スイーツよりも甘い×××。
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「ごめん…昴流君」
「……」
「…あの。本当に、ごめんなさい…」
「……」
「……」
「……」
「……っ。ねえってば!」
だんまりを決め込む昴流君に、私はつい大声を出してしまった。
決して彼だけが悪い訳じゃないのは分かってるけど。でも…。
「……何が?」
「『何が?』じゃなくて! 怒ってるのは分かるけど、返事ぐらいしてくれても良いじゃない!」
「…だから、怒ってないよ。さっきからそう言ってるよね」
「怒ってるよ! 間違いなく、確実に怒ってるでしょ!」
「しつこいね、君も。…何度も言うけど、僕は別に怒ってないから」
「だーかーらー! それを怒ってるって言うんだって! 普段の昴流君は、そんなトゲのある言い方しないし!」
「……」
「……。うぅ…」
はあ…かれこれ一時間近くこんな状況がずっと続いてる。
もう勘弁してよ。
2LDKほどあるだだっ広い部屋の中には、何とか彼に許しを乞おうと必死になっている私と、わざとらしくこちらに背を向けてソファにふて寝する昴流君の姿。
当事者の私達からしたら全然笑い事じゃないんだけれど、見る人によってはなかなかシュールな光景だと思う。
しかもこの態度で「怒ってない」なんて。良く言えたもんだ。
どこからどう見たって拗ねていじけてる子供にしか見えないんですけど。
…まあ、そもそも原因を作ったのは私の方だから、あまり強くも出れないんだけどさ。
でも、これじゃいい加減埒が明かない。きりがないよ。
何とかして彼を更正させなくちゃ。
「……冷蔵庫に入ってた昴流君のプリンを勝手に食べちゃったのは、本当に悪いと思ってるから…。だから…お願いだから、もう機嫌直してよ…」
「………」
あれは、遡る事約二時間前。
昴流君の仕事が長引いて帰るのが遅くなるって連絡が来たから、私は晩ご飯の準備をして彼が帰って来るのを待ってたの。
昴流君は「先に食べてて良いよ」って言ってくれたけど、やっぱり一緒に食べたかったから。そのために私達は一緒にいるんだから。
…なんだけど。
やっぱり人間の生理現象には打ち勝てず、段々小腹が空いてきちゃって。
ちょっとくらいならいっかーなんて思って冷蔵庫を漁ったら、ちょうど良い塩梅にプリンが入ってたんだもん。そりゃ食べたくもなるってもんですよ。
ほんの出来心だったんです。
で、その後帰って来て夕飯を食べ終わった昴流君がこの事を知って、ひどくご機嫌を損ねてしまい現在に至る…という感じ。
正直、予想外だった。だってたかがプリン一個にこんなムキになるなんて思いもしなかったんだもん。
…とは、流石に口に出しては言えなかったけど。元々悪いのは私だし。
近頃煙草を止めた昴流君は、その反動で無性に甘い物が食べたくなるらしい。
私は煙草吸わないから、その辺の心境は良く分からないんだけど。
でもそう言われると、確かに最近彼は甘い物を良く摂っている気がする。
プリンの他にもチョコレートとか飴玉とかシュークリームとかケーキとかタルトとかエクレアとか大福とか。
もはやここまで来るとスイーツ男子かよって突っ込みたくなるレベルだけど。
昴流君曰く、今日私が食べてしまったプリンは「大きな仕事を片付けた後で食べるとっておきの大切なプリン」だったらしい。
そう言われると…確かにくちどけがなめらかでカスタードの味がとびきり濃厚。
だけど食べ終わった後口に甘ったるい不快な後味が残らないのは、カラメルソースの程良いほろ苦さが良い感じに味を引き締めているから…なのだと思う。
大変美味しゅうございました。
「て言うか、そんなに大事なプリンなら前もって言ってくれたら良かったのに…」と私が言うと、
「人知れずひっそり楽しむからこそ『とっておき』なんだよ。…それに、いくら一緒に住んでるからって、まさか京珂が僕の物を勝手に食べるなんて思ってなかったから…」
と完膚なきまでに論破されて、今の私はぐうの音も出ない状況。
…なんか、言い訳の余地なし、という感じ。
……あ、でもね。正直言うと嬉しかったりもする。
まさか昴流君にこういう一面があるなんて、本当に予想外だったから。
…ちょっとだけ可愛いなって思ってしまう。
昴流君のこんなところ、神威君も空汰君も嵐ちゃんも譲刃ちゃんも、恐らく知らない。
きっと、私だけが知ってる。私だけの特権。
……えへへ。
やっぱり、嬉しいな。
なんて事を考えながら私が一人和んでいると。
今までろくに喋らなかった昴流君がようやく口を開き始めた。
「…反省してる?」
「し、してるよ…もちろん」
「…本当に?」
「ほ、本当だよ。昴流君が許してくれるなら、私何でもするから…」
「…………」
私がそう言うと、こちらに背を向けて横たわっていた昴流君の身体が一瞬だけ、ぴくりと反応した──ような気がした。
「……本当に?」
「え?」
「本当に…何でもしてくれるの?」
「え…?」
私が答えにためらっていると、昴流君がソファから身体を起こし、こちらに顔を向けた。
「…!」
「ねえ。本当に…何でも、なんだよね?」
(や、やばい…。非常にやばい。この流れは…!)
