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3章 星を継ぐ希求
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夜蛾学長が席を外した作戦室の重い空気のなか、五条悟と夏油傑は、散らばっていた生徒たちを一つの大きな円卓の周りへと呼び集めた。
夜蛾学長が先ほどまで指示を出していた司令官用のメイン端末へと、五条が長い指先で軽快にアクセスすると、同期されたAIソフィアのシステムが即座に起動する。
部屋の明かりを落とし漆黒に染まった空間に、鮮やかな青と緑のホログラム光が爆発するように広がった。
映し出されたのは、東京湾アクアラインを精巧に縮小した、立体的な箱庭のビジョンだった。
ソフィアの冷徹な合成音声が、冷たく響き渡る。
AIソフィア「これより、マスター・ナマエから共有された最新の予測データを基に、アクアライン地下層における局地防衛作戦の最終シミュレーションを再生します。現段階において、湧出する呪霊の正確な総数および最大規模は未定です。不確定要素を多分に含みますが、基本プロトコルに変動はありません」
ホログラムの箱庭のなかで、無数の赤い光の粒子――呪霊の群れ――が、地下の海底トンネルから津波のように噴き出してくる様子が再現される。
だが、その絶望的な光景を文字通り一瞬で塗り替えるように、五条、夏油、そして甚爾の三人を模した光のミニチュアが、凄まじい速度で戦場を駆け抜けていく。
五条のミニチュアが空間を圧搾して呪霊を消し飛ばし、夏油の操る呪霊の群れが敵を喰らい尽くし、甚爾の残像が特級の核を容赦なく叩き割る。その圧倒的な殲滅劇の直後、白く輝くナマエの光体が地脈のコアへと到達し、冷涼な波動を放ってドス黒い汚泥の噴出をぴたりと鎮める様子が、流れるような美しいシミュレーション映像として映し出された。
さらに、その最前線の背後で、高専の生徒たちのミニチュアが、複雑に交差するアクアラインの避難連絡坑や側道を立体的に駆け抜けていく様子が、実に細かく描写されていく。
虎杖「うおっ、すげー! 見ろよ! ホログラムの中で俺がめちゃくちゃ俊敏に動いてる! 異世界の技術ってマジで半端ねぇな、これ、格ゲーのキャラ選択画面みたいでテンション上がるわ!」
虎杖悠仁は目をキラキラと輝かせ、自分の姿をした光のミニチュアが呪霊を殴り飛ばすモーションを指差して子供のように燥いでいた。その無邪気な熱量に引っ張られるように、周囲の空気もわずかに和らぐ。
乙骨「本当に……、とてもわかりやすいですね。個々の呪力の特性や移動速度まで完全に計算に入っている。……、本番でも、こんな風にすべてが上手くいくといいのですが」
乙骨憂太は感嘆の溜め息を漏らしながらも、その柔らかな瞳の奥に、かつてないほどの慎重さと緊張の光を宿していた。計算通りにいかないのが呪術の戦いであることを、彼は身をもって知っているのだ。
真希「はん、馬鹿言え。シミュレーションはどこまでいってもシミュレーションだ。お前ら、映像の綺麗さに目を奪われて気ぃ抜くんじゃねぇぞ。実際の現場はもっと泥臭くて、一瞬の迷いが命取りになる。特に一年坊主ども、足引っ張ったらその場で叩き直すからな」
釘崎「わかってるわよ、真希さん! スカしたビジョン通りになんて動けるわけないじゃない。泥水啜ってでも、絶対に死ねないんだから!」
釘崎野薔薇は不敵な笑みを浮かべてみせた。
狗巻棘も「しゃけ、おかか」と短く言葉を添え、それぞれの武器の最終点検に余念がない。
そんな騒がしい掛け合いのなかで、伏黒恵だけは、腕を組んだまま一言も発さずにホログラムの青い光をじっと見つめていた。
彼の脳裏を満たしていたのは、昨晩、あの透明なドームテントのなかで、ナマエと語り合ったあの至高の温もりと、目覚めの瞬間に全身を包んでいたあの甘やかな香りの残滓だった。
(……また、あの人と話したい。まだまだ、俺の知らない宇宙のことや、彼女自身のことを、もっとたくさん知りたいんだ)
高専という過酷な環境のなかで、常に誰かのために命を捨てる覚悟ばかりを磨いてきた恵にとって、これほど強烈に「生きたい」と、一人の女性の存在を理由に未来を渇望する衝動は初めてのことだった。
今夜、この未曾有の決戦を、どんなに無様であっても、何としてでも生きて生き抜いて、彼女の待つあのセトルドームへ帰る。伏黒は胸の奥で、静かに、けれど誰よりも熱く鉄のような決意を固めるのだった。
