俺の彼氏の過去を知る男に偶然会ってしまった話【洋三】
すっかり秋めいた心地よい風につられるように、待ち合わせと全く反対方向へと原付バイクのハンドルを切った。
三井さんとの約束まで、知らない場所に行ってみようと思い立ったのだ。
このおんぼろな原チャリでは大したスピードも出ないけれど、のんびり走るのも悪くない。
高校三年間共にしてきた相棒的なこいつは俺にしっくり馴染むし、何よりも愛着がある。
男四人を運ぶなんてことは全く想定されていない作りだろうに、いつもつるんでいるあいつらを乗せて、色んな場所へ花道のバスケの応援に行った。
大学でもバスケを続ける三井さんの応援の時は一人だけれど、もちろん、このバイクで行く。
もうすぐ付き合って一年になろうかという三井さんに告白したのだって、このバイクに三井さんを乗せていた時だったと思い出してつい顔がにやける。
このバイクの後ろに三井さんを乗せてデートに行くときは、「相変わらずスピード出ねぇな!」なんていう小言がもれなく付いてくるんだよな。
そんな思い出が染み込んだ俺の相棒は、ここ最近、怪しい音を立てることが増えている。
このバイクの寿命は、そう長くないのかもしれない。
でも、もうすぐ18歳になれば、大型二輪も自動車免許も取れるから、俺が湘北を卒業するまで、もう少し頑張ってくれよな……
そんな俺の思いに応えるようにこいつは気合を入れすぎたのか、
ガガガっ…
という音を立てたかと思うと、バイクが止まってしまった。
「あちゃ~」
よりによって、よく知らない場所でバイクが壊れちまうとは…
仕方なくバイクを押して、歩道に入った。
公衆電話か交番で、修理出来るとこでも探さなくっちゃな…
なんて、辺りを伺っていると、ラッキーなことにバイクが並んでいる倉庫のような店が見えた。
古ぼけた看板にはモーターショップと書いてあるから、修理してもらえるかもしれない。
店先にバイクを止めたところで、店から男が出てきて、俺はすぐに身構えた。
「あっ…」
「おまえは湘北のっ…」
相手も同じように身構えている。
一度しか会ったことはないけれど、忘れるはずはねぇ。
三井さんの元悪友で、体育館襲撃のあの日、すれ違いざまに一方的に殴ってきた男の顔を。
しかも、三井さんの昔話には必ずこの男の名前が出るんだから。
「鉄男…さんの店なんですか?」
「何で名前を?」
いぶかし気に尋ねられる。
それはそうだろう。
二年前、湘北の体育館で敵対したが、俺とは実際に殴りあったわけではなく、花道にこてんぱんにされた。
おそらく相手は俺の名前を知らないだろう。
「三井さんから、話は聞いたことあるんで」
「三井か…懐かしいな…で、用件は?」
「バイク、壊れちまって…」
「あー…おやっさんいないんだけど、俺でもいいか?」
「直れば別に…」
色々とお互いに言いたいことはあるのだが、まずは客と店員といった距離感で様子をうかがう。
鉄男さんは、手際よくバイクを解体して、
「すぐ直る」
そう一言よこした。
「あんま、金、ないんすけど…」
「……エンジン取り換えたら、数万かかる」
「げっ…」
バイト代が出る前で、さすがに手持ちがない。
今日は、あきらめるしかねぇかな…
「修理するだけなら、三井のダチだし、タダでいい」
そんな風に気前のいいことを言ってもらえても、ラッキーと割り切れない俺がいる。
「そういうのは、嫌なんで…」
ただでさえ、三井さんの過去を知っている男というだけで、なんかもやもやする相手に貸しを作りたくない。
「金、ねぇんだろ?」
鉄男さんは修理の手を止めて、煙草をふかしはじめた。
金はないが、三井さんの彼氏だというプライドがある。
「いや、三井さんの過去のオトモダチに貸しを作るのは悪いんで…」
「ははっ。過去のダチね…まぁ、三井とは数年会ってねぇからな。で、相変わらずスポーツマンやってんのか?あいつは」
「…大学バスケで活躍してます」
「そのスポーツマンをおまえが支えてやってるっつう感じか?」
鉄男は、すべてお見通しといった表情でタバコの火を消しながらニヤリと笑った。
「…あんたには関係ないことなんで」
俺が拳をぎゅっと握ったのを一瞥して、
