第1章 縁
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高専の広々とした食堂には、朝一番から肌がヒリヒリと焦げ付くような凄まじい重圧が満ち満ちていた。
呪術総監部から正式に下された絶対的な決定、すなわち『ナマエの実質的な伏黒甚爾専属任務継続』という非情な通達は、五条悟と夏油傑という現代の呪術界を統べる二人の若き王を、底なしの絶望と猛烈な憤怒のどん底へと容赦なく叩き落とした。
彼らの広い背中から制御を失って際限なく漏れ出すおぞましい呪力は、もはや周囲の生徒たちの肌を直接チクチクと刺すほどに鋭く、不規則に火花を散らして爆ぜている。
虎杖「おーい、伏黒。なんか向こうのテーブルがめちゃくちゃヤバいことになってるんだけど。お前の親父さん、あの二人にとっての人生最大の永遠のライバルって感じのポジションだな」
虎杖悠二が、遠くの席でパイプ椅子をガタガタと不穏な音をいわせながら貧乏揺すりをしている教師陣を怯えたように眺めながら、声を限界まで潜めて言った。
伏黒「……その名前を出すな。頼むからやめてくれ。あんな家庭を崩壊させたろくでなし、俺は親父とも何とも思ってない。ただただ高専にまで迷惑な問題ばかりを山ほど持ち込みやがって、本当に迷惑だ」
伏黒恵は、顔をこれ以上ないというほど不機嫌そうに歪め、目の前のお盆に載った焼き魚を今にも呪い殺しそうなほど恨めしそうに睨みつけている。
釘崎「まぁまぁ、あの最強二人にとっては最高のイライラの燃料になるんじゃない? これ、ナマエさんに後で直接どんなことがあったのか聞き取り調査してさ、あの二人に『耳寄りな情報ありますよ』って高く売ったら、めちゃくちゃ儲けられそーじゃん♪」
釘崎野薔薇が、不敵で邪悪な笑みをその端整な顔に浮かべながら、手元のスマートフォンを器用に弄っている。
真希「お前、後輩のくせにほんっと性格悪いな。あの二人が本気で怒ったら冗談抜きで死人が出るぞ、マジで」
禪院真希が呆れ果てたように吐き捨てるが、そのすぐ隣で味噌汁を啜っていた乙骨憂太は、心配そうに八の字に眉を下げて告げる。
乙骨「でも、結局のところはどうだったんでしょうね。その甚爾さんという方と、ナマエさんって……大人の関係というか、本当にあったんでしょうか」
釘崎「実はもうとっくに裏で肉体関係までデキてたら、最高にドロドロしてて面白いのにね!」
釘崎野薔薇の無邪気な、しかし猛毒をたっぷりと含んだその最悪な呟きに、乙骨憂太は顔を引きつらせて愛想笑いを浮かべることしかできない。
その生徒たちの会話のわずか数メートル先で、突然、食堂の空気を切り裂くような怒号が響き渡った。
五条「あークソ!!! またスマホに新しい任務の通知が入ってるじゃん! クソジジイどもマジで全員ぶっ殺す! なんでナマエがアイツとばっかり二人きりで現場に行かなきゃなんないわけ! おかしいだろ!!」
五条悟の凄まじい怒声が激しく響き渡り、一年生と二年生の生徒たちは一斉に肩をすくめて完全に視線を逸らした。
――そして、再びの二人の任務。
向かった場所は人里離れた不気味な廃村だった。
伏黒甚爾は移動の車内でも当然の権利のように私のすぐ隣、助手席のシートにどっしりと大きな身体を埋めて居座り、日焼けした剥き出しの太い肘を窓枠にかけて、獲物を観察するようにニヤニヤとこちらを見つめてくる。
甚爾「おい、お前。今日もまた前みたいに俺のベッドでぐっすり『寝落ち』するか? お前のあの付与バフ、身体の芯までドロドロに熱くなってマジで最高なんだよ。俺をあんだけ気持ちよくさせたんだからさ、お前、ちゃんと責任取れよな」
ナマエ「甚爾さん、お願いですからからかわないでください! あの後、私が高専に帰ってから悟と傑の二人に怒涛の勢いで怒られたんです〜…。」
甚爾「あ? そんなもん知るかよ。あの青二才のガキ共が裏でどれだけキャンキャン騒ごうが、現にお前をこうして現場に連れていくのはこの俺だ。総監部の偉い連中だって、お前は俺の道具だってはっきりそう言ってるだろ」
ナマエ「んぐぐ… あの通達ね、…ンン…あれについては何も言えないわ」
伏黒甚爾は前回の出来事を都合の良い強力な盾にして、さらに図々しく私を自分の私物であるかのように扱い始めていた。
