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3章 星を継ぐ希求
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高専の森を揺らす夜風が、見えないはずの境界線を撫でていく。
五条悟と夏油傑は、甚爾とナマエが消えた空間の「歪み」を正確に捉えていた。
二人が「そこにある」と確信して足を踏み出した瞬間、夜の闇を裂いて白亜のドームが網膜に飛び込んでくる。
この世の物理法則を嘲笑うかのような、滑らかで未来的な造形。
ナマエ「ん? ……本当だ。あの二人が来てる。……甚爾さん、なんで分かったの?」
ドームのリビングで、ナマエが操作パネルから顔を上げた。
甚爾はソファに深く沈み込み、長い脚を組んで既にグラスを傾けている。その口元には、追手が来ることを確信していた者の、不遜で余裕たっぷりな笑みが浮かんでいた。
甚爾「分からねぇわけねぇだろ。あの執念深いお坊ちゃん共が、俺たちを二人きりにさせておくなんて、明日槍が降るよりあり得ねぇよ」
その予言を裏付けるように、玄関が気密音を立てて開き、五条と夏油が堂々と、まるでお気に入りのカフェにでも入るような気軽さで足を踏み入れてきた。
五条「やぁ、お邪魔するよ! 結構セキュリティ緩いんじゃない? ナマエー♪」
夏油「お疲れ様。……随分と寛いでいるようだね、甚爾」
ナマエ「悟さん、傑さん。……よく場所が分かりましたね」
ナマエは感心したように目を丸くしたが、甚爾の機嫌は一瞬で急降下した。彼は鼻を鳴らすと、手元の虚空を指先で弾く。
甚爾「ソフィア。このソファを今すぐ切り離せ。こいつらと一緒に座るなんて、酒が不味くなって敵わねぇ。俺専用の一人掛けに変えろ」
AIソフィア「了解しました。……マスター甚爾のパーソナルスペースを確保します」
甚爾が座っていた長いソファの一部が、まるで生き物のように分離・変形し、重厚な独立型の椅子へと姿を変えた。そのあまりに自然な「我が物顔」に、五条が眉を跳ね上げる。
五条「ちょっと! 甚爾ってば、いつの間にかマスター甚爾とか呼ばれて、権限とか使いこなして、すっかり主人気取りじゃん? 気に食わないねぇ。……ソフィア! ボクにも同じ権限ちょーだい。管理者モードにログインさせて?」
AIソフィア「現在、個体:五条悟への権限付与は不可です。ゲストモードでお楽しみください」
五条「ケチ。銀河のAIは融通が利かないなー!」
五条は唇を尖らせたが、ソフィアは動じることなく、二人の前に透明なガラスのようなタブレット端末を浮かび上がらせた。
AIソフィア「端末メニューより、お好きなお飲み物やお食事をご注文ください。分子調理システムにより、すぐにご提供致します」
夏油「……ほう、これは面白いね。……悟、何にするかい?」
五条「んー、この『銀河のユニコーンパンケーキ』っての気になる! 傑は? 呪霊の味よりはマシでしょ」
二人が子供のように楽しげに端末を選んでいるのを横目に、甚爾は無言で追加の飲み物と、艶やかなローストビーフに濃厚なチーズが盛られたおつまみプレートを注文した。
空中に現れたプレートを慣れた手つきで受け取り、肉を頬張る。
ナマエ「……はぁ。ぁーあ。賑やかね。……僕はこれ、明日までにまとめなきゃいけないのにぃ…」
ナマエは三人の男たちを無視するように、再びホログラムのキーボードを猛烈な勢いで叩き始めた。アクアラインの地脈データが、彼女の疲れた横顔をネオン色に染めている。
甚爾「……おい。せっかく二人になれたってのによ、お前ら何しに来たんだ? ここに用がねぇなら、さっさと高専のボロい寮に帰れよ」
甚爾は、五条と夏油を心底邪魔くさそうに睨みつけた。
五条「お前がナマエを独り占めなんて、そんな理不尽許せないだろ? ……いいこと思いついた! ボクたちも今夜はここに泊まっちゃおっかな。ねぇナマエ、いいよね?」
