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2章 囚われの魔術師
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医務室の窓からは、春の柔らかな日差しが校庭を照らしているのが見えた。
どこからか、学校特有のチャイムの音がキーンコーンカーンコーンと鳴り響く。 ナマエ はその音を耳にするたび、自分が今、本来いるべきではない異界の檻に囚われていることを痛感し、重いため息をついた。
背後では、硝子がカルテか何かにペンを走らせる、カリカリという乾いた音が一定のリズムで聞こえている。その音だけが、この部屋で唯一信じられる現実のように思えた。
ナマエ は意を決して、硝子のデスクへと歩み寄った。
ナマエ 「……硝子さん。少し、お話してもいいですか」
硝子「ん、何? お悩み相談なら、タバコ一本分くらいなら付き合ってあげるけど」
硝子はペンを止め、椅子を回して ナマエ を正面から見据えた。その視線には、五条たちの放つねっとりとした情欲とは違う、医師としての冷静さと、年上の女性としての包容力が宿っている。
ナマエ は無言で左腕を掲げると、指先で空をなぞった。
空間にジジ、と微かなノイズが走り、青白い光を放つ光パネルが浮かび上がる。硝子の目が、驚きにわずかだけ見開かれた。
硝子「へぇ。それが噂のオーバーテクノロジーってやつ? 随分とスタイリッシュなiPadね」
ナマエ 「……私の住居、セトルドーム内の映像です。見てください」
パネルに映し出されたのは、無機質ながらも洗練された、未来的な居住空間だった。だが、そこに並ぶ無数のモニター群は、すべて血のような赤色に染まっている。
画面の至る所で「WARNING」「ERROR」といった不吉な警告文が点滅し、システムが崩壊の危機にあることを告げていた。
ナマエ 「買い物の途中で連れてこられたので、家の回収ができていないんです。あの家はこの結界の外にある。……警告の内容も確認したいし、中の荷物も……衣服も、すべてあそこに残したままなんです」
切実な訴えだった。幾多の旅を共に歩んできた唯一の「城」が、今この瞬間も機能不全を起こしている。
ナマエ の瞳に、隠しきれない焦燥の色が浮かぶ。
ナマエ 「お願いです。一度、あそこに戻らせてください。……このままでは、私のすべてが消えてしまう」
硝子は顎に手を当て、うーん、と唸りながらモニターを見つめていた。確かに、着替えの一つもない現状は、女性として耐え難いものだろう。それに、あの「家」自体が彼女の生命維持に関わっている可能性も捨てきれない。
硝子「それもそうね。ずっとここに引きこもって、あのバカたちの毒気に当てられるよりは、外の空気を吸ったほうが精神衛生上も良さそうだわ。……ただし、条件があるわよ」
ナマエ 「条件、ですか?」
硝子「当然、護衛と監視付き。あんた、放っておいたらそのままどっかの銀河まで逃げ出しそうだしね」
硝子は手早く携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでメッセージを打ち込んだ。数秒後、ピコ、と小気味よい受信音が室内に響く。
硝子「あのバカ二人、悟と傑は今、ちょうど授業中。……あいつらを呼んだらまたややこしいことになるしね。……あぁ、いたわ。予定の無い暇人が一人。すぐ来るわよ」
ナマエ が首を傾げた、その直後だった。
医務室の扉が乱暴に開き、重厚な体躯の男がニヤつきながら入ってきた。
甚爾「……呼んだか、硝子。俺へのご指名なんて珍しいじゃねぇか」
伏黒甚爾。
その野性味溢れる眼光が、パネルを前に佇む ナマエ を捉えた瞬間、獲物を見つけた猛獣のような色に変わる。
甚爾「へぇ。お嬢ちゃんの家までドライブか。いいぜ、ちょうど退屈してたところだ」
硝子「甚爾、いい? 仕事はあくまで『監視』と『護衛』。変な気を起こして彼女を泣かせたら、今度こそあんたの報酬を全額差し押さえるからね」
甚爾「分かってるよ。俺はプロだぜ? ……さあ、お嬢ちゃん。行こうか。……お前の『城』ってやつを、俺にも見せてくれよ」
甚爾は ナマエ の肩に、わざとらしく腕を回そうとして、硝子の鋭い視線に気づき「おっと」と手を引っ込めた。
だが、その口元はどこか嬉しそうに吊り上がっている。
ナマエ 「……よろしくお願いします、甚爾さん」
ナマエ は不安げに、けれど自分の家を取り戻すために、その野獣のような男の隣へ一歩踏み出した。
五条や夏油のいない、二人きりの道中。
それは救いなのか、あるいはさらなる略奪の始まりなのか。
春の風が、不穏な予感と共に医務室のカーテンを大きく揺らした。
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