆豪がそこにいた。昼間のヒーロースーツを脱いで、今はもう私服姿。
いつもは夕飯の時間に家に突撃してくるのに。
帰り時の医院前で待ち伏せされるのは初めてのことだった。
「どうしたの? もしかしてここでお弁当箱回収?」
「しねェーわ。……帰ンぞ」
「え? あ、うん」
そっけなく言って、爆豪が歩き始める。
でも爆豪が歩き始めた道は、桜の帰り道とは逆方向で。
桜は爆豪の服の裾を掴んだ。
「あの、爆豪君」
「……ンだよ」
「道、逆だよ。あっちの道から帰るのが近」
「コッチでいい。おまえはだぁーってついてこい」
そう口にして、爆豪が桜の腕を掴んだ。
引っ張るように連れていかれて、微かに聞こえたシャッター音がまた桜の足を止める。
「……何止まっとンだ」
「いや……その、さすがに今日は私といないほうがいいのかなって。昨日の今日で爆豪君にいろいろ張り付いて――」
「それがどうしたよ」
爆豪が桜のことを見つめた。
その真っ直ぐな瞳が、何を考えているのか、桜には分からなくて。
「てめェが嫌なら、この腕も離してやるし、夕飯も勝手に一人で食う。でもおまえずっとそれでいいんか?」
マスコミのことを気にし始めたら、それこそいつまで避ければいいのか分からない。
爆豪が言いたいのはおそらく「普段通りにしろ」と、そういうことなのだ。
「爆豪君がいいなら、私はいいよ」
答えを返すように、爆豪に笑いかける。
すると桜の腕を掴んでいた爆豪の手が、そのまま桜の手のひらに降りて。
「え……ちょ、爆豪君」
「るせェ。黙ってついてこいっつってんだろ」
桜の手を繋いで、爆豪が先を行く。
爆豪のことを思うなら、この手を離すべきだと分かるのに。
握り返してしまった自分に、桜は苦笑した。
◇
乗り込んだタクシーの中でも、2人は手を離さなかった。
離すタイミングも分からず、離す理由も見つけられなかったから、と。
そんなどうしようもない言い訳だけが、桜の頭に浮かんでいた。
そうして数分タクシーに揺られて。
降りた場所には、高層マンションが建っていた。
ダークブラウンの外壁と馴染むように、敷き詰められた大理石調の床は、靴音すら軽やかな音色に変える。
暖色の灯が照らすエントランスは、どこか気品が漂っていた。
「待って……もしかして爆豪君、ここに住んでる?」
「それ以外ねェだろ」
「いや、めっちゃ高級マンションじゃん。さすが大人気プロヒーロー」
「てめェの実家はもっとでけェーんだろーが」
「いやいや、あの家はいっぱい人も住んでるからその分でかいけど、君は一人暮らしでしょ?」
そんなことを話しながら、綺麗に清掃された廊下を歩いて、爆豪の部屋の前へとたどり着く。
やけに大きく響いた解錠の音に、ほんの少しだけ胸を高鳴らせると、爆豪が扉を開けて「ん」と中に入るよう顎をしゃくった。
「……おじゃましま、……いやいや嘘でしょ???」
「はよ入れや。渋滞してンぞ」
「綺麗すぎて足踏み入れていいのか分かんない」
「普通だボケ。てめェの部屋が汚すぎンだよ」
「ひでえ」
爆豪はそんなふうに言うけれど、控えめに言ってモデルルーム並に綺麗な部屋だ。
もともと内装が綺麗な部屋に、しっかり片付けと掃除を施しているから塵一つ見当たらない。
部屋の至る所に見られる収納や装飾も爆豪のセンスがよく出ていて。
「……爆豪君の部屋って感じ」
「どンな部屋だそりゃ。……適当に座ってろ。飯作る」
洗面所で手を洗うと、爆豪は腕まくりをして料理を始めた。
もう見慣れた料理姿なのに、景色が変わるだけでこうも違って見えるのかと。
そんなことを思いながら、桜はリビングのソファーに腰掛けた。
肉の焼けるいい香りが漂う。
