第1章 縁
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なんだかんだと言いながらもしっかり福屋餅庵に寄り道して、限定のいちご生クリーム大福を無事に購入。
五条と七海との任務を終えて高専に戻ると、すっかり茜色に染まった夕暮れ時の食堂からは、食欲をそそるスパイシーなカレーの香りがふわりと漂っていた。
かつて学生だった頃、同級生の冥冥と「ねえ、今回の任務の報酬額、もうちょっと上乗せできないかしらね」「将来の確実な資産運用について語り合いましょうか」なんて、青臭い理想なんてこれっぽっちもない、現実的な会話で引くほど盛り上がった思い出の場所だ。
古びてあちこち傷のついた木の机や、独特のどこか湿気を含んだ空気感。それらを目にすると、胸の奥がじんわりと熱くなるような、何とも言えない愛おしさが込み上げてくる。
ナマエ「みんな、はじめまして。今日から補助監督としてここでお世話になることになった、ナマエです。一応、ここの卒業生で、そこにいる二人の先生の先輩にあたるから、呪術のことでもそれ以外のことでも、困ったことがあったら何でも気軽に言ってね」
食堂に集まっていた生徒たちに向かって、少し緊張しながらも努めて明るく挨拶をすると、虎杖が真っ先にガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
虎杖「ナマエさん! よろしくお願いします! 俺、 1年の虎杖悠仁です! 先生の先輩が補助監督とか超心強いです!」
元気よく頭を下げる虎杖の隣では、伏黒が「よろしくお願いします」と静かに会釈をし、釘崎が「ふーん」と品定めするような、けれどどこか嬉しそうな好意的な視線をこちらに向けてくる。
釘崎「へえ、あの五条先生の先輩ねぇ。よくあんな人間性の破綻した男の先輩なんてやってられましたね。それだけで尊敬に値するわ。私は同じく 1年の釘崎野薔薇!」
伏黒「釘崎、初対面の人に対して失礼だろ。……すみません、うちのクラスの騒がしいのが。俺は伏黒恵です」
ナマエ「ううん、全然大丈夫。野薔薇ちゃんの言う通りだし、むしろもっと言ってやって。私が現場に同行する時は、『カタシロ』っていう私の術式でみんなにバフをかけることがあるわ。身体能力が単純に二倍になるから、最初は自分の体じゃないみたいに感じてびっくりするかもしれないけど。詳しい連携の取り方なんかは、この……そこの『悟先生』か『傑先生』に、たっぷりみっちり教わってね」
わざとらしく「先生」という言葉を強調して、ニヤニヤしながら指を二人に差し向けると、隣にいた夏油がふっと眉を下げて柔らかな笑みを浮かべ、一歩前に出た。
夏油「みんな、彼女の術式は極めて強力だ。前衛の生存率は跳ね上がる。だがね、その凄まじい代価として、彼女自身には極度の身体的負荷がかかるんだ。術式発動中は身体の自由がマイナス二倍になる。つまり、全く動けなくなる。だから、あまり現場で彼女をこき使って困らせないように。いいね?」
五条「ちょっと傑! それ僕が今まさに言おうとして口を開きかけたところなんだけど! 解説役を横取りしないでくれる?」
夏油「口を開くのが遅いんだよ、悟。そんなだからいつも肝心なところで一歩遅れるんだ」
五条「はあ!? 遅れてないし! ナマエ、僕の教え子たちはみんな超優秀だから心配いらないよ。ナマエは現場では危ないから後ろのほうでじっとして、僕のことだけをバイタルリンクでずっと見てればいいんだからね。それだけで任務なんて一瞬で終わるから」
言うが早いか、悟が私の肩に長い腕を回し、グイと自分の体の方へ引き寄せてきた。衣服越しでも、彼の胸板の硬さと、そこから発せられる高い体温が直接伝わってくる。
その大きな指先が、制服の生地をなぞるようにして私の肩の骨を不必要にゆっくりと触れて動いた。
