鏡の向こうのあなたへ
アズール先輩へ
お元気ですか?私が元の世界に戻ってから、1年が経ちました。
元の世界に戻ったら先輩方との記憶とか全部なくなっちゃうのかなとか思っていたんですが、どうやらそんなことはないようで今でも先輩方と過ごした時間をはっきり覚えています。
先輩はどうですか?
会って確認することは出来ないから分からないけど、実は私がいた痕跡とか全部なかったことになってるんじゃないかって、密かに心配しています。
今日はどんな日でしたか?
先輩のことだから、今日もラウンジの経営やお悩み相談に精を出しているんでしょうね。
いつも平気な顔で何でもこなしてしまうけど、その分頑張りすぎてしまうところがあるのでちょっとだけ心配です。
そういえば前に、疲れ切って私の胸に顔を埋めて30分動かなくなったことがありましたね。
あの後正気に戻った先輩の慌てた顔は見物でした。
なんて、私もあの時は相当焦っていたからそんな余裕はなかったんですけど。
他の女の人に、そんなことしちゃダメですよ。
だからちゃんと休みも取ってくださいね。
そういえば、この間友達とウィンドウショッピングに行ったら先輩が使ってたのと同じ香りのコロンを見つけました。
その香りを嗅いだ瞬間泣いてしまって、友達にすごく心配されてしまいました。
先輩は、私の香り、覚えていますか?
嗅いだら思い出してくれますか?
あの時、扉の前で泣きそうな顔で笑うあなたの顔がずっと離れません。
あそこで私が思いを伝えていたら。
帰らないと、ここにいると、そう言うことが出来ていたら。
ずっと元の世界に帰りたいと思っていたはずなのに、帰ってきた私はそんなことばかり考えています。
こんなこと考えてるって知ったら、先輩はどんな顔するかな。
また、お手紙書きますね。
アズール先輩へ
お元気ですか?今日は先輩の卒業式ですね。
ご卒業おめでとうございます。
先輩の晴れ姿、私も見たかったな。
実は私も、先輩と同じで今日が卒業式でした。
そっちの世界で勉強した魔法史や錬金術の知識は必要なくなっちゃったけど、先輩が教えてくれた勉強方法はこっちの世界でも役に立っています。
おかげで私は、そっちの世界に行くまでは予想もしていなかったほど難易度の高い大学に合格し、この春から一人暮らしを始めることになりました。
先輩との出会いは、間違いなく私の人生を変えてくれました。
私は、先輩に何かしてあげられていたでしょうか。
今日、人生で初めて告白をされました。
同じ部活の後輩の男の子で、ずっと私のことが好きだったって。
顔を真っ赤にして震えながら告白してきたその子を見て、もしかしたら好きになれるかもって思いました。
今はそういう気持ちを持っていないけど、付き合ってる内に好きになれるかもって。
そう思って口を開こうとした私の頭に、先輩の笑顔がよぎりました。
アトランティカ博物館であなたが見せた柔らかい笑顔。
私はその告白を、断っていました。
あなたは今、恋をしていますか?
私はずっと、しています。
アズール先輩
私が戻ってきたあの日から五年が経ちましたね。
しばらく間が開きましたが、先輩は私のこと覚えていますか?
私は先輩のことが忘れられなくて、そっちの世界に戻るために量子力学の研究を始めました。
ばかげていると言われるかと思いましたが意外にも教授は受け入れてくれて、研究に明け暮れています。
3年前、高校を卒業してから私は先輩のことを忘れるため、勉強やバイトに打ち込みました。
先輩を思い出させるようなものは全部捨てて、前に書いた手紙も実家の押し入れの奥に閉まってきました。
初めての一人暮らしは大変だったけどアパートの大家さんが良くしてくれたし、大学で新しい友人も出来て、楽しい毎日でした。
それなのに私は、満開の桜にも、夏祭りの喧噪にも、高く澄んだ空にも、真っ白な雪景色にもあなたを思い浮かべて、何か足りないと思うのです。
あなたがいた何気ない日常の中で感じた、心を満たす穏やかな幸せとほんの少しの切なさが、今は私の身を焦がすようになりました。
何年かかるか分からないけれど、またあなたに会いに行きます。
そのときはきっと、この気持ちを伝えるから。
だから、せめて、その時までは、私のことを忘れないでください。
監督生さん
あなたが元の世界に戻ってから、1ヶ月が経ちました。
こちらは何も変わりません。
毎日授業を受けて、ラウンジを開けて、お悩みを聞いて。
あなたがいた頃と変わらないことをして毎日を過ごしています。
そちらの世界はどうですか?