そう言いながらこちらを振り向いた昴流君の表情は、いつものように穏やかに優しく微笑んでいた。
不機嫌どころかむしろ上機嫌なくらいだ。
…でも、私には分かる。
今の彼の表情は、何か裏がある時の──ちょっと腹黒い時の笑い方だって事。
相手を手玉に取って、主導権を握ろうとしてる。
俗に言う『悪い顔』だ。
でも、気づいた時にはもう遅い。
勢いとはいえ、「許してもらえるなら何でもする」なんて言ってしまった方の負けだ。その時点で私は詰みなんだから。
──そして、ここから彼の逆襲が始まっていく。
「今の言葉、確かに聞いたよ。『僕が許してくれるなら何でもする』…君が言ったんだからね?」
「う、うう…っ。そ、その、『何でも』っていうのは、『私に出来る事なら』何でもって意味だから、お間違えなく!」
「……へえ。そうなんだ」
一応予防線は張ってみたけれど、あまり手応えはなかったようで、変わらず昴流君は不敵に笑っている。
…何だろう。この異様なまでの余裕は。
やけにぞわぞわする。
「分かった。…じゃあ、僕のお願い、聞いてくれるかな」
「え…う、うん」
訝しがりながらも私が頷くと、次に彼から告げられたのは意外な一言だった。
「キス、して欲しい」
「…えっ?」
私は思わずおかしな声を上げてしまった。
え、それで良いの? って。
昴流君の事だから、てっきりもっとハードな要求してくると思ったのに…。
意外にソフトなお願いで、ちょっと拍子抜け。
…ん、ち、ちょっと待って。てかハードな要求って一体何よ?
わ、私ったら何て事考えてんのよ!? そういうアダルトな話題は駄目ですって!
「えっと…。それで、良いの…?」
「うん。もちろん」
「そっか。…分かった」
胸の高鳴りを抑えつつ、私は目を閉じた。
昴流君とキスするのは初めてじゃないけど、する時はいつもドキドキして、身体がぼぅっと熱くなって、心臓がきゅうっとなる。
でも…嫌じゃないよ。この感覚。
むしろ、好き…かな。
「……」
「……」
「……」
「………」
「………。京珂、何してるの?」
「あ、いや、あの…。まだ…なのかなあと思って…」
「それはこっちの台詞なんだけど」
「……はい?」
……あれ、おかしい。何かがおかしい。
何だか話が噛み合ってない。これは一体、どういう事なんです?
「…京珂、僕の話ちゃんと聞いてた?」
「も、もちろん」
「僕は『キスしたい』じゃなくて、『キスして欲しい』って言ったんだよ? つまり…」
「ん…? ………え??」
「…ね? だから、早く」
「……はふゅぅあぁッ!?!?」
事の真相に気づいた時、私は動揺のあまり意味不明な声を上げていた。
それって、つまり…私から昴流君にキス、って事…だよね??
…は? な、何言ってるの?
待って。待って待って待って待って。
そんな恥ずかしい事…出来る訳ないじゃない!