夏油「いいじゃないか。わざわざ高専の敷地内に家を置いてくれたんだ。仲良くしようよ。……夜通しアクアラインの戦略を練るのも、重要だと思わないかい?」
ナマエ「……え? あなたたち、自分の部屋があるでしょ? ……部屋を増設すること自体は簡単だけど……逆に不便じゃないの?」
甚爾「おいナマエ、余計なこと言うな! 部屋なんて増やさなくていい、俺一人で十分だろ!」
甚爾が怒鳴るが、五条は間髪入れずに言葉を被せる。
五条「決まりだね! じゃあソフィア、ボクと傑、それから甚爾。……三人分、最高に居心地のいい部屋を作って!」
甚爾「待て! ソフィアがさっき、せっかく共寝を勧めてくれたんだ。俺はナマエと一緒の部屋でいい。……俺たちは銀河が認めた夫婦なんだよ。お前ら外野と一緒にすんな」
甚爾の「夫婦」という言葉に、夏油の眼光が冷徹な殺意を帯びた。
夏油「ハハ! 甚爾、……君は少し配慮というものが足りないようだね。ナマエは見ての通り疲れているんだ。誰のベッドを選ぶか、あるいは一人で休むか、彼女には選ぶ権利があると思わないか? 逃げ場のない密室で、無理やり既成事実を作ろうなんて、野蛮が過ぎるよ」
五条「そーだそーだ! 紳士じゃないねぇ, 甚爾。ここは公平に、ボクらが隣で添い寝してあげる権利だってあるはずだ!」
三人の男たちが、ナマエの身を巡って火花を散らす。その中心で、ナマエはついにキーボードを叩く手を止め、深く、深いため息をついた。
ナマエ「……いや。僕は一人で寝るよ。心底疲れてるの」
ナマエは三人を、まるで聞き分けのない生徒を見る教師のような冷ややかな目で見据えた。
ナマエ「一泊だけだよ? いいね? 僕はあまり賑やかなのは好きじゃないんだ。……ソフィ、リビングから独立した宿泊モジュールを三つ、即時生成して」
AIソフィア「了解しました。……マスター・ナマエの要請により、プライベートを確保した個室を作成します」
ナマエが空中のパネルをスワイプすると、リビングの壁面が静かにスライドし、同一規格の扉が三つ出現した。
ナマエ「部屋の仕様は、その手元の端末から設備やライティングのカラーを選んで。その端末は部屋に持って行ってもいいけど……あまり夜更かしして騒がないように。明日は朝から夜蛾学長たちへの説明があるんだから」
ピシャリと言い放つナマエの迫力に、最強の二人も、歴戦の賞金稼ぎも、一瞬だけ気圧されたように沈黙した。
甚爾「……チッ。……はぁ。……せっかく抱いてやろうと思ってたのによ」
甚爾は計画を完全に潰されたことに苛立ち、グラスに残った酒を一気に煽って、荒々しく舌打ちをした。
その本音を聞き逃さなかった五条と夏油が「絶対にさせないからな」と視線で追撃する。
五条「いーじゃん、お泊まり会! ボクは青い部屋にしようかなー。ナマエ、後で見回りに来てよね?」
夏油「……私はモノクロのテイストが選べるか試してみるよ。ナマエ、おやすみ。いい夢を」
ナマエ「はいはい。おやすみなさい。……甚爾さんも、その椅子で寝落ちしないで、ちゃんと部屋に入ってね」
ナマエはそう言い残すと、自らのプライベートルームへと吸い込まれるように消えていった。
…残されたリビングには、微妙な距離を保った三人の男たちが。
ソフィアが自動で照明を落とし、ムーディーな音楽が流れ始めるが、そこに流れる空気は極めて険悪だった。
五条「……さて。甚爾。夜這いなんて考えたら、ボクの『蒼』でこのドームごと吹き飛ばすからね」
夏油「私も協力しよう。……ナマエの安眠を守るためだ。……異論はないね?」
甚爾「……ハッ! お坊ちゃん達と一つ屋根の下かよ。……予定ダダ崩れだぜ」
三人の男たちは、互いを牽制するようにそれぞれの部屋へと引き上げていった。
高専の森にひっそりと佇む白亜のドーム。
その中では、地球の運命を握る魔術師と、彼女に焦がれる最強の男たちが、一つの屋根の下で歪な夜を更かしていく。
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