本音と建前【木暮公延】

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『木暮くん、数学分からないとこあるんだけど、いい?』

「あ、うん。もちろん」

木暮くんは、メガネを押し上げて、にっこりと微笑んでくれる。

はぁ…どうしてこんなにイイ人なんだろ。

すぐにでも結婚したい。

そんな下心をなるべく顔に出さないように数学の教科書を取り出して、今日習ったばかりのページを開いた。

実は、すでに塾では履修済みで本当に分からない訳ではない。

バカなふりをして、木暮くんに教えてもらうという最高に素晴らしいシチュエーションを作り出すための口実だ。

「どこ?」

『ここの立式の部分なんだけど…』

妙なこだわりのある私は、わざわざ躓きやすいポイントだと言われているところをあらかじめチェックしておいて、どう聞くか、木暮くんが答えてくれた場合の返事までシミュレーションして、この木暮くんに勉強を教えてもらうという貴重な機会を最大限楽しんでいるのだ。

「ここ、分かりにくいよな…」

木暮くんは私が思っていた通りの返答をくれて、自分のノートを取ってきて、思い出しながら丁寧に解説してくれる。

ノートを真剣にのぞき込むふりをして、髪の毛が触れ合うくらいに距離を詰めたり、穏やかな声にうっとりと聞きほれているうちに、このかけがえのない時間はあっという間に過ぎていく。

『貴重な時間なのに…ごめんね』

「俺も復習になるからいいんだよ。俺の方こそありがとう」

こんな風にお礼を言ってくれるのが、木暮公延という男だ。

本当に好きで好きでたまらない。

心の中では木暮くんの彼女のつもりでいるけれど、告白したことも、されたことも無いから、実際はただのお友達だ。

木暮くんも、仲のいいお友達くらいにしか思ってないかもしれないけれど、今はそれでいい。

『木暮くんって、本当に頭いいよね。部活も両立してさ、本当に尊敬しちゃうよ』

褒めようと思って口から出た言葉に、しまった…と後悔する。

部活の話をすると、必ずあの男の話題になるからだ。

「そうか?それなら、本当にすごいのは、あいつだよ」

……やっぱり。

私の天敵のことを言っているのは間違いない。

それにそんなこと言ったら、

「おい、木暮!」

あ、ほら、やっぱりやってきた。

「どうした?赤木?」

木暮くんは優しいから、ちゃんと対応してあげている。

「バスケ部の奴らのことだが……」

「そんなに気になるなら、自分でいってみたらどうだ?今日も顔出すことにしているから、一緒に行こうぜ!」

「むぅ……」

「じゃ、約束な!」

「仕方ないな…」

うん、本当にやさしい……ゴリラみたいな男にまで、優しすぎるよ…

その優しさを私だけに向けてくれたらいいのに…

そんな風に考えていれば、真顔になってしまいそうなところを必死で抑えて笑顔を作る。

会話は終わったようだし、そのうち天敵は去るだろうと木暮くんに話しかける。

『木暮くん、もう一つだけ聞きたいとこあるんだけど大丈夫かな?』

咄嗟に引っ張り出したのは、運悪く物理の教科書だった。

「いいけど、物理なら、赤木の方が得意だから、教えてやってくれないか?」

「ああ、俺なんかでいいのか?」

いや、良くないです!という言葉をハッキリ言うわけにもいかずに、曖昧に木暮くんの顔を伺ってみる。

「ちょうど今、赤木はすごい奴だって話をしてたところだから、是非頼むよ!俺も赤木の説明、聞いておきたいしな」

心の中で盛大な舌打ちをして、恨めしい気持ちを必死で沈めながら、教科書をパラパラとめくって、適当なところを開く。

木暮くんへの質問パターンを思い出しながら、二人に教科書を見せる。

『ここの法則のところだけど……』

と言ってから、ここの部分は、まだ学校では習っていない部分だったと、自分の失態にさらに焦ってしまう。

『あ、ここ、塾で先にやったとこなんだけど、ちんぷんかんぷんで…』

慌てて取り繕ってみるけれど、木暮くんたちは何も気にしていないようだ。

「塾も通って、やっぱりももは偏差値高い大学目指してる?」

『えっと…全然だよ。木暮くんの方が頭いいんだから、ほら、東大だって目指せそうじゃない?』

「ははっ…それはさすがに無理だな。赤木なら、いけるかもしれないけどな」

「バカ言うな…」

『赤木くん、すごいねー』

ちょっと白々しい言い方になってしまうけれど、赤木くんはいつも私と木暮くんの貴重なラブラブタイムをいつも邪魔してくるから、微塵もスゴイなんていう気持ちを持ち合わせてはいないのだ。