「ま、そんな熱くなるなって。俺ももう、ケンカとかそういうのから、足洗ったしな。そのバイクでこれから三井の迎えに行くんじゃねぇのか?貸しとかそんなめんどくさいこと言わねぇから、タダで直してやるって。まぁ、おまえが気にするっつうなら、次バイク買うときにでも、うちの店贔屓にしてくれればチャラってことでどうだ?」
鉄男さんに諭されるように言われたら、断るという選択肢は俺の頭から消えていた。
鉄男さんに比べたら、俺はまだまだ子どもっぽいよな…
好きな相手の俺の知らない過去を知っている男ってだけで、もやもやしちまうんだから……
「じゃ、お願いします…」
「おう、すぐ直すから、待ってろよ」
鉄男さんが直してくれるのを待ちながら、店の中の新しいバイクを眺める。
本当は、グレてた頃の三井さんの話とか聞きたい気持ちはあるけれど、教えてくださいなんて、聞けそうにない。
代わりに新品のバイクを眺めて、やっぱり車よりバイクが良いな…という気持ちになってくる。
値段を見て、ぎょっとしてしまうけれど、高校卒業までに金を貯めて買ったら一番に三井さんを乗せてやりたいな…なんて、新しい目標を作ってたらみる。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「まだ時間あるんなら、傷とかも直すか?」
「いや、さすがに悪いんで。それに、バイクの傷は俺の思い出なんで、このままで」
「分かった。エンジン直したけど、長く持たねぇかもな」
「あと少しで高校卒業するんでそれまで走ってくれれば…」
プロの目から見ても、もう長くはないと言われたら、もう半年くらいでお別れになるだろうこいつを大切に使ってやらなくっちゃと思いを新たにする。
さすがに…4人乗りは、絶対やめよう。
後ろに乗せるのは、今後は三井さんだけ。
そんな物思いにふけりそうになったところで、
「時間あるなら、三井の過去の話でもするか?」
再び煙草に火をつけた鉄男さんは、一枚上手なのかもしれない。
ケンカでだったら、勝つ自信あるんだけどな…
「遠慮しときます」
心の中で盛大に舌打ちして、イラついた気持ちを悟られないようにしたつもりの言葉だけれど、少し怒気を含んでいたかもしれない。
「三井は愛されてんだな」
目を細めて、細く煙を吐き出す鉄男さんは、悔しいけれど、男の俺がみてもかっこよい。
でも、それを認めたくはなくて、鉄男さんの発した言葉には何も返さず、
「そろそろ時間なんで…」
「ああ」
鉄男さんは、俺のバイクを店先に運んでくれた。
「本当、ありがとうございました」
「次は三井も連れて来いよ」
「……それは、ちょっとわかんないっす」
「ははっ。嫉妬深い彼氏を持つ三井も大変だな」
我慢できないといった様子で、笑っている鉄男さんにやっぱりムッとしてしまう。
「余計なお世話なんで」
「それもそうか。じゃあな!」
俺は、返事の代わりにバイクのエンジンをかけて出発した。
正直、こんな偶然でも会いたいとは思わない出会いだったけれど、結果的にタダでバイクが直ったのは、まぁよかったと思うことにしよう。
それにしても、俺の中にこんな風に三井さんの過去に嫉妬してしまう気持ちがあるなんてことに気付いて、複雑な気持ちだ。
あの時の喧嘩で、三井さんは「過去にこだわっているのはあんただ」なんてセリフを吐かれていたけれど、今は俺の方が三井さんに俺の知らない過去があることが悔しいくらいに執着してしまっている。
今だって、まだどうなるか分からない未来だって、三井さんの一番でありたい…いや、一番じゃなくちゃ嫌だというわがままな気持ちを持ち合わせていることに気が付いて、思わず苦笑いしてしまう。
新しくなったエンジンを思いっきりふかして、待ち合わせ時間にはまだ早いけれど三井さんとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
今日の俺は、三井さんのこと、優しくしてやれないかもしれない。
でも、「仕方ねぇな」って悪態をつきながらも、俺の深い愛を三井さんなら受け入れてくれるという根拠のない自身もある。
早く会いたいよ、三井さん。
俺の気持ちに応えるように、いつもより少しバイクもスピードを出して走ってくれるのだった。
***
2022.9.24.
