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2章 囚われの魔術師
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※本編
食堂を後にする ナマエ の足取りは、硝子の隣であってもどこか頼りなげだった。
歩くたびに、下腹部がズキリと重く疼く。
宿儺が「治療」だと言っていたあの行為。身体の奥深くまで貫かれ、内側をかき回されるような感覚は、彼女の知識にある魔法的処置とはあまりにかけ離れていた。
ナマエ (……あれが、この地の『浄化』のやり方なのだろうか。ひどく、体力を消耗する治療法だ)
性という概念に無知な彼女にとって、それは苦痛を伴う魔力回路の洗浄に過ぎなかった。だが、宿儺が告げた事実は重い。
自らの体内に溜まった「負のエネルギーの結晶」が、生命維持を脅かしていたこと。
……それはかつての師匠の死因となった現象と同じであった事。
硝子「 ナマエ 、どうしたの?顔色がまだ良くないわね。医務室に戻って、もう一度検査するかい。」
硝子が気怠げに、けれど確かな観察眼で ナマエ を振り返る。 ナマエ は小さくうつむくと、彼女の斜め後ろを歩きながら、腕の端末を密かに起動させた。
ナマエ 「あぁ、……いえ、大丈夫です。だいぶ楽になりました。…少し、外の空気を吸いたいなと思いまして。」
視界の端に、自分にしか見えない極薄の光モニターが展開される。セトルドームとのリンク状況は赤色のエラー。転送装置も、この高専を囲む強力な結界に阻害されているようだ。
ナマエ (……人間は、いつの時代も欲深い。ここに連れてきたのはきっと僕の聖魔法を、彼らは富や権力の道具にするつもりだ。見かけた呪術師も呪詛師も、結局は金と執着の話ばかりだった。)
千年前から変わらない光景。彼らは「守る」という言葉を使いながら、その実、希少なものを籠の中に閉じ込めようとする。
……自分はここで馴れ合ってはいけない。任務を完遂し、地脈を清め、この星を離れる。
それが ナマエ に課せられた、唯一の絶対的な運命なのだから。
前を歩く硝子の背中を追いながら、 ナマエ のアメジストの瞳は冷徹に高専の構造を分析していた。
廊下の隅、天井の梁、空気の流れ。それらすべてが、巨大な「結界」という膜に包まれている。
ナマエ 「……硝子さん。この学校の周りには、何か『壁』があるのですか?」
硝子「あぁ、天元の結界のこと? よく気づいたわね。並の術師じゃ意識することもできない代物よ。……まぁ、あんたみたいな『本物』には、薄いカーテンくらいに見えてるんでしょうけど」
硝子は煙草を咥えようとして、校内禁煙だったことを思い出したのか、苦々しくポケットに手を突っ込んだ。
ナマエ 「カーテン……。触れても、害はないのですか?」
硝子「触れるだけならね。でも、許可なく外に出ようとすれば、アラートが鳴り響いて、あの三人のストーカーどもが一秒以内にあんたの背後に現れるわよ。……特に悟は、空間を跳躍してくるからタチが悪いわ」
硝子の言葉通り、背後からは常に三つの強烈な気配がついてきている。
五条悟の、すべてを透かす蒼い眼。
夏油傑の、底知れない黒い微笑。
伏黒甚爾の、獲物を逃さない野獣の嗅覚。
彼らの執着をいなせる唯一の存在が、目の前の硝子であることも ナマエ は見抜いていた。
五条「おーい、二人とも! 内緒話? ボクも混ぜてよ。 ナマエ 、具合はどう? 抱っこして運んであげようか?」
後ろから、わざとらしいほど明るい五条の声が降ってくる。
夏油「悟、彼女を疲れさせるなと言っただろう。…… ナマエ 、医務室までの道が長いなら、私の呪霊を背もたれに使うかい? 乗り心地は保証するよ」
甚爾「ケッ、どいつもこいつも甘っちょろいんだよ。……おい、魔術師。そんなに外が気になるなら、俺が肩に担いで飛び越えてやろうか? 結界ごとよ」
三人三様の誘い文句。それは ナマエ にとって、どれもが自分を捕らえる罠の音にしか聞こえない。
ナマエ 「……お気遣い、ありがとうございます。ですが、僕は自分の足で歩けます。……硝子さん、行きましょう」
ナマエ は三人を一瞥もせず、硝子の白衣の裾を小さく掴んだ。その拒絶の仕草に、五条たちの空気が一瞬で冷え込み、独占欲がピりりと大気を震わせる。
硝子「はいはーい、おじさんたちはそこまで。…… ナマエ 、……さあ、あそこの曲がり角を曲がれば医務室よー。」
硝子に促され、 ナマエ は角を曲がる。その刹那、彼女の視線は校舎の壁面にうっすらと浮かぶ、結界の「継ぎ目」を捉えた。
……触ってみなければわからない。自分の聖魔法が、この地の呪術的な結界にどう作用するのか。反発するのか、それとも融和するのか。
