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1章 幻を追って
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アオは奥歯を噛み締め、震える指先で転移魔法の術式を編み上げた。
だが、足元から這い上がる地脈の澱みは想像以上に粘り強く、アオの魔力を底なし沼のように吸い取っていく。
二重に展開したプロテクションが、逆に魔術師の首を絞める鎖となっていた。
アオ「(……っ、魔力が足りない……!)」
青白い火花が散り、魔法陣が霧散する。
その刹那、背後の空気が爆ぜた。
障壁を力ずくで突き破った五条悟が、無防備なアオの背後を奪う。
逃げ場を失ったアオの細い身体は、五条の屈強な腕の中に容易く閉じ込められた。
五条「無理しすぎ。大人しくしてれば、もっと楽にさせてあげるのにさ」
耳元で囁かれる甘く低い声。五条の体温が法衣越しに伝わり、逃げられないという絶望がアオの背筋を撫でる。
だが、五条はすぐに違和感を覚えた。抱きしめた身体に、「重み」がない。
覗き込んだアオの貌は、輪郭を失った「のっぺらぼう」の木偶へと変じ、霧のように霧散した。
五条「……ははっ。ボクを騙すなんて、最高にそそるじゃない」
五条は空っぽになった両手を見つめ、凶悪なまでの笑みを浮かべた。
…怒りではない。
それは、手に入れたい獲物の価値が跳ね上がったことへの、狂おしいほどの歓喜だった。
その頃、アオは透明化魔法を使い、辛うじて学校の屋上へと飛び乗っていた。
肺が焼けるように熱い。
彼は震える手でポーチから追加のMP回復薬を一本取り出し、一気に煽った。
最低限の魔力が血管を駆け巡るのを感じるが、余裕はない。空になった小瓶をしまう暇すらなく、屋上に放り出した。
カラン、と乾いた音を立てて転がる瓶。アオの法衣の裾が建物の影に消えるのを、地上の野獣たちは逃さなかった。
甚爾「見つけたぜ。隠れんぼは終わりだ」
甚爾が凄まじい脚力で垂直の壁を駆け上がる。
その背後から、夏油が呼び出した巨大な飛行呪霊が気流を乱しながら追随した。
屋上の縁に追い詰められたアオは、再び透明化を解き、実体を表した。
アオ「……あぁ。君たちは本当に、強すぎてダメだ。人を相手にこれは出したくなかったのだけど」
アオが何もない空間を掴む。そこにはデジタルバグのようなグリッチノイズが走り、一対の美しい双剣が具現化された。
その瞬間、空気が凍りついた。
今まで「守り」に徹していた魔術師から、研ぎ澄まされた剣士の覇気が放たれる。
甚爾「ほぉ……。剣か。おもしれぇ、最高の余興じゃねぇか!」
夏油「魔法使いが剣を振るうなんて、本当に君は飽きさせないね。楽しくなってきたよ」
アオは双剣を交差させ、二人を冷徹に見据えた。
アオ「あと三分。……あと三分だけ、相手をしてあげる」
甚爾「三分? カップラーメンでも作る気かよ」
夏油「何の時間か知らないけど、三分で君を帰すと本気で思っているのかい?」
夏油の皮肉を無視し、アオは地を蹴った。
甚爾が猛スピードで仕掛けてくるが、アオは魔法に頼らず、肉体の動きだけでそのタイミングを僅かにずらす。
時間感覚の遅延、あるいは錯覚。
天与呪縛の超感覚を持ってしても捉えきれない、武術の極致による欺瞞。
甚爾「は、……やるじゃねぇか……っ!」
唇を舐めた甚爾が、楽しそうに拳を振るう。
アオは双剣の腹でその重圧を受け流し、ダンスを踊るように身を翻した。
死角からは夏油の放つ呪霊が不規則な軌道で襲いかかる。
アオはそれらを最小限の動きで回避し、屋上からグラウンドへと飛び降りた。
そこには、呪霊討伐を終えた生徒たちが集まっていた。五条は悠然と彼らを出迎え、屋上の決闘を解説するように眺めている。
虎杖「? 魔術師さんって剣も使うのか!? ってか、どっから出したんだあれ、スッゲー!」
乙骨「……美しい剣術だ。あれは、ただの魔法じゃない……」
釘崎「ちょっと、あの二人を同時に相手しようだなんて命知らずにも程があるわよ!」
着地したアオは、甚爾と夏油を警戒しながら、背後を伺うようにじりじりと後退した。
偶然か、意図的か。彼はちょうど乙骨憂太のすぐ隣に立つ。
アオはチラリと、先ほどまで施術していた地脈の噴出口を見やった。施術後の経過観察の時間が終わる。時計の針が重なる音が、彼にだけ聞こえた。
アオ「……時間だ」
アオが隣の乙骨を見上げ、悪戯っぽく、けれど最高に艶やかにニヤリと笑った。
至近距離でその美貌に射抜かれた乙骨は、ドクンと心臓を跳ねさせ、耳の付け根まで真っ赤に染める。
乙骨「え、あ……っ////」
その瞬間、アオの魔力が爆発した。
乙骨の身体から無意識に溢れ出ていた膨大な呪力を「燃料」として取り込み、周囲の酸素を瞬時に霧へと変える大規模撹乱魔法。
視界を覆うのは、単なる霧ではない。呪力の乱反射によって情報の濁流と化した「情報の壁」だ。
五条「……っ!?」
六眼に焼き付く過剰な情報量。
最強の演算能力を持ってしても、この乱反射の中では「アオの気配」という一点を特定することができない。
五条の蒼い瞳が、初めて焦燥に揺れた。
五条「……しまっ……!」
五条たちが霧を振り払ったときには、そこにはもう、静まり返った廃校の庭があるだけだった。
魔術師の気配は、指の間をすり抜ける砂のように、完全に消え去っている。
残されたのは、乙骨の顔に残る熱い感触と、屋上の冷たいコンクリートの上に転がった、一本の小さな空き瓶だけだった。
五条「……逃げられた。しかも、憂太の呪力を利用してさ」
五条は彼の残穢を見つけると屋上に飛び上がり、転がる瓶を拾い上げ、指先で弄んだ。その瞳には、逃げられた屈辱よりも、さらに深く、暗く、熱い執着の火が灯っていた。
五条「ねぇ傑、甚爾。ボク、決めたよ。次はもう、一言も喋らせない。……あの子が次にこの瓶を空けるのは、ボクの隣じゃないと気が済まないな」
夜の静寂の中に、男たちの隠しきれない独占欲が、重く沈殿していった。
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