息子がウキウキ出かけたので尾行した話【堀田親】

「おかーちゃん!兄ちゃんが!!」

玄関から一番下の娘の声がしたので、私は夕食の準備の手を止めて、玄関へと向かった。

「ただいま…」

久しぶりの息子の姿は、喧嘩でもしたのか傷だらけだった。

『あんた…』

「色々、迷惑かけて悪かった…」

どうしたの?の言葉は、息子の謝罪に遮られた。

それにしても…この子が私に謝るなんて、喧嘩で頭でも強く打っちまったんだろうか…

『そんなことより、怪我の手当てが先だよ!早く家、入りな!』

消毒薬と絆創膏で、息子の手当てをすませると、

「ありがとな…」

『徳男…あんた、喧嘩で頭でも打ったんじゃ…』

お礼なんか言い始めるもんだから、本気で心配になってくる。

「いや…俺さ、いつまでも不良でいるわけにはいけねぇからよ…」

『徳男…』

徳男は、5人兄妹の長男で、妹が4人いる。

一番下が生まれてすぐに私は離婚して、女手一つがむしゃらにやってきた。

どうしても長男には、妹の世話や家事を押し付けるだけでなく、きつく当たったりすることが増えて、中学も3年になるころには家に寄りつかず、この辺りで名の通った不良になっていた。

学校に呼び出されるのはしょっちゅうで、警察に行ったことも1度や2度じゃない。

その度にきちんと話し合わなければと思ったけれど、上手くいかなかった。

妹たちは、兄ちゃん兄ちゃんと慕っていたが、あまり家に帰らなくなった徳男のことをいつの頃からか話題に上ることもなくなった。

本当なら母親の私からもっと歩み寄らなければいけないのに、息子の方から謝ってくるなんて…思わず涙が溢れるが、それをぐっと拭って、

『私の方こそ、徳男にかまってやれなくて…ごめんなさいね…』

「母ちゃん…」

二人して、大声をあげて泣いた。

一番下の子が二人分のタオルをもって来てくれて、その優しさにまた涙があふれる。


「ちょっと!外まで泣き声が響いてるんだけど…どうしたの…って、兄ちゃん!?」

中学から帰ってきた娘が声をかけてきてやっと、私と徳男の涙が止まって、顔を上げた。

息子の怪我と泣きはらした顔が可笑しくて、今度は笑いがこみ上げる。

『ふふふふ…徳男…その顔…』

「ぶはっ!母ちゃんの顔…ひでえ…」

泣いて笑ったその日を境に、息子は家に帰ってくるようになり、真面目に学校に行き、私が申し訳なくなるくらいに家の家事やら娘たちの世話までしてくれるようになった。


そんなある日、

「母ちゃん、ミシン、貸してくれよ…」

『何か作るのかい?』

「ま…まぁな…」

歯切れの悪い返事になにか知られたくないことだろうと、特に追及することなくミシンを貸した。

その晩から、徳男は夜な夜な何かを作っている様子だが、私や娘たちに見せてくれることはなかった。

ついでにと、赤と白の変な柄のきんちゃく袋なんかもこしらえて、妹たちに渡したりしていたが、ついに昨夜完成したようで、朝から嬉しそうに鼻歌なんか歌いながら朝食の準備をしていた。