医務室の扉が開く。白いベッド、清潔な薬品の匂い。
ナマエ は大人しくベッドに腰を下ろしながらも、思考の回路をフル回転させていた。
ナマエ 「……硝子さん。少しだけ、一人で休ませていただけますか? 少し、頭が重くて」
硝子「そうね。宿儺のあれは精神的にもくるでしょうし。……わかったわ。カーテンを閉めておくから、ゆっくりしなさい。……悟、あんたたちも廊下に出なさいよ。覗いたら、次はマジで解剖するわよ」
硝子の厳しい警告に、五条たちは不満げな声を上げながらも、一旦は引き下がった。
扉が閉まり、静寂が訪れる。
ナマエ は素早く立ち上がると、窓際へと歩み寄った。
視界の端、空気がわずかに歪んでいる。それは常人には見えない、この学び舎を外界から隔絶する強固な結界の「皮膜」だった。
ナマエ (……直接触れるのは危険だ。私の魔力と、この地の呪力……相性が悪すぎる)
ナマエ は慎重に右手をかざした。手のひらから、針の先ほどの細さで、純白の聖魔法を凝縮させた「光の筋」を伸ばしていく。それは触手のようにしなやかに、かつ鋭く、空中の歪みへと向かって突き進んだ。
ナマエ 「(……解析させて。この世界の理を……)」
光の筋が、うっすらと波打つ結界の表面に接触した。
その瞬間。
ナマエ 「……っ、が……あぁっ!?」
衝撃は、キィイイン……!!という音を伴い ナマエ の全身を貫いた。
聖魔法が結界の呪力構成に干渉した刹那、凄まじい密度のエネルギーが、彼女が伸ばした光の筋を逆流(バックドラフト)したのだ。
指先から腕へ、そして心臓へと駆け抜ける、焼け付くような激痛。
まるで、血管の中に沸騰した鉛を流し込まれたような感覚だった。 ナマエ は悲鳴を上げる余裕もなく、その場に膝をついた。
指先は真っ赤に腫れ上がり、皮膚のすぐ下で魔力が暴走してジジジと青白い火花を散らしている。
ナマエ 「はぁ、はぁ……っ、……なんて、強固な……。拒絶、されている……?」
荒い呼吸を整えようとするが、逆流した呪力の残滓が体内の魔力回路を掻き乱し、酷い眩暈が襲う。視界が点滅し、崩れ落ちそうになったその時、背後の扉が無造作に開け放たれた。
甚爾「……おい。中で変な音がしたと思ったら、何やってんだお嬢ちゃん」
低い、地を這うような声。
真っ先に飛び込んできたのは、野生の勘で異変を察知した伏黒甚爾だった。続いて、廊下で談笑していたはずの五条と夏油が、一瞬にしてその場に「現れる」。
五条「 ナマエ !? ……あーあ、結界に干渉しようとしたでしょ。六眼で見れば一目瞭然だよ。魔力の残滓がまだ空中に踊ってる」
五条はすぐさま ナマエ の傍らに跪き、彼女の腫れ上がった右手を強引に掴み上げた。
ナマエ 「……離して、ください……っ」
五条「離さないよ。ひどいな、これ。神経が焼き切れる寸前じゃん。高専の結界は、外敵を阻むだけじゃなくて、内側の『大事なもの』を逃さないためのものでもあるんだよ?」
五条の蒼い瞳が、怒りと、それ以上の「捕獲欲」で冷たく光る。彼は ナマエ の震える指先を自分の口元へ運び、痛みをいたわるように、けれど執拗に舌で転がした。
ナマエ 「ん、……っ、あ……」
夏油「 ナマエ 。……悲しいね、君はそれほどまでにここが嫌いかい? 私たちの庇護から、そんなに逃げ出したいのか」
夏油が背後から ナマエ の肩を抱き、耳元で静かに囁く。その声には、深い失望と、それに比例して肥大した歪な情愛が籠もっていた。
夏油「怪我をした手では、もう魔法も満足に使えないだろう。……おとなしく、私たちの腕の中で癒されていればいいんだ。……ねぇ、そうだろう?」
夏油の手が、 ナマエ の腰を強く引き寄せる。甚爾は壁に背を預けたまま、痛みに顔を歪める ナマエ を冷ややかに見下ろしていた。
甚爾「無駄な足掻きすんじゃねぇよ。……その痛みが、お前が逃げようとした証だ。……刻み込んでおけ。お前が行ける場所なんて、この高専の敷地内……俺たちの手の届く範囲にしかねぇんだよ」
甚爾が歩み寄り、 ナマエ の顎を乱暴にクイと持ち上げた。三人の男たちの、逃げ場のない重圧。
結界の衝撃による激痛と、彼らから発せられる濃厚な独占欲の熱に、 ナマエ の意識は再び混濁し始める。
ナマエ (……逃げられない。この、欲深い人間たちの……鎖からは……)
自らの魔力が逆流し、内側から身体を焼く感覚。
それは、彼女がどれほどこの世界を拒絶しても、身体そのものが彼らの呪いに侵食されつつあるという、残酷な事実を突きつけていた。
ナマエ は三人の影に飲み込まれるようにして、再び白いベッドの上へと押し戻されていった。
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