あなたの世界のことはほとんど聞きませんでしたが、あなたがずっと恋しがっていた世界だから、きっと素敵なところなんでしょう。
あなたが幸せに過ごしていることを願っています。
…なんて。全部嘘です。
あなたがいなくなってから、僕はずっとどこに行ってもあなたを探しています。
何をやってもあなたの事が頭を離れなくて、この間錬金術の授業で大失敗してしまいました。
あなたの幸せなんて願えないし、今もあなたが元の世界に愛想を尽かしてこちらに戻ってきてくれないかと、毎日毎日考えています。
あの時、あなたが元の世界に帰る直前。
一言「行くな」と言えていたら、未来は変えられたのでしょうか。
そんなことばかり考えていたらフロイドに、そんなに会いたいなら会いに行ける手段でも探せと怒られてしまいました。
僕は隣にいないあなたの幸せなんて願えそうもないので、元の世界からあなたを奪おうと思います。
だから、僕が迎えに行くまで、どうか誰のものにもならないで。
監督生さん
お元気ですか?僕はついに、あなたと出会ったこの学園を卒業することになりました。
卒業式といってもそれほどしんみりした空気にはなりませんでしたが、最後のホームルームでクルーウェル先生の声が一瞬震えたのには少しだけ揺さぶられました。
ジェイドとフロイドとは、この先も一緒にいることになりそうです。
もう住む場所は決めていて、そこを拠点にまた商売を始めようと思います。
モストロ・ラウンジは中々見所のある男にオーナーを任せました。
たまには様子を見に行く予定ですが、そこまで心配はいらないでしょう。
あなたがいなくなってからグリムさんはハーツラビュル寮に引き取られ、オンボロ寮は無人になりました。
モストロ・ラウンジ2号店を開くのには絶好のチャンスでしたが、どうしても出来なかった。
あなたがいた場所を壊してしまったら、もう二度とあなたに会えないような気がしてしまったのです。
全く、あなたにはこの責任を取ってもらわないといけませんね。
監督生さん
こんな風に手紙を書くのも久しぶりですね。
お元気ですか?
僕はとても元気です。
ついに見つかったんです。あなたの世界に行く方法が。
あなたが鏡を見ている瞬間、そのタイミングだけですがこちらの世界と繋げることが出来るようになりました。
また会えたらその時は、ずっと言えなかった言葉を今度こそ伝えます。
だから、あと少しだけ待っていてください。
「夢…?」
何だか不思議な夢を見ていた気がする。
鏡がゆらゆらと波のように揺れていて、そこから懐かしい声が聞こえた。
向こうの世界が恋しくて夢に見ることはこれまでもあったので、それほど気にせずに起き上がる。
カーテンを開けて日の光を浴びながらぐいーっと伸びをした。
あの世界から帰ってきて六年。
何とか忘れようとして色んな事に打ち込んで、色んな人に会って、それまで知らなかった世界を見てきたつもりだ。
それでも、あの人以上に好きになれる人には出会えなかった。
「ふぁ…」
あくびを一つして、いつも通り顔を洗おうと洗面所へ向かう。
(今日は確か教授に呼ばれてるんだっけ…)
今日の予定を組み立てながら鏡の前に立つ。
「…?」
立った瞬間、ほんの少し鏡に映った自分が歪んだ気がした。
見間違ったかと目をこする。
もう一度鏡に目を向けると、そこに移っていたのは自分ではなかった。
「迎えに来ましたよ、監督生さん」
「せん、ぱい…?」
そこには焦がれ続けた人の姿があった。
最後に見た時よりやや大人びている。
「ずっと、あなたに会いたかった」
鏡の中から手が出てくる。
「どうか、僕の手を取って」
私に向かって白い大きな手が伸びてくる。
この手を取ったらきっと、もうこの世界には戻れないと直感的に分かった。
「はい…!」
だけど、あなたといられるなら後悔なんて何一つない。
私は迷わず手を取って、鏡の中に飛び込んだ。
「ねえ、監督生さん」
「なんですか?」
「実は僕、あなたに会えたら言いたいと思っていたことがあるんです」
「奇遇ですね、私もです」
「ふふっ、じゃあせーので一緒に言いましょうか」
「いいですね。せーの!」
お元気ですか?私が元の世界に戻ってから、1年が経ちました。
元の世界に戻ったら先輩方との記憶とか全部なくなっちゃうのかなとか思っていたんですが、どうやらそんなことはないようで今でも先輩方と過ごした時間をはっきり覚えています。
先輩はどうですか?
