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1章 幻を追って
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夜の学長室は、いつも以上に重苦しい沈黙に支配されていた。
夜蛾正道が机に広げた数枚の報告書。そこには、呪術界の根幹を揺るがしかねない「異常」が記されている。
夜蛾「――以上が、この一ヶ月で確認された『痕跡』の全容だ」
夜蛾の言葉に、ソファに深く腰掛けていた五条悟が、目隠し越しにわずかに眉を動かした。
五条「『痕跡』、ね。……僕の六眼でも直接は捉えられなかった。ただ、そこにあった空気が不自然なほど澄んでいることだけは分かったけど」
夏油「私の呪霊たちも、その場所を避けるんだ。拒絶というよりは、あまりに清浄すぎて居心地が悪いといった様子でね。男か女か、それどころか『人』であるかどうかも判別できないなんて」
…夏油傑が顎に手を添え、思考に沈む。
呪術師、呪詛師、そのどちらの派閥もが喉から手が出るほど欲している情報。死の淵から生を繋ぎ止める「伝説のヒーラー」。
甚爾「反転術式とは別物なんだろ。なら、人間じゃねぇ可能性の方が高そうだがな。……金になるなら、俺はなんだっていいが」
壁に背を預けた伏黒甚爾が、興味なさげに鼻で笑う。だが、その瞳は獣のように鋭く、未知の獲物に対する好奇心を隠しきれていない。
五条「正体不明、性別不詳、生死の理さえ書き換える異能。……報告を聞くたびに思うよ。そんな都合のいい存在が、本当にこの東京に潜んでいるのかってね」
五条が窓の外、高専の僅かについている灯りを見つめる。
その視界の先、彼らでもまだ辿り着けない「聖域」の中で、一人の女性が静かに息を潜めていることなど、この時の三人は知る由もなかった。
****
薄暗いドームの内部に、無機質な電子音だけが響いている。
僕は半円移動式型住居――セトルドームの光パネルを指先でなぞり、地図上に浮かび上がる禍々しい黒い点を凝視した。
ナマエ「…またここか。地脈が捻じれて、地球の悲鳴が聞こえるみたいだ」
この星に来てから、だいたい15年。
日本という「世界のヘソ」を拠点に、僕は汚れきった地脈を掃除して回っている。
本来の姿は2000年を生きる異星の魔道士だが、今の僕の外見は20歳そこそこの若者に過ぎない。
ナマエ「よし、仕事の時間だね。……変身」
指先を鳴らすと、銀色のショートボブがわずかに逆立ち、身体の曲線が魔法の霧に包まれて消えていく。
鏡に映るのは、中性的な美しさを湛えた青年「アオ」の姿。
僕は白地に金色の細工が施された法衣を翻し、転移の門をくぐった。
現場は、かつて数千人の人間で賑わったであろう巨大ショッピングモール「マロンモール」の廃墟だ。
一歩足を踏み入れれば、鼻を突くのは湿った土と、逃げ場を失ったカビの匂い。
そして何より、呪霊と呼ばれる「黒いモノ達」の腐敗臭が充満している。
アオ「ひどいな。まるで膿溜まりだ。これじゃあこの土地が可哀想だよ」
瓦礫の山を飛び越え、僕は自身に【聖魔法】を纏わせた。
指先から溢れる柔らかな光が、ドロドロとした大気をわずかに浄化していく。奥へと進むほどに、蠢く影は密度を増し、呪霊たちがギチギチと歯を鳴らして僕を睨みつけていた。
***
一方その頃、東京都立呪術高等専門学校のグラウンドには、緊張感とは程遠い、だがどこか殺伐とした空気が流れていた。
五条「はーい、そこ! 恵、腰が引けてるよ? パパの威圧感に負けてどうすんのさ」
五条悟は、ベンチに深く腰掛け、にやにやと性格の悪い笑みを浮かべていた。
その視線の先では、伏黒恵が苦虫を噛み潰したような顔で、一人の男と対峙している。
伏黒甚爾。かつて五条と殺り合った「術師殺し」は、運命の悪戯か、今やこの高専の体術講師として教壇(といってもグラウンドだが)に立っていた。
甚爾「おい恵、そのツラ。 集中しろ、隙だらけだぞ」
恵「……アンタの顔を見て、平常心でいられる人間がこの世にいると思ってるのか。クソ親父」
甚爾「ハッ、口だけは達者になったな。虎杖、お前もだ。突っ込んでくるだけなら猪でもできるぞ」
虎杖「うおっ、厳しい! でも甚爾先生、今の蹴り、マジで見えなかったんだけど!」
釘崎「ちょっと! 男子共、情けないわね! しっかりしなさいよ!」
一年生たちの喧騒を、少し離れた場所から夏油傑が眺めていた。
夏油「悟、あまり茶化すのはやめてあげなよ。恵の心労を考えれば、甚爾がここにいること自体、劇薬なんだから」
五条「いいじゃん、楽しいよ。傑だって、あの甚爾が『先生』なんて呼ばれてるの、内心おもしろがってるだろ?」
夏油「否定はしないけれどね。……おや、伊地知が血相を変えて走ってくるよ」
駆けてきた補助監督から伝えられたのは、マロンモールでの一級呪霊発生の報だった。
五条「マロンモール? ああ、あのデカい廃墟か。傑、行こうか。一年生達も実地訓練だ。……なんだか、嫌な予感というか、変な胸騒ぎがするんだよね。面白いものが見られそうな、さ」
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