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3章 星を継ぐ希求
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新しく開いた地脈の門から放出された衝撃波は、それまでのものとは次元が違っていた。激しくうねる大地の震動に、海底構造物全体が悲鳴を上げてきしむ。
立っていることすら困難なその激震のなか、ナマエの細い身体が大きくバランスを崩した。
その身体が冷たいコンクリートへ叩きつけられるより早く、背後から猛烈な速度で伸びてきた逞しい腕が、彼女の腰を強引に引き寄せた。
甚爾「おい、シャキッとしやがれ! 大丈夫か!」
伏黒甚爾は、降ってくるコンクリートの破片や激しい衝撃からその小さな身体を完全に庇うようにして、ナマエを広い胸のなかに強く抱きしめた。
その声はいつになくぶっきらぼうで、荒々しい。けれど、ナマエの背中に添えられた大きな手のひらは、言葉とは裏腹に、彼女の安否を心底気遣うような確かな熱に満ちていた。
ナマエ「……っ、はい。ありがとうございます、甚爾さん。僕は、平気です」
ナマエは乱れた銀髪の隙間から甚爾を見上げ、彼の強靭な腕にそっと自らの白い指先を添えた。
間近で交わされる、二人の視線。
甚爾の獰猛な黒い瞳の奥にある、戦いへの渇望と彼女を守り抜くという絶対の意志。そしてナマエの瞳に宿る、この星の命を救うという固い決意。
…言葉を交わさずとも、二人の胸のうちは完全に響き合っていた。
互いの覚悟を確かめ合うように、二人は意を決したように深く頷く。
甚爾「フッ、ならいい。足引っ張んじゃねぇぞ、お姫様」
甚爾はかすかに口の端を不敵に上げると、ナマエの身体をそっと解放した。次の瞬間には、彼の姿は爆音とともにその場から消失していた。
目にも止まらぬ野生の速度で、海上に群がる呪霊の肉壁へと向かって、肉眼では捉えきれない軌跡を描きながら駆けていく。
遥か上空では、五条悟の放った規格外の「赫」の光が夜空を裂き、押し寄せる大津波の質量そのものを一時的に激しく吹き飛ばし、緩和させていた。
しかし、大気と海上の衝撃は防げても、予想を超えて連動した海中の地殻変動までは完全に相殺しきれなかった。
アクアラインの最も脆弱な部分――海底へと深く潜る海中トンネルのコンクリート壁に、不気味な、けれど決定的なひび割れが走り始めたのだ。
『ミシ、ミシシシ……ッ!』
嫌な音が閉鎖空間に響き渡り、亀裂の隙間から超高圧の海水が、まるで刃物のような勢いで噴き出し始める。海水による侵食は、一定の臨界ラインを超えた瞬間、爆発的な水圧となって一気に頑丈なコンクリートの壁を決壊させた。
ナマエ「しまっ……、これ以上崩れたら一般の避難経路が! ――『プロテス』!!」
ナマエは体内のエネルギーを極限まで絞り出して叫んだ。
彼女の指先から放たれた半透明の強固な障壁が、崩落しかけたトンネルの内壁を包み込み、凄ましき水圧を力任せに押し留める。
ゴゴゴ、と音を立てて崩れ落ちそうだったコンクリートの塊が、空中でピタリと停止した。だが、地球の物理法則と呪力の歪みを力技で固定し、高等な防護術式を発動し続けることは、ナマエの精神と肉体のリソースをジリジリと文字通り焼き削っていく。
ナマエ「……ッ。これも……最悪の予測の範囲内。でも、僕のエネルギー量からしても、この規模の維持は、長期戦には全く向かないな……っ」
乙骨「ナマエさん! そのまま維持をお願いします……っ、僕たちがなるべく早く、残った一般の人たちを安全な場所へ避難させますから!」
