愛しい人【流藤】
…なぁ、こっち向けよ。
心の中で呟いて、向こう側を向いて寝ちまった流川のさらさらの髪に左手を伸ばした。
何でこうなっちまったんだろうな…
俺もおまえもただ、バスケやってるだけで満足してりゃあよかったのにな…
身体を重てしまった後悔の念が打ち寄せる。
流川と初めてバスケの試合で対峙したのは、俺が高3の夏。
当時、ほぼ無名だった湘北高校と対戦したインターハイ予選だ。
監督を兼任にしていた俺は、正直舐めていたのかもしれない…
ルーキーと呼ばれる流川がいても、素人同然の桜木擁する湘北が試合中にあそこまでの成長を見せるというのも想定外だった。
その夏は、全国出場、打倒牧…どころか決勝リーグにすすむことすらできなかった。
その後、国体で流川とは一緒になったけれど、特に親しく言葉を交わした記憶はない。
冬の選抜予選も湘北と当たることは無かった。
けれど、大学でもバスケを続けることを選択した俺が3年に上がった時に、何と流川が同じ大学に入学してきた。
ただし、9月にアメリカの大学に入学するまでの数か月間だけ。
2年会わないうちにさらに逞しくなった流川は、元々の顔面の良さも相まってか目があった一瞬、ぞくりと身体が疼いた。
「藤真さん…?」
バスケ意外に興味がないような男が俺の名前を覚えていることに驚き、元々恋愛なんつうくだらねぇもんに興味はなかったけれど、この時初めて流川という人間にそういう対象として興味が出てきた。
この時の感情を俺の中にとどめておけば良かったのにな…
そっと流川の真っ黒な髪を掬いとって、寝顔を覗き見れば、長いまつ毛が見える。
しょっちゅう無防備にチームメイトなんかに寝顔を晒して、俺一人腹を立てていたことを思い出す。
大学の講義中も居眠りして、周りの女どもにキャーキャー言われてたんだろうな…そんなヤキモチに似た感情も。
二人っきりで外でデートなんつうことをしたわけでもねぇし、愛してるだの好きだだのそんな言葉を交わしたわけでもない。
ただ、何となく流れで二人で身体を重ねただけだ。
そして、それが想像以上に善くて離れがたくなっちまってるだけ…
バスケだってやっと息が合ってきたところだったのにな…
もっと、もっと…こいつとしたいこともいっぱいある。
けど、もうすぐこいつはアメリカに発つから、この部屋で一緒に過ごすのも今日で最後。
俺が、決別の言葉を言ってやらなくちゃいけないよな…
…さよなら。
頬に熱いものを感じて、それを流川に知られるのは絶対に嫌で、背中合わせになる様にベッドに横になった。
夜空も俺と一緒に泣いてくれているみたいに静かな雨音が聞こえる。
流川の規則正しい呼吸が背中越しに伝わってきて、悲しみに背中が震えそうになるのを必死で抑えた。
ぼんやりと灯り始めたろうそくの火がこれ以上大きく燃える前に、俺はこの火を消さなくては…
少しの間だったけど、幸せだったぜ…
大きく深呼吸して涙の痕跡を消すためにティッシュへと手を伸ばす。
使いかけのコンドームに手が当たって、また辛い気持ちが呼び起されるが、俺がきちんと言ってやらなくちゃいけない。
起き上がって、涙をぬぐったティッシュと一緒にコンドームの箱もゴミ箱へと捨てる。
しとしとと雨音だけが聞こえていた部屋に、コンっと虚しい音が響く。
「流川、さよならだ…」
練習のつもりで言った言葉に、流川は寝返りを打って薄目を開いた。
「……だ…」
「…ん?」
寝言だろうと、乱れた布団をかけなおしてやるが、流川の目はさらに大きく開かれた。
寝ているのを起こされると、めちゃくちゃ不機嫌で場合によっては暴れることもあるのを知っている俺は少し身構える。
「いやだ…」
今度ははっきりとそう言うと、流川は俺の腕をぎゅっと引っ張って押し倒してきた。
「起きてたのか…!」
流川は俺の上に覆いかぶさるようにして、
「…藤真さんの側がいい」
ぎゅっと強く抱きしめられた俺は戸惑う。
もうすぐアメリカに行くこいつにそんなわがままを言われてもな…
うまいこと好きなヤツでも出来たって嘘ついて別れるのがいいのか…
俺は、身をよじって離れようとするけれど、腕まで拘束されるように抱きしめられたままで上手くいかない。
俺ももっと筋肉付けてぇよ…鍛えても肉付きの悪い身体を呪いたくなる。
「アメリカ、行くんだろ?……俺なんかに構ってる暇はねぇぞ?」
流川は俺の顔の横に手をついて体を起こしたので、俺は流川の頭に手を伸ばして流川を見つめる。
暗闇で意志の強い流川の目がきっと俺を見つめ返して、その薄い唇で言葉を紡ぐ。
「アメリカにも行く。藤真さんとも離れたくねぇ…」
