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3章 星を継ぐ希求
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アクアラインの深淵に潜む災厄。
その全容が語られた後の食堂には、形容しがたい静寂と、それ以上に重苦しい熱気が沈殿していた。
夜蛾は明日、上層部への報告と具体的な作戦立案を行うと宣言し、一同は一旦解散を命じられる。
しかし、自由時間という名の免罪符が与えられた瞬間、最も早く動いたのは、やはりあの「番」を自称する男だった。
甚爾「さ、ナマエ。まずは"俺たち"の家の場所でも確認しにいこーぜ。自分の基地をどこに張るかは死活問題だからな」
甚爾はナマエの細い肩に腕を回し、当然のように彼女を自分の方へ引き寄せた。
その口振りには、セトルドームがもはや自分専用の要塞であるかのような独占欲がこれでもかと詰め込まれている。
ナマエ「……甚爾さんは、高専にちゃんとお部屋があるのではないですか? セトルドームの設置は僕だけでも大丈夫です! 何の手間もかかりませんから、ご心配なく」
ナマエは困ったように彼を見上げ、丁寧に、けれど明確に距離を置こうとする。
その必死な拒絶とも取れるやり取りを、家入硝子と夜蛾正道は冷めた、あるいはどこか呆れたような目で見守っていた。
硝子「……盛り上がってんの、アイツだけなんじゃないの? 全く、見苦しいねぇ」
夜蛾「ハッ。あの二人への当てつけでもあるんだろう。大人気ないとは思うが、あんな甚爾は初めて見るな」
夜蛾の視線の先では、五条と夏油が獲物を狙う猫のような目を光らせ、甚爾の背中を射抜かんばかりに睨みつけていた。
しかし甚爾はそんな殺気など心地よい風ほどにも感じていない様子で、ナマエを半ば強引に月明かりの元へと連れ出した。
硝子はポリポリと頭を掻きながら、その不釣り合いな二人の背中を見送る。
…その後を、五条と夏油がイタズラを企む子供のような、けれど底冷えする微笑を湛えて、音もなく追っていった。
高専の北側、地脈が安定し、鬱蒼とした木々に囲まれた一角。月明かりすら届かないその場所で、甚爾は足を止めた。
甚爾「……ここら辺でどうだ。あんまり人は来ない上に、校舎からもほどよく距離がある。……万が一、お前が大きな声で叫んだって、誰の迷惑にもかからんだろうさ。……俺とお前で、安心して楽しめる」
甚爾はニヤリと唇を吊り上げ、ナマエの耳元で低く囁いた。
その言葉に含まれる、卑猥で独占的な意図。
しかし、ナマエは驚くほどに平然とした顔で周囲を見渡した。
ナマエ「場所は良さそうだね。ここならセトルドームを最大出力で顕現したり、必要に応じて拡張する場合にも、建物や植物の邪魔にはならなそうだわ。……叫ぶって、VRゲームでもするつもり? 確かにあれ、没入感が凄くてつい声が出ちゃうものね」
甚爾は一瞬、毒気を抜かれたように虚を突かれた。
この二千年の時を生きる魔術師は、戦いや理には鋭いが、こういった世俗的な下心には、絶望的なほどに鈍感だった。
甚爾「……VRゲームか。あぁ、…そうだな。お前が腰を抜かして泣いて謝るくらいには、ハードな『遊び』を期待してるぜ」
ナマエ「負けないわよ? 僕、こう見えて反射神経には自信があるんだから。……よし、じゃあ設置するわね」
ナマエが左腕の端末を操作すると、暗闇の中に青白いデジタルグリッドが走り、地面を正確に測量していく。
次の瞬間、空間が波打つように歪み、何もない場所にあの地中海の景色を内包した白亜のドームが、音もなく顕現した。
ナマエ「……よし。明日にでも、夜蛾学長や硝子さんはまず招待しなくちゃだめだよね。やっぱり、魔法で隠れた建物があるなんて怪しすぎるもの。……信頼してもらうには、まず手の内を見せないと」
ナマエはセトルドームのハッチへと歩みを進める。その背中を追おうとした甚爾は、不快そうに舌打ちをした。
甚爾「……あいつらを呼ぶのか? チッ、余計なことを。せっかくのお前と俺との『秘密基地』じゃなくなっちまうだろうが。……俺は、他の男にここを踏まれるのは好きじゃねぇんだよ」
甚爾は迷いなく、次元の壁を通り抜けてドームの中へ踏み込んだ。
ナマエ「それでいいんだよ。協力を仰ぐなら、信頼は大切なんだもの。……『僕は怪しくないですよ』ってアピールして、皆に安心してほしいじゃない」
ドーム内に足を踏み入れたナマエは、すぐさま機材の点検と片付けに取り掛かった。
ソフィアに指示を出し、セキュリティレベルをゲストモードに調整していく。
甚爾「……お前、お人好しにも程があるだろ。あいつら、特にお坊ちゃん二人は、ここを偵察に来るつもりだぜ。……お前をどうやって奪い返すか、その隙を伺いに来るに決まってんだ」
甚爾はドーム内のリビングにあるソファにドサリと腰を下ろし、冷蔵庫から勝手に冷えた飲み物を取り出した。
ナマエ「奪い返すも何も、僕は誰のものでもないよ。……でも、確かに悟さんと傑さんは、少し過保護すぎるところがあるわね。……あ、甚爾さん、そこのパネル触らないで! それ、アクアラインのシミュレーターだから!」
甚爾「あぁ? ……分かってるよ。俺はただ、俺の妻が一生懸命働いてるのを、特等席で眺めてたいだけだ」
甚爾は不敵な笑みを浮かべ、カチリと飲料のプルタブを開けた。
ドームの外では、暗闇に紛れた二つの影が、その「見えない壁」の向こう側に意識を集中させている。
東京湾の底で眠る災厄を前に、高専の森の一角では、宇宙規模の「主権争い」が静かに、けれど激しく火花を散らしていた。
ナマエ「……もう。甚爾さんは、そこで大人しくしてて。……ソフィ、寝室の準備はできてる?」
AIソフィア「はい、マスター。個体:甚爾のバイタルデータに基づき、最適化されたリラクゼーション環境が整っております。……共寝の準備も万全です」
ナマエ「共寝とか言わないで! 甚爾さんはソファでしょ!」
甚爾「ハッ! 誰がソファで寝るかよ。……俺は『夫』だぜ。……お前の隣以外に、寝る場所なんてねぇだろ」
夜のドームに、ナマエの抗議の声と、甚爾の低い笑い声が溶け合っていく。
それは、嵐の前の、あまりに騒がしく、歪な安らぎの刻だった。
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