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1章 幻を追って
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廃学校の重苦しい空気の中に、その人は凛として立っていた。
背後に感じた圧倒的な呪力の塊に、アオは展開しかけていた魔法陣を維持したまま、静かに、だが鋭く振り返った。
前回は光の残像と逃走の焦りで、その貌を詳しく見る余裕など誰にもなかった。
だが今は違う。校舎の影、差し込む月光のような魔法の輝きに照らされて、その正体が白日の下に晒される。
一同が息を呑む音が重なった。
透き通るような白皙の肌。
少し冷ややかで、けれど慈悲深さを湛えた絶世の美貌。
夜の帳を切り裂くオーロラを纏った銀色のショートボブとして揺れている。
そして何より、宝石のアメジストをそのまま嵌め込んだかのような、深く、紫に輝く瞳。
繊細な金の刺繍が施された白い法衣が風になびく様は、まさに御伽話から抜け出してきた「魔法使い」そのものだった。
虎杖「わ、ぁ、……宝石みたいだ……」
乙骨「綺麗だ……。でも、あの時の女性と同一人物なの? この、魂の熱量は……」
釘崎「ちょっと、やっば。超イケてるじゃない。あれが本物の魔術師ってわけ?」
棘「……ツナマヨ(キラキラしてる……)」
甚爾「ほーん? 思ってたよりずっと上玉じゃねーか。あの細い腰、片手で折れそうだな」
野性的な視線を隠そうともしない甚爾の言葉に、アオは眉をひそめ、冷徹な視線を彼らに投げ返した。
アオ「……君たちは、状況が分かっていないのか? 僕に構っている暇があるなら、今すぐあそこの『真っ黒いヤツ』を片付けてきてくれよ。あれが完全に実体化したら、この一帯ごと腐り落ちるぞ」
アオが指差した先では、巨大な呪霊の幼体が蠢き、周囲の校舎を飲み込もうとしていた。
五条はハッとしたように唇を吊り上げ、背後の生徒たちに顎で指示を出す。
五条「よし、一年生と二年生! 君たちの出番だよ。あの真っ黒な不審者くんたちを、ボクが飽きるまでにお掃除してきて。頼んだよー」
虎杖「おう! 分かった! ……魔術師さん、すぐ終わらせるから待っててくれよな!」
生徒たちが駆けていくのを見送り、アオは再び大人三人組を睨みつけた。
アオ「……君たち大人も行きなよ。子供たちだけで戦わせるなんて、どんな神経してるんだ。可哀想だろ? ……それに、僕の仕事の邪魔だ。近寄るな」
五条「えー、冷たいねぇ。あの子たちは大丈夫。あれくらいなら戦力としては過剰なくらいだよ。それよりボクたちさ、君とお話がしたくって。逃げるのはもう無しだよ?」
夏油「そうだね。君がここで何をしているのか、その力の根源は何なのか。じっくり聞かせてもらいたいんだ」
アオ「……話すことなんて何もないと言ったはずだ」
アオは対話を拒絶するように指先を弾いた。瞬時に「ダブルプロテクション」を展開する。一つは五条たちの接近を物理的に遮断する不可視の壁。もう一つは、自分自身の身を地脈の毒から守るための防護膜。
法衣を翻し、アオは最悪の男たちに背を向けた。地脈の噴出口へと急ぐ彼の足取りは、どこか悲壮な決意に満ちている。
現場に到着したアオは、その凄惨な光景に唇を噛んだ。
地下からマグマのようにドロドロとした負のエネルギーが噴き出している。地脈がズタズタに裂け、そこから溢れる「星の膿」のような泥が、目前で新たな巨大呪霊を形作ろうとしていた。
アオ(大丈夫なわけがない。あの子たちの安全を祈るしかないか……。今は、これを止めないと)
アオは毒々しい泥の中に、輝く幾何学模様の魔法陣を展開した。
負のエネルギーが鋭い針となってアオの神経を刺し、内臓を掻き混ぜるような嘔吐感が襲う。それでも彼は膝をつき、祈りを込めるようにして詠唱を紡ぎ始めた。
アオ「天の理よ、地の底まで照らせ。幾千の刻が産み落とした、濁った嘆きをすべて拭い、清らかなる銀の光へと還したまえ」
魔法陣の紋様が、傷ついた大地を優しく包み込み、呼吸を始める。
アオ「『響け、聖なる旋律。解けよ、古き呪縛。』さあ、命よ。すべての毒を脱ぎ捨てて、透明な息吹を吹き返せ。この星の涙を、今、至福の輝きに!」
詠唱に反応し、重なり合うように幾重もの魔法陣が空中に踊り出した。
五条、夏油、甚爾の三人は、その光景を少し離れた場所から、ただ静かに見つめていた。アオが張った障壁は強固で、五条の「無下限」に似た拒絶の意志が、彼らの接近を許さない。
夏油「……美しいね。呪術の、醜い呪力の練り上げとは対極にある。理そのものを書き換えているような、神聖な儀式だ」
五条「あの障壁、ボクの無下限とはまた違うベクトルだね。完全に『拒絶』されてるわけだ。……ますます、その内側を暴きたくなっちゃうよね」
甚爾「チッ、神々しすぎて反吐が出るぜ。だが、あの必死な背中……。今にも倒れそうじゃねぇか。あんな細い身体で、この街の毒を全部引き受けてるってわけかよ」
十五分もの長い間、アオは地脈と対峙し続けた。
聖なる光が泥を浄化し、青白い粒子となって空へと溶けていく。収束していく光の中で、魔術師の肩は激しく上下していた。
アオ「……はぁ、はぁ……っ、く……」
消耗は限界に近い。青白い光が消え、静寂が戻ったとき、アオは地面に手をつき、荒い呼吸を繰り返していた。
震える手で腰の革ポーチから小瓶を取り出し、琥珀色の液体を二本続けて飲み干す。
MP回復薬――その苦い液体が喉を焼くのを耐え、彼はただ、うなだれたまま呼吸を整えていた…。
五条「お仕事おわり? 随分とお疲れみたいだけど。ねえ、そろそろこの壁、解いて欲しいなぁ。君の顔、もっと近くで見せてよ」
五条が軽薄な声をかけるが、アオは反応しない。
法衣に隠れた背中が小さく震えているのを、三人の男たちは逃さなかった。
彼が次にどんな「魔法」を見せるのか、あるいは、その限界を迎えた身体がどう崩れるのか。
五条の、夏油の、甚爾の視線が、獲物の最後の一挙一動を見守る猛獣のように、一点に注がれていた。
アオ(……まだ、だ。まだ、捕まるわけにはいかない)
混濁する意識の中で、アオは次の一手を必死に練り上げていた。
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