雲のはたて【堀田徳男SS】

その男の子を見かけるようになったのは、一年くらい前。

私が浜辺を飼い始めたばかりの犬の散歩コースに決めて、散歩をする度にたむろしているのを横目に通りすぎる。

いわゆる不良と呼ばれる部類の男の子だとその風貌から見ても明らかだけど、いつもつるんでいる男の子達のことを優しいまなざしで見ている。

もちろん、じろじろ見てたら何されるか分からないから、犬の散歩ついでにちらっと見るだけ。

最近は、いつも一緒に居た髪の長い男の子がいなくなって、なんだかその男の子の雰囲気も少し変わったな…って思ってたのが梅雨入り間近のこと。

そして梅雨の晴れ間の今日、飼い犬を散歩させていると、その男の子が珍しく一人で立派な旗をもって立っているのを見つけた。

【炎の男 三っちゃん】

そう書かれた旗は、海風にはためいている。

気持ちのいい空に浮かぶ雲も同じようにたなびいて、いつもはそそくさと通り過ぎるのにふと足を止めてしまった。

『三っちゃん…?』

思わず口に出してしまった言葉にその男の子は私の方を振り向いた。

「おう!俺が心底惚れてる男だぜ!」

話しかけられたのにビックリして、思わず飼い犬のリードを離してしまう。

犬は嬉しそうに駆けだしてしまったけれど、タイミングよくその男の子がリードを踏みつけて捕まえてくれた。

「ははっ…すまねぇ…いきなり話しかけちまって。いつも散歩してるだろ?怖がらせちまってごめんな…」

そう言って、リードを手に取って差し出してくれた。

私はリードを受け取ってお礼を言う。

『ありがとう!その旗は…?』

「ダチがバスケ部に復帰してすげぇんだ!応援旗作ったんだぜ!」

『手作り、スゴい!』

「ありがとな!おっと、そろそろ行く時間だ!じゃ、またな!」

その男の子は、嬉しそうに颯爽と立ち去っていった。

またな…その言葉が私の頭の中にいつまでも響いていた。

***
2022.3.21. 三井の日
Inspired by 古今和歌集、読人しらずの歌
【夕ぐれは 雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる 人を恋ふとて】
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