第1章 縁
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=== 虎杖・伏黒・釘崎Side===
高専の食堂に置かれた、長年使い古されて傷だらけになった木のテーブルを囲む一年生たち。
虎杖悠二は、手元にある大盛りの丼を箸の先で所在なさげにつつきながら、数メートル先の大テーブルで繰り広げられている異様な光景に顔を引きつらせる。
そこには、自分たちの担任である「現代最強」の呪術師と、その親友であるはずの夏油先生が、一人の女性――高専のOBであり現在は補助監督を務めるナマエを真ん中に挟んで、なりふり構わず大人気ない火花を散らしている姿があった。
虎杖「なぁ伏黒。俺、あんなに必死になって余裕をなくしてる五条先生、初めて見たんだけど。いつもはもっとこう、余裕ある感じじゃん」
虎杖悠二が声を限界まで潜めて、隣に座って黙々と箸を動かす伏黒恵にそっと問いかける。
伏黒「……見なくていい。視界に入れるな。あの人たちのロクでもない呪いがこっちにまで伝染するぞ」
伏黒恵は完全にそちらの方向から視線を逸らし、心底マズそうに白米を淡々と口に運んでいた。関わりたくないという意思が全身からこれでもかと滲み出ている。
釘崎「っていうかさ、あの二人、正直言ってめちゃくちゃ引くわ。もう三十路に片足突っ込んでる立派な大人がさ、一学年上の先輩相手にあんなに千切れんばかりに尻尾振るもんかしらね」
釘崎野薔薇が、不快感を一切隠そうともせずに、手元にあるジュースのストローを歯でガチガチと噛み砕くほどの勢いで不機嫌そうに飲み物を啜り上げる。
釘崎「熱量がいくら何でも異常なのよ。あんなの、もはや愛とか恋とかいう爽やかな青春の綺麗事じゃないわ。ただのドス黒い執着。ねっとりしてて、重たくて、十年以上も熟成されて煮詰まりきった業よ、業。遠くから見てるこっちの肌がゾワゾワって粟立つんだけど!」
五条「ちょっとお前らさぁ! 好き勝手言いすぎ。地獄耳の僕に全部筒抜けだし、バッチリ聞こえてんぞ!」
五条悟が口を大きく尖らせてこちらをビシッと指差し牽制してくるが、その自慢の六眼さえも、一秒後には磁石に吸い寄せられる鉄屑みたいにすぐまたナマエの方へとトロンと吸い寄せられていく。
その一瞬の隙をまるで見逃さず、夏油傑が彼女の華奢な手首を優しく絡め取るようにこれ見よがしに握るのを見て、一年生三人は同時に「うわあ」と声を揃えて綺麗に顔を背けた。
虎杖「でもさ、あれは絶対高専時代からずーーーっと引きずってるよね。十年? 十年以上もあの熱量のままで片想いを継続中って、逆にピュアっていうか執念深すぎじゃない?」
虎杖悠二が半ば呆れたように乾いた笑いを漏らすが、伏黒恵の眉間の皺はさらに深く険しくなる一方だった。
伏黒「……最悪だ。あの人たちの教育者としての尊厳は一体どこのドブに消え去ったんだ。あの先輩、ナマエさんだっけ。よくあんな血に飢えた猛獣二人の前で平然としてられるよな。普通の人なら怖がって泣きながら逃げ出すレベルの圧だぞ」
釘崎「救われないわね。あんな世界の頂点みたいな最強二人に四六時中ロックオンされたら、その時点で人生詰んだも同然じゃない。私は心から同情するわ」
釘崎野薔薇が冷ややかにそう言い放つ。
その後、限界を迎えたナマエが逃げるように家入硝子と共に医務室へ向かうのを全員で見届けた。
残された五条悟はしばらく不満げに大福を口に放り込み、なんやかんやと夏油傑と不穏な作戦会議を話し込んでいたが、事態はここからさらに誰も予想しなかった最悪な方向へと転がることになる。
一足先に五条と夏油の携帯に届いた任務一覧。そこにはナマエが補助監督として急遽、ある「臨時の外注術師」と共に山奥の任務に出ることになったのだ。
ひと足先にその同行相手の名前をスマートフォンで確認した瞬間、五条悟と夏油傑の顔色が文字通り一変した。
五条「はぁ!? おい傑、これ見ろよ! なんでアイツと!? よりによって何であのゴミクズ…伏黒甚爾とナマエが二人きりで任務に行かなきゃなんないわけ!?」
五条悟が大声を張り上げて周囲の机を叩いて騒ぎ立てる。
同時に、伏黒恵もまた、自分の忌まわしい実の父親の名である「伏黒甚爾」という響きが五条の口から飛び出したことに反応し、ピタリと箸を止めて眉間に深い皺を寄せた。
夏油「落ち着きなよ悟。上層部の嫌がらせか、単なる偶然か……どちらにせよ、あの男を彼女に近づけるのは危険すぎる」
五条「落ち着いてられるか! 僕が今すぐ連れ戻してくる!」
五条悟が弾かれたように食堂を飛び出し、ナマエの元へ向かっていった。これから高専に大嵐が吹き荒れるという確信めいた不吉な予感に、虎杖、伏黒、釘崎の三人は顔を見合わせ、ただただ天を仰ぐしかなかった。
――それから、数時間後。
ようやく任務完了の通知が、補助監督を含む任務確認の連絡用グループチャットにピコンと届いた。
画面を確認すると、そこには『伏黒さんを家に送ってから帰ります』という短い報告が残されている。
しかし、その一行を最後に、ナマエの足取りはピタリと途絶えてしまった。