【あとがき】
洋三のアンソロ本おめでとうございます!&何とかこっそり購入したいけどまだ買えていなくて悔しい気持ちを込めて。
水戸くんは、三井さんの過去を知っている鉄男に嫉妬することもあるんじゃないかという妄想です。
三井さんの前ではスパダリのようでいて、でもまだ青いとこがあって、さらには三井さんへの愛が重めな水戸くんが良きです。
三井さんとの約束まで、知らない場所に行ってみようと思い立ったのだ。
このおんぼろな原チャリでは大したスピードも出ないけれど、のんびり走るのも悪くない。
高校三年間共にしてきた相棒的なこいつは俺にしっくり馴染むし、何よりも愛着がある。
男四人を運ぶなんてことは全く想定されていない作りだろうに、いつもつるんでいるあいつらを乗せて、色んな場所へ花道のバスケの応援に行った。
大学でもバスケを続ける三井さんの応援の時は一人だけれど、もちろん、このバイクで行く。
もうすぐ付き合って一年になろうかという三井さんに告白したのだって、このバイクに三井さんを乗せていた時だったと思い出してつい顔がにやける。
このバイクの後ろに三井さんを乗せてデートに行くときは、「相変わらずスピード出ねぇな!」なんていう小言がもれなく付いてくるんだよな。
そんな思い出が染み込んだ俺の相棒は、ここ最近、怪しい音を立てることが増えている。
このバイクの寿命は、そう長くないのかもしれない。
でも、もうすぐ18歳になれば、大型二輪も自動車免許も取れるから、俺が湘北を卒業するまで、もう少し頑張ってくれよな……
そんな俺の思いに応えるようにこいつは気合を入れすぎたのか、
ガガガっ…
という音を立てたかと思うと、バイクが止まってしまった。
「あちゃ~」
よりによって、よく知らない場所でバイクが壊れちまうとは…
仕方なくバイクを押して、歩道に入った。
公衆電話か交番で、修理出来るとこでも探さなくっちゃな…
なんて、辺りを伺っていると、ラッキーなことにバイクが並んでいる倉庫のような店が見えた。
古ぼけた看板にはモーターショップと書いてあるから、修理してもらえるかもしれない。
店先にバイクを止めたところで、店から男が出てきて、俺はすぐに身構えた。
「あっ…」
「おまえは湘北のっ…」
相手も同じように身構えている。
一度しか会ったことはないけれど、忘れるはずはねぇ。
三井さんの元悪友で、体育館襲撃のあの日、すれ違いざまに一方的に殴ってきた男の顔を。
しかも、三井さんの昔話には必ずこの男の名前が出るんだから。
「鉄男…さんの店なんですか?」
「何で名前を?」
いぶかし気に尋ねられる。
それはそうだろう。
二年前、湘北の体育館で敵対したが、俺とは実際に殴りあったわけではなく、花道にこてんぱんにされた。
おそらく相手は俺の名前を知らないだろう。
「三井さんから、話は聞いたことあるんで」
「三井か…懐かしいな…で、用件は?」
「バイク、壊れちまって…」
「あー…おやっさんいないんだけど、俺でもいいか?」
「直れば別に…」
色々とお互いに言いたいことはあるのだが、まずは客と店員といった距離感で様子をうかがう。
鉄男さんは、手際よくバイクを解体して、
「すぐ直る」
そう一言よこした。
「あんま、金、ないんすけど…」
「……エンジン取り換えたら、数万かかる」
「げっ…」
バイト代が出る前で、さすがに手持ちがない。
今日は、あきらめるしかねぇかな…
「修理するだけなら、三井のダチだし、タダでいい」
そんな風に気前のいいことを言ってもらえても、ラッキーと割り切れない俺がいる。
「そういうのは、嫌なんで…」
ただでさえ、三井さんの過去を知っている男というだけで、なんかもやもやする相手に貸しを作りたくない。
「金、ねぇんだろ?」
鉄男さんは修理の手を止めて、煙草をふかしはじめた。
金はないが、三井さんの彼氏だというプライドがある。
「いや、三井さんの過去のオトモダチに貸しを作るのは悪いんで…」
「ははっ。過去のダチね…まぁ、三井とは数年会ってねぇからな。で、相変わらずスポーツマンやってんのか?あいつは」
「…大学バスケで活躍してます」
「そのスポーツマンをおまえが支えてやってるっつう感じか?」
鉄男は、すべてお見通しといった表情でタバコの火を消しながらニヤリと笑った。
「…あんたには関係ないことなんで」
俺が拳をぎゅっと握ったのを一瞥して、
「ま、そんな熱くなるなって。俺ももう、ケンカとかそういうのから、足洗ったしな。そのバイクでこれから三井の迎えに行くんじゃねぇのか?貸しとかそんなめんどくさいこと言わねぇから、タダで直してやるって。まぁ、おまえが気にするっつうなら、次バイク買うときにでも、うちの店贔屓にしてくれればチャラってことでどうだ?」
