8月15日。【藤真健司】

名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった。

八月十五日。

その日は毎年、田舎のばーちゃん家に墓参りに行く。

ついでに俺の誕生日も祝ってもらうのが定番だ。

高三にもなって、正直かったるいことこの上ないのだが、行かないという選択肢を許されたことはない。

今年は特にインターハイ出場を逃し、あれこれと親戚のじじばばの詮索にあうと思うとため息が漏れる。

父親の運転する車に揺られながら、鬱陶しいくらい青く晴れ渡った空を見つめた。

牧率いる海南はインターハイ準優勝、俺達を倒した湘北は俺の因縁の相手豊玉、さらには王者山王を破る快挙を成し遂げた。

俺達がインターハイに出場していたら…実現しなかったもしも…が、何度も頭ん中に浮かんでは消える。

「着いたぞ!」

気付けばお寺に到着し、くそ暑い中、両親に言われるままに線香をあげて、墓前に手を合わせた。

先ほどのモヤモヤを引きずったまま、セミの鳴き声にも苛立ってくる。

身体を動かせばすっきりするかもしれないと、少し離れたばーちゃん家までランニングしていくことに決め、両親に伝えて走り出した。

すぐに汗が吹き出すが、この夏ひたすら走り込んでいるから、このくらいの距離は楽勝だ。

坂を上りきったところで、終戦記念日のサイレンが鳴り響いた。

ふと足を止めると、一本の大輪のひまわり前に女性の姿。

一瞬で目を奪われると同時にその女性と目があった。

が、すぐにその目は閉じられ、黙祷を捧げた。

俺もそれに倣って目を閉じ、うつむいた。

サイレンが鳴り終わり、目を開けると再び目が合う。

『綺麗な目…』

「えっ…」

俺にかけられた言葉だと気付くまでに時間がかかった。

容姿を誉められることはあっても目を誉められたのは始めてだ。

ドキドキと止まらない胸の鼓動を何とか押さえて言葉をひねり出そうにも何を言えば良いのか…

『一目惚れ、しちゃったかも…』

そう伏し目がちに呟く女性に、俺は目を見開いた。

「俺も…」

それに言葉を続けるより先にからだが動いて、俺は彼女の身体を抱き締めていた。

この時はまだ名前も知らない彼女の身体を…




去年の出来事を思い出している内に、トースターに入れたパンを焦がしてしまった。

大学に入学して一人暮らしも板についてきたなんて思っていたが…

それでも、まぁいいかと笑みが漏れてしまうのは、今日が特別な日だからだ。

トースターから取り出したパンをそのままかじりつく。

焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった。

***
2021.8.15. 藤真健司 Happy Birthday!
1/1ページ
    スキ