部屋の中に響くのは、フライパンで油が跳ねる音。
料理で誤魔化した、静かな空気が少しだけくすぐったくて。
「……怪我、ちゃんと治った?」
空気を和らげるために口にしたセリフを、桜は瞬間的に後悔した。
「あ、えっとその……別に治ってるか不安になったとかじゃなくて」
「ちゃんと治った」
慌てて弁解しようとした桜に、爆豪は静かに返事をする。
他の余計な言葉は全部排除して、「治った」とたったそれだけ。
でもそのたった一言がやっぱり、桜の心を救っていた。
「……なら、よかった」
そうしてまた訪れようとした沈黙を、今度遮ったのは爆豪の方だった。
「……まだヒーローは診ねェーんか」
爆豪の問いに、桜は苦笑する。
爆豪のことを治して、その翌日にあんなことが起きて。
「……ごめんね。……まだ、怖いんだ」
もしもあの時、爆豪が本当に不幸になっていたら、桜は医者であることすら辞めていたかもしれない。
「……でもね」
けれど爆豪はちゃんと無事に戻ってきてくれた。
そして桜に、大切な言葉をくれた。
「みんなのヒーローは……ヘマしちゃう私のことも守ってくれるんだって。大事なことを……大好きなヒーローが教えてくれたから」
爆豪は振り返らない。
トントン、と軽快な音を立ててまな板に包丁を擦らせる。
「だから……少しずつ、前に進む努力をするよ」
すぐには難しくても、少しずつ。
昔のように、大好きなヒーローを守れる自分になろうと。
その気持ちをもう一度思い出させてくれたヒーローの背中に、桜は言葉を紡いだ。
もちろん、訪れる患者さんはみんな、あのニュースを見ているから桜を見るや否や「おめでとう」と祝福の言葉をくれたのだけど。
(でも実際のところ、爆豪君のことだからあの言葉に深い意味はないと思うんだよね)
大袈裟に報道されてしまって、もはや弁解しにくいのが現状。
申し訳ないことをしたな、と思いながら桜は帰り支度を始めた。
今晩も爆豪は夕飯を作りに来てくれるのだろうかと、ほんの少しの期待を胸に、医院の鍵を閉めて帰路につこうとする。
でもその足は、一歩踏み出して、すぐに止まった。
「え……爆豪君?」
少し先の電柱に背を預け、夜空を見上げる爆豪がそこにいた。昼間のヒーロースーツを脱いで、今はもう私服姿。
いつもは夕飯の時間に家に突撃してくるのに。
帰り時の医院前で待ち伏せされるのは初めてのことだった。
「どうしたの? もしかしてここでお弁当箱回収?」
「しねェーわ。……帰ンぞ」
「え? あ、うん」
そっけなく言って、爆豪が歩き始める。
でも爆豪が歩き始めた道は、桜の帰り道とは逆方向で。
桜は爆豪の服の裾を掴んだ。
「あの、爆豪君」
「……ンだよ」
「道、逆だよ。あっちの道から帰るのが近」
「コッチでいい。おまえはだぁーってついてこい」
そう口にして、爆豪が桜の腕を掴んだ。
引っ張るように連れていかれて、微かに聞こえたシャッター音がまた桜の足を止める。
「……何止まっとンだ」
「いや……その、さすがに今日は私といないほうがいいのかなって。昨日の今日で爆豪君にいろいろ張り付いて――」
「それがどうしたよ」
爆豪が桜のことを見つめた。
その真っ直ぐな瞳が、何を考えているのか、桜には分からなくて。
「てめェが嫌なら、この腕も離してやるし、夕飯も勝手に一人で食う。でもおまえずっとそれでいいんか?」
マスコミのことを気にし始めたら、それこそいつまで避ければいいのか分からない。
爆豪が言いたいのはおそらく「普段通りにしろ」と、そういうことなのだ。
「爆豪君がいいなら、私はいいよ」
答えを返すように、爆豪に笑いかける。
すると桜の腕を掴んでいた爆豪の手が、そのまま桜の手のひらに降りて。
「え……ちょ、爆豪君」
