第1話 最悪な出会い
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路地裏の小さな医院はご近所さんの『かかりつけ病院』といった感じの佇まい。
足を踏み入れると、そこにはぎゅうぎゅうに詰めて5人座れるかどうか、といった具合の長椅子が二脚置いてある。
壁には薬や医療器具のチラシが無造作に貼られ、いかにも商売っ気のない病院だ。
そんな病院の内装を興味津々に見渡していた切島だったが、ふと前を向いて「マジか」と呟く。
その視線の先は受付。おそらく受付を担当しているであろう齢40半ばくらいの女性がこくり、こくりと舟を漕いでいた。
その真っ正面に、ものすごい形相の(一応)ヒーローがいるとも知らず、幸せそうに眠っている。
「オイ」
「すーぴー……」
爆豪の呼びかけに、返ってくるのは心地よい寝息。
その軽快な音色を聞く、切島の額には冷たい汗が滲んでいた。
「オイコラ、起きろ」
「すーぴ…ぴぴぴ…ガッ……すー…」
まるで返事をするかのように賑やかないびきを交え、再び軽やかな寝息を奏でる。
常であれば即座に「おもしれーな!」と笑い声をあげる切島も、今は目の前の友人がこの医院ごと爆破しかねない熱気を放っていることが気になって仕方ない。
「寝不足なんだよ、きっと! 病院は忙しいって聞くも――ぉぉ落ち着けって!!!」
「テッメェ起きろっつってンだろがァ! 仕事しろや!」
受付の小窓に手を突っ込んで、今にも女性の胸ぐらを掴みかねない友人を、切島は全身全霊で止めに入る。
その切島の行動にも、爆豪は噛み付いた。
「離せ、クソ髪! 診療中って書いとンのに寝るたァいい度胸じゃねぇか。その根性叩き割ってやらァ!」
「割るな! せめて直せ!」
「……玲子さーん……どうしたのー? やたら賑やかだけどー……」
受付前で暴れる2人の前に、のんびりとした透明な声が聞こえてくる。
2人が思わず口論をやめてしまうほどに、綺麗な凛とした声音の主が、受付にひょこっと顔を出した。
「わ…っ、本物だ……」
――薬師寺桜。
彼女の名前を切島は咄嗟に思い浮かべる。
長い黒髪を揺らして白衣を羽織る、桜の姿は、切島が思い描いていた通りに綺麗で、そして怖かった。
「……てめぇの知り合いか?」
「いや、実際に会うのははじめてだけど……つーかおまえマジでこの人のこと知らねーの?」
切島はありえないと言わんばかりに爆豪を見つめるが、対する爆豪は「ねえよ」と一言返すのみ。
そんな2人のことを桜が上から下まで舐めるように見て、小さく肩をすくめた。
「……あらら、君たちヒーローかぁ。おーい、玲子さん、起きて」
桜は爆豪と切島を観察すると、そのまま眠りこけている受付の女性の肩をトントンと叩いた。
「そんなんじゃそのババア起きねぇぞ」
「誰がババアだって!?」
「――っ!?」
どんなに怒鳴っても起きることのなかった、受付の女性が、嘘みたいに突然目を覚ました。
まさかの事態に爆豪も切島も呆気に取られてしまう。けれども受付の女性は(一応)患者として受診したヒーロー2人には目も暮れず、まっすぐ桜に視線を向けた。
「あらやだっ、桜ちゃん、寝てなさいよ。まだ本調子じゃないでしょ?」
「うん、だから寝るんだけどさ。うるさいからそこの2人、帰しといてよ」
桜が爆豪と切島のことを指し示す。
その人差し指に導かれるようにして、受付の女性は目の前で突っ立っているヒーロー2人の存在を認識した。
「あらやだっ、ヒーローじゃない。こんなところにいったい何の用かしら?」