鉄男さんに諭されるように言われたら、断るという選択肢は俺の頭から消えていた。
鉄男さんに比べたら、俺はまだまだ子どもっぽいよな…
好きな相手の俺の知らない過去を知っている男ってだけで、もやもやしちまうんだから……
「じゃ、お願いします…」
「おう、すぐ直すから、待ってろよ」
鉄男さんが直してくれるのを待ちながら、店の中の新しいバイクを眺める。
本当は、グレてた頃の三井さんの話とか聞きたい気持ちはあるけれど、教えてくださいなんて、聞けそうにない。
代わりに新品のバイクを眺めて、やっぱり車よりバイクが良いな…という気持ちになってくる。
値段を見て、ぎょっとしてしまうけれど、高校卒業までに金を貯めて買ったら一番に三井さんを乗せてやりたいな…なんて、新しい目標を作ってたらみる。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「まだ時間あるんなら、傷とかも直すか?」
「いや、さすがに悪いんで。それに、バイクの傷は俺の思い出なんで、このままで」
「分かった。エンジン直したけど、長く持たねぇかもな」
「あと少しで高校卒業するんでそれまで走ってくれれば…」
プロの目から見ても、もう長くはないと言われたら、もう半年くらいでお別れになるだろうこいつを大切に使ってやらなくっちゃと思いを新たにする。
さすがに…4人乗りは、絶対やめよう。
後ろに乗せるのは、今後は三井さんだけ。
そんな物思いにふけりそうになったところで、
「時間あるなら、三井の過去の話でもするか?」
再び煙草に火をつけた鉄男さんは、一枚上手なのかもしれない。
ケンカでだったら、勝つ自信あるんだけどな…
「遠慮しときます」
心の中で盛大に舌打ちして、イラついた気持ちを悟られないようにしたつもりの言葉だけれど、少し怒気を含んでいたかもしれない。
「三井は愛されてんだな」
目を細めて、細く煙を吐き出す鉄男さんは、悔しいけれど、男の俺がみてもかっこよい。
でも、それを認めたくはなくて、鉄男さんの発した言葉には何も返さず、
「そろそろ時間なんで…」
「ああ」
鉄男さんは、俺のバイクを店先に運んでくれた。
「本当、ありがとうございました」
「次は三井も連れて来いよ」
「……それは、ちょっとわかんないっす」
「ははっ。嫉妬深い彼氏を持つ三井も大変だな」
我慢できないといった様子で、笑っている鉄男さんにやっぱりムッとしてしまう。
「余計なお世話なんで」
「それもそうか。じゃあな!」
俺は、返事の代わりにバイクのエンジンをかけて出発した。
正直、こんな偶然でも会いたいとは思わない出会いだったけれど、結果的にタダでバイクが直ったのは、まぁよかったと思うことにしよう。
それにしても、俺の中にこんな風に三井さんの過去に嫉妬してしまう気持ちがあるなんてことに気付いて、複雑な気持ちだ。
あの時の喧嘩で、三井さんは「過去にこだわっているのはあんただ」なんてセリフを吐かれていたけれど、今は俺の方が三井さんに俺の知らない過去があることが悔しいくらいに執着してしまっている。
今だって、まだどうなるか分からない未来だって、三井さんの一番でありたい…いや、一番じゃなくちゃ嫌だというわがままな気持ちを持ち合わせていることに気が付いて、思わず苦笑いしてしまう。
新しくなったエンジンを思いっきりふかして、待ち合わせ時間にはまだ早いけれど三井さんとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
今日の俺は、三井さんのこと、優しくしてやれないかもしれない。
でも、「仕方ねぇな」って悪態をつきながらも、俺の深い愛を三井さんなら受け入れてくれるという根拠のない自身もある。
早く会いたいよ、三井さん。
俺の気持ちに応えるように、いつもより少しバイクもスピードを出して走ってくれるのだった。
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2022.9.24.
【あとがき】
洋三のアンソロ本おめでとうございます!&何とかこっそり購入したいけどまだ買えていなくて悔しい気持ちを込めて。
水戸くんは、三井さんの過去を知っている鉄男に嫉妬することもあるんじゃないかという妄想です。
三井さんの前ではスパダリのようでいて、でもまだ青いとこがあって、さらには三井さんへの愛が重めな水戸くんが良きです。
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