「ばっかじゃねーの…」
欲張りな流川の発言に、俺は顔を背けてつぶやいた。
離れたくないと言われて嬉しくないはずはない。
だけど、アメリカに挑戦する流川の背中を推してやれるのは俺しかいないのだと思う。
「アメリカで活躍する流川楓を俺は…」「藤真さん…好き…」
突然の告白に当た真ん中が真っ白になる。
「……」
もう一度、ばっかじゃねーのって鼻で笑って、俺のことは忘れろって言ってやりてぇのに言葉が続かない。
「藤真さんは…?」
まっすぐな瞳に見つめられれば、その瞳の中に囚われたと勘違いしそうになる。
いっそのこと、俺のことを閉じ込めて連れてってくれよ…
そんな柄にもない弱音を吐きそうになるのをぐっとこらえて、目をそらす。
涙なんて見せてやらない。
「寝るぞ…」
俺が何とか絞り出したかすれた声に、
「藤真さん…アメリカ来て…」
流川ははっきりと言葉を口にした。
ずっと俺が欲しかった言葉を…
「相変わらず自信家だな…」
「藤真さんは、絶対、俺に惚れてる」
「ははっ」
乾いた笑い声をあげたつもりだった…
「涙…」
流川の長い指が俺の目尻を撫でるように触れる。。
俺は自分の意に反して泣いていたようだ。
「パートナーとして、来て欲しい」
流川は俺の涙を拭った指で、俺の左手を取って、薬指に口付けた。
「…どこで…」
こんなキザなセリフ覚えたんだよ…
って悪態をつこうにも涙がとめどなくあふれて、嗚咽が漏れそうになるのをこらえるので精一杯だった。
「じゃ、約束…」
今度は子どもっぽく薬指を差し出してくる。
「ばか…」
俺は、流川に飛びつくように腕を流川の首に回して唇を重ねた。
涙のしょっぱい味を感じたのは一瞬で、すぐに甘いキスに変わる。
「俺も……んっ……す…きっ……だ…」
キスの合間に愛の言葉を紡ぐ。
俺には関係ないと思っていたバスケ発祥の地、アメリカ。
コイツがいれば、何だか本当に着いて行ける気がしてくるのは不思議だ。
今はただ…
思いが通じた興奮からの気の迷いかもしれねぇ。
蕩けるようなキスで頭がイカれちまっているかもしれないけれど、それでいい。
今はただ流川だけを感じていたい…
***
2022.1.1.
Inspired by に/しな「ダーリ/ン」
心の中で呟いて、向こう側を向いて寝ちまった流川のさらさらの髪に左手を伸ばした。
何でこうなっちまったんだろうな…
俺もおまえもただ、バスケやってるだけで満足してりゃあよかったのにな…
身体を重てしまった後悔の念が打ち寄せる。
流川と初めてバスケの試合で対峙したのは、俺が高3の夏。
当時、ほぼ無名だった湘北高校と対戦したインターハイ予選だ。
監督を兼任にしていた俺は、正直舐めていたのかもしれない…
ルーキーと呼ばれる流川がいても、素人同然の桜木擁する湘北が試合中にあそこまでの成長を見せるというのも想定外だった。
その夏は、全国出場、打倒牧…どころか決勝リーグにすすむことすらできなかった。
その後、国体で流川とは一緒になったけれど、特に親しく言葉を交わした記憶はない。
冬の選抜予選も湘北と当たることは無かった。
けれど、大学でもバスケを続けることを選択した俺が3年に上がった時に、何と流川が同じ大学に入学してきた。
ただし、9月にアメリカの大学に入学するまでの数か月間だけ。
2年会わないうちにさらに逞しくなった流川は、元々の顔面の良さも相まってか目があった一瞬、ぞくりと身体が疼いた。
「藤真さん…?」
バスケ意外に興味がないような男が俺の名前を覚えていることに驚き、元々恋愛なんつうくだらねぇもんに興味はなかったけれど、この時初めて流川という人間にそういう対象として興味が出てきた。
この時の感情を俺の中にとどめておけば良かったのにな…
そっと流川の真っ黒な髪を掬いとって、寝顔を覗き見れば、長いまつ毛が見える。
しょっちゅう無防備にチームメイトなんかに寝顔を晒して、俺一人腹を立てていたことを思い出す。
大学の講義中も居眠りして、周りの女どもにキャーキャー言われてたんだろうな…そんなヤキモチに似た感情も。
二人っきりで外でデートなんつうことをしたわけでもねぇし、愛してるだの好きだだのそんな言葉を交わしたわけでもない。
ただ、何となく流れで二人で身体を重ねただけだ。
そして、それが想像以上に善くて離れがたくなっちまってるだけ…
バスケだってやっと息が合ってきたところだったのにな…
もっと、もっと…こいつとしたいこともいっぱいある。
けど、もうすぐこいつはアメリカに発つから、この部屋で一緒に過ごすのも今日で最後。