「……う。ご、ごめん。それは…無理」
「…どうして無理なの? いつもしてるのに」
「ど、どうしてって…! は、は、恥ずかしいし…それに…」
「それに?」
「な、なんか…その…。女の方からそういう事するのって、はしたないっていうか…がっついてる感じがするっていうか…」
「……好きな人に求められて、そんな風に思うわけない。むしろ嬉しいよ」
「……っ!」
も、求めるとか言わないでよ…。もう少しぼかした言い方してよね。
ここら辺からこの小説読み始めた人が、いやらしい小説だと思ったらどうしてくれんのさ。
違いますから。これ、一応健全小説なんで。
「それに…恥ずかしいのは君だけじゃない」
「…え?」
「…僕だって、恥ずかしいんだよ。君にキスする時はいつも。上手く出来るかな、とか、今このタイミングでしても嫌がられないかな、とか…。いつも気になるから」
「……本当…?」
昴流君の言葉が、私にはいまいち信じられなかった。
…だって、昴流君はいつでも涼しい顔で、私の唇奪っていくから。
だから私は、ただただ翻弄されて、動揺するしか出来なくて…。
「…だから、たまには京珂の方からして欲しいなって。ずっと思ってた」
「…うぅ…」
「…京珂は優しいから、僕の頼みを無下に断るなんて…しないよね? そうだろう?」
「…ううぅぅ…」
いつの間にか私のすぐ側まで来ていた昴流君が、私の顔を覗き込んでそんな事を言ってくる。
私の顔に穴が開きそうなくらい、近い距離でじっと見つめながら。
…ずるい。ずるいよ。
相変わらず口調は優しくて柔らかいけど、今の昴流君は凄く計算高くて、強かで、ずる賢い。
私が絶対に逃げられない状況を作り上げて、何が何でも私にキスさせるつもりだ。
…こういうの、本当卑怯だよ。
「………。わ、分かったよ…。私から、するから…」
「…本当?」
「……あ! ちゃんと目はつぶっててね! 恥ずかしいから、絶っっ対私の顔見ないでね!」
「…分かってるよ」
本当に分かってるの? …なんて思ったけど、意外にも昴流君は素直に目を閉じてくれた。
長い睫毛、スッと通った鼻筋、薄い唇──。
見慣れたはずだったのに、こうして改めて見ると昴流君は本当に綺麗で、思わず見とれてしまう。
私ってこの人と付き合ってるんだよね、なんて今更な事を考えてみたり。
ドクドクうるさい心臓の音に後押しされるように、私は昴流君の両肩に掴まって、昴流君に顔を近づけていく。
(うぅ…、緊張するよぉ…)
……ああもう! うだうだしてても仕方ない!
こうなりゃやけだ! やってやる!
人間その気になれば何でも出来るんだってとこ、私が証明してやるんだから! 女は度胸よ!!
覚悟を決めた私は、勢い良く昴流君に顔を寄せていった──んだけど。
──ガチンッ
「…いった!」
「……っ……!」
後先考えず突進したら、思いっきり歯と歯がぶつかった。とても鈍い音がした。
──痛い。これはかなり痛い。
でも折れてないだけまだマシか。
「す、昴流君ごめん! 大丈夫!? 血出てない!?」
「大丈夫…だよ…」
とは言え昴流君の方もかなり痛かったらしく、口元を押さえている。
…もう、本当ごめんなさい。ごめんなさいしか言えないけどごめんなさい。
はぁーあ、これはまた別の意味で恥ずかしい…。
ムードも何もあったもんじゃない。
「もっと顔を傾ければ、ぶつかったりしないよ。…さ、もう一回」
「ん…うん…」
今思えば当たり前のように二回戦をさせられて、完全に昴流君のペースなんだけど、その時の私にはそんな事を考える余裕もなかった。
…多分私も無意識のうちにリベンジしたかったのだと思う。このまま終わってしまうのは、あまりに不甲斐なさ過ぎたから。
「…焦らないで、ゆっくりで良いから」
「……うん」
そう言って昴流君はまた目を閉じた。
──今度こそ、私はこの人にちゃんとキスするんだ。失敗は許されない。
そんな謎の使命感と、あり得ないくらいバクバクいってる鼓動に急き立てられるように、再び私は昴流君に顔を寄せる。
そして──。
「……」