現場に到着し、不気味な廃屋の前で車を停め、帳を下ろし私が術式『カタシロ』を全面展開した、その瞬間のことだった。
前回よりもさらに深く、重厚な精神の接続のパスが二人を強固に繋ぐ。
極限まで倍化された超人的な身体能力で、伏黒甚爾は目にも留らぬ圧倒的な速さで群がる呪霊を素手で千切り、叩き潰していく。
バイタルリンクの濃密な接続を通じて、彼の「もっと力を寄越せ、もっと俺を興奮させろ」という貪欲なまでの強烈な戦闘衝動が、私の血管に直接熱い泥をドバドバと流し込むようにして生々しく伝わってきた。
甚爾「……あぁ、これだ。最高の気分じゃねぇか。おい、俺以外の他の男に、絶対にこの魂の音を聞かせるなよ」
戦いの真っ最中、伏黒甚爾の低く掠れた声が、術式のパスを通じて私の脳髄を直接激しく愛撫するようにドロドロと響いた。それは決して優しい願いなどではなく、明確な支配の宣言だった。
彼の力強い心臓の鼓動が、私の健気な心拍を強制的に自分自身のペースへと同調させていく。
魂の境界線が完全に曖昧になり、私が彼という巨大な肉体の一部として溶けていくような、官能的なまでの激しいトランス状態。
五条悟や夏油傑という現代最強の天才術師たちでさえ、決して踏み込めなかった、濃い同調…肉体と魂の最も深い深淵。
そこに完璧な居場所を見つけた飢えた獣は、悦びにその薄い口角を深く吊り上げて凶暴に笑っていた。
任務が無事に終わり、帰りの車内。
周囲に夕闇がとっぷりと迫る中、伏黒甚爾を彼の住処であるあのボロアパートへと送り届ける道すがらのことだった。
甚爾「おい、ナマエ。お前、俺の部屋で美味いメシ作ってくれんだろ。途中でスーパーに寄れ。適当に買い物してから俺ん家な。」
当然の権利のように助手席から偉そうに命じる甚爾の横顔に、私は慌てて激しく首を振った。
ナマエ「あー! 任務帰りに貴方の部屋に寄るのは絶対にダメです! 前回めちゃくちゃに怒られたんですから! 今日のところは、このまま真っ直ぐ高専に報告に戻らないと、今度こそ悟と傑に本気で殺されちゃいます!」
甚爾「チッ、使えねぇな。……なら、明日にしろ。明日、俺の部屋に直接こい。……ちゃんと待ってるからな」
舌打ちをしながら、少しだけ子供のように不貞腐れたような、けれど絶対に拒絶を許さない強い独占欲の滲む低い声。
私はハンドルの上に置いた自分の指先が微かに震えるのを必死に抑えながら、どうにか平気なフリをして声を絞り出した。
ナマエ「わかりました。……明日のお休みなら、なんとか時間を作って伺います。ちなみに、甚爾さんは何か好きな食べ物とか、逆に嫌いなもの、食べられないアレルギーとかはありますか?」
甚爾「あ? そんなもん肉があれば何でもいい。嫌いなもんもアレルギーも、俺の頑丈な身体には一つもねぇよ」
ナマエ「ふふ、なんだか豪快で甚爾さんらしいですね。じゃあ明日、そっちの近くで買い物してからお伺いします! 高専に無事に帰宅してから、詳しい時間の予定の連絡をチャットで入れますね」
ナマエはそう微笑むと、甚爾の自宅アパート付近の薄暗くて寂れた路地裏にそっと車を止める。
彼は助手席から車を降りる際、私の顎を大きな指先でクイと強引に持ち上げ、その獰猛で冷酷な瞳で私の視線をまっすぐに捉えた。
甚爾「必ず来いよ、ナマエ。俺から逃げても無駄だってことは、術式で繋がったお前自身が今、一番よく分かってるはずだろ」
ナマエ「……はい、分かってますよぅ」
彼を車から降ろし、ゆっくりと走り去る車のバックミラーの中で、夕闇に溶け込みながらいつまでもこちらをじっと見送る彼の黒い影が見えた。
高専へ向けて一人で夜道を走る帰り道、私の指先にはまだ、術式を通じて共有した彼の強烈で圧倒的な生命の残熱が、生々しく残っていた。
これから高専の食堂や教室で待っているであろう、五条悟と夏油傑の二人からの激しく狂った追及の嵐。
けれど、そんな彼らの怒りよりも遥かに深く、私の魂の奥底に呪いのように刻み込まれたのは、あの飢えた獣が戦場の中で放った『俺以外の男に、絶対にその音を聞かせるな』という、どこまでも重たくて冷たい支配の言葉だった。
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