だし巻き卵を焼いて、わざわざハートの形に盛り付けるくらいだ。

目の下のクマのことは、こんなに嬉しそうにしているのだから…指摘するのは止そう。

娘たちも起きてきたので、食卓を囲んで、朝食をとりはじめた。

「兄ちゃん、何か今日、良いことあるの?」

「別に…ないぜ…」

「何か怪しい…今日は休みなのに制服着てるし…」

「だ…ダチと約束があんだよ!」

「ダチ…もしかして、彼女!?」

「ば…バカ……そんなわけねぇよ…」

「じゃあ、片思いの相手とか…」

「げほっ…」

「やったー!図星?」

妹たちの口撃に、たじたじの徳男に助け舟を出してやる。

『ほら、兄ちゃんを困らせないの!兄ちゃんには兄ちゃんの用事があるんだから…徳男、時間大丈夫?』

「げっ!もう行く…母ちゃん、片付けすまねぇ…」

そう言って、徳男は慌てて大きな荷物を抱えて家を飛び出していった。

「お母ちゃん、兄ちゃん絶対なんかあるよね!」

『ふふふ…そうねぇ…実は、母ちゃんも気になってるのよねぇ…』

「尾行しちゃえば?」

『尾行!?』

「それ、いいじゃん!兄ちゃんがどこ行くか、気になるもん!」

「お母ちゃん、兄ちゃんの尾行、お願い!家のことは私たちでやっとくからさ!」

娘たちの後押しもあり、私は徳男の後を付けることになった。

慌てていたので、マスクと帽子をかぶるくらいしか変装していないが、鈍い息子のことだから大丈夫だろう。

出て行った方向から、駅だと予想した通り、駅の改札前に息子の姿があった。

待ち合わせているようで、ソワソワと落ち着かない徳男を私も落ち着かない気持ちで見ていると、厳つい男の子たちがやってきて、私はがっかりした。

…本当に友だちと待ち合わせだったのね。


「三っちゃんのとこ、早く行こうぜ!」

がっかりしたのはつかの間、よく響く徳男の声が聞こえてきたので、私はすぐさま尾行を続けることに決めた。

三っちゃん…女の子に会いに行くに違いないわ!

電車を乗り継ぎ、降りた先に向かっていくのは…体育館?

体育館の周りはたくさんの人でにぎわっており、

【神奈川県高校総体バスケット 男子決勝リーグ】

と書かれている。

徳男、バスケットになんか興味あったっけ?

小さいころから、ガタイがよかったため、柔道なんかのスポーツに誘われていたが、家の手伝いをしている方がいいなんて、本当か嘘か今となっては分からないことを言って断っていたことを思い出す。

運動の成績は良い方だったけれど、息子とバスケットがどうにも繋がらない。

どうやら決勝戦で、人気もありそうなので、少しだけ見てみることに決めて、徳男達が体育館へと入ったのを見届けて、客席へと向かった。

すでに席は埋まっていたが、一人であれば何とか座れそうだ。

徳男達は、妙な旗を携えて、最前列で目立っているため、探さなくても済む。

よく目を凝らしてみれば、【炎の男 三っちゃん】と書かれており、駅での三っちゃんは男だったことが分かる。

ほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちでいると、試合が始まるアナウンスが流れる。

やっぱり三っちゃんとやらがどの子か気になり、せっかくだから試合を見ていこうと、コートに目を向けた。

徳男も大きいと思ってたけど…やっぱりバスケをしている子は大柄な子が多い。

湘北と陵南…どっちも4番の子、徳男よりガタイもよくて強そうだわ…

湘北高校から選手紹介が始まり、イケメンの子なんかは黄色い声援を送られている。

「14番 三井寿」

の紹介に、

「「「三っちゃーん!」」」

と野太い声援が送られ、私はその姿をしっかりととらえた。

あらやだ…男前でカッコいいじゃない。

徳男、見る目あるわねぇ!と思わず心の中で褒めてしまった。


試合は素人の私でも手に汗握る展開で、三っちゃんこと三井くんが試合中に倒れた時は、心配になって思わず、

『三っちゃん!』

と叫んでしまった。

その後、三井くんを欠いてしまったけれど、湘北はその激闘を見事に制した。

初めて見たバスケの試合で、まさか涙を流すなんて思わなかったけれど、湘北の勝利に涙が止まらない。

それに、三井くんの闘志あふれるプレイ、華麗なロングシュートに心を揺さぶられた。

これは、徳男が惚れるのも分かる…本当にカッコよかったもの…

夜なべして作ったあのへんてこりんな応援旗も、三井くんのためなら仕方ないわね。

あらやだ、こんなおばさんが一人、体育館で泣いているなんて、周りに呆れられてるんじゃ…

そう冷静になったところで、タオルで覆っていた顔を上げると、ちょうど帰り支度を終えた徳男と目が合ってしまった。

「げぇっ!!母ちゃん!?」

まさかバレると思っていなかった私は、へへっと笑ってそっと目をそらした。

徳男は、ずかずかと私の方に寄ってきて、

「湘北が勝ったぜ!母ちゃん!!全国大会、行けるんだぜ!!!」

そう興奮気味に話す徳男に、私は、

『よかったわねぇ…全国大会の試合、私も見に行こうかしら?』

そう声をかけた途端、徳男はシュンとした。

「全国大会、広島なんだってよ…さすがに行けねぇよ…」

『徳男…新幹線と旅費くらい、何とかしてあげるわよ!あの男前の三っちゃんのためなら、任せなさい!!私の分まで、応援してくるのよ!!』

「母ちゃん…」

親子そろって、三井寿に惚れてしまったんだから、仕方がない。

『仕事増やすから、あんたは家のこと、頼むわよ!』

「おう!」

こうして、私は三井寿応援団に入会することになったのだった。

***
2022.5.8.
Privetter より転載。

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