俺が、決別の言葉を言ってやらなくちゃいけないよな…
…さよなら。
頬に熱いものを感じて、それを流川に知られるのは絶対に嫌で、背中合わせになる様にベッドに横になった。
夜空も俺と一緒に泣いてくれているみたいに静かな雨音が聞こえる。
流川の規則正しい呼吸が背中越しに伝わってきて、悲しみに背中が震えそうになるのを必死で抑えた。
ぼんやりと灯り始めたろうそくの火がこれ以上大きく燃える前に、俺はこの火を消さなくては…
少しの間だったけど、幸せだったぜ…
大きく深呼吸して涙の痕跡を消すためにティッシュへと手を伸ばす。
使いかけのコンドームに手が当たって、また辛い気持ちが呼び起されるが、俺がきちんと言ってやらなくちゃいけない。
起き上がって、涙をぬぐったティッシュと一緒にコンドームの箱もゴミ箱へと捨てる。
しとしとと雨音だけが聞こえていた部屋に、コンっと虚しい音が響く。
「流川、さよならだ…」
練習のつもりで言った言葉に、流川は寝返りを打って薄目を開いた。
「……だ…」
「…ん?」
寝言だろうと、乱れた布団をかけなおしてやるが、流川の目はさらに大きく開かれた。
寝ているのを起こされると、めちゃくちゃ不機嫌で場合によっては暴れることもあるのを知っている俺は少し身構える。
「いやだ…」
今度ははっきりとそう言うと、流川は俺の腕をぎゅっと引っ張って押し倒してきた。
「起きてたのか…!」
流川は俺の上に覆いかぶさるようにして、
「…藤真さんの側がいい」
ぎゅっと強く抱きしめられた俺は戸惑う。
もうすぐアメリカに行くこいつにそんなわがままを言われてもな…
うまいこと好きなヤツでも出来たって嘘ついて別れるのがいいのか…
俺は、身をよじって離れようとするけれど、腕まで拘束されるように抱きしめられたままで上手くいかない。
俺ももっと筋肉付けてぇよ…鍛えても肉付きの悪い身体を呪いたくなる。
「アメリカ、行くんだろ?……俺なんかに構ってる暇はねぇぞ?」
流川は俺の顔の横に手をついて体を起こしたので、俺は流川の頭に手を伸ばして流川を見つめる。
暗闇で意志の強い流川の目がきっと俺を見つめ返して、その薄い唇で言葉を紡ぐ。
「アメリカにも行く。藤真さんとも離れたくねぇ…」
「ばっかじゃねーの…」
欲張りな流川の発言に、俺は顔を背けてつぶやいた。
離れたくないと言われて嬉しくないはずはない。
だけど、アメリカに挑戦する流川の背中を推してやれるのは俺しかいないのだと思う。
「アメリカで活躍する流川楓を俺は…」「藤真さん…好き…」
突然の告白に当た真ん中が真っ白になる。
「……」
もう一度、ばっかじゃねーのって鼻で笑って、俺のことは忘れろって言ってやりてぇのに言葉が続かない。
「藤真さんは…?」
まっすぐな瞳に見つめられれば、その瞳の中に囚われたと勘違いしそうになる。
いっそのこと、俺のことを閉じ込めて連れてってくれよ…
そんな柄にもない弱音を吐きそうになるのをぐっとこらえて、目をそらす。
涙なんて見せてやらない。
「寝るぞ…」
俺が何とか絞り出したかすれた声に、
「藤真さん…アメリカ来て…」
流川ははっきりと言葉を口にした。
ずっと俺が欲しかった言葉を…
「相変わらず自信家だな…」
「藤真さんは、絶対、俺に惚れてる」
「ははっ」
乾いた笑い声をあげたつもりだった…
「涙…」
流川の長い指が俺の目尻を撫でるように触れる。。
俺は自分の意に反して泣いていたようだ。
「パートナーとして、来て欲しい」
流川は俺の涙を拭った指で、俺の左手を取って、薬指に口付けた。
「…どこで…」
こんなキザなセリフ覚えたんだよ…
って悪態をつこうにも涙がとめどなくあふれて、嗚咽が漏れそうになるのをこらえるので精一杯だった。
「じゃ、約束…」
今度は子どもっぽく薬指を差し出してくる。
「ばか…」
俺は、流川に飛びつくように腕を流川の首に回して唇を重ねた。
涙のしょっぱい味を感じたのは一瞬で、すぐに甘いキスに変わる。
「俺も……んっ……す…きっ……だ…」
キスの合間に愛の言葉を紡ぐ。
俺には関係ないと思っていたバスケ発祥の地、アメリカ。
コイツがいれば、何だか本当に着いて行ける気がしてくるのは不思議だ。
今はただ…
思いが通じた興奮からの気の迷いかもしれねぇ。
蕩けるようなキスで頭がイカれちまっているかもしれないけれど、それでいい。
今はただ流川だけを感じていたい…
***
2022.1.1.
Inspired by に/しな「ダーリ/ン」
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