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3章 星を継ぐ希求
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東京湾の海原を引き裂き、海底から次々と湧き出る大小様々な呪霊の群れ。人間の負の感情がじっとりと凝縮された、吐き気を催すような禍々しい圧が、空間の全方位から押し寄せてくる。
ナマエはその圧倒的な異形の景色と、肌を刺すような呪力の奔流に、思わず息を呑んで立ちすくみそうになった。
しかし、すぐに紫色の瞳を翻し、海上の大動脈――アクアラインの一般人たちがいる方へと視線を向けた。
突如として海底から鳴り響いた凄まじい地響き。そして、間髪入れずに何度も連続して発生する激しい地震。
異変を察知した車たちがパニックを起こしたのだろう。海上を横断するアクアラインのブリッジの上には、すでに赤いブレーキランプが無数に連なる、絶望的な大渋滞が発生していた。
「呪霊が発生するから」「大災害が起きるかもしれないから」――そんな未来の預言めいた、到底現代の法治国家には受け入れられない荒唐無稽な理由で、事前に国の交通の要所を完全に封鎖することは不可能だったのだ。
…だが、高専の張り巡らせたツテと政治的な圧力は、無駄ではなかった。
実際に災厄が発生した「その瞬間」に備え、一般車両の新たな侵入を絶対に許さないよう、アクアラインの川崎側、木更津側の両入り口には、すでに補助監督が迅速に配備され、実力行使での封鎖が完了していた。
海ほたるの上やトンネル内では、虎杖悠仁をはじめとする高専の生徒たちが、迫り来る呪霊を相手に獅子奮迅の戦いを繰り広げながらも、身動きの取れない一般の交通と避難誘導を必死にサポートしていた。
虎杖「おい! 前の車、危ねぇから早く進んでくれ!!」
伏黒「急げ! 呪霊のターゲットが車内の人間に移る前に、車を移動させるんだ! 釘崎、左から来てる羽虫の群れを叩き落とせ!」
釘崎「言われなくたってわかってるわよ! このクソ虫ども、私の新しい上着に汚れをつけたらタダじゃおかないんだからね! 響け、芻霊呪法――『簪』!」
生徒たちが泥臭く命を懸けて地上を守る中、遥か上空の空中では、五条悟と夏油傑が現実離れした規模の術式を展開していた。
五条の「蒼」が空間を歪めて特級呪霊の四肢をねじ切り、夏油が使役する巨大な特級呪霊の群れが、海面から這い上がろうとする呪詛を次々と喰らい尽くしていく。
さらにその足元、荒れ狂う海面すれすれの戦場では、伏黒甚爾が呪霊の巨大な肉体を冷酷に足場にしながら、弾丸のような速度で目まぐるしく駆け回り、特級の核を「天逆鉾」で容赦なく一刀両断にしていた。
甚爾「オラァ! どこ見てやがる、デカブツ! お前らの相手はこっちだ。ナマエの邪魔をするんじゃねぇよ!」
遥か遠くで戦う彼らの、あまりにも圧倒的で、そして言葉にできないほどに頼もしい背中を見つめ、ナマエは胸の奥で熱い塊を飲み込むようにして、一人深く頷いた。
(……、みんなが、命を懸けて道を切り開いてくれている。僕も、自分の果たすべき仕事を全うしなければ)
ナマエは決意を瞳に宿し、最初に施術を施した、すべての歪みの元凶である汚泥のファーストポイントへと近付いていった。
海底から噴き出した漆黒の汚泥と地深くで脈を同じくするこのポイントは、数日前に最初に来た時よりも、その色も、鼻を突く悪臭も信じられないほどに濃くなっていた。
まるで膿みきった巨大な傷口が、ドクドクと不気味に脈動しているかのようだ。
ナマエ「……っ、ひどい。これが、この星の深部の状態だというの……?」
その凄惨な汚染の度合いに、ナマエの胸は締め付けられるように痛んだ。
これほどまでに、地球という星の地脈は人間の業に汚染され、音もなく苦しんでいたのだ。今こうして地上に噴き出しているのは、深部に溜まった膨大なエネルギーの、ほんの一部分に過ぎない。
