翔陽高校の印刷機の私の楽しみ【藤真健司&花形透】
翔陽高校の職員室の横にある狭い印刷室の一室に私は陣取っている。
ここに来て20年、印刷機にしては少々年を取っているかもしれないが、私はまだまだ現役だ。
教師が印刷に来るのがメインだが、私は生徒が部活や委員会活動で印刷に来てくれることをひそかに楽しみにしている。
その中でも、特に楽しみにしている生徒の一人が、翔陽高校一の有名人、藤真健司君だ。
彼は、インターハイの常連であるバスケ部で一年の時からレギュラーの座を勝ち取り、3年生となった今は、主将兼監督なのだそうだ。
その肩書はもちろんすごいが、何より顔が良い。
印刷室に来て20年、今まで見てきた生徒の中でダントツでイケメンである。
教師たちも印刷待ちの雑談で、藤真君の話をしてくれることが多い。
モテすぎるのが玉に瑕だとか、もう少し居眠りしないで授業に集中して欲しいだとか悪い話もしていくが、ほとんどが、頑張っているだのカッコイイだの良い話ばかりだ。
彼はバスケ部の監督も務めていることもあって、練習メニューや保護者向けのお知らせの印刷のために、印刷室に月に2-3回は顔を出してくれる。
そろそろ印刷室に顔を出してくれるころだ……と思っていたら、ほら、来てくれた。
「……っしゃ!さっさとコピー取って練習練習っと」
少々手荒にスイッチを入れて、バンっと私をたたいた。
ガシャンっと私の原稿カバーが音を立てる。
もう少し優しく扱ってください…と声に出して訴える手段がないのが悔やまれる。
「今日は、調子よく印刷してくれよ!」
と私に語りかけてくれるのは嬉しいけれど、少々がさつな藤真君はわら半紙を入れるときに角がそろっていなかったり、折れ曲がったりしていて、紙を詰まらせる常習犯でもあるのだ。
だから、印刷エラーを出さざる得ないのは私自身の調子が悪いわけではなく、彼の扱い方が雑だからなのだ。
しかも原稿用紙も曲がっていたり、向きが間違ったりしてるのに気にしないで印刷をし始めて、内容が見切れている状態でも気にせず持って行ってしまう。
私が喋ることが出来たなら、きちんと不備なく印刷出来るように指導してあげるのに……
今まで何度そう思ってみても、私は藤真君がセットしたように動くしか出来ないのだ。
藤真君は鼻歌を歌いながら、わら半紙を雑に入れて、原稿用紙を置きドンっと原稿カバーのふたを閉めた。
このまま印刷ボタンを押されたら、詰まってしまう…と思ったら、
「藤真、手伝うぞ」
と声が聞こえる。
お、この声は、藤真君の頼れる相棒、花形君だ。
よかった……彼がいれば、今日の印刷は大丈夫だろう。
花形君は、一旦原稿用紙を取り出して、目を通し、
「漢字が間違っている」
と、慣れた手つきで訂正し、再びセットしなおした。
ついでにわら半紙の角をそろえて置き直してくれる。
「花形、悪いな」
「たまには、手伝いくらいさせてくれ」
藤真君がスタートボタンを押した。
うん、今日はこのまま紙詰まり無く印刷できそうだ。
「そういや、花形、彼女とは上手くいってるのか?」
「……声がデカい」
「わり……ほら、この間のオフの時、デートだっつってたのに、俺、呼びだしただろ?」
「あー、あれか…」
フムフム…花形君にも彼女がいたのか。
教師達も生徒同士の色恋沙汰の話題が好きなようで、誰と誰がくっついただの別れただの、意外と印刷機の私は知っているのだ。
いつか、この情報を印刷して暴露出来たら楽しいんだろうなと思うのだが、今のところ、私にはそんな機能は備わっていない。
実に残念だ。
今日は私のメモに花形君にも彼女がいることが加わった……っと、会話に集中せねば。
「まさか、別れたのか?何だかんだで、彼女いた方が楽だろ?」
藤真君の口から出た、彼女がいた方が楽というセリフは聞き捨てならない。
「いや、別れてはないぞ。そもそも楽というのは、どういうことだ?」
花形君、ナイスな返しだ。
「告白されても、彼女いるからって言えんじゃん」
ほー、そういうことか。
藤真君も苦労しているんだねぇ。
