もうすぐ高校を卒業する息子の話【深津親】

我が子を可愛いと思ったことがない。

そう言ったら、ひどい母親だと言われてしまうかもしれない。

可愛いというより、面白い存在。

我が子を18年間育ててきてぴったり当てはまる言葉だと思う。

何度かは可愛いと思う瞬間があったのかもしれないけれどまったく思い出せないし、幼い頃の写真を眺めても、やっぱり我が子は面白い存在だな…というのが正直な感想だ。

幼い頃の息子は、まぁ大変で、よく死ななかったな…と呆れてしまう。

庭で遊んでいると思ったら、虫を追いかけて用水路や他所の畑の肥溜めに落ちる。

小学校からまっすぐに帰ってきたことは…あったためしがなく、いつも一人でランドセルをしょったまま山に入ったり、ザリガニを捕まえたりしているのを近所の人に目撃されていた。

のんびりした田舎でなかったら、交通事故で何度も入院していたかもしれないと思うほどに無鉄砲だった。

愛想はそんなに良い方ではない息子だが、昔ながらの田舎でご近所さんによく目をかけてもらって、伸び伸びと育つことが出来たのは幸運だったと思う。

そんな息子は、中学でバスケに出会い、あれよあれよという間に県内どころか全国的にも有名だという山王工業高校へ進学することを決めた。

寮生活を選び、15歳で家を出て行った。

15年間という一般より短い子育て期間の終了に寂しいかと言われたらそうでもなく、案外あっさりしたものだ。

反抗期らしい反抗期は特になかったけれど、急に理屈っぽくなり、バスケのおかげか身長も伸び、がっしりした体つきになった我が子の寮生活の心配よりも金銭面の方を心配したくらいだ。

山王高校での生活は厳しく、1年生の合宿でほとんどの部員は一度は実家に逃げ帰ると聞いていたけれど、さすがにそれは冗談だろう…なんて流暢に構えていた。

しかし、その生活は息子の想像以上にきつかったらしく、一度だけ逃げ帰ってきた。

多くは語らなかったけれど、夕方、気まずそうに身一つで帰ってきたのだ。

少しの驚きと共に言われていた通り何も言わずに迎え入れた。

そして、久しぶりに一緒に夕食を取り、一晩寝たら、

「頑張る…べし…」

そう一言言い残して寮へと戻っていった。

山王高校の生活は、喋り方を変えるくらい過酷なのかと少し心配になったが、寮へと戻る時のきりっとした顔を見たら、もう大丈夫だろうって笑顔で送り出した。

そんなうちの子が、3年生になって山王高校のキャプテンになる日が来るなんて全く想像だにしていなかった。

何度か試合に足を運んだもののバスケなんて競技に滅法疎い私は、たくさんシュートを決めるわけでもなくパスを出すばかりの息子が…どうして?という気持ちになるばかりだった。

息子が冷静で司令塔のようなポジションで、その性格なんかを考慮してキャプテンを任されることになったと聞いたのは、どの試合を見に行った時だったか忘れてしまったけれど、沢北くんのお父さん、テツさんが教えてくれた。

そして、三年の夏のインターハイは、まさかの一回戦で負けてしまったようで、やはりうちの子にはキャプテンなんて荷が重かったんだ…と思っていたれど、その悔しさを晴らすべくさらなる練習を重ねたようで冬の選抜では優勝したのを見届けることが出来た。

そして、今日、推薦で大学への進学を決めて、その手続きや大学寮への引っ越しの準備ために息子は帰宅してきたばかりだ。

高校も寮生活だったから家から持って行くものはほとんど無いのだが、大学から必要となるパソコンを買ったり、制服とジャージしか来てないような息子に、大学の授業に着ていく私服や鞄の調達も必要だ。

入学金や授業料は免除となっても、寮費や部費はもちろんかかるようで、その案内資料を読んではまだまだお金がかかるわ…とため息が出てしまう。


そんな息子だけれど、久しぶりに帰って来てくれたのは嬉しくて、奮発してちょっと良いお肉のすき焼きを用意して、一番大きい丼ぶりにご飯を盛って渡す。

「ありがとうピニョン」

相変わらず変な言葉遣いのままだけれど、

「いただきます」

きちんと手を合わせてから、気持ちの良いくらいにガツガツとご飯をかけこんでいく。

「母さんの飯はうまい…ピニョン」

嬉しい言葉まで言ってくれる。

ご飯のお替りと追加の玉子も渡して、

「もう大学生だとは早いわよね…大学でもバスケ頑張ってね」

「…ピニョン」

「ふふ…その口調も大学でどう変わるかしらね」

「……べし」

高校生の息子とそんなに共通の話題があるわけでもなく、私が一方的に質問を投げかけるばかりの夕食を終えると、一成はランニングへ行くと家を出ていった。

洗濯物なんかが押し込まれているだろうと置きっぱなしの鞄を開けると一番上に大切そうにしまわれた可愛い袋が出てきた。

ーバレンタイン!