ナマエ「ちょっと、悟。生徒たちの前でベタベタしないでってば。離して。傑も、二人して過保護すぎ。私は一応…これでも先輩だし…守られるだけの軟弱な一般人じゃないんだから」
夏油「先輩だからこそ、だよ。ナマエ」
夏油が静かな足取りで近づいてきたかと思うと、悟とは反対側の私の手首をそっと、だけど拒絶を許さない確かな力強さで掴んだ。そのまま、悟の腕から引き離すようにして自分の体の方へと引き寄せる。
夏油「一度はこの呪術界から足を洗って、外の世界へ行った君が、こうして再び私たちの前に戻ってきた。それがどれほど奇跡的なことで、私たちがどれほど救われたか、もう少し自覚した方がいい。……もう二度と、君にあんな一般人の不快な思いはさせないよ。あんな猿たちに君の価値は分からないんだ」
夏油の声はどこまでも穏やかで、耳に心地よい低音だ。だけど、至近距離で見つめてくる切れ長の瞳の奥に宿る熱量は、ただの教師が同僚や先輩に向けるそれを完全に逸脱している。
彼の手のひらが触れている手首の皮膚から、熱い体温がじりじりと私の肌を焼くようで、喉の奥が微かに渇いた。
ナマエ「……二人とも、本当に大人気ないわよ。ほら、生徒たちが完全に呆れて引いてるじゃないの」
困り果てて救いを求めるように視線を向けると、離れた席に座っていた二年生組の真希が「ケッ、これだから高専の教師陣はどいつもこいつも」と盛大に吐き捨て、狗巻が「おかか、おかか」と深く同意するように首を縦に振っている。
乙骨は両手を合わせながら困ったように苦笑いし、パンダはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら「お? なんだなんだ? 面白いドロドロの展開かぁ?」と顎を引いて楽しそうにこちらを観察していた。
釘崎「ちょっと伏黒、これ何見せられてるのよ。不潔だわ、大人の特権乱用よ。あの夏油先生までちょっと目がマジじゃない」
伏黒「……気にするな。五条先生は昔からナマエ先輩が絡むといつもこうだ」
五条「ねえ、ナマエ。今日の夕食、僕の隣の席で食べてよ。次の任務の報告、まだ詳しく聞いてないし。ね? 良いでしょ?」
夏油「悟、報告なら私でも代わりに聞ける。今わざわざ食事の席で業務の話をすることもないだろう。彼女は復帰初日でとても疲れているんだ。夕食が終わったら、私が責任を持って部屋まで送っていくよ」
五条「傑さぁ、さっきから聞いてれば君、距離感おかしくない? 触り方生々しいんだよ。ナマエが本気で困ってるでしょ。今すぐその手を離しなよ」
夏油「それはこちらの台詞だ、悟。君こそ、目隠しで距離感が狂っているんじゃないか? 彼女のパーソナルスペースを侵害しすぎだ。嫌がられているのが分からないのかい?」
五条「嫌がってないし! ナマエは僕のこの近さに慣れてるの! 君のその、一見優しそうで執着心が漏れ出ちゃってる笑顔の方がよっぽど怖いって気づいた方がいいよ」
夏油「ふうん、随分と言ってくれるね。自分の子供っぽさを棚に上げて、よくそんな大口が叩けるものだ」
バチバチと、二人の間に目に見えるほどの激しい火花が散る。
生徒たちの前ではいつも「頼れる良き教師」を演じている二人だけれど、私の前での会話の端々には、長年彼らの胸の奥で煮詰められてドロドロになった独占欲が、泥のように重く沈殿しているのが分かる。
ナマエ「はいはい、そこまで! 喧嘩しないの! 私はこれから硝子のところに行って、今日買ってきた大福を渡してくるから。」
二人の強固な腕の隙間をすり抜ける。
「えー!」「待ってよ、ナマエ! 冷たいじゃん!」という五条の子供っぽい呼び声と、「悟、君がしつこくするからだ」という掛け合いが聞こえる。
胸の奥がドクドクと激しく高鳴っているのは、決して懐かしい食堂の空気のせいだけではないということを、私は自分自身にどうしても隠しきれなかった。
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