ナマエのすぐ隣で刀を構えていた乙骨憂太が、彼女の顔に浮かんだ苦悶の汗を鋭く察知し、その頼もしい声を響かせた。乙骨は即座に振り返ると、周囲に展開している一、二年生のメンバーに向けて、的確かつ迅速に指示を言い渡す。
乙骨「真希さん、パンダくんは右側の崩落区間の誘導を! 狗巻くんは拡声器で避難方向のアナウンスを。虎杖くん、伏黒くん、釘崎さんは、今車から降りてパニックになってる人たちを最優先で地下の予備通路へ誘導して! 迫り来る呪霊の迎撃は僕がサポートに入ります!」
新たな門から次々と湧き出ずる強大極まりない呪霊の群れは、上空と海面を完全に支配する五条、夏油、および甚爾の三人の怪物が、狂気的な効率で片っ端から葬り去っていた。
そして地上、決壊の危機に瀕するトンネル内部の戦場では、過酷な防衛術式を維持するナマエの隣を、乙骨憂太がまるで守護者のように華麗に舞い、接近する有象無象の呪霊をその白刃で一刀両断にしていく。
一方、虎杖、伏黒、釘崎、狗巻、真希、パンダの若き術師たちは、押し寄せる呪霊を必死に祓いながら、決壊しかけたトンネルに取り残された一般人たちを必死に誘導し、助け出していた。
だが、現場は地獄絵図そのものだった。正式に、突然の災害に巻き込まれ、恐怖で正気を失いかけた一般人たちの苛立ちと絶望が、彼らへの怒声となって容赦なく浴びせかけられる。
「おい、何が起きてんだよ! なんで車を置いていかなきゃいけないんだ!」
「早くここから出せ! お前ら何者だ! 説明しろ!」
そんな理不尽な人間の醜い怒声と、それでも全員を絶対に救い出さなければならないという重すぎる責任感。肉体と精神の双方に、急激な疲れが見え始め、一、二年生たちの動きに、ほんのわずかな陰りが生まれ始めていた。
虎杖「くそっ……! 説明は後です! こっちです!とにかくこちらから引き返して! この先はもう完全に崩落して通れません!! 命が大事なら俺の言うことを聞いて走ってください!!」
虎杖悠仁は叫びながら、怯える子供を抱きかかえ、押し寄せる大人たちの波を必死にコントロールしようとする。その額からは大量の汗が流れ落ち、呼吸が乱れていた。
そんな彼らの限界を、ナマエが見落とすはずがなかった。彼女は汚泥が次々と噴出する地脈の門の正確な場所を腕の端末と脳内で緻密に計算し、次の浄化の手順を組み立てながらも、傷つき疲弊していく一、二年生たちの姿を心から心配していた。
ナマエ「みんな、まだ折れないで……っ! ――『ヒール』!!」
ナマエが叫すると、緑色の温らかな癒しの光が、最前線で戦う虎杖や恵、釘崎の全身を優しく包み込み、蓄積した肉体の疲労を一瞬で消し去っていく。
ナマエ「それから、こっちの配置には……『ヘイスト』!! ……っ、それと、目障りな遮蔽物は……『アイスニードル』!!」
ナマエの鋭い詠唱とともに、釘崎と真希の身体能力が爆発的に加速し、同時に彼らの背後に迫っていた醜悪な呪霊の眉間を、空間から生み出された無数の氷の針が正確に貫き、一瞬で肉体を消滅させた。
ナマエ「後方の敵の処理は終わったから! 悠仁くん、その目の前の車の中に残っている人を早く避難させてあげて……っ!」
釘崎「さんきゅ! 身体がめちゃくちゃ軽くなったわ! 助かったわ、ナマエさん! 虎杖! 右のデカいのがそっち行ったわよ、頼んだ!」
釘崎野薔薇は加速した身体で呪霊の攻撃を紙一重でかわすと、ナマエのサポートに心からの感謝を叫び、次の標的へと釘を打ち込む。
虎杖「あいよ! 任せとけって! ナマエさん、あの左のビルの影から這い出てくるキモい呪霊、そっちから狙えますか!」
ナマエ「了解しました! ――『エアスラスト』!! 棘くん、弾き飛ばした奴の後ろの処理を頼んだよ!」
