Candy【三井寿】

いつのころからか鏡を見なくなった。
ふとした瞬間に窓ガラスに映る俺は、髪が伸びて、目つきが悪い。

夢…希望…

もうそんなもんに振り回されねぇ。



【如月 友】

その名前を知ったのは、2年生に進学してすぐ。

隣の席になったあいつは、

『よろしくね』

と、俺に飴をくれた。

「おう」

と受け取った飴を見つめていると、

『嫌いだった?違う味にする?』

「いや…」

俺に話しかけてくるなんて、変な奴だと思っていると、表情が緩んでいたらしい。

『三井君って、笑えるじゃん。飴ちゃん一個で笑ってくれるなんてね』

そう笑う如月の表情に俺はドキッとした。

そんな気持ちになったことも気まずくて、

「馬鹿にすんなよ…」

そうつぶやいてにらみを利かせようとした時には、あいつはもう席を立って友人の方に行ってしまった。

肩透かしをくらったようなやり場のない気持ちを抱えたまま、ちっと舌打ちをして、その日はバックレることにした。




悪い奴らとつるみ始めて、俺はなぜかリーダーみたくなっていた。
決して喧嘩の腕っぷしが強いわけでもないのだが…

徳男たちと仲良くなって、他校のヤンキーグループとの繋がりも出来た。

俺を頼ってくれる仲間もいるし、法すれすれのことをやって馬鹿笑いして、まあまあ楽しい毎日だ。


学校も何度か辞めてやろうかと思ったが、それを実行しようという気にはなれなかった。

未練?
どーだかしらねーが、学校辞める気持ちが起きないのは、あの恩師の顔がちらつくからだ。

それに加え、最近は、如月の顔が良く浮かぶ。


俺が学校へ行けば、如月は飴だったりチョコだったり、ちょっとしたお菓子をくれた。

席が変わって、頻度は少なくなっても、思い出したように
『三井君、これ』
と渡してくれた。

俺は、「おう」ってぶっきらぼうに答えて、受け取った。

ありがとうも気のきいた言葉もかけることは出来ないくせに、それでもお菓子をもらえなかった時は、ちぃっとへこんだ。

気付けば、遅刻や早退することは多いものの毎日のように学校へ行っていた。


如月は、女子にしては背が高い。
俺を見上げる女子が多いが、少し猫背の俺とほぼ同じ目線になる。

だから、俺のことが怖くないのか…

遠くからも良く目立つその姿を気付けば目で追っていた。



夏休み。
これほど長く感じた夏があっただろうか?

去年は、リハビリ中でまだバスケという希望があったが、今の俺には関係ない。

毎日休みで、悪いやつらとたむろしても何となく物足りない。

仲間の女と身体を繋げるときも、如月の顔が浮かぶ。
あいつの顔を思い浮かべて達したことも一度や二度じゃない。

それくらい如月の存在が俺の中で大きなものになっていた。

ただ、その気持ちに名前を付けてはいけない気がして、蓋をしていた。



夏休みが終わり、学校が始まった。

口では「だりぃ」なんて言いながら、また如月に会えるのをちょっと楽しみにしていた。

そんな様子が伝わったのか徳男に
「みっちゃん、今日はなんか機嫌がいい」
なんて言われちまった。


昇降口のところで、如月を見つけた。

『あっ、三井君だ』

と駆け寄ってきた如月は、

『これ、お土産。いつもよりちょっと豪華に』

そう言って、クッキーみたいなのが3枚入って可愛らしくラッピングされたものを渡してきた。

「さんきゅ」

そう言って、受け取ると、

『あっ、初めてお礼言ってくれた!教室まで一緒に行こ!』

そう言って、下駄箱に靴を入れて、隣に並んだ。

「おまえ、俺の事、怖くねーのかよ?」

ずっと疑問に思ってたことを口にする。

『ははっ!近寄るなってこと?三井君って本当は悪い人じゃないと思うんだよね』

ちょっと困ったように笑う如月に、俺は柄にもなく心臓がバクバクとする。

そんな気持ちになったことすら悔しくて、ちっと舌打ちして、早足で教室へ向かった。

『三井君、ごめん…』

後ろから追いかけてきた如月の申し訳なさそうな声を聞いて、俺の心は痛んだ。

あいつに謝ってもらいたいわけじゃねぇ。

俺の中で持て余しているこの気持ちを、どうしていいのか自分でも分からない。

バスケから目をそむけた時と同じだ。俺はまた、自分の気持ちと向きうことを辞めた。

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