母の日【鉄男親】

「これ、やる」

鉄男が差し出してきた紙袋の中には、こじゃれたバラのイラストの描かれた瓶が入っている。

しかも透明な袋とリボンでラッピングされており、私へのプレゼントであることは容易に分かる。

訝し気な顔を鉄男に向けると、すぐに目をそらして、

「スパークリングワイン。酒、好きだろ?」

『酒は好きだけど、これを鉄男が買ったって?』

「ちげー。俺の女」

そう言って、鉄男はタバコを取り出して火をつけた。

『そう、彼女ねぇ…タバコも一本頂戴』

久しぶりどころか数年ぶりに帰宅した我が子にたかる母親は最低だなんて批判はいらない。

散々迷惑かけられてきて、やっと少し落ち着いた雰囲気になった息子に少しくらい甘えるのは許して欲しい。

鉄男は、机に置きっぱなしの古びた灰皿に自分の吸いかけのタバコを置くと、何も言わずにタバコを箱から一本私に差し出した後、ご丁寧に着火したライターを差し出してくれたので、ホストクラブの客になったような気持ちで口にくわえたタバコに火をつけてもらった。

黄色くヤニ色に染まった天井に吸い寄せられるように二人分のタバコの煙がもくもくと充満していくこの時間が妙に落ち着く。

数口吸ったところで、声をかける。

『あんたの彼女、気が利くねぇ』

「別に……」

まんざらでもないような顔に、その彼女にべた惚れなんだろうと嬉しくなる。

その彼女からだとしても、息子から何かをもらうなんて、何年ぶりだろうか?

幼稚園の頃に、絵でも描いてくれたのが最後だったんじゃないだろうか?

嬉しいのと照れくさいのと、ニヤつく顔を押さえながら、もう少し彼女のことを聞き出そうと、

『せっかくだから、一緒に飲むかい?合法的に飲める年になっただろ?』

「とっくになってる。でも、プレゼントのやつは冷やした方がウマいらしいぜ」

『じゃ、ビールがあったから…』

冷蔵庫の中からビールと言いつつ安い発泡酒を取り出して鉄男に手渡す。

そして、買い置きのさきイカをテーブルに置く。

タバコと酒飲みには、多くのつまみは必要ないだろう。

それに随分離れて暮らしているから、息子の好みなんて知る由もない。

プシュッと景気のいい音をさせてプルタブを開け、カチリとかるく缶を触れ合わせて乾杯をする。

「ありがとな」

『いきなり、どうした?』

お礼なんて言われるとは微塵も思っていなかった私は、ビールを飲むのを止めて、まじまじと鉄男を見た。

彼女に人格まで変えられてしまったんじゃないのかと心配になってしまう。

「今日は、母の日なんだってよ…」

『ふははっ!ちょっと……』

鉄男の口から、母の日なんて言葉を聞く日がくるとは思ってもおらず、笑いが止まらなくなってしまう。

鉄男は舌打ちをして、ビールを煽っている。

『ごめんよ。まさかこうやって母の日にお祝い的なことをしてもらえる日が来るなんて考えた事もなかったから、嬉しいより可笑しくって…』

目じりにたまった涙を拭って、ビールを一口飲んで気持ちを落ち着ける。

「…悪かったな。親不孝な息子で」

『いいのよ!元気に生きててさえいてくれれば……ってなんかしんみりするのはつまらないから、飲んで、彼女のことを洗いざらい話しなさい!』

鉄男は、苦笑いしながらも私の質問にぽつりぽつりと応えてくれる。

年上の彼女で、洋菓子店を営んでいること。

出会いは教えてもらえなかったが、もう1年以上付き合っていて、しょっちゅう母親に顔を見せに行けと私のことを気遣ってくれているらしいこと。

彼女の前ではタバコを吸わないくらいに本数が減ったことまで、酒が進むにつれて話してくれた。

気持ちのいい酒が回ったところで、

「母ちゃんの親子丼が食べたい」

と昔の好物を言い出したので、

『任せなさい!』

と、やや千鳥足でキッチンに立つ。

息子の今の好物は分からないけれど、昔好きだったものはもちろん覚えている。

夕飯に何を食べたいか聞けば、必ずリクエストされた親子丼だ。

自分の好みとは少し違うけれど、子ども好みに作っている内に今でも親子丼を作るときはその作り方だ。

玉ねぎ、鶏肉、昔から愛用しているめんつゆ。

玉ねぎはくたくたに煮て、玉子はかきたま汁みたいに少な目でつゆだく。

炊き立てじゃないけど、残りご飯と共にもりつけて鉄男に差し出した。

ビールを飲みほして、その丼をかきこむ姿を見て、やっぱり私の息子だとなぜだかとてもほっとする。

綺麗に平らげて、

「じゃ、また来る」

そう言って、ポケットからバイクのキーを取り出した。

もう少しゆっくりしていきなさいと言いたいのをこらえて、何ともない振りをして見送る。

『今度は彼女も連れてきなさいよ』

「そうだな」

ニヤッと笑って、玄関を出て行った。

カッコいい息子に育ったもんだと親バカなことを考えながら、ふと飲酒運転になるんじゃなかろうかと思い当たったところで、再びばつの悪い顔をした鉄男が戻ってきた。

「飲酒運転になるから、迎えに来るんだとよ…」

こうして、母の日に息子の彼女と対面を果たすという素敵なプレゼントが加わったのだった。

***
2022.5.8. pixivより転載。

※飲酒運転、未成年の飲酒・喫煙は法律で禁止されています。
この小説に上記を推奨する意図はございません。

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