会って確認することは出来ないから分からないけど、実は私がいた痕跡とか全部なかったことになってるんじゃないかって、密かに心配しています。
今日はどんな日でしたか?
先輩のことだから、今日もラウンジの経営やお悩み相談に精を出しているんでしょうね。
いつも平気な顔で何でもこなしてしまうけど、その分頑張りすぎてしまうところがあるのでちょっとだけ心配です。
そういえば前に、疲れ切って私の胸に顔を埋めて30分動かなくなったことがありましたね。
あの後正気に戻った先輩の慌てた顔は見物でした。
なんて、私もあの時は相当焦っていたからそんな余裕はなかったんですけど。
他の女の人に、そんなことしちゃダメですよ。
だからちゃんと休みも取ってくださいね。
そういえば、この間友達とウィンドウショッピングに行ったら先輩が使ってたのと同じ香りのコロンを見つけました。
その香りを嗅いだ瞬間泣いてしまって、友達にすごく心配されてしまいました。
先輩は、私の香り、覚えていますか?
嗅いだら思い出してくれますか?
あの時、扉の前で泣きそうな顔で笑うあなたの顔がずっと離れません。
あそこで私が思いを伝えていたら。
帰らないと、ここにいると、そう言うことが出来ていたら。
ずっと元の世界に帰りたいと思っていたはずなのに、帰ってきた私はそんなことばかり考えています。
こんなこと考えてるって知ったら、先輩はどんな顔するかな。
また、お手紙書きますね。
アズール先輩へ
お元気ですか?今日は先輩の卒業式ですね。
ご卒業おめでとうございます。
先輩の晴れ姿、私も見たかったな。
実は私も、先輩と同じで今日が卒業式でした。
そっちの世界で勉強した魔法史や錬金術の知識は必要なくなっちゃったけど、先輩が教えてくれた勉強方法はこっちの世界でも役に立っています。
おかげで私は、そっちの世界に行くまでは予想もしていなかったほど難易度の高い大学に合格し、この春から一人暮らしを始めることになりました。
先輩との出会いは、間違いなく私の人生を変えてくれました。
私は、先輩に何かしてあげられていたでしょうか。
今日、人生で初めて告白をされました。
同じ部活の後輩の男の子で、ずっと私のことが好きだったって。
顔を真っ赤にして震えながら告白してきたその子を見て、もしかしたら好きになれるかもって思いました。
今はそういう気持ちを持っていないけど、付き合ってる内に好きになれるかもって。
そう思って口を開こうとした私の頭に、先輩の笑顔がよぎりました。
アトランティカ博物館であなたが見せた柔らかい笑顔。
私はその告白を、断っていました。
あなたは今、恋をしていますか?
私はずっと、しています。
アズール先輩
私が戻ってきたあの日から五年が経ちましたね。
しばらく間が開きましたが、先輩は私のこと覚えていますか?
私は先輩のことが忘れられなくて、そっちの世界に戻るために量子力学の研究を始めました。
ばかげていると言われるかと思いましたが意外にも教授は受け入れてくれて、研究に明け暮れています。
3年前、高校を卒業してから私は先輩のことを忘れるため、勉強やバイトに打ち込みました。
先輩を思い出させるようなものは全部捨てて、前に書いた手紙も実家の押し入れの奥に閉まってきました。
初めての一人暮らしは大変だったけどアパートの大家さんが良くしてくれたし、大学で新しい友人も出来て、楽しい毎日でした。
それなのに私は、満開の桜にも、夏祭りの喧噪にも、高く澄んだ空にも、真っ白な雪景色にもあなたを思い浮かべて、何か足りないと思うのです。
あなたがいた何気ない日常の中で感じた、心を満たす穏やかな幸せとほんの少しの切なさが、今は私の身を焦がすようになりました。
何年かかるか分からないけれど、またあなたに会いに行きます。
そのときはきっと、この気持ちを伝えるから。
だから、せめて、その時までは、私のことを忘れないでください。
監督生さん
あなたが元の世界に戻ってから、1ヶ月が経ちました。
こちらは何も変わりません。
毎日授業を受けて、ラウンジを開けて、お悩みを聞いて。
あなたがいた頃と変わらないことをして毎日を過ごしています。
そちらの世界はどうですか?