五条悟と夏油傑の取り乱し方は、もはや笑える喜劇を通り越して、怪奇現象か何かの域に達していた。
五条「三時間。おい、もう丸々三時間だぞ、傑! あのクソ親父の薄汚い家なんて、ここから車を飛ばせばそんなに遠くないだろ! なんで未だに帰ってこないわけ!? 電話も繋がんないんだけど!」
五条悟がその長い脚で教室の床を何度も激しく踏み鳴らし、スマートフォンの画面を指が壊れんばかりの恐ろしい勢いで何度もスワイプしている。
夏油「悟、落ち着けと言いたいところだが、流石に私もそろそろ限界だ。あの男は昔から、そういう女性関係の手癖が悪いことで業界でも有名だからね。……もし彼女の身に万が一のことがあれば、今度こそアイツをこの世から消し去ってやるよ」
廊下に体を預けていた夏油傑の周囲に、どす黒い呪力の残滓が陽炎のようにゆらゆらと揺らめき出し、窓ガラスがピキピキと悲鳴を上げて音を立て始める。
虎杖「……ねえ、伏黒、あれ。先生達、マジで本当に大丈夫なのかな。今にも高専ごと爆破しそうな雰囲気なんだけど」
虎杖悠二がガタガタと震える声で、隣に座る伏黒恵の制服の袖を必死に引っ張る。
伏黒「知るかよ。……っていうか、あのクソ親父、仕事の効率だけは無駄に早いはずだ。それなのにこんな時間まで戻ってこないってことは、つまり」
伏黒恵は脳裏をよぎった最悪の予測を口にするべきか激しく迷い、結局、釘崎野薔薇の容赦のない残酷なまでの推測に先を越されることになった。
釘崎「決まってるじゃない。あの伏黒甚爾とかいう男、ナマエさんと現場での相性が良すぎて、そのまま自分のボロアパートに『お持ち帰り』しちゃったんじゃないの? さっきの先生たちの過剰な反応からしても、あの男、顔だけは無駄に良くて相当な女たらしなんでしょ?」
伏黒「……チッ。確かに、顔の造形だけは無駄に整ってるからな。中身は最低最悪のろくでなしだが」
伏黒恵が苦々しさを隠そうともせずに吐き捨てるように同意する。
釘崎「っていうかあの人、呪力が完全にゼロなんでしょ? ナマエさんの、対象の身体能力を『二倍』にするっていうあの凄い付与バフ、あんな野生児みたいな肉体のお化けにかかったらさ、そりゃあ脳汁ドバドバ出て最高に気持ちよくなっちゃったに決まってるわよね」
釘崎野薔薇が、どこか生々しい大人の想像を交えてニヤリと不敵に笑う。
釘崎「戦場であんなに魂の奥まで繋がるような濃密な術式を使われた後にさ、車内で二人きりになって送り届けられるなんて……。その後に何にもないわけがないじゃない。しかも空白の三時間よ? やること全部やって、今頃ベッドの上でまったり賢者タイムでも過ごしてんじゃないの?」
虎杖「釘崎、ストップ! それ以上は五条先生の耳に入ったら本当に発狂してこの山が消し飛ぶから、マジでやめてあげて!」
虎杖悠二が慌てて両手を振って制止するが、時すでに遅し。最強の耳を舐めてはいけなかった。
五条「全部聞こえたよ、野薔薇ぁ!! お持ち帰りぃ!? 何それ、誰が誰をよ!? あの社会のゴミクズ野郎がナマエの身体に一ミリでも触れるなんて、僕は一秒だって絶対に許さないんだけど!!」
五条悟が絶叫に近い怒号を上げ、座っていたパイプ椅子を派手に蹴り飛ばして立ち上がる。
夏油「悟、私が行く。君はここにいろ。今の感情に任せて君が現地に行くと、街を建物ごと、民間人もろとも消滅させかねないからね」
五条「はあ!? 傑こそ、自分で行って呪霊でその辺の街一帯を埋め尽くす気満々だろ! 二人で行くに決まってんだろ、置いてくな!」
ぎゃいぎゃいと子供のように大人げない罵り合いを始めた二人を見て、虎杖悠二は深いため息をついた。
虎杖「……初恋を重たく拗らせると、人間って最強とか関係なくああなっちゃうんだな。なんだか悲しいものを見た気分だよ」
伏黒「救いようがない。あの先輩、今頃あの男の部屋でどうしてるんだろうな」
伏黒恵は、自分の父親が過去に美味い「獲物」を手にした時の、あの冷酷でどこか執着の強い引き剥がせない目を思い出していた。自分の特殊な術式に完璧に適合する最高の「バッテリー」を見つけたあの男が、そう簡単に彼女を無傷で放すはずがないのだ。
伏黒「三時間か。……案外、もう手遅れかもな」
伏黒恵の不吉な呟きは、五条悟の「今からそのツラ拝みに乗り込むぞ!」という鼓動を震わせる絶叫にかき消された。
一年生たちは心から願った。どうか、自分たちの未来が、あんな風に歪んだ重たい執着だけで埋め尽くされないことを。
釘崎「……あ、噂をすればナマエさんから今チャットに返信来たわよ。『本当にすみません、極度の疲労で車内で寝落ちしていました! 今すぐ全力で戻ります!』だって。あはは! 最強二人を既読無視して爆睡。あの先輩、マジで大物すぎるわ!」
釘崎野薔薇の明るい声が教室に響き渡る中、最強二人の足がピタリと止まる。
高専の夜は、彼らの焦燥によって、さらに混沌の度を深めていくのだった。
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