シアワセのカタチ
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──それは、ある日の夜の事。
夕飯を済ませて一段落ついた後、僕は何をするでもなくソファに身を委せている。
一日の中で最も落ち着く、心が安らぐ時間だ。
「あ、このネックレス可愛い!」
そして僕の隣には、彼女の姿。今や当たり前になってしまった光景。
彼女はさっきから何やら楽しそうに雑誌に目を通している。
…彼女が楽しいなら、僕も楽しい。
──今なら分かる。これも一つの幸せの形なのだと。
そして、この幸せにずっと浸っていたいと願う自分がいる事を。
こんな風に思うのは、わがまま…なんだろうか。
「…ッ!? な…っ。ちょ…! 何これ…!?」
「……?」
突然、雑誌を見ていた京珂が叫び出した。しかもかなり動揺した様子で。
何かあったのだろうか。
「…どうしたの?」
「え? あ…! な、何でもない!」
僕が尋ねると、京珂は精一杯首を横に振ってみせる。
…こんな態度をされたら、尚更気になるじゃないか。
「本当に…何でもないの?」
「う、うん! た、大した事じゃないから…」
「……」
「う…」
「………」
「う、うう…っ。そ、そんな純粋に好奇の眼差しをこっちに向けないでぇ…」
「……」
僕がじっと彼女を凝視していると根負けしたのか、京珂は観念した様子で雑誌のとあるページを開き、僕に見せてきた。
「…あのね。これなんだけど…」
「ん…?」
そのページには『今シーズン流行間違いなし・胸開きタートルネック』という文字が大きく躍っていて、実際その服を着た女性モデルが写っている。
……なるほど。彼女はこれを見て動揺していたのか。
「昴流君。…この服、どう思う?」
「何と言うか、凄い服だなあって…」
「でしょ? 今巷でこんなものが流行ってるなんて…。はあ…」
京珂はそう言って深くため息をついた。
世間の流行にはついていけない、とでも言いたげに。
かく言う僕もそういうのにはてんで疎いから、京珂の気持ちは分からないではない。ましてや女の人のファッションなんてもっての外だ。
……そういう事に敏感だった姉さんなら、理解を示したのかもしれないけど。
「て言うか、タートルネックって寒いから着るんじゃないの? なのになんでこんな事になっちゃってるの? 本末転倒じゃん? それともやっぱりあれ? 『我慢なくしてファッションは語るな』って事? お洒落したかったら、ちょっとくらい寒かろうと暑かろうと耐えろって事? そうなの? そうなのね??」
「……京珂。とりあえず落ち着こうか」
錯乱状態でまくし上げている京珂を何とか宥める。
…まあ確かに目のやり場には困りそうな服だけども。
「……ねえ、昴流君」
「何?」
「…やっぱり、男の人って、こういう服が好きなのかな?」
「………え?」
京珂の問いかけに、僕は思わず言葉を詰まらせる。
こういう時、何と返事すれば良いんだろう。
…とりあえず僕は、この胸開きタートルネックとやらを着ている京珂の姿を想像してみる。
いや、これは自然の流れだ。不可抗力だ。決して僕は悪くない。
彼女の事だ。きっと顔を赤くして、恥ずかしがりながら着るんだろうな。
──そして上目遣いで僕の方を見ながら、こう言うに違いない。
『う、うう…っ。は、恥ずかしいから、あんまり見ないで…』
……ふむ。
『…昴流君のお願いだから、こんな恥ずかしい服も着れたんだよ? 他の人の前じゃ絶対着ないんだからね?』
……ほう。
『えっ!? 下着はどうしてるのかって…ちゃんと着けてるに決まってんじゃん! …ま、まさかノーブラなわけないでしょ!?』
………。
『…え? ちょっとだけ触ってみたいって? あ…や、やだ! あ…んっ、そ、そんなに興奮しないでよ。…ふふっ、もう…。昴流君、えっちなんだからぁ…』
……………………。
………良いな、これ。
素晴らしいじゃないか。
もう、迷う必要なんてない。
すべては心の赴くままに。
次に僕は、彼女にこんな言葉を返していた。
「…ねえ、京珂」
「はい?」
「この胸開きタートルネックって、一体どこで売ってるのかな? 僕が買ってあげるよ」
「……はい?」
──この後、やっぱり彼女は顔を真っ赤にさせていた。僕の予想通りだ。
ただ、一つだけ予想外だったのは……顔を真っ赤にした京珂に、雑誌で思いきり頭を殴られた事だった。
…でも、それでも良いんだ。
何故ならきっとこれも、彼女がくれる幸せの形なのだから──だから、良いんだ。
ジンジン痛む頭をさすりながら、僕はそんな事を考えていた。
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