第2章 新たなる受難
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高専の訓練場を包囲するように立ち込める、男たちのあまりに重苦しい沈黙。
その殺伐とした喧騒から一歩離れた植え込みの陰では、釘崎野薔薇が『最高に面白いものを見せてもらってるわ』と言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべて、スマートフォンを構えていた。
釘崎「ちょっと見てよこれ、動画バッチリ撮れてるわ。最強達のドロドロ修羅場、特ダネで闇市に売ったら億単位で売れるんじゃない?」
虎杖「これ、本当に止めなくていいのかよ。ナマエさん、マジで顔青ざめて泣きそうだぞ」
虎杖悠仁が冷や汗をダラダラと流しながらハラハラと見守る横で、さらに後方からは先輩たちの呑気な声が聞こえてくる。
パンダ「まぁまぁ、あれも若さとドロ沼の甘酸っぱい青春ってやつだな」
狗巻「おかか」
狗巻棘が深刻そうな顔で同調して頷けば、禪院真希は嫌悪感を隠さずに盛大に舌を打ち鳴らした。
真希「ケッ、どいつもこいつも女一人囲んでバカじゃねぇのか。あのゴミクズ親父まで混ざってやがるし、見てるだけで反吐が出るわ」
ギャラリーが好き勝手に軽口を叩いて盛り上がる一方、その渦中の中心に立たされたナマエにとっては、笑い事などでは到底済まされない。
右側からは伏黒甚爾の野性的で圧倒的な熱量が、左側からは伏黒恵の若く切実な体温が、そして正面からは五条悟と夏油傑という現代最強の二人が放つ、逃げ場を完全に断つような絶対的な威圧感が容赦なく押し寄せてくる。
感情も肉体も強制的に同期し、己と他者の境目すら曖昧にしてしまう編生一族の術式、バイタルリンク。
あまりに重く激しい男たちの熱情がこの不可視の回線を容赦なく侵食し、異常なまでに共鳴し合っていた。
ナマエの脳内には、彼らが抱く「愛している」「俺だけのものにしたい」「絶対に渡さない」というドロドロとした醜い情念が、濁流となって直接流れ込んでくる。
ナマエ「あー、もう。みんな、一度だけ私の話を聞いて!」
ナマエは、過負荷で爆発しそうな心臓を必死に手で抑えつけるようにして叫んだ。
その必死の形相と切迫した叫びに、一触即発だった四人の男たちが僅かに動きを止める。
ナマエは震える唇を固く噛み締め、二十年間、誰にも言わずに心の奥底に封印してきた真実を、ついに白日の下にさらけ出した。
ナマエ「甚爾さんは、……とと兄は、私の二十年来の初恋の相手なの! 八歳の時に離れ離れになって、大人たちから死んだって聞かされて、ずっと、ずっと会いたかった大切な人なのよ!」
その言葉が空間に落ちた瞬間、訓練場の気温がさらに数度下がったような凄まじい錯覚を覚えた。五条の六眼が、かつてないほどに不機嫌で冷酷な光を揺らめかせる。
五条「初恋? そんな化石みたいな昔の思い出、今更引っ張り出してこないでよ。今のナマエの隣にいるのは、僕でしょ?」
夏油「悟、黙って。ナマエ、続けなさい」
夏油が貼り付けたような冷ややかな笑みのまま五条を静かに制し、ナマエは深く息を吐き出して言葉を継いだ。
ナマエ「でも、仕事として、大人としての立場としてはまだ混乱してるの。甚爾さんと再会して……あぁ、もう! 自分がどう振る舞えばいいのか、自分でも分からないくらい、頭の中がめちゃくちゃなのよ!」
甚爾「めちゃくちゃ、ねぇ。お前、俺とあんなに激しく繋がっておいて、今更『混乱してる』なんて可愛らしい言葉で済ませるつもりかよ」
甚爾が低く掠れた、愉悦と苛立ちの混ざった声でじわじわと追い詰める。
その言葉の端々に露骨に滲む昨夜の『事後』の気配に、五条と夏油の眼光が一気に殺気立ち、恵はさらに表情を苦々しく歪めた。
恵「親父、黙れよ。ナマエさん、アンタが混乱してるのは分かります。でも、そんな無責任で最低な男に、アンタの人生を預けていいわけがない」
ナマエ「恵くんも、ごめんなさい。あなたを傷つけたいわけじゃないの。でも、昨日今日の再会で、私の頭はもう現実が分からなくなってるのよ!」
ナマエは泣き出しそうになる声を必死に堪え、最近届いた一族からの不穏な連絡について口を開いた。
ナマエ「数日前に、五条家から私について編生家に連絡があったって、実家から連絡が来てたわ。内容は聞いてないけれど、悟、あなた何かしたの?」
五条「あぁ、それね。僕が正式に、ナマエを五条家に迎え入れるって通達しておいたんだ」
五条は何でもないことのように、さらりと巨大な爆弾を投げつける。
甚爾「は? お前、勝手に何してくれてんだよ、六眼」
甚爾の手が、格納呪霊から覗く呪具の柄に深くかかった。
夏油「悟、それは独断が過ぎるね。ナマエに相談なしだなんて、君の悪い癖だ」
ナマエ「とと兄も、悟も、傑も、恵くんも! みんなリンクで入ってくる思考が自分のことばかり! 現実が、もう何が正解なのか分からないのよ!」
ナマエは耐えきれずに崩れ落ちるように膝をつき、両手で顔を覆った。
二十年前の純粋な恋慕。現在の最強二人による異常で排他的な執着。そして、その息子からの予期せぬ切実な告白。編生一族という宿命に縛られた彼女のバイタルリンクは、四人の男たちの巨大すぎる感情を処理しきれず、激しくスパークして悲鳴を上げている。
ナマエ「ごめんなさい。今の私には、誰も選べない。自分自身のことさえ信じられないの」
ナマエの弱々しい謝罪は、冷たい風に乗ってむなしく消えていった。
訓練場に満ちていた殺気は、彼女の絶望的な告白によって、より深く、逃げ場のないドロドロとした泥沼へと沈み込んでいく。
男たちの瞳には、彼女を救いたいという想いよりも、彼女を力ずくで自分だけのものにしたいという、醜くも純粋な『飢え』が宿っていた。
五条「誰も選べないなら、僕が選ばせてあげるよ。ナマエ」
五条の手が、彼女の頭に触れようと静かに伸びる。
その指先が触れる直前、甚爾がナマエの腰を強引に抱き寄せ、夏油が禍々しい呪力を解き放ち、恵が影を広げた。
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