「……ん…ぅ」
どうやら今度はちゃんと上手く出来たみたいだ。…良かった。
ドキドキした気持ちとほっとした気持ちが一緒に流れてきて、何だか不思議な感じ。
……何だろう、これ。変なの。
頭の中、真っ白。
しばらくお互いの唇の感触を確かめ合った後、ようやく顔を離した。
「……ありがとう、京珂。…嬉しかった」
「……っ。う…ん…」
ううっ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
穴があったら更に深く掘って自ら落ちていきたいくらいには恥ずかしい。
やっぱり自分からキスするなんて、恥ずかしいよ。
頭も心も爆発しそうで、どうにかなっちゃいそう。
昴流君の顔、まともに見れないよ…。
「……じゃあ、僕からもちゃんとお礼、しないとね」
「え…? ……っ!」
驚く間もないうち、またしても私の唇が塞がった。
今度は昴流君の方から、私に──キスしてきたから。
「……っ…。……ん…ぁ…」
優しく、だけど激しく、熱を帯びた昴流君の唇が私の唇に重なってくる。
私の唇を甘噛みするようについばむようにしながら、何度も私を刺激する。
こうされる度、私の身体は電流が走ったようにビリビリ痺れて、思うように動けなくなる。
動けないから結局彼にされるがままで。
身体中一杯に溢れた熱は、私の全身を駆け巡る。
いつまでもどこまでも、目眩しそうなくらいに。ぐるぐるぐるぐると。
でも、それでもまだ足りなくて。
それでも満足出来ないから、私は私なりに精一杯その想いを伝えてみる。
今はまだぎこちないけど、いつかはもっと上手く出来るかな。昴流君みたいに。
──私の想いは、ちゃんと伝わってるのかな。
そんな事を考えているうち。
長いキスの後、ようやく昴流君が私が解放してくれた。
「…京珂の唇、甘い味がするね」
開口一番にそんな事を言うものだから、私は思わずドキリとした。
止めてよ…。それ反則ですよ…。
「え…っ? ひ、ひょっとしたら、さっき食べたプリンの味、まだ残ってるのかも…」
「そうかもしれない。…でも、それだけじゃないよ」
「?」
昴流君は意味深にそう言うと私をぎゅっと抱き寄せて、耳元でこう呟いた。
「……やっぱり、キスだけじゃ物足りないかも」
「……え……??」
いつになく低い声で囁かれて、私の心臓は一際大きな音を立てる。
…え? そ、それって……。
「…え? え?? ええぇっ!?」
「……でも、これ以上京珂を困らせたら可哀想だから、今日は我慢する。だから…安心して」
「んん……。あうぅ……」
まだドキドキしっぱなしの私を見てくすっと笑って、昴流君は私の髪を撫でてくれた。
大きい手の温かい感触が、髪を伝って全身に広がっていく。
「…僕こそ、さっきはごめん。大人げない真似して」
「ううん、良いの。だって…」
「…え?」
「……なんでもない!」
「っ!」
そこまで言いかけて、でも結局恥ずかしくなって、最後まで言えなくて。
ごまかすように私は昴流君の胸にダイブしてみた。
顔を埋めると聞こえてくる鼓動の音が、耳に心地良い。
「…京珂」
「うん?」
名前を呼ばれて顔を上げると、また私は唇を塞がれた。
……もう。
こんなにキスされたら、唇腫れちゃうよ。どうしてくれるのさ。
なんて呑気な事を考えながら、私は流れに身を委せていた。
このままどうにでもなれ、むしろなっちゃえ…なんて。
私がこんな事考えてるって知ったら、昴流君はどう思うのかな。
知りたいような、知りたくないような。
甘いプリンの代償に彼が私に与えたのは、もっともっと甘い罰。
それはきっとこの世のどんなお菓子より甘くて、魅惑的で、身もとろけそうなくらい甘い甘いキス。
でも、それよりもっとずっと甘いのは、きっと──。
時々子供っぽくて意地悪な彼もやっぱり大好きで、最後には結局許してしまう私なのかも、なんて。
そんな事を考えた、とある日の夜でした。
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