「俺は、藤真ほどモテないからな……というか告白されたことないぞ」
「そういうもんなのか?」
「普通の男子は、そうそう告白された経験のあるやついないだろう」
「まじかー。花形が彼女と別れたって聞かされるよりショックかもしれねぇ」
「縁起でもないことを言わないでくれ。これでも、デートが無しになった埋め合わせに頭悩ませてるんだ」
印刷はとっくに終わっているけれど、もっと話を聞きたい私は静かにしている。
いつの間にか私は藤真君の背もたれになっていて、それはそれで中々良い経験だ。
いつも紙詰まりエラーでいろんな所をいじられるのもそれはそれで悪くないのだが、今はその話をする余裕はない。
もう少しと言わず1時間くらい、恋愛談義に是非花を咲かせていただきたい。
鼻息荒く(私に鼻はないのだが)、身を潜めているけれど、優秀な花形君にはすぐ見破られてしまう。
「さ、コピーも終わったから、そろそろ練習いくか?」
花形君は、原稿と印刷物を回収し、忘れ物が無いかチェックをしている。
「お、もうこんな時間か。花形、彼女には試合でも何でもいいからいいとこ見せれば何とかなんじゃねーの?」
「ま、そうかもしれないが……」
そう言いながら二人は印刷室を出て行ってしまった。
もう少し話を聞きたいところだったが、残念だ。
今日の収穫は、花形君に彼女がいたこと…
そして、藤真君は彼女を欲しがっていると。
日頃、藤真君の話を印刷室でもキャーキャーとしている女子達の顔が何人も思い浮かぶ。
彼女たちに教えてあげたいような教えてあげたくないような…
そして、私が藤真君の彼女にふさわしいと思う彼女の顔を思い浮かべてみる。
ーー閃いた!
『ピーー』
渾身のエラー音を立ててみる。
しかし、時はすでに遅し。
藤真君と花形君は戻ってくることはなく、空しい音が響くだけだ。
卒業まであと少し。
藤真君の彼女が出来た話を是非、私に聞かせてくれないだろうか?
***
2023.9.19.
ここに来て20年、印刷機にしては少々年を取っているかもしれないが、私はまだまだ現役だ。
教師が印刷に来るのがメインだが、私は生徒が部活や委員会活動で印刷に来てくれることをひそかに楽しみにしている。
その中でも、特に楽しみにしている生徒の一人が、翔陽高校一の有名人、藤真健司君だ。
彼は、インターハイの常連であるバスケ部で一年の時からレギュラーの座を勝ち取り、3年生となった今は、主将兼監督なのだそうだ。
その肩書はもちろんすごいが、何より顔が良い。
印刷室に来て20年、今まで見てきた生徒の中でダントツでイケメンである。
教師たちも印刷待ちの雑談で、藤真君の話をしてくれることが多い。
モテすぎるのが玉に瑕だとか、もう少し居眠りしないで授業に集中して欲しいだとか悪い話もしていくが、ほとんどが、頑張っているだのカッコイイだの良い話ばかりだ。
彼はバスケ部の監督も務めていることもあって、練習メニューや保護者向けのお知らせの印刷のために、印刷室に月に2-3回は顔を出してくれる。
そろそろ印刷室に顔を出してくれるころだ……と思っていたら、ほら、来てくれた。
「……っしゃ!さっさとコピー取って練習練習っと」
少々手荒にスイッチを入れて、バンっと私をたたいた。
ガシャンっと私の原稿カバーが音を立てる。
もう少し優しく扱ってください…と声に出して訴える手段がないのが悔やまれる。
「今日は、調子よく印刷してくれよ!」
と私に語りかけてくれるのは嬉しいけれど、少々がさつな藤真君はわら半紙を入れるときに角がそろっていなかったり、折れ曲がったりしていて、紙を詰まらせる常習犯でもあるのだ。
だから、印刷エラーを出さざる得ないのは私自身の調子が悪いわけではなく、彼の扱い方が雑だからなのだ。
しかも原稿用紙も曲がっていたり、向きが間違ったりしてるのに気にしないで印刷をし始めて、内容が見切れている状態でも気にせず持って行ってしまう。
私が喋ることが出来たなら、きちんと不備なく印刷出来るように指導してあげるのに……