それに、今までバスケ部のキャプテンとして十分すぎるくらいに木暮くんのこと独占してきたんだから、いい加減、木暮くんのこと、解放してあげてよ!という気持ちもある。

そんな願いもむなしく、赤木くんは空いている木暮くんの前の席に遠慮なくドカッと腰を掛けた。

「で、ここの部分を解説すればいいのか?」

『分かるの?』

「ああ、予習しているからな…」

木暮くんより明らかに分かりやすい説明を聞きながら、この男、中々やるな…そう認めざる得ないのが、悔しくてしかたがない。

「赤木の説明は分かりやすいな」

『私もよく分かった!』

さすがの私もそう言うより他なかった。

「これくらい大したことない」

はぁ……そういうこと言っちゃうところが、この男の嫌いなところだ。

木暮くんだったら、「お役に立てて嬉しいよ」って笑ってくれるのに…

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、

「そうだ、ももも息抜きにバスケ部の練習見に来ないか?」

『え、バスケ?全然分からないけど、いいの?』

「もちろんだよ、な、赤木?」

「あぁ…でも、ももさんがいるなら、俺はいない方が…」

そうそう、その気遣いだよ!赤木くん!!!

さっきまで私たちの邪魔していたことを帳消しにしてあげてもいいかなと思うくらいに、ぱぁっと明るい未来が開けるけれど、木暮くんは、赤木くんをどうしてもバスケ部に連れていきたいみたいだ。

「後輩が気になるんだろ?赤木が行くと三井も喜ぶぜ!」

「どーだか…」

『バスケ部のことよく知らないけど、赤木くんが絶対行かなくちゃなの?』

「もちろん!湘北の大事な元キャプテンだから、部員の後輩は悪態ついてもなんだかんだ嬉しそうなんだ」

『そうなんだ…』

赤木くんはそわそわしてるし、本当は行きたいのに素直になれない性格なのかもしれない。

…めんどくさい男。

ますます嫌いになりそうだ。

『塾あるから、少しだけ覗かせてもらうね!』

「嬉しいよ!」

心から嬉しそうな木暮くんに、また私は心をときめかせるのだった。


その後も、私は木暮くんとの距離を縮めるべく涙ぐましい努力を続けた。

同じ大学が志望校であることが分かった時には、木暮くんと結ばれる運命に違いないと縁結びの神社にお礼参りまでした。(志望大学が同じなのは、本当に偶然なので信じて欲しい。)

それなのに、赤木くんはことあるごとに木暮くんと私の邪魔をする。

一緒に赤本を買いに行く時だって、偶然一緒の本屋さんに居合わせる。

センター試験の日だって、迷わないか心配だと言って、二人っきりで行く約束をしたのに、何故か待ち合わせ場所には赤木くんもいて、木暮くんは「さっきそこで偶然会ったから、みんなでいこうぜ」なんて言って三人で会場に向かうことになって、がっくりを通り越して、怒りがわくくらいだった。(その怒りのおかげでセンターは木暮くん、赤木くん以上の点数を取れたのだけれど…)



そして迎えた卒業式――

数日前の合格発表で、木暮くんと学部は違うけれど同じ大学に二人とも合格して、晴れ晴れとした気持ちで望めるはずだった。

今日は制服を着る最後の日でもあるから、木暮くんの学ラン姿を写真と記憶に焼き付けようと準備万端で学校に来た。

朝一番に木暮くんとのツーショットを取ってくれたのは、もちろんあの男で、その後に三人の写真なんかも撮らされて、周りからは、

「3人とも同じ大学なんて本当に仲いいよね~」

なんて囃し立てられるありさまだ。

そう、何を隠そう赤木くんも同じ大学で、なんと木暮くんと学部まで同じなのだ。

はらわたが煮えくり返るとはまさにこの事だ。

私は、木暮くんと”だけ”仲がいいと言われたいのに……

卒業式の答辞だって、木暮くんじゃなくて赤木くんだし、どこまでこの男は私の邪魔をするのだろう……

ため息しかでないけれど、これからも私のライバルで居続けそうなこの男を睨み付けるようにして、木暮くんを最後に手に入れるのは私なんだと心から誓ったのだった。

***
2022.7.14. 遅れてしまったけれど、Happy birthday!!
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