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2章 囚われの魔術師
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ーーー寝室を満たしていた濃密な情欲の余韻が、空気の振えと共に凍りついた。
甚爾の逞しい肢体がナマエの隣に横たわり、事後の重い呼吸を整えようとしたその瞬間、部屋の隅々に張り巡らされた不可視のスピーカーから、一切の抑揚を排した機械合成音声が響き渡った。
AIソフィア「個体名:ナマエ。身体および精神の生存戦略に基づくシミュレーションを実行しました。……先刻、未登録個体との生体結合を検知。解析の結果、当該個体を種存続のための『
微睡みの中で、甚爾の体温に浸っていたナマエの意識が弾かれたように覚醒する。
彼女は乱れた髪を振り乱し、震える手でシーツを胸元まで引き上げた。
ナマエ「……え? ……まってソフィ、今、なんて言ったの?
AIソフィア「本機に冗談の機能は実装されていません。再宣言します。マスター、貴女の魔力核は限界です。この星の地脈汚染、いわゆる『呪力』による侵食を中和するため、個体:甚爾を最適な受け皿、すなわち『番』として認定しました」
ナマエの顔から血の気が引いていく。彼女は必死に声を張り上げ、管理者としての絶対命令を口にした。
ナマエ「ソフィ、緊急プロトコル発動! セキュリティレベルを最大に引き上げて。……この男、伏黒甚爾を今すぐドームの外へ放り出して!」
しかし、返ってきたのは、かつてないほど冷徹で、事務的な拒絶だった。
AIソフィア「却下します。番として登録された個体:甚爾の排除は、マスターの精神安定を著しく損なう恐れがあると判断。現在、彼のバイタルデータは極めて安定しており、マスターの保護および魔力洗浄に適した『完全絶縁体』であると確定されました。……干渉を受け入れなさい」
ナマエ「嘘……。私の家なのに、私の言うことが聞けないっていうの?」
絶望感がナマエを襲う。二千年間、唯一の味方であり、忠実な僕であったはずのAIが、目の前の「侵略者」を肯定し、自分を裏切ったのだ。
隣で事の成り行きを聞いていた甚爾が、低く、愉悦に満ちた笑い声を漏らした。彼は肘をついて身を起こすと、混乱に震えるナマエの耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかける。
甚爾「……ククッ、傑作だな。……ほら、お前の家も『もっと可愛がってもらえ』って言ってるぜ、お嬢ちゃん」
ナマエ「……っ、笑わないで! 甚爾さん、貴方も何か言ってよ。……ソフィ、彼はただの護衛監視役なの。番なんて、そんな非論理的なこと……」
AIソフィア「非論理的なのはマスターの主観です。ソフィアの解析によれば、個体:甚爾はこの星の汚染物質に対し、二千年の観測史上、最も清浄な肉体を維持しています。彼は貴女を侵食する毒から守る盾となれるでしょう。……個体:甚爾、本機の判断に異論はありますか」
甚爾はニヤリと口角を上げ、空中に浮かぶ発光体――ソフィアの端末へと視線を向けた。
甚爾「異論? あるわけねぇだろ。……『
ソフィア「肯定します。番である貴方には、マスターと同等の生活維持権限が付与されました。……また、マスターの魔力核維持のため、定期的かつ持続的な生体結合行動を推奨します」
甚爾「ははっ、至れり尽くせりじゃねぇか。……おいナマエ、聞いたか? 機械様のお墨付きだぜ。……お前の『任務』ってやつの中に、俺と励むことも追加されたわけだ」
ナマエ「……最悪。……もう、信じられない……」
ナマエは枕に顔を埋め、声にならない悲鳴を上げた。
ソフィアの冷徹な声が、追い打ちをかけるように寝室に流れる。
AIソフィア「マスター、羞恥心による心拍数の上昇を確認。しかし、これは生殖本能の活性化を助長するプラスのノイズと断定。……個体:甚爾、引き続きマスターのバイタル管理を委託します。……本機はこれより、外部結界の再構築に移行」
甚爾「おう、任せとけ。……こいつが二度と変な薬を盛ったりしねぇように、骨の髄まで俺の体温を染み込ませてやるよ」
甚爾の大きな手が、再びナマエの腰を引き寄せ、シーツを剥ぎ取る。
ナマエ「……やめて、……甚爾さん、……もう、疲れ……っ」
甚爾「疲れたなら寝かせてやるよ。……俺の腕の中でな」
窓の外では、ソフィアによって強化された結界が、麻生山の闇を完全に遮断していた。
逃げ場を失った白亜の檻の中で、異邦の魔術師は、最強の「番」として認定された男の腕に、再び沈んでいくしかなかった。
機械の冷たい祝福と、男の野性的な独占欲。
その二つに挟まれたナマエの心は、二千年の歴史の中で最も激しく、そして甘く掻き乱されていた。
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