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あなたがいないよのなかなんて

小エビちゃんが、元の世界に帰った。
嬉しそうにオレのところに走ってきて「元の世界に戻る方法が見つかったんです!」って言ってから何日もしないうちに、小エビちゃんは帰っていった。


「……いど、……ろいど、フロイド!聞いていますか?」

「あ、ジェイドとアズールじゃん。なに?」

「なに?じゃありませんよ、全く……」

アズールはやれやれといった様子でため息をついた。

「もうすぐ開店ですから着替えてきては?」

ジェイドに言われて自分の服を見たら未だに制服を着ていて、のそのそと自室へ向かう。
そういえば今日はシフトなんだっけ。
小エビちゃんは来ないのに。退屈だしかったるい。
もういっそこのままベッドに寝転んでサボってしまおうか。
そんな考えが浮かんで、ベッドに向かって足を向けたそのとき、頭の中で小エビちゃんの声がした。

(先輩の働いてる姿、カッコイイです!)

「あーー……」

足が止まる。
動きはのろいままだったけれど、寮服に着替えて部屋を出た。



とりあえず開店には間に合って、だりーなーと思いながら厨房に立つ。
入ってくる注文が煩わしい。
けれどめちゃくちゃにする気も起きず、だらだらと調理を続ける。

(あ、これ……)

次に入ってきた注文は、自分が考えて小エビちゃんに試食してもらったものだった。
青を基調としたパフェで、チョコレートで出来たイルカがクリームを飾っている。
青は食欲が減退する色だとアズールには微妙な顔をされたが、小エビちゃんは可愛い可愛いと大はしゃぎだった。
見た目の美しさと、珍しく予算内に収まった一品だったために試しでメニューに追加してみたところ、特に外部の客に受けてそのまま固定メニューとなった。

(これ先輩が作ったんですか!?可愛い…!!)

喜んでくれた小エビちゃんの顔が浮かぶ。
小エビちゃんの喜ぶ顔が見たくて作ったパフェだった。
メニューになるかなんてどうでも良くて、ただ小エビちゃんのキラキラ輝く瞳を眺めたいだけだった。

「くっそ……」

これを食べるのは小エビちゃんじゃないのに。
それでもただ手を動かした。



のろのろと頭を上げる。
午前の授業はずっと眠っていたらしい。
ぼんやりする頭できょろきょろと周りを見回した。
どうやら今はお昼休みになったところのようだ。

ジェイドはどこだろう。
まだ教室にいるだろうか、と廊下へ出た。

するとどこからかやってきた柔らかい風がふわりと髪を巻き上げる。

(この風が、小エビちゃんにも触れた風だったら良いのに)

小エビちゃんの周りはなぜかいつも柔らかくて、近くにいると心臓の辺りがほわほわと暖かくなった。
それは今まで感じたことのない感覚だったけれど何だか心地が良くて、小エビちゃんの傍にいたくて。

オレの頭の中にはずっと小エビちゃんがいるのに、小エビちゃんはどこにもいない。

(そうだ、小エビちゃんは、もうどこにも)

突如やってきた喪失感に、オレは窓際にへたり込んだ。
昔小エビちゃんと一緒にご飯を食べた中庭のベンチが見える。

あの時のベンチには誰もいなくて、それが無性に寂しくなって視界が滲んだ。

「フロイド?どうしたんです、どこか体調でも……」

廊下にへたり込むオレを見たジェイドがぎょっとして走ってくる。

「じぇいどぉ~……」

「どうしたんですか?」

ジェイドは心配そうにオレの顔を見た。
こんなに素直に心配そうな顔をしているジェイドは久しぶりかもしれなかった。
オレは子どものようにジェイドに縋りつく。

「小エビちゃ、帰っちゃった、帰っちゃったよお」

「フロイド……」

小エビちゃんと話したい。
小エビちゃんの傍にいたい。
小エビちゃんの笑う顔も泣く顔も怒った顔も、一番近くで見るのは自分であって欲しかった。

今更になって自分の気持ちに気がつくと同時に、涙が頬を伝った。



「先輩……?」

すると後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
はっとして振り返ると、そこには思い描いたとおりの人物が立っていて。

「小、エビちゃ、なんで、」

疑問が口をついて出た。
小エビちゃんはこちらを心配そうに見たまま答える。

「えっと、今回は一週間だけ帰省させてもらう予定だったので。そんなことより、先輩どこか具合でも……」

聞こえた答えに涙がすっと引く。

「は?帰省……?」

思ったより低い声が出た。
小エビちゃんは特に動じることもなく首をかしげる。

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「……聞いてない」

「あちゃー、すみません。うっかりしてて……って、先輩?」

ずんずんと小エビちゃんに近づく。
戸惑う小エビちゃんに構わず、その細い身体を抱きしめた。

「なっ、ちょっ、先輩!?何して……!?」

「黙って」

そのままぎゅうっと抱きしめる。
小エビちゃんを潰してしまわないように、でも絶対に逃げられないような力で。
ふわりと漂ったのは焦がれ続けた香りそのもので、心臓がきゅうと痛みを訴えた。

「小エビちゃん。もう二度とオレから離れないで」

「えっ帰省の時とかは……?」

「オレも連れてって。そんでオレの帰省の時は小エビちゃんもついてきて」

「え?あの、それって……」

「分かった?」

小エビちゃんが何か言うのを遮る。
少し身体を離して小エビちゃんの目を見つめた。
小エビちゃんは顔を真っ赤にしてぷるぷる震えていた。

「はひ……」

この後、自分が何を言ったのか理解してじたばたするのはまた別の話。
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