第2章 新たなる受難
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古い隠れ家での濃密で甘い情事の余韻を、伏黒甚爾は無造作で暴力的な大型バイクの爆音と共に容赦なく蹴散らした。
甚爾「おい、行くぞ」
短い言葉だけを吐き捨てられ、後部座席にしがみついたまま連れてこられたのは、都立呪術高専の裏手に広がる静かな訓練場の近くの木立だった。
そこには、十代特有の鋭利で青臭い空気を全身に纏った伏黒恵が、一人で汗を流しながら黙々と木刀を振るっていた。
甚爾「よぉ、恵。朝から熱心に励んでんねぇ」
甚爾がヘルメットを乱暴に脱ぎ捨て、ナマエの華奢な肩を大きな腕でがっしりと抱き寄せながら不敵に笑う。
重い足音に気づいた恵は振るっていた木刀の動きを止め、信じられないものを見るような、軽蔑と驚愕が入り交じった冷ややかな目で父親と、その腕の中にすっぽりと収まっているナマエを交互に見つめた。
伏黒「親父。何やってんだよ、あんた」
甚爾「何って、見て分かんねぇのか? 今日からこいつがお前の新しい面倒見役だ。飯の作り置きから、クソ面倒な生活の相談まで全部こいつに丸投げしろ」
甚爾のあまりに身勝手で横暴な宣言に、ナマエは顔を真っ赤にして慌てて彼の分厚い脇腹を拳で小突いた。
ナマエ「ちょっと、甚爾さん! 言い方っていうものがあるでしょう!? 恵くん、違うの、ごめんなさい! これは、その、補助監督としての業務の一環というか、そういう手続き的な話で」
伏黒「業務の一環で、そんな男の生々しい匂いを全身に染み付かせてるんですか。ナマエさん、あんたまで何やってるんだ」
ナマエ「…うっ…。」
恵の声は、氷のように冷徹な刃となって鋭くナマエの胸元に突き刺さった。
恵は手にした木刀を地面へ無造作に放り投げると、長い脚で大股に二人の元へ歩み寄り、甚爾の腕を力任せに振り払うと、そのままナマエの細い手首を強い力で掴み取った。
伏黒「ナマエさん。どうしてコイツなんですか。自堕落で、ギャンブル狂いで、女を渡り歩くことしか能がないこんな最低な男の、どこがいいんですか」
ナマエ「恵くん、それは」
伏黒「俺だって、アンタのこと。…ずっと、あんな奴らより俺の方が、アンタを大切にできると思ってました」
唐突に投下された爆弾のような発言に、ナマエの思考は真っ白に染まり、思考回路が完全に停止した。
ナマエ「え? 恵、くん?」
伏黒「俺の方が、アンタに合うと思います。こんな親父、今すぐ捨てて俺の方に来い」
恵の真っ直ぐな瞳には、父親譲りの激しい独占欲と、十代の若さゆえの純粋で真っ直ぐな熱が宿っていた。手首に込められた熱い力強い握りに、ナマエは息をのむ。
しかし、それをすぐ横で聞いていた甚爾の額には、青筋がピキリと浮かび上がっていた。
甚爾「ハッ。笑わせんなよ、恵。お前、自分の実の親父に向かって女の寝取り宣言か? 百年早ぇんだよ、このガキが」
伏黒「あんたに親父面される筋合いはない。ナマエさんを自分の所有物みたいに扱うな」
親子二人の間でバチバチと火花が散り、周囲の空気が物理的な重さを伴って軋み始めたその時。背後の木々を揺らして、鼓膜を直接揺らすような甲高い高笑いが響き渡った。
五条「あはははは! いやぁ、傑、聞いた? 親子揃って僕の可愛い婚約者にプロポーズなんて、最高に滑稽な喜劇だね!!」
唐突に現れたのは、黒い目隠しを外し、六眼を眩しいほど爛々と輝かせた五条悟だった。その後ろには、貼り付けたような薄笑いを浮かべつつも、その全身からどろどろとした禍々しい呪力を揺らめかせている夏油傑が静かに立っている。
夏油「笑えないよ、悟。ナマエ、君には後でたっぷりとお仕置きが必要なようだね。こんな不潔な男と、あろうことかその若い息子にまで手を出すなんて」
ナマエ「悟、傑…!、 ちょ、待って、みんな一度落ち着いて」
ナマエはあまりに狂った修羅場の連続に、目眩と強い吐き気を覚えた。右隣には、二十年前の初恋相手であり昨夜身体を貪り尽くされた甚爾。左手には、その実の息子であり、純粋で危険な好意をまっすぐにぶつけてくる恵。そして正面には、現代最強の名を欲しいままにする、異常な独占欲の塊のような教師二人。
五条「恵、その手を今すぐ離しなよ。ナマエは僕と結婚するんだからさ」
五条が軽快な足取りで一歩前に踏み出すと、彼が放つ呪力の圧迫感によって足元の頑丈な地面がバリバリと音を立てて陥没した。
伏黒「断る。アンタこそ、教育者なら生徒の切実な想いを尊重したらどうだ」
恵も一歩も引かずに、父の手を振り払ったまま、影から式神を呼び出そうと素早く印を結ぶ。
甚爾「おいおい。お坊ちゃん共、ここは高専の敷地内だろうが。俺の女にこれ以上指一本でも触れてみろ。その生意気な首、まとめて刈り取ってやるよ」
甚爾は腹の中から格納呪霊を出し、凶悪な異形の呪具をヌッと取り出した。獰猛な獣そのものの肉食的な笑みを浮かべて全員を激しく挑発する。
ナマエ「ちょ…っ、…ちょっと!みんな本当にお願いだから落ち着いて」
ナマエの悲痛な叫びは、四人の過剰な男たちが放つ圧倒的で暴力的な威圧感の中に完全にかき消された。もはや教育現場としての体裁など、跡形もなく粉々に砕け散っている。そこにあるのは、たった一人の女性を巡る、狂気にも似たドロドロとした執着と、長年こじらせ続けた醜い情念のぶつかり合いだけだった。
夏油「ナマエ。君は、誰を選ぶんだい?」
夏油が優しく、けれど絶対に逃げ場を与えない冷酷な声で静かに問いかける。
四組の鋭い視線が、一斉に、逃げ場のないナマエへと集中した。心臓の鼓動が耳元でうるさく早まり、激しい悲鳴を上げる。
地獄のような選択肢を突きつけられ、ナマエはただ、男たちの激しく渦巻く情念の熱気の中で茫然と立ち尽くすしかなかった。
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