「ケガ治しに来る以外、病院来る理由ねェだろが! さっさと治せ」
「でもうちはねぇ……」
「左肩挫傷と軽度裂傷ってとこでしょ。ざっと2週間は安静にどうぞ」
受付の女性の声に被せて、可憐な声が静かに言葉を紡いだ。
受付の部屋から、爆豪の身体には一切触れずにそんな適当な診断だけ残して、桜は踵を返す。
「じゃ、お大事にぃ」
「待てコラ」
ひらひらと手を振る桜を、爆豪が呼び止めた。
その顔面に「文句しかない」と書き記して、爆豪がまた受付に詰め寄っていく。それをいち早く察知した切島は、爆豪を再び羽交い締めにした。
「離せっつってんだろが、クソ髪!」
「だって離したらおまえ暴れるじゃん!」
「こんなとこで暴れねェわ」
「説得力どこに置いてきたんだよ!」
切島が盛大に突っ込むも、爆豪の視線は桜に一直線に向かっている。
「俺ァ治せっつったンだよ。テキトー言えたァ頼んでねェ」
「……だってさ、玲子さん」
爆豪の言葉を、桜は他人事のように受け流す。
受付の女性のほうは少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。今日は院長が休みだから、治療はできないんだよ。他所に行ってくれる?」
受付の女性の返事が、爆豪の眉間の皺をさらに深くする。
返事の意味が理解できず、爆豪は「ア゛?」と野太い声を出して、桜に鋭い視線を向けた。
「てめぇは医者じゃねぇんかよ」
「あははっ、ばっちりお医者さんでーす」
「だっっったら治せや!!」
「あはは、無理無理」
へらっと笑う桜に、今度こそ爆豪がキレた。
けれども切島にがっつり絞められているから、爆豪は思うように動けない。
「私、ヒーローは治療しないんだぁ」
受付の小窓の向こう、ついに机の上に肘をついて桜はへらへらと笑いながら答える。「はァ!?」と叫んだ爆豪の背後で、切島だけは大きなため息を吐いていた。
「諦めろ、ダイナマイト。この人、マジでヒーローは診ねーから。有名な話だよ」
薬師寺桜はヒーローを治療しない。
ヒーロー界隈でも有名な話だ。
ちょうど2年前くらいから風のように流れた噂だけれど、この噂は本当だった。
どんな現場でも彼女は絶対にヒーローを診ない。
診ないものは診ないのだろうから、無駄な労力は使わずにさっさと他の医院へ行けばいい話なのだが……。
「差別すんなや! 一般人もヒーローもケガ人であることに変わりはねぇ!」
「だから、つっかかんなって!」
せっかく話を切り上げようとしたのに、爆豪は尚も桜に絡んでいく。切島の羽交い締めにも力が入った。
そんな切島に「大変そうだねぇ、君」なんてのんきに声をかけて、桜は爆豪の方を向いた。
「一般人とヒーローは一緒じゃないよ」
人を煽る言葉が似つかわしくないほどに清らかな声が、爆豪の言葉を真っ向から否定する。
「ヒーローに怪我はつきもの。てことは治したところで明日またケガしてくるってことでしょ? そんなのいちいち治してらんないよ」
冷たい目で爆豪を見て、次の瞬間には先程同様ヘラヘラした笑顔を携えた。
「まあでも大丈夫大丈夫。それくらいの傷、わざわざ治療しなくても唾つけて安静にしてれば治るから」
「治るかっ!」
「君のご立派すぎる言葉遣いを治すのと比べたら、1億万倍治りはいいと思うよ」
「言葉遣いに治すもクソもねぇだろが!!」
「やだ。もう末期じゃん」
軽快に「あっはは!」と声をあげて笑う桜に、切島はさらに頭を抱えた。
(噂通りだけど、噂と正反対の性格じゃねーか!)