ナマエの放った強烈な真空の刃が、指示された呪霊の巨体をまとめて後方へと激しく吹き飛ばす。
狗巻「しゃけ……っ! ――ぶっとべ!!」
狗巻棘は襟元を完全に引き下げると、呪言の術式を全開にして叫んだ。吹き飛ばされた呪霊の肉体が、その言葉の圧力によって空中でありえない方向にねじ切れ、完全に霧散していく。
過酷を極める戦場の中心で、高専の生徒たちと異星の観測者が、お互いの出力を完全に信じ合い、完璧なタイミングで連携を重ねていく。
呪霊を確実に祓い、同時に一般市民の命を一人でも多く救い出していく。
そのテンポよく、恐ろしいほどに息の合った極限の連携は、最悪の危機的状況のなかにあっても、彼らの胸の奥に独特の高揚感を生み出していった。
(……繋がっている。僕たちの心は、今、間違いなく一つになっているんだ)
ナマエの胸のなかに、かつてないほどの熱い感情が湧き上がっていた。この星の人間たちは脆く、時に醜い言葉を吐き出すけれど、こうして命を懸けて誰かを守ろうとする若き輝きは、宇宙のどの星の宝石よりも美しい。
限界を迎えつつある身体の痛みを忘れ、ナマエは生徒たちと共闘するその瞬間のなかに、確かな生きる意味を見出していくのだった。
一方、地上での息の合った共闘を上空から見下ろしていた五条悟は、ナマエが次々と一、二年生に放つ未知のバフ魔法の光の軌跡を「六眼」で観察しながら、愉快そうに口の端を釣り上げていた。
五条「へぇ……。ナマエのあの術式、ただの浄化だけじゃなくて、味方の身体能力を段階的に引き上げたり、治癒効果まで同時に付与できるわけだ。あんなの、呪術の反転術式や付与の縛りじゃ説明がつかないね。ほんと、どこまで便利で可愛いわけ?」
夏油「感心している暇はないよ、悟。ほら、君が『赫』で消し飛ばした津波の裏から、さらに悪趣味な特級の呪力反応がこちらに向かって急上昇してきている。……、どうやら、地脈の新しい門は、私たちの想像以上にこの星の『底』と深く繋がってしまっているようだ」
夏油傑は、自身の使役する巨大な龍型の呪霊の頭上に立ち、眼下の黒い海原を冷徹に睨み据えた。
彼の言葉通り、ナマエが必死に海底トンネルの崩落を『プロテス』で支え、生徒たちが一般人を逃がしているその直下――新しく開いた巨大な門の深淵から、それまでとは明らかに密度が異なる、禍々しい特級の「呪力の核」が、恐ろしい速度で海面へと浮上してくるのが分かった。
甚爾「チッ……。次から次へと、キリがねぇな。五条、夏油、お前ら上空の特級はさっさと片付けろ。ナマエの体力が削られてんだ、これ以上長引かせるとあのトンネルごとガキ共が海の底に沈むぞ」
呪霊の残骸を蹴り飛ばしながら海面から跳ね上がってきた伏黒甚爾が、特級呪具「天逆鉾」を無造作に肩に担ぎ直し、苛立ちを隠さずに二人に鋭く吠えた。
彼の視線は、遥か下方のトンネルの淵で、冷汗を流しながら必死に防壁を維持しているナマエの姿へと向けられている。その細い肩にかかる負担を、誰よりも早く、および正確に察知していたのは甚爾だった。
五条「言われなくても分かってるって。……、よし、じゃあ傑、甚爾。ここからはお遊びは抜きだ。ナマエが次の門のクレンジング配置に付くまでに、この海域にいる特級のゴミ溜めを、一匹残らず完全に消滅させるよ」
五条の言葉とともに、現代最強の術師たちの呪力が、夜の東京湾の全域を圧倒するほどの密度で膨れ上がり始めた。
崩壊の一途をたどる海底回廊と、それに対抗するナマエたちの連鎖する絆。運命の天秤は、激しい熱量を孕みながら、次なる決戦の局面へと傾いていくのだった。
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