「るせェ。黙ってついてこいっつってんだろ」
桜の手を繋いで、爆豪が先を行く。
爆豪のことを思うなら、この手を離すべきだと分かるのに。
握り返してしまった自分に、桜は苦笑した。
◇
乗り込んだタクシーの中でも、2人は手を離さなかった。
離すタイミングも分からず、離す理由も見つけられなかったから、と。
そんなどうしようもない言い訳だけが、桜の頭に浮かんでいた。
そうして数分タクシーに揺られて。
降りた場所には、高層マンションが建っていた。
ダークブラウンの外壁と馴染むように、敷き詰められた大理石調の床は、靴音すら軽やかな音色に変える。
暖色の灯が照らすエントランスは、どこか気品が漂っていた。
「待って……もしかして爆豪君、ここに住んでる?」
「それ以外ねェだろ」
「いや、めっちゃ高級マンションじゃん。さすが大人気プロヒーロー」
「てめェの実家はもっとでけェーんだろーが」
「いやいや、あの家はいっぱい人も住んでるからその分でかいけど、君は一人暮らしでしょ?」
そんなことを話しながら、綺麗に清掃された廊下を歩いて、爆豪の部屋の前へとたどり着く。
やけに大きく響いた解錠の音に、ほんの少しだけ胸を高鳴らせると、爆豪が扉を開けて「ん」と中に入るよう顎をしゃくった。
「……おじゃましま、……いやいや嘘でしょ???」
「はよ入れや。渋滞してンぞ」
「綺麗すぎて足踏み入れていいのか分かんない」
「普通だボケ。てめェの部屋が汚すぎンだよ」
「ひでえ」
爆豪はそんなふうに言うけれど、控えめに言ってモデルルーム並に綺麗な部屋だ。
もともと内装が綺麗な部屋に、しっかり片付けと掃除を施しているから塵一つ見当たらない。
部屋の至る所に見られる収納や装飾も爆豪のセンスがよく出ていて。
「……爆豪君の部屋って感じ」
「どンな部屋だそりゃ。……適当に座ってろ。飯作る」
洗面所で手を洗うと、爆豪は腕まくりをして料理を始めた。
もう見慣れた料理姿なのに、景色が変わるだけでこうも違って見えるのかと。
そんなことを思いながら、桜はリビングのソファーに腰掛けた。
肉の焼けるいい香りが漂う。
部屋の中に響くのは、フライパンで油が跳ねる音。
料理で誤魔化した、静かな空気が少しだけくすぐったくて。
「……怪我、ちゃんと治った?」
空気を和らげるために口にしたセリフを、桜は瞬間的に後悔した。
「あ、えっとその……別に治ってるか不安になったとかじゃなくて」
「ちゃんと治った」
慌てて弁解しようとした桜に、爆豪は静かに返事をする。
他の余計な言葉は全部排除して、「治った」とたったそれだけ。
でもそのたった一言がやっぱり、桜の心を救っていた。
「……なら、よかった」
そうしてまた訪れようとした沈黙を、今度遮ったのは爆豪の方だった。
「……まだヒーローは診ねェーんか」
爆豪の問いに、桜は苦笑する。
爆豪のことを治して、その翌日にあんなことが起きて。
「……ごめんね。……まだ、怖いんだ」
もしもあの時、爆豪が本当に不幸になっていたら、桜は医者であることすら辞めていたかもしれない。
「……でもね」
けれど爆豪はちゃんと無事に戻ってきてくれた。
そして桜に、大切な言葉をくれた。
「みんなのヒーローは……ヘマしちゃう私のことも守ってくれるんだって。大事なことを……大好きなヒーローが教えてくれたから」
爆豪は振り返らない。
トントン、と軽快な音を立ててまな板に包丁を擦らせる。
「だから……少しずつ、前に進む努力をするよ」
すぐには難しくても、少しずつ。
昔のように、大好きなヒーローを守れる自分になろうと。
その気持ちをもう一度思い出させてくれたヒーローの背中に、桜は言葉を紡いだ。