あなたの世界のことはほとんど聞きませんでしたが、あなたがずっと恋しがっていた世界だから、きっと素敵なところなんでしょう。
あなたが幸せに過ごしていることを願っています。
…なんて。全部嘘です。
あなたがいなくなってから、僕はずっとどこに行ってもあなたを探しています。
何をやってもあなたの事が頭を離れなくて、この間錬金術の授業で大失敗してしまいました。
あなたの幸せなんて願えないし、今もあなたが元の世界に愛想を尽かしてこちらに戻ってきてくれないかと、毎日毎日考えています。
あの時、あなたが元の世界に帰る直前。
一言「行くな」と言えていたら、未来は変えられたのでしょうか。
そんなことばかり考えていたらフロイドに、そんなに会いたいなら会いに行ける手段でも探せと怒られてしまいました。
僕は隣にいないあなたの幸せなんて願えそうもないので、元の世界からあなたを奪おうと思います。
だから、僕が迎えに行くまで、どうか誰のものにもならないで。
監督生さん
お元気ですか?僕はついに、あなたと出会ったこの学園を卒業することになりました。
卒業式といってもそれほどしんみりした空気にはなりませんでしたが、最後のホームルームでクルーウェル先生の声が一瞬震えたのには少しだけ揺さぶられました。
ジェイドとフロイドとは、この先も一緒にいることになりそうです。
もう住む場所は決めていて、そこを拠点にまた商売を始めようと思います。
モストロ・ラウンジは中々見所のある男にオーナーを任せました。
たまには様子を見に行く予定ですが、そこまで心配はいらないでしょう。
あなたがいなくなってからグリムさんはハーツラビュル寮に引き取られ、オンボロ寮は無人になりました。
モストロ・ラウンジ2号店を開くのには絶好のチャンスでしたが、どうしても出来なかった。
あなたがいた場所を壊してしまったら、もう二度とあなたに会えないような気がしてしまったのです。
全く、あなたにはこの責任を取ってもらわないといけませんね。
監督生さん
こんな風に手紙を書くのも久しぶりですね。
お元気ですか?
僕はとても元気です。
ついに見つかったんです。あなたの世界に行く方法が。
あなたが鏡を見ている瞬間、そのタイミングだけですがこちらの世界と繋げることが出来るようになりました。
また会えたらその時は、ずっと言えなかった言葉を今度こそ伝えます。
だから、あと少しだけ待っていてください。
「夢…?」
何だか不思議な夢を見ていた気がする。
鏡がゆらゆらと波のように揺れていて、そこから懐かしい声が聞こえた。
向こうの世界が恋しくて夢に見ることはこれまでもあったので、それほど気にせずに起き上がる。
カーテンを開けて日の光を浴びながらぐいーっと伸びをした。
あの世界から帰ってきて六年。
何とか忘れようとして色んな事に打ち込んで、色んな人に会って、それまで知らなかった世界を見てきたつもりだ。
それでも、あの人以上に好きになれる人には出会えなかった。
「ふぁ…」
あくびを一つして、いつも通り顔を洗おうと洗面所へ向かう。
(今日は確か教授に呼ばれてるんだっけ…)
今日の予定を組み立てながら鏡の前に立つ。
「…?」
立った瞬間、ほんの少し鏡に映った自分が歪んだ気がした。
見間違ったかと目をこする。
もう一度鏡に目を向けると、そこに移っていたのは自分ではなかった。
「迎えに来ましたよ、監督生さん」
「せん、ぱい…?」
そこには焦がれ続けた人の姿があった。
最後に見た時よりやや大人びている。
「ずっと、あなたに会いたかった」
鏡の中から手が出てくる。
「どうか、僕の手を取って」
私に向かって白い大きな手が伸びてくる。
この手を取ったらきっと、もうこの世界には戻れないと直感的に分かった。
「はい…!」
だけど、あなたといられるなら後悔なんて何一つない。
私は迷わず手を取って、鏡の中に飛び込んだ。
「ねえ、監督生さん」
「なんですか?」
「実は僕、あなたに会えたら言いたいと思っていたことがあるんです」
「奇遇ですね、私もです」
「ふふっ、じゃあせーので一緒に言いましょうか」
「いいですね。せーの!」
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