噂によれば『冷酷無慈悲な女医』のはず。
今目の前で友人の言動に爆笑かましてる人を、果たして冷酷無慈悲な人間というだろうか。
「君、たしか23歳かそこらでしょー? 社会でやっていくのにその言葉遣いはどうかと思うよ」
「偉そうに言うテメェは何歳なンだよ」
「ぴっちぴちの27歳でーす」
「その歳になってその喋り方も大概だろうが!」
「だって君と喋るのに敬語使ってもねぇ」
桜がプッと口に手を当てて鼻で笑う。
すると爆豪のこめかみのあたりからブチブチブチブッチーンとありとあらゆる血管が弾ける幻聴が、切島の頭に響きわたった。
「こンのヤブ医者が……のしてやっから表出ろや!!」
爆豪の手が煌めくのを見て、切島は「言わんこっちゃない」と涙を堪えた。
足を踏み入れると、そこにはぎゅうぎゅうに詰めて5人座れるかどうか、といった具合の長椅子が二脚置いてある。
壁には薬や医療器具のチラシが無造作に貼られ、いかにも商売っ気のない病院だ。
そんな病院の内装を興味津々に見渡していた切島だったが、ふと前を向いて「マジか」と呟く。
その視線の先は受付。おそらく受付を担当しているであろう齢40半ばくらいの女性がこくり、こくりと舟を漕いでいた。
その真っ正面に、ものすごい形相の(一応)ヒーローがいるとも知らず、幸せそうに眠っている。
「オイ」
「すーぴー……」
爆豪の呼びかけに、返ってくるのは心地よい寝息。
その軽快な音色を聞く、切島の額には冷たい汗が滲んでいた。
「オイコラ、起きろ」
「すーぴ…ぴぴぴ…ガッ……すー…」
まるで返事をするかのように賑やかないびきを交え、再び軽やかな寝息を奏でる。
常であれば即座に「おもしれーな!」と笑い声をあげる切島も、今は目の前の友人がこの医院ごと爆破しかねない熱気を放っていることが気になって仕方ない。
「寝不足なんだよ、きっと! 病院は忙しいって聞くも――ぉぉ落ち着けって!!!」
「テッメェ起きろっつってンだろがァ! 仕事しろや!」
受付の小窓に手を突っ込んで、今にも女性の胸ぐらを掴みかねない友人を、切島は全身全霊で止めに入る。
その切島の行動にも、爆豪は噛み付いた。
「離せ、クソ髪! 診療中って書いとンのに寝るたァいい度胸じゃねぇか。その根性叩き割ってやらァ!」
「割るな! せめて直せ!」
「……玲子さーん……どうしたのー? やたら賑やかだけどー……」
受付前で暴れる2人の前に、のんびりとした透明な声が聞こえてくる。
2人が思わず口論をやめてしまうほどに、綺麗な凛とした声音の主が、受付にひょこっと顔を出した。
「わ…っ、本物だ……」
――薬師寺桜。
彼女の名前を切島は咄嗟に思い浮かべる。
長い黒髪を揺らして白衣を羽織る、桜の姿は、切島が思い描いていた通りに綺麗で、そして怖かった。
「……てめぇの知り合いか?」
「いや、実際に会うのははじめてだけど……つーかおまえマジでこの人のこと知らねーの?」
切島はありえないと言わんばかりに爆豪を見つめるが、対する爆豪は「ねえよ」と一言返すのみ。
そんな2人のことを桜が上から下まで舐めるように見て、小さく肩をすくめた。
「……あらら、君たちヒーローかぁ。おーい、玲子さん、起きて」
桜は爆豪と切島を観察すると、そのまま眠りこけている受付の女性の肩をトントンと叩いた。
「そんなんじゃそのババア起きねぇぞ」
「誰がババアだって!?」
「――っ!?」
どんなに怒鳴っても起きることのなかった、受付の女性が、嘘みたいに突然目を覚ました。
まさかの事態に爆豪も切島も呆気に取られてしまう。けれども受付の女性は(一応)患者として受診したヒーロー2人には目も暮れず、まっすぐ桜に視線を向けた。
「あらやだっ、桜ちゃん、寝てなさいよ。まだ本調子じゃないでしょ?」
「うん、だから寝るんだけどさ。うるさいからそこの2人、帰しといてよ」
桜が爆豪と切島のことを指し示す。
その人差し指に導かれるようにして、受付の女性は目の前で突っ立っているヒーロー2人の存在を認識した。
「あらやだっ、ヒーローじゃない。こんなところにいったい何の用かしら?」
「ケガ治しに来る以外、病院来る理由ねェだろが! さっさと治せ」
「でもうちはねぇ……」