深部から伝わってくる汚泥の、あまりにも生々しく重苦しい質の違いに、ナマエは深い心悲しさを覚え、瞳に涙を滲ませながらも、これ以上の汚染を止めるために静かに詠唱を始めた。
ナマエ「天の審判よ、地の深淵まで貫け。変質せし黒き澱み、永き怨嗟の泥をすべて灼き、根源たる銀の輝きへと従わせたまえ。」
ナマエが小さく美しい両手を天へと掲げ、冷涼な夜気の中、空中に複雑な未知の幾何学紋様を刻み込んでいく。
彼女の動きに呼応するように、ナマエの足元のコンクリートには、青白く輝く神秘的な魔法陣が、幾重にも重なり合うようにして眩く出現した。
ナマエ「轟け、聖なる賛歌。還れ、万物の理へ。」
星の血管たる地脈の傷口を、ナマエの放つ純白の光の紋様が、優しく、けれど絶対に逃がさない強固な力で縛め、浄化していく。
ナマエ「さあ、狂える大地よ。因果の毒を吐き出し、今こそ汚れなき神域の息吹を宿せ……っ!」
刹那、ナマエの身体を中心として、爆発的な青白い光の波動が海中へと解き放たれ、暗黒の海底を神秘的なまでに美しく照らし出した。
ナマエの圧倒的な浄化のエネルギーと、空間の門を物理的に閉鎖する封印のプロトコルが、正確に地脈のコアへと到達する。その瞬間、あれほど激しくアクアラインのブリッジを脅かしていた呪霊の噴出が、嘘のようにピタリと停止した。
ナマエ「はぁ、はぁ……。やった、のか……?」
ナマエは荒い息を吐きながら、光が収束していく地脈の傷口を見つめた。
汚泥の噴出は収まり、世界に一瞬の静寂が戻ったかのように思えた。
が、……これほどの規模のシステム干渉が、無傷で済むはずがなかった。
ナマエの予想通り、および最悪のシミュレーションの通り――この強力な聖なる刺激により、蓄積されていた別ルートの地脈の圧力が限界を迎え、さらに巨大な「新たな門」が、別の座標でその悍ましい口を開いたのだ。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!』
先ほどまでの地震とは明らかに一線を画する、脳髄を直接揺さぶるような大轟音を立てて、アクアラインを支える大直下の大地が激しく揺れ動いた。
海面は狂ったように沸き立ち、まるで巨大な怪物が底から身悶えしているかのように、猛烈な大波が荒立ち始める。
釘崎「きゃああっ?! なによコレ……っ、さっきの揺れなんかより、比べ物にならないくらい揺れが強い……!! おまけに、波が……っ!」
釘崎野薔薇はブリッジの欄干にしがみつきながら、海底から迫り来る圧倒的な水の壁を見上げて悲鳴を上げた。
新しく開いた地脈の門から放出された凄まじい衝撃波によって、アクアラインに向かって、ビルをも飲み込まんばかりの、漆黒の巨大な大波が怒涛の勢いで押し寄せてこようとしていた。
夏油「おっと……。これは少々、洒落にならない規模の津波だね。悟、どうするかい?」
夏油傑は上空で前髪を揺らしながら、眼下に迫る大自然と呪力の複合的な暴力を見つめ、声音こそ冷静だが、その切れ長の瞳にはかつてないほどの深刻な光を宿していた。
五条「どうするもこうするもないでしょ。ナマエがせっかく一つの門を命がけで閉じてくれたんだ。これ以上の被害を出して、彼女にまた悲しい顔をさせるわけにいかないよねぇ!」
五条悟は空中でアイマスクを完全にむしり取ると、狂気的なまでに美しい「六眼」を限界まで見開き、その指先を突き出した。
五条「傑、生徒たちの防衛は任せたよ。あのデカい波ごとき、ボクの『赫』で文字通り塵も残さず吹き飛ばしてあげるからさ!」
急激に上昇していく戦場の熱量と、さらなる深淵からの反発。
本当の地獄の幕開けを前に、ナマエは新たな門の座標を睨み据えながら、再びその細い身体に力を込めるのだった。
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