先日終わったばかりの若者ならドキドキと楽しい一日を過ごしたに違いないイベントを思い出す。

少し見るだけ…とそっと袋の中を見ればすでに食べた後のようでチョコレートの包み紙のごみと共にメッセージカードが入っている。

【かずくんへ】女の子だと分かる可愛い文字で書かれたカードを、ダメだとは思いつつ、好奇心には勝てずにそっと開いた。

***
3年間一緒のクラスで過ごせてとても楽しかったです。
私が冗談半分でべしとかピョンとか言ってた語尾、いつも使ってくれて嬉しかったよ。
きっと最後だから、どうしても伝えたくて…
好きです。
大学でもバスケ、頑張ってね!
***

思わず涙腺が緩みそうになって慌てて手紙をしまった。

まさか息子の一成のことを想ってくれている子がいるなんて…

嬉しいけれど勝手に見てしまった罪悪感もあり、もう子どもじゃないんだから手を出しすぎるのは良くないと自分に言い聞かせる。

洗濯物なんかも自分で出させなくちゃと、息子の荷物を漁るのはやめて鞄を元通りに戻して、潤んだ目尻を拭った。

それと同時にガラガラと玄関の戸が開く音がして、息子が帰ってくる。

「帰った…ピニョン」

「お、おかえりなさい!お風呂でもはいっていらっしゃい」

ランニングから帰ってきた息子と顔を合わせるのが何だか気まずくなって、さっさとお風呂へと追いやろうとするが、息子は何かを察したようだ。

「…母さん、鞄見ただろ?」

「うっ…ごめん!でも、手紙は…」

そう言ってから、しまったと思った時にはもう遅かった。

「手紙…」

「そんなことより…ほら、お返し!ホワイトデーのお返ししないとじゃない!」

慌てて言葉をつづけるけれど、息子の冷静な瞳にたじたじとなってしまい、私は俯いた。

「……」「……」

気まずい沈黙がながれる。

嫌な汗が伝ってそろそろ何か言おうと息子の顔を見れば真っ赤になっている。

その表情に一成もチョコレートもらった女の子のこと好きで両思いだったのだと分かれば、息子もバスケだけしていた訳じゃなく、甘酸っぱい青春を過ごした男子高校生だったんだと思ったとたんに、息子も可愛いとこあるじゃないという感情が溢れてくる。

あぁ…これが子どものことを可愛いって思う感情?と感動すらしてしまう。

子育ては面白いし、我が子は可愛い。

まさかこんなに我が子が、大きくなってから実感するとは…

口角が上がってニマニマと自分でも押さえきれない喜びに浸っていると、

「…母さん?」

怪訝な声で息子に呼ばれる。

「ごめんなさい。一成に彼女が出来て母さん嬉しいのよ」

「…まだ返事は…してない…ピニョン…」

「そうなの…まずはお返し一緒に買いに行く?」

「それは嫌ピョン」

「そ、そうよねぇ…」

女の子へのプレゼントを息子が選べるのかと心配になるが、彼女も彼氏の母親が選んだホワイトデーのお返しを貰ったら、息子への恋も覚めてしまうだろう…と思い至る。

今はただ、息子が自分の想いを伝えて二人の恋が長く続いて、いつかは我が家にも連れてきてくれたら良いなと願うだけだ。

「いつかは、紹介してね」

「えっ……はい…」

また顔を赤くする一成に、我が子はなんて可愛いんだと改めて嬉しくなるのだった。


久しぶりに帰ってきた息子のために集まった親戚の前でうっかり口を滑らせてしまい、彼女が出来たという噂がご近所中に知れわたって、息子に怒られた話は…また別の機会に。

***
2022.2.17. pixivより転載。
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