今まで何度そう思ってみても、私は藤真君がセットしたように動くしか出来ないのだ。
藤真君は鼻歌を歌いながら、わら半紙を雑に入れて、原稿用紙を置きドンっと原稿カバーのふたを閉めた。
このまま印刷ボタンを押されたら、詰まってしまう…と思ったら、
「藤真、手伝うぞ」
と声が聞こえる。
お、この声は、藤真君の頼れる相棒、花形君だ。
よかった……彼がいれば、今日の印刷は大丈夫だろう。
花形君は、一旦原稿用紙を取り出して、目を通し、
「漢字が間違っている」
と、慣れた手つきで訂正し、再びセットしなおした。
ついでにわら半紙の角をそろえて置き直してくれる。
「花形、悪いな」
「たまには、手伝いくらいさせてくれ」
藤真君がスタートボタンを押した。
うん、今日はこのまま紙詰まり無く印刷できそうだ。
「そういや、花形、彼女とは上手くいってるのか?」
「……声がデカい」
「わり……ほら、この間のオフの時、デートだっつってたのに、俺、呼びだしただろ?」
「あー、あれか…」
フムフム…花形君にも彼女がいたのか。
教師達も生徒同士の色恋沙汰の話題が好きなようで、誰と誰がくっついただの別れただの、意外と印刷機の私は知っているのだ。
いつか、この情報を印刷して暴露出来たら楽しいんだろうなと思うのだが、今のところ、私にはそんな機能は備わっていない。
実に残念だ。
今日は私のメモに花形君にも彼女がいることが加わった……っと、会話に集中せねば。
「まさか、別れたのか?何だかんだで、彼女いた方が楽だろ?」
藤真君の口から出た、彼女がいた方が楽というセリフは聞き捨てならない。
「いや、別れてはないぞ。そもそも楽というのは、どういうことだ?」
花形君、ナイスな返しだ。
「告白されても、彼女いるからって言えんじゃん」
ほー、そういうことか。
藤真君も苦労しているんだねぇ。
「俺は、藤真ほどモテないからな……というか告白されたことないぞ」
「そういうもんなのか?」
「普通の男子は、そうそう告白された経験のあるやついないだろう」
「まじかー。花形が彼女と別れたって聞かされるよりショックかもしれねぇ」
「縁起でもないことを言わないでくれ。これでも、デートが無しになった埋め合わせに頭悩ませてるんだ」
印刷はとっくに終わっているけれど、もっと話を聞きたい私は静かにしている。
いつの間にか私は藤真君の背もたれになっていて、それはそれで中々良い経験だ。
いつも紙詰まりエラーでいろんな所をいじられるのもそれはそれで悪くないのだが、今はその話をする余裕はない。
もう少しと言わず1時間くらい、恋愛談義に是非花を咲かせていただきたい。
鼻息荒く(私に鼻はないのだが)、身を潜めているけれど、優秀な花形君にはすぐ見破られてしまう。
「さ、コピーも終わったから、そろそろ練習いくか?」
花形君は、原稿と印刷物を回収し、忘れ物が無いかチェックをしている。
「お、もうこんな時間か。花形、彼女には試合でも何でもいいからいいとこ見せれば何とかなんじゃねーの?」
「ま、そうかもしれないが……」
そう言いながら二人は印刷室を出て行ってしまった。
もう少し話を聞きたいところだったが、残念だ。
今日の収穫は、花形君に彼女がいたこと…
そして、藤真君は彼女を欲しがっていると。
日頃、藤真君の話を印刷室でもキャーキャーとしている女子達の顔が何人も思い浮かぶ。
彼女たちに教えてあげたいような教えてあげたくないような…
そして、私が藤真君の彼女にふさわしいと思う彼女の顔を思い浮かべてみる。
ーー閃いた!
『ピーー』
渾身のエラー音を立ててみる。
しかし、時はすでに遅し。
藤真君と花形君は戻ってくることはなく、空しい音が響くだけだ。
卒業まであと少し。
藤真君の彼女が出来た話を是非、私に聞かせてくれないだろうか?
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2023.9.19.
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