「左肩挫傷と軽度裂傷ってとこでしょ。ざっと2週間は安静にどうぞ」
受付の女性の声に被せて、可憐な声が静かに言葉を紡いだ。
受付の部屋から、爆豪の身体には一切触れずにそんな適当な診断だけ残して、桜は踵を返す。
「じゃ、お大事にぃ」
「待てコラ」
ひらひらと手を振る桜を、爆豪が呼び止めた。
その顔面に「文句しかない」と書き記して、爆豪がまた受付に詰め寄っていく。それをいち早く察知した切島は、爆豪を再び羽交い締めにした。
「離せっつってんだろが、クソ髪!」
「だって離したらおまえ暴れるじゃん!」
「こんなとこで暴れねェわ」
「説得力どこに置いてきたんだよ!」
切島が盛大に突っ込むも、爆豪の視線は桜に一直線に向かっている。
「俺ァ治せっつったンだよ。テキトー言えたァ頼んでねェ」
「……だってさ、玲子さん」
爆豪の言葉を、桜は他人事のように受け流す。
受付の女性のほうは少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。今日は院長が休みだから、治療はできないんだよ。他所に行ってくれる?」
受付の女性の返事が、爆豪の眉間の皺をさらに深くする。
返事の意味が理解できず、爆豪は「ア゛?」と野太い声を出して、桜に鋭い視線を向けた。
「てめぇは医者じゃねぇんかよ」
「あははっ、ばっちりお医者さんでーす」
「だっっったら治せや!!」
「あはは、無理無理」
へらっと笑う桜に、今度こそ爆豪がキレた。
けれども切島にがっつり絞められているから、爆豪は思うように動けない。
「私、ヒーローは治療しないんだぁ」
受付の小窓の向こう、ついに机の上に肘をついて桜はへらへらと笑いながら答える。「はァ!?」と叫んだ爆豪の背後で、切島だけは大きなため息を吐いていた。
「諦めろ、ダイナマイト。この人、マジでヒーローは診ねーから。有名な話だよ」
薬師寺桜はヒーローを治療しない。
ヒーロー界隈でも有名な話だ。
ちょうど2年前くらいから風のように流れた噂だけれど、この噂は本当だった。
どんな現場でも彼女は絶対にヒーローを診ない。
診ないものは診ないのだろうから、無駄な労力は使わずにさっさと他の医院へ行けばいい話なのだが……。
「差別すんなや! 一般人もヒーローもケガ人であることに変わりはねぇ!」
「だから、つっかかんなって!」
せっかく話を切り上げようとしたのに、爆豪は尚も桜に絡んでいく。切島の羽交い締めにも力が入った。
そんな切島に「大変そうだねぇ、君」なんてのんきに声をかけて、桜は爆豪の方を向いた。
「一般人とヒーローは一緒じゃないよ」
人を煽る言葉が似つかわしくないほどに清らかな声が、爆豪の言葉を真っ向から否定する。
「ヒーローに怪我はつきもの。てことは治したところで明日またケガしてくるってことでしょ? そんなのいちいち治してらんないよ」
冷たい目で爆豪を見て、次の瞬間には先程同様ヘラヘラした笑顔を携えた。
「まあでも大丈夫大丈夫。それくらいの傷、わざわざ治療しなくても唾つけて安静にしてれば治るから」
「治るかっ!」
「君のご立派すぎる言葉遣いを治すのと比べたら、1億万倍治りはいいと思うよ」
「言葉遣いに治すもクソもねぇだろが!!」
「やだ。もう末期じゃん」
軽快に「あっはは!」と声をあげて笑う桜に、切島はさらに頭を抱えた。
(噂通りだけど、噂と正反対の性格じゃねーか!)
噂によれば『冷酷無慈悲な女医』のはず。
今目の前で友人の言動に爆笑かましてる人を、果たして冷酷無慈悲な人間というだろうか。
「君、たしか23歳かそこらでしょー? 社会でやっていくのにその言葉遣いはどうかと思うよ」
「偉そうに言うテメェは何歳なンだよ」
「ぴっちぴちの27歳でーす」
「その歳になってその喋り方も大概だろうが!」
「だって君と喋るのに敬語使ってもねぇ」
桜がプッと口に手を当てて鼻で笑う。
すると爆豪のこめかみのあたりからブチブチブチブッチーンとありとあらゆる血管が弾ける幻聴が、切島の頭に響きわたった。
「こンのヤブ医者が……のしてやっから表出ろや!!」
爆豪の手が煌めくのを見て、切島は「言わんこっちゃない」と涙を堪えた。