別れられない別れ話

【森重寛】

「で」

私からの別れ話を聞き終えた寛は、たった一文字の言葉を発した。

それも、心底めんどくさいと言った様子で。

『で?』

私からの別れ話を全く理解していないような素振りに、私は語気を強めて同じ言葉を返す。

ここ一週間、ご飯もろくに喉を通らないほどに悩みに悩んで切り出したこの別れ話をこの男は、一言、いや一文字で終わらそうというのか。

こういうことの積み重ねがあって、私はもうこの関係を終わりにしようと思ったのだけれど、やはり堪える。

張り切ってオシャレをしたって、「可愛い」なんて言ってもらえなかった。

苦手なりに頑張ってお弁当を作ってあげたって、「ん」と一言だけで取り上げられるように持ち去られ、食べたかどうかさえ定かでない。

学内で会ったって私が声をかけないと気付いてもくれなくて、素っ気ないを通り越して無反応だと感じる程の対応にヤキモキするのに疲れてしまったのだ。

私一人、告白してOKもらって舞い上がって、寛の周りでキャンキャンはしゃいで、反応もらえずに落ち込んで……を繰り返した一カ月。

もちろんバスケに忙しいのは十分に承知の上だけれど、もう少し私のことをかまってくれるものだと期待した私がバカだったのか。

一方的に手をつないだりはしたけれど、キスだってその先だって結局しないままお別れだから、そもそも寛にとっては付き合うという意味が分かってなかった?とも思わなくもない。

こちらの惚れた弱みで、私がつけあがらせてしまった訳ではなく、元々、この男に付き合っている女性を歓ばせるためにちょっとした気遣いをするという機能は着いていないのだと自分を納得させたはずだけれど、やっぱりどこかで納得がいっていなくて、モヤモヤしっぱなしだ。

私の『で?』にだって、じーっと私を見つめたまま、返答してくれない。

あんなに悩んで切り出したのに、別れの言葉すらもらえないなんて…

「で」の一言を持って、恋人終了だなんて、悲しいじゃなくて悔しい。

ここは、衝動的に思いっきりビンタして別れられたらいいのだけれど、私にはその度胸もない。

俯いて下唇をかむことしか出来ない自分にも腹が立ってくる。

さっさといつもみたいに離れていってよ……

そう願うと同時に、寛が席を立つ。

目頭が熱くなって、視界がゆがむ。

溢れ出る涙を止める術なんてなくて、自分から別れを切り出したのに、まるで寛にフラれて涙で引き留めようとしている女みたいで情けない。

こんなんじゃだめなのに――

私の黒歴史の一頁として、早く笑って話せるようにしないと

もっといい人、みつけないと。

あんなに理想的な肉体を持つ人と出会える可能性は、限りなくゼロに近いけれど、もっと愛想のある人の方が良い。

少し涙がひいた所で、顔をあげると、

『な、んで……』

テーブルをはさんで少し離れたところに、まだ寛が立っている。

何を考えているのかやっぱり分からない表情で、私を見つめている。

「やっぱやめた」

寛は私の隣まで来て、私の手を掴んだ。

『え?』

「あんたと別れてやらねー」

『何言って……』

「あんたの涙、気に入った」

指で目元に残る涙を拭われて、その涙をペロリと一舐めした。

そのしぐさにゾクリと背中が震える。

『私は、あんたと別れたいの』

何とか絞り出した声は、寛の耳にとどいているだろうか?

「だから」

『だから、別れてください』

「ムリ」

『私が、ムリ』

「おまえ、まだ俺のこと、好きだろ?」

『そんなこと……』「ふーん」

無いと言えないのを見越したような表情だ。

「ま、いっか」

掴まれた手を引っ張られる。

『やめて……』

「また俺のこと、好きになるまで離してやらねー」

掴まれた手だって、簡単に振り払える強さだし、私が逃げたら追ってこないことぐらい分かってる。

寛に完全に見透かされているのだ。

でも、どうしていいか分からない。

ここで頷いたら、また苦しい恋愛が続いていくかもしれないから。

「好き、だろ?」

デカい男がしゃがみこんで、私の顔を覗き込む。

わずかに口角が上がった表情に、私は白旗をあげる。

コクン。

首を下に下げると、寛は満足そうに笑った。

そして、私の目元に寛の唇がチュッと触れたのだった。

***
2023.10.27.
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