それぞれが限られた時間のなかで武器を研ぎ、呪力を練り、決戦の準備を終える。
いよいよ、世界の境界が最も薄くなる、深い夜がやってきた。
作戦開始の時刻が近づくにつれ、高専の敷地内には、重苦しい静寂と、爆発寸前の熱気が同居し始める。
大舞台を前にして、逆にアドレナリンが滾り精神を高揚させる五条や甚爾のような規格外の怪物たち。
己の任務の重さに耐えかねるように、静かに胃を焦がすような緊張に身を置く補助監督たち。
正式に、互いの背中を守り抜くという絶対の決意を胸に抱き、静かに瞑目する生徒たち。
誰もが、それぞれの想いと、譲れない命の価値を胸の奥に深く抱き締めながら、運命の刻限を待っていた。
夕闇が完全に深まり、漆黒の闇が東京湾の海原を覆い尽くす頃。
セトルドームの高度な空間転移システムが密かに作動し、一同の身体は光の粒子へと分解され、次の瞬間には、アクアラインの巨大な海底構造物の内部へと、音もなく静かに降り立っていた。
そこは、一般の利用客が決して立ち入ることのない、自動車専用道路の真下に位置する避難連絡坑だった。
太陽光発電から蓄電されているであろう無機質なLEDの人工照明が、一定の間隔で天井についているものの、空間全体は酷く薄暗く、海の底特有のじっとりとした湿気が肌にまとわりつく。
頭上の本線を通り過ぎてしていく大型車両の重々しい振動が、コンクリートの壁を伝って「ゴウゴウ」と、地獄の底の地鳴りのような音を立てて絶え間なく響き渡っていた。
ーーここが、今夜の地獄の最前線だ。
汚泥が完全に噴き出し、地脈の『門』がその巨大な顎を開けば、それがすべての戦闘のスタートを告げる合図となる。
ナマエの手元の高精度端末が激しく明滅し、空間に冷たい警告音が鳴り響いた。
AIソフィア「マスター、警告です。現在、地下最深部における初期施術ポイントへの負の汚泥の流入が、予測を上回る速度で急速に発達しています。臨界点突破まで、あと3分を切りました」
ナマエ「ありがとう、ソフィア。……、やはり、一度形成されてしまった歪みの『門』は、すでにエネルギーの通り道としての経路が出来上がっている分、二度目の噴出の勢いが増しやすいんだ。みんな、気をつけて……っ」
ナマエは法衣の襟を正し、緊迫した声を絞り出した。彼女の瞳は、すでに防壁の向こう側で狂い咲こうとしている膨大な負の質量を正確に捉えている。
五条「……。いよいよ、お出ましってかな」
五条悟は、いつもなら完全に引き締めている黒いアイマスクの端を、長い指先でぐいと持ち上げ、その下に隠された「六眼」の、吸い込まれそうなほどに美しい蒼眸を剥き出しにした。
その視線が、隣に立つナマエの瞳と、一瞬だけ熱く、確かなアイコンタクトを交わす。
ナマエ「はい……。いつでも、いけます」
五条「よし! じゃあみんな、予定通りに派手に暴れておいで。行くよ!」
現代最強の呪術師の傲岸不遜な号令が、湿った地下坑道に響き渡った。
その声を契機として、夏油、甚爾、および生徒たちが、それぞれの防衛配置へと一斉に弾け飛ぶようにして散りはじめた――。
――直後だった。
『ドォオオオオン!!!!』
鼓膜を完全に破壊せんばかりの、凄まじい地盤沈下のような爆音と轟音が、海底の全方位から炸裂した。
巨大地震など生ぬるいと思わせるほどの強烈な激震が、コンクリートの床と壁を激しく揺らし、構造物全体がきしみの悲鳴をあげる。東京湾の海中、そのさらに地底の底に眠っていた地脈の門が、ついに完全にへし折れ、開門したのだ。
周囲の重力を完全に無視し、一目散に上空の海上スペースへと場所を移した五条は、眼下に広がる光景を見下ろした。
漆黒の海原を真っ二つに叩き割るようにして、地下から噴き上がってきたのは、現実の物理法則を汚染するような、ドス黒い負の汚泥の巨大な水柱。そしてその汚泥のなかから、数千、数万という単位の無数の呪霊たちが、金切り声をあげながら夜空へと噴き出していく。
…世界が終焉を迎えるかのような凄絶な光景を前にして、五条悟は不敵に、そして心底楽しそうに唇を吊り上げ、喉の奥から「ふぅ」と、熱い歓喜の息を吐き出した。
五条「ふふ。……、さぁて、最悪の災厄様との、ご対面~、と。傑、甚爾、遅れんなよ!」
蒼い閃光が、夜の海原を引き裂くようにして、最悪の戦場の真ん中へと突き刺さっていった。
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