揺蕩う煙【鉄男SS】

夕暮れ時、私はいつものように鉄男の部屋に入り浸る。

タバコの臭いがしみついたこの部屋は、自分の部屋にいるより居心地がいい。

鉄男は、「また来たのか…」って言いながらも、私を部屋に入れてくれる。

そして、鉄男はタバコをふかしながら私のくだらない話を時折ふっ…て笑いながら聞いてくれるんだ。

鉄男の部屋は、もやもやとたゆたう煙が消えることはほとんどない。

今日も、銀色の安っぽい灰皿にタバコを押し付けて火を消して、すぐにライターが上に置かれている煙草の箱に手を伸ばした。

けれど、鉄男が手にしたタバコの箱は空っぽだったようで、ちっと舌打ちしてその箱をクシャっと握りつぶす。

立ち上がって新しいタバコの箱を取りだし、封を切ろうとしたので、私は両手をぎゅっと掴んで、止めてみた。

『吸いすぎ…』

「俺はいーんだよ」

私の手は、力の強い鉄男にすぐに振りほどかれてしまう。

鉄男のごつごつした指がパッケージを開けて、綺麗に並んでいるその中の一本だけを箱を揺らして器用に取り出した。

四角い箱がテーブルに置かれたのを確認して、私もその箱に手を伸ばす。

『じゃ、私にも一本ちょうだい』

鉄男みたいに器用に箱から出せなくて、箱を逆さに傾けて一本取り出し、咥えようとしたところで、

「てめぇはまだ子どもだからダメだ」

すぐに私のタバコは取り上げられてしまった。

そんな風に私をいつも子ども扱いする鉄男にべーって舌を出して抗議するけれど、こんなところも子どもっぽいって思われているんだろうな…そう思うと何だか切ない。

鉄男は、自分が持っていた方のタバコを箱にしまって、私から取り上げたタバコに火をつけた。

鉄男はゆっくりと煙を吸い込み、その中毒性の高い物質を身体に取り込む。

そして、ふぅ…とたいして美味しくもなさそうに煙を吐き出した。

鉄男が吐き出したその煙を私が大きく吸い込むと、鉄男は眉間にしわを寄せて、

「おめぇには吸って欲しくないんだよ」

そう私に諭すから、私は頬を膨らませながらしぶしぶ頷いた。

「分かったな」

ふっとそう優しく笑って、空いている手で私の頭をクシャっと撫でた。

時折見せる鉄男の優しさが、ずるい。

私はこんなに好きなのに、鉄男はきっとあんまり束縛しない女の人の方が好きなんだろうな…

それか、最近よく口にする三井って人のこととか…

いつか言っていた「好きなヤツがタバコ嫌いだったら辞めるかもな…」なんて、思い出さなくてもいい言葉まで思い出してしまえば、鼻の奥がツンとする。

私だったら、ヘビースモーカーな鉄男だって愛せるのに…

「どうした?」

『鉄男が好き』

私が言うと、鉄男は吸いかけのタバコを灰皿に置いて私をちらっと一瞥した。

「軽々しく言うんじゃねぇよ」

『私、本気だよ』

再び鉄男がタバコに手を伸ばせないように両手を握った。

「分かってたっつーの…」

鉄男の目は私じゃなくてゆらゆらと煙が立ち上るタバコに向けられている。

タバコがなくて口寂しいなら…

私はぐっと身を乗り出して、唇を触れ合わせて、鉄男の口を塞いだ。

少し勢いよくぶつかって、鉄男の無精ひげがじょりっと私の顎に当たる。

いつも以上に鉄男のタバコの匂いが強く感じられて、鉄男の手を握っている手にさらにぎゅっと力を込める。

チュッと音を立てて唇を離して、鉄男をじっと直視して伝える。

『好き…』

「仕方ねぇな…」

私がぎゅっと拘束入してした手はいとも簡単にほどかれて、鉄男は私の後頭部をグッと抑えてキスをしてきた。

ざらりとした鉄男の舌が私の唇を割って侵入する。

『んっ…』

鉄男から与えられる大人なキスは、甘いとか苦いとかそんなことを考える余裕なんて微塵もなくて、ただされるがまま咥内を犯されれば頭がくらくらしてくる。

ちゅくっと厭らしい音を立てて離れた唇を鉄男は軽く指で拭うと、短くなったタバコに手を伸ばして、一口吸ってすぐに火を消した。

「大人になって、それでも、俺の傍にいたら考えてやるよ」

ポーッとする頭で、私はコクリと頷く。

早く大人になりたい…大人になって、ずっとずっと鉄男の傍にいるんだって強く願った。

***
2021.11.27.
Inspired by